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◇◆◇
――……眼下に広がる大きな森の一部は、無惨にも荒れ果てていた。
「酷いものね」
ぽつりと感想を溢しながら、仮面の下で目を細める。
気候に恵まれたこの国には、人が一切干渉していない、そのままの自然が多く存在した。
風の魔術で上空にいる私が見下ろすこの森も、まさしくその中のひとつだ。
「それにしても、私はいつまでこうしていればいいのか……」
かれこれ、もう10分以上はこの状態を維持し続けている。
「暇……」
ため息混じりに呟いて、きっちりとまとめあげている髪が崩れないよう気をつけながら、頭をかいた。
このまま風の魔術で空に浮いた状態を維持するだけなのかしらね……魔力はまだまだ余裕そうだけども。
しかし、この状態は、暇としか言いようがない。
ちらり、目を凝らせば――ああ、また木々がなぎ倒されている。
「“自然破壊をするな”と、そう諌めたところで、言葉の通じない魔物相手じゃあ意味ないわね」
肩をすくめて、先ほどから眼下で繰り広げられている争いを眺める。
待機、という命令を受けて早10分――王宮騎士団第四部隊の中において、私だけが被害のない平和な空中で暇を持て余していた。
『――国境にあるフリンメルの森で、大量の魔物が出現していると報告があった。今回は、第二部隊ではなく第四部隊が討伐に向かうことになったので、各々準備を進めるように。今夜現地に向けて出発する――』
……というのが、私が第四部隊に正式に入隊して、僅か4日目の朝に告げられた内容である。
正直「冗談だろ?」と思ったが、残念ながら冗談ではなかったので、今に至る。
入隊してからというものの、魔術を使用したのは、魔力の質を測ったあの一度だけ。
仕事という仕事もなく、私はただひたすら失ったと思われている知識を頭に詰め込んでいただけだ。
正式に入隊した日以来、まともに他の隊員とは顔も合わせていない……その最中、王都を離れて数日遠征というまさかの任務に、私は驚いたものだ。
――……はっきり言って、私は歓迎されていない。
そもそも、私が歓迎されないことは簡単に予想できたという。だったら最初から言っておけよという話である。
ベルンハルトとエドゥアルトに出会ってから3日、初めて第四部隊が全員揃った場で向けられた態度、言葉を思い出す。
反対だと言うその意見を、ベルンハルトはたった一言で黙らせた。
『これは覆らない決定事項だよ』
有無を言わせぬ物言いに、ぐっと言葉を飲み込んだ彼は、仇でも見るような鋭い視線で私を睨んでいた。
「……極度の女嫌い、ねぇ」
初めて彼らと顔を合わせた時を思い出す――……
――
――――
――――――……
「――俺は反対だ!」
扉をノックしようとしたその動きを寸前で止める。
「そもそも、見つけたら団長へ報告という話だったはずだ! 何で、よりによって、この第四部隊にっ」
「ちょっと落ち着けって」
すごい揉めてない? ノック寸前の体勢のまま私は首を傾げた。
朝、いつものように準備していると、この部屋へ来るようにと連絡が届いた。
別に待ってなかったけど、今日が顔合わせの日だったことを思い出す。
支給されたばかりの王宮騎士団の女性用団服に身を包んで、約束の時間通り指定された部屋にやってきたわけだが……これは、果たして入っていいのだろうか?
取り敢えず、ノックしようとあげていた手をそのまま下ろした。
「とにもかくにも、俺は絶対に認めない!」
「シルヴィ……」
「俺たちだけで充分やれてきたじゃないかっ、今更増員何て必要ないだろ!」
主に声を荒らげて反対しているのは1人で、他は宥めようとしているようだ。
しかし、宥める声たちも、どちらかといえば“反対”の意思が強いように感じる。
どうしたものか、と固まっていたら、カチャと触れていなかったドアノブが回った。
「あ、」
扉は内開きだったので、近くに立っていた私にぶつかることはなかったが……開いた扉の向こうで驚いた表情を浮かべた青年と目が合う。
暖かい印象を与える、濃い橙色の目が大きく見開かれて、やや気まずそうに逸らされた。
「……えっと、君が仮面の少女?」
「まぁ、はい」
頷いた私に、青年は次に困ったような表情になって、ちらりと肩ごしに部屋の中を覗いた。
いつの間にか中は静まり返っている。
「えーっと、」
先ほどまで扉の外にまで聞こえていた言い合いだ。
なかなかの声量で話していたことを自覚しているらしい青年は、困った顔のまま中の様子と私を交互に見る。
部屋の中から伝わってくる拒絶の空気といい、青年の煮え切らない態度といい、思わず「はぁ」とため息が溢れた。
「お邪魔でしたら、戻りますけど」
「え?」
私は腕を組んで、半眼になりつつ続けた。
この雰囲気で本心を隠して取り繕うつもりは一切ない。
「歓迎されていないようですしね。こんな空気の中、顔合わせなんてできないでしょう? それと、こちらも言わせてもらいますけど、私は貴方方と仲良くするつもりはありません」
「え?」
「何なら、ベルンハルト隊長に言って聞かせてください。除隊、いつでも大歓迎ですので」
「ええ?」
そこまで私が入隊することを嫌がるのなら、さっさと除隊してくれて構わない。こちらとしては、全くもって問題ない。
むしろ、村に帰れるようになるんだから、手放しで大喜びしてあげるわ。
「というわけなので、私は部屋に戻らせてもらいます。……何か御用があるならどうぞ」
来れるもんなら来いよ、という気持ちを含みながら、不機嫌に言葉を付け足す。
くるり、踵を返す私の耳に「ちょ、ちょっと待って」と止めるような声が届いたが、当然無視だ。構わずに部屋に戻ろうとする。
「はいはーい。ちょっと両者共に落ち着こうか」
――が、いつの間に背後に立っていたのか、エドゥアルトとベルンハルトが行く手を阻んだ。
全く気配を感じなかった。
思わず舌打ちした私に「女の子が舌打ちするものじゃない」とエドゥアルトが苦笑いを浮かべる。
うるさいわ。
「……隊長、副隊長戻ってたんすか」
「思ったより早く終わったからね……それにしても、」
エドゥアルトが苦笑いの表情を崩さないまま、ため息を吐いた。
「いやぁ、予想通りだったね。……取り敢えず、俺が行くからミオちゃんはベルに任せるよ」
「ああ」
エドゥアルトが青年と共に部屋の中に入り、扉がパタンと閉まる。
それを見届けて、残ったベルンハルトの方を見た。
「私を入隊させること、随分と反対されていますが」
「少し事情があるんだ。君はそう気にしなくていい」
「いや、気になるんですけど」
そんな状態で私が入隊したって、規律が乱されてしまうだけじゃないのか。
「こうなることは、まぁ予想の範囲内だから」
「そうですか」
「取り敢えず、君はそのまま仮面を身につけてくれていればいい。仕事については、居心地悪く感じることもあるだろうけれど、こちらとしてもできる限りフォローさせてもらうから」
「……はぁ」
小さくため息を吐き出して、私は顔を覆う仮面に手を触れる。
冷たい金属質のそれは、豊穣祭で私が購入した物よりも、造りがしっかりしている。派手過ぎず、あまり目立たないが、繊細な模様を彫り込まれた上品な仮面を与えられていた。
『――君が、素顔を晒すのを望まないというなら、仮面を付けたままで構わない。こちらとしても、その方が都合がいいからね』
そう告げられたことを思い出しながら、ベルンハルトを見上げた。
私としては素顔を晒さなくてすむから有難いのだけれど。彼らにとっても都合がいいとはどういうことなのだろうか。そう、疑問に思っていたのだが……。
「……私が、顔を隠さなければならない理由が、今の反対されている状況に繋がります?」
「全くの無関係というわけではないけれど、詳しいことは日を改めて、ね」
いろいろと事情はあるが、すぐに教えるつもりはないらしい。
「取り敢えず、今君が反対されている理由だけど……隊員のひとりが女性を苦手としていてね」
少し言いにくそうに告げられたその理由、端的に言えば、“女嫌い”ということか。
なるほどね。女嫌いの上、素性もよくわかっていない怪しい女が自分たちの仲間になると言われれば、文句も出るし反対もしたくなるだろう。
「君自身に非があるわけではないから、気にしなくていい」
何もしていないのに、女だからという理由で嫌われるんだから、私にとってはとばっちりのようなものだけど。
「でも、こんな反対されているのなら、私が入隊することで仕事に支障をきたしませんか?」
「それについては割り切ってもらうさ。いくら女性が苦手だからといっても、いつまでも甘やかすわけにもいかないからね。これがいい機会になればいいと思っているんだけど――それと、今の第四部隊に女性の隊員を入れるという話が少し前からあがっていたんだよ」
元々女性隊員は増やす予定だった、そんな時に私が現れたから勧誘したってこと?
その上、女嫌いの人の苦手を克服できたらいいなって考えも多少はあると……。
それにしたって、身元不明の不審な私より、もっとふさわしい人がいるんじゃないかと思うけど。
じっと私を見下ろすベルンハルトが、少し考える素振りを見せ、口を開いた。
「……これは、第四部隊隊長というより、第二王子としての立場での考えだけど、まだ公にしていないものの、今後国交を結ぼうと計画している国があるんだ。その第一歩として、近々その国の使者たちを迎え入れることになっている。その時、私は第二王子としての立場で彼らを迎えることになるだろう」
その際、何が起こるか予想できないのだ、ベルンハルトは静かにそう続けた。
政治的な、国同士が主体の行事で起こりうる非常事態……何となく想像できるけれど。
「第四部隊には、護衛の任務についてもらうことになる予定だ。四六時中とまではいかずとも、長い間使者たちを護衛することになる。使者の中に、女性がいる場合も考えられるので、第四部隊にも女性を引き入れるべきだと意見があった」
護衛、それも国賓クラスの要人を護る立場になる人材だ。それ相応の実力が求められる――強い魔術を扱える女性だということがまず第一条件だった。
「君の力は、王宮騎士団の部隊長……いや、それ以上の可能性だって感じられる」
「……はあ」
私の実力を相当買ってくれているらしい。
思わず気の抜けた声が漏れてしまった。間抜けな顔をしていたかもしれないが、それは仮面で誤魔化せただろう。
饒舌に喋っていたベルンハルトが口を閉じたので、私も沈黙する。
そう言えば、中の話し合いはどうなったのだろうか、と気にしたと同時に、扉が開かれた。
「一言も相談せずに決めたのは悪かったってば。けど、もう決定事項だし、取り敢えずこれ以上の文句はまず彼女の実力を見てからにしてね。……て、わけでミオちゃん」
少し疲れた様子のエドゥアルトが、ぽん、と私の肩に手を置いた。
「訓練所に移動してもらえるかな」
ん? 訓練所へ? と、首を傾げた私から視線を外し、「いいでしょ?」とエドゥアルトはベルンハルトを見る。
「なるほど、まぁ、順序がどちらになろうが構わないよ。元々そのつもりだったからね」
あっさり許可が下りたものの、話についていけてない私は首を傾げたまま疑問をぶつけた。
「……訓練所で何をするんですか? また魔物モドキと戦うんですか?」
訓練所と聞いて思い出すのは、明らかにロボットと思われる魔物モドキの姿。
さっき、ちらっと「実力を見てから決めろ」的な言葉も聞こえてきたし、まさか、と予想した内容に顔をしかめた。
私の質問に「魔物モドキ……ルワーノが聞いたら涙目になりそう」とエドゥアルトが苦笑いしている。ごめんね、何て名前だったか覚えてないんだ。
「これから行うのは、君の魔力の測定だよ」
どうやら戦わなくていいらしい。
「魔力って測定できるんですか」
「そう」
それで「実力を見てから決めろ」的な話に繋がるわけか。
「そうと決まれば、さっそく移動しようか。ルワーノはもう準備を整えている頃だろうし」
くるりとベルンハルトが背を向けて歩き出す。
ついて行けばいいのか。進み始めたベルンハルトを目で追った。
「ミオちゃんは先にベルと一緒に行って。俺たちも後から行くから」
話し合いをつけると言っていたエドゥアルトだが、彼以外は部屋から出てきていない。
先に行ってて、と手を振るエドゥアルトに見送られながら、先を行くベルンハルトを追った。
取り敢えず、そこまで私を入隊させるのに反対ならば、入隊させなければいいのではないだろうか。
中の人が何人いるか把握していないが、多数決を取れば結果は一目瞭然だろう。
実力を見せつけたからといって、「納得しました、彼女の入隊を認めます」という展開になるとも思えないんだけどな……。




