18
宿の荷物はここに運んであると案内されたのは、彼らの隊舎の一室だ。
話し合いの結果、私の身は条件付きでベルンハルト率いる王宮騎士団第四部隊に管理されることになった。
案内されたこの部屋は、自室として私が好きに使っていいそうだ。
ぐるりと室内を見渡しながら、何度目かわからないため息を吐き出した。
賑わう豊穣祭もあと2日間。明後日が最終日となる。
王宮騎士団は警備のために駆り出されているため、ベルンハルトとエドゥアルト以外の隊員と顔を合わせるのはまだ先になるという。
顔合わせは、豊穣祭が終わった翌日。
その日までの2日間、私はルワーノ・フィションと名乗った少年の元で、色々教わることになっていた。
教わる内容は具体的にまだ決まっていないみたいだが、王宮騎士団のことについて聞くことになるだろうと予想している。
何て考えながら、勝手に運び込まれた荷物整理を渋々始めた。
1週間王都で過ごすための荷物しか持っていなかったので、時間はそうかからないだろう……かからないだろうが。
取り敢えず、これからここで生活する上で必要な私物と、そうでないものを分け始めて肩を落とす。
そうでないものは、薬の売上の他は、買ったお土産などが大半を占める。これらはまとめてクプソン村へ荷送りする予定だ。
「せめて、直接伝えたかった……」
急に決まってしまったこの話――交渉してはみたものの、私がクプソン村に行けるのはまだまだ先になると言われてしまった。
王宮騎士団は忙しい。
元の世界でいうところのブラック企業というわけではないが、業務上、まとまった長期休暇を取ることはなかなか難しい職種である。その上、クプソン村は第四部隊の本拠地である王都から随分と離れているため、移動時間等を考慮するとなかなか厳しいのだ。
通常業務に加えて、非常事態は誰にも予測できないため、臨機応変に動かなければならない。これは、王宮騎士団に所属する隊員全員に当てはまることだ。
「……はぁあ」
ため息が止まらない。
本当に、しばらく村には帰れそうにない……嵌められた部分もあるとは言え、自分が引き起こしてしまった事態である。
それに――と、目線を右腕に落とす。
魔力封じだという腕輪は、相変わらず私の腕にはめられたままだった。
ぐう、と眉が寄る。
試しに外そうと手をかけるが……まるで接着剤で貼り付けたみたいに肌に張り付いてびくともしない。一体どういう原理なのか。
「むむ」
眉根を寄せつつ、諦めずにぐいぐいと引っ張り続けた――その最中、コンコンとノックの音が響いた。
「ベルンハルトだ。入っても構わないかな?」
「どうぞ」
ベルンハルトの声に入室を許可すれば、カチャリと扉が開き顔を覗かせた。そのまま部屋の中にいる私の方を見て――きゅっと眉を寄せる。
「……それは、何をしているんだ?」
腕輪を掴んで引っ張っている体勢のままなのだから、聞かなくともわかるだろうに。
「見ての通り、腕輪が外せないかな、と試している最中ですが」
「……そう」
隠す気も取り繕う気も全くない私の様子に、ベルンハルトはやれやれと肩を落とした。ついでに「はぁ」と、ため息も吐き出す。
「引っ張っても外れないよ、それは……それに、君はもっと警戒心が強いと思っていたんだけれどね」
「はい?」
一体何の話だ。
顔をしかめた私の方へ近づいてきたベルンハルトは、ベッドの前に立つと、私を見下ろした。
「男が訪ねてきたのに、ベッドの上でくつろいでいるのはどうかと思うけど?」
「……別に、くつろいでいるわけじゃないですけど」
ベッドに座って腕輪を引っ張っていた私は、その動きを止めてベッドから降りた。
身長差があるので、結局見下ろされることに変わりないが、近くなった目線でベルンハルトを見返した。
「確かに変装して男避けするくらいですけどね。さすがに警戒すべき人と、そうじゃない人くらい見分けられますよ」
何となく言い方が気になったので、つい生意気な言い方になってしまった私に、ベルンハルトは片眉を上げた。
「しかし忠告は有り難く頂戴しておきます」
「……そうしてもらえると助かるよ」
ベルンハルトにその気がないのはわかりきっていることだが、それでも知り合いのいない場所で気を抜いていたことは事実である。
言い方はともかく、忠告は素直に受け取っておこう。
「……それで、何か用があって来たのでは?」
「医務官を連れてきたんだ。中に入ってもらって構わないかな?」
調書を取られていた時に話していた件か。
頷いて了承した私を見て、ベルンハルトは部屋の外に控えていたらしい医務官に入室するよう声をかける。
「失礼しますね」
柔和な笑みを浮かべたふくよかな女性が、丁寧に一礼して部屋に入ってきた。
「医務官を務めております、フィナ・ビオールと申します」
「ミオ・レイゼイです」
フィナと名乗った医務官は、ぐるりと部屋を見渡してから、立ったままの私をベッドへと座らせた。
この部屋、まだ椅子がないものね。
「それでは、診察させてもらいますね……手で触れても構いませんか?」
「……はい」
頷くと、フィナは私の首筋にそっと手を這わせた。それから、手首を取られて脈を測る。
体温を測ったり、口内の様子や心音を聴いたりと、日本の病院でもよく受けたような診察を一通り受けた。
「どうかな?」
一連の流れを傍で見ていたベルンハルトが口を開くと、フィナは軽く首を傾げながら答えた。
「ええと……健康そのものだと思います。……どこか、不調を感じたりはしていますか?」
「いえ、特に」
体調に、これといった異常は特に見つからなかったようだ。
私自身が何か気づいたことがあるかもしれない思ったのか、フィナにそう質問されたものの、首をすぐに横へ振った。
残念ながら、今の私は調子はとても良好だと感じている。
「健康そのもの……か」
「ええ……服用されたと思われる薬の後遺症もやはりなさそうですし、記憶喪失に関しては薬の影響ではないかと。これはあくまで可能性の話になりますが、精神的なものにより発症してしまったのではないかと思います」
「精神的なものか……」
――どうやら、薬の影響ではなく精神的ダメージにより記憶を失ったと仮説をたてられたらしい。
「確かに、そうなってもおかしくない状況下だったとも言えるね……治るのかい?」
「確実に治せるとは今の段階では言い切れませんが、定期的にカウンセリングなどを行って、徐々に経過を見ていくことが今のところできる処置かと思います。……精神的なものからくる場合、無理に思い出させようとすると心に負荷がかかってしまい、さらに悪化する可能性も有り得ますので」
深刻そうな顔をしたフィナだったが、じっと見上げる私に気づくと、安心させるようにふわりと微笑んだ。
「名前は、ミオさんでしたね」
「はい」
そっと、私の手がフィナの両手に包まれる。
「ごめんなさい。不安にさせてしまいましたね……失った記憶のことは、焦らないで、ゆっくりでいいから。私も、精一杯サポートします」
……何らかの精神的ダメージにより記憶を失ったと勘違いしてくれている方が、無理に踏み込まれ、尚且つ詮索されるということもないだろう。
今の私にとっては、いろいろと都合がいい。そう思えた。
「はい……よろしくお願いします」
けれど……やはり騙しているという自覚があるぶん、何とも罪悪感がある。
明らかに身を案じてくれているフィナに申し訳なく思って、自然と眉が下がった。
「ベルンハルト様、くれぐれも彼女の負荷になるようなことはさせないでくださいませね」
「ああ、当然無茶はさせないように気をつけるよ」
……どうだか。
思わず冷めた目を向けそうになるのを堪える。
無茶をさせないようにするのなら、王宮騎士団入りするのを断念してくれればそれでいいのに。
とはいえ、私がいろいろ破壊してしまった事実があるので、「なら、入らなくていいよ」とは言えないのかもしれないけど。
「それでは、私は失礼しますが、何かありましたらご連絡ください」
「休みの日に悪かったね、ありがとう」
丁寧な一礼をしてフィナが退室すると、私はふぅっと息を吐いて、知らずのうちに張っていた緊張を解いた。
そして、まだ部屋に残っているベルンハルトを見上げる。
「それで、まだ何かありますか?」
ないなら眠りたい。魔術を使ったこともあるのだろうが、思いのほか体が疲れを訴えている。
「いや、私も下がるよ」
「そうですか」
溢れそうになる欠伸を堪えつつ、頷くと、言葉通り退室しようと動いたベルンハルトが「ああ、そうだ」とこちらを振り向いた。
「明日の昼に、郵便を受け取りに業者が来る予定だから、それまでに村へ送る荷物はまとめておいてほしい」
「ほとんどまとめ終わってますけど……」
「そうか。ああ、それとこれを」
小さな紙袋を渡された私は、中身をちらりと覗いた。
「ペンと紙……」
「君自身を村に帰すことが難しいので、代わりにこれを用意したんだ」
村にしばらく帰れなくなる。王都で王宮騎士団に入るから。
保護し、面倒を見てくれた人たちにお礼と、直接帰れなくなる経緯を話したいと告げた時、村に直ぐに帰ることはできないと返された。
「手紙で伝えることで、今はどうか譲歩してほしい」
私が王宮騎士団に入隊することを頷くまで、“不敬罪”や“器物損壊”や“賠償金”などと脅してきたベルンハルトだが、だからと言って、私に対して冷たくあたるつもりはないようだ。
だからこそ、帰してやれない代わりに、気遣ってレターセットを持ってきてくれた……というわけか。
なるほど、手紙で知らせるという方法は思いつかなかった……が。
じっと、紙袋に入ったものを無言で見つめ続ける。
「……何か、問題がある?」
あまりにも私が黙り込んでいるからか、ベルンハルトが伺うように問いかけてきた。
確かに、手紙で事の次第を知らせる方法が今のところ最善と言える――問題は、私はこの世界の文字まったく書けないことだ。
「……あの、」
ああ、情けない……そう思いつつも、私は正直に告げた。
「文字の書き方教えてくれませんか……」
思いがけない答えだったのか、目を丸くしたベルンハルトから視線を逸らす。
ルワーノに色々と教わる予定だと告げられていたが――まずはこの国の文字について学ぶと、勉強内容がそれになったのは、言うまでもない。




