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本来の調書を取るために用意されていた小部屋に案内された私は、口を真一文字に結んでいた。
「――さて、改めて名前を教えてくれるかな?」
目の前に座るベルンハルトに笑問いかけられる。
……ここに真っ直ぐ連れてこられていたのなら、素直に口を開いただろう。
しかし、数十分前の出来事のせいで、素直に従おうという気が全く起きなかった。
「…………」
「2000万ウィル、不敬罪……」
「ミオ・レイゼイ」
だんまりを決め込もうとしたが、微笑みと共に脅しとも取れる発言をされてしまえば、口を開くしかない。
むすっとした顔で言えば、ベルンハルトの隣に座るエドゥアルトが小さなノートにペンを走らせた。
「出身地は?」
名前を聞かれたら、次の質問がそれになるのも予想できた。
少し間を空けて、ぽつりと呟く。
「……わかりません」
「わからない?」
「オークション会場にいた時より前のことが思い出せません。あの場所から逃げた先で、倒れていたところを保護されました。……今はクプソン村でお世話になっています」
「思い出せない、か」
ベルンハルトは眉根を寄せて、難しそうな顔になる。
そりゃ、まぁ……そういう顔になるわよね。そっと、視線を机に落とした。
疑わしく思われようが、しかし、嘘は言っていない。
オークション会場より以前の記憶となると、元の世界での記憶になるから伝えるのは難しいし、余計に怪しまれる。
となれば、「あのオークション会場で目覚めた以前が思い出せない」と伝えることが1番マシだと思われる……オークション会場での出来事が、初めての記憶っていうのは不本意なところではあるけれど。
そうやって頭の中で考えつつ1人納得している間に、話を聞いていた2人の表情が怪訝なものに変わっているのに気付かなかった。
「……サフィランダの東部に位置する村だな」
その言葉に俯けていた顔を上げると、2人の顔が目に入る。
村の位置を確認するために地図を眺めていたエドゥアルトが首を傾げた。
「随分とまぁ……ベルを殴った後、あの建物を飛び出したんだろう? どこかで馬車でも拾ったか?」
「え?」
どういう意味だ、とエドゥアルトの方を見る。
私の視線を受けた彼の指が、とん、と広げている地図を叩いた。
「ここが、クプソン村の位置」
指が左上に移動すると、とん、とまた地図を叩く。
「んで、ここが例の場所だね」
ここまでされると、「どこかで馬車でも拾ったか?」という言葉の意味が嫌でもわかる。
王都を示す場所から更に北西に進んだ位置にある場所から、王都の東側にあるクプソン村まで移動するのに――恐らく馬車を使ったとしても軽く2週間はかかる距離だ。
私は、村の近くの森で倒れていたと聞いた。
あのオークションの場所を逃げ出して、森に入ってからの記憶は朧げになっている。
どうやってその距離を移動したのだろう。どう考えても2週間走りっぱなしはありえない。
気味が悪くなって黙り込んだ。
「もしかして……精霊の悪戯か?」
ぽつり、思い出したように呟いたベルンハルトを見る。
「……精霊の悪戯?」
「森に飛び込んで、いつの間にか意識を失っていたりしていない?」
「それは……」
森に入ってからの記憶が朧げということは、きっとそういうことなんだろう。
こくりと頷くと、ベルンハルトもエドゥアルトもどこか納得したような顔になった。
「精霊の悪戯にあったのなら、仕方ないか」
「それなら、この移動距離も納得だね」
いや、勝手に納得されても。
「あの、精霊の悪戯って何ですか?」
「夜の森で希に起こる現象だよ。夜の森に足を踏み入れた者が唐突に意識を失い、次に目が覚めたら全く違う森の中だったっていうね」
何だ、その怖い現象。元の世界でなら確実に騒がれる案件だ。
「健康状態が良かろうが悪かろうが、一気に意識を持っていかれるっていう話だからね。未だに謎は解明されてなくて、研究が続けられているんだけど」
「まあ何にせよ、あの掃討の後、行方を探しても見つからないわけだ」
「……行方を探す?」
「あのオークションの場にいた者は、何者であれ一度騎士団が身柄を預かることになっていたんだ。例外はなしでね」
しばらくは、私のことも探されていたという。
「精霊の悪戯の可能性なんて、全く思い当たらなかったね」
私には納得しがたいことだったが、2人はそれで納得したようだ。
すごい置いてけぼり感があるけど……。
取り敢えず、これで私がどうやって会場からクプソン村まで移動したのか、会場近くから姿を消したのかの理由がはっきりしたと思っていいのかしらね。
「さて、話を戻すけど、思い出せないというのは具体的にどこまで?」
「……先ほども言いましたが、あのオークション会場で目を覚ますより以前のことは覚えていません。言葉通り……私がどこで何をしていたかも、何も思い出せないんです。どうしてあんなところにいたのかも……気が付けば、私は商品としてステージに投げ出されていました」
真実と嘘を交えながら、慎重に言葉を選ぶ。
「名前は覚えています……けれど、自分が何者であるかわかりません」
「……あの場所で出回っていた薬が原因かもしれないな」
薬、と聞いてあの時の体の不自由を思い出した。
聞けば、一時的に体の自由を奪い、声を奪うというかなり厄介な薬だったようだ――どうりで体が動かないし、声も出ないわけだ。
「あくまで一時的なものだから、服用しても体の機能に後遺症が残るものではないという医務官の見立てだったが……」
「念のため、後で医療の者を呼ぼうか」
その医務官の人には申し訳ないけれど、薬の影響で記憶喪失って思われている方が都合が良いのでここは黙っておくことにする。
「実は、この世界とは違う別世界からやってきた人間です」なんて口にすれば、それこそ不審過ぎて牢に入れられそうだ。
こうして調書を取られて、改めて自分のことを振り返ってみると、本当に素性が怪しい……というか、ここまで素性が怪しい奴を、半ば脅してでも騎士団に入れようとする彼らの考えがわからない。
「君の身元については、まぁ追々確認していくとして……」
身元確認これで終わりなの? 随分適当なのね。
身元となると、もっと怪しまれて根掘り葉掘り聞いてくるものだと思ったけれど……ああ、記憶喪失だと思われているから聞いても無駄だと判断されたのか。
そんなことを思いつつ、次の質問を静かに待つ。
「どうして変装をしていたんだ?」
まぁ、そこはいずれ突っ込まれるだろうなと思っていた。
「男よけですよ」
だから、私は間髪を入れずにそう答えた。
ぱちり、私を見つめる2人は揃ったように瞬きをする。
エドゥアルトに至っては「男よけ」と私の言った言葉をそのまま反芻していた。
「仮面を付けていたのは?」
「それも男よけですね」
「仮面をやめて、変装した理由は?」
「その姿の私を騎士団の方に探されていたので、別の男よけの姿を考えた結果が変装だっただけです」
「……そもそも何故、騎士団に名乗り出なかった?」
「それは……面倒そうだったので」
これは口にしてもいいのか、と一瞬思ったが、他に言い訳も思いつかなかったのでそのまま口にする。
実際、面倒なことになったし。
その不満を思いっきり顔に出して言えば、ツボに入ったのかエドゥアルトが噴き出した。
その隣でベルンハルトは何か疲れた顔をして、額を抑えている。
「……仮面と変装に、男よけと騎士団から目を逸らすため以外の理由はないんだね?」
「ないですね」
調書にまた書き込まれていく……ちょっと待て、まさかそのまま書くつもりなのか。確かに嘘ではないけれど。
「祭りに参加していた理由は?」
「露店を開くためですよ。傷薬や痛み止めなどを売っていました。薬は全部売り切れてないですが、ちゃんと許可を取って露店を開いていたので、調べればわかるでしょう」
変に疑われても困るから、ここはちゃんと念を押しておく。
王宮騎士団なのだから、ちょっと調べれば私が――正確には許可を取ったのはクシュンさんだが――ちゃんと手続きを踏んで薬を取り扱う露店を開いていたことがわかるはずだ。
「ソルレザールを倒した時は、服飾エリアにいたんだろう?」
ソルレザール……あのドラゴンみたいな魔物のことよね。
「薬は1日目で売れ切れてしまったので、その日は観光がてら散策していました。その途中、魔物に襲撃された場所に偶然居合わせました」
「ソルレザール撃退後、何故その場を離れた? 確か、衛兵たちから逃げるように去ったと聞いたけれど」
「それは、魔力消費で疲れていたし、驚異も去ったので立ち去っただけです。確かに追われましたが……追われる理由もわからなかったので、取り敢えず逃げただけですよ」
ただ単に、面倒事になりそうだと思って逃げた。ということは黙っておこう。
「理由もわからず追いかけられたから逃げた、か……それと魔力が4つ扱えるんだったね……まぁ、値は追々測定するとして、他に魔力は?」
「さすがにこれ以上はないです」
「本当に?」
「ええ」
実は、あともう1種類だけ扱える魔術があるのだが――これ以上の面倒事は嫌なので、これについてはシラを切らせてもらう。
ここ数日ではっきりしたことは、普通の一般人には多種の魔術を操ることはできないということ。
現に4つの魔術を披露してしまったために、私はこの2人から目をつけられているのだろうし。
私はこの世界の常識について無知過ぎる。それをこの数日で痛感したところだ……これ以上何かやらかしても怖いし、色々と学ぶまでは出来るだけ目立たないように振る舞いたい。
しばらく疑い深い目を向けられたが、これ以上何も喋りません。
その後何個か質問されたけれど、どれも王都で何をしていたかとか、クプソン村での生活のこととか。
もちろん、プライバシーに関することなので全て答えなくても良かったし、質問自体も常識的なものばかりではあった。
「……今日はここまでにしようか。また気になることがあったら随時聞かせてもらうことにするよ」
終わりを告げられ、私はふう、と息を吐く。
思っていたより緊張していたらしい。まぁ、普通の生活していたら調書なんて取られないだろうしね。
あと、変に口を滑らせないか不安もあったから余計にだ。
「それじゃあ、取り敢えず帰ってもいいですか?」
「それはだめだ」
「はぁ?」
調書を取ったのだから宿に戻ってもいいだろう。じとりとベルンハルトを見た。
「宿に戻っても意味がないよ。駐屯地へ来る途中に聞いておいた宿から君の荷物は引き取ってあるから」
「…………」
「君の部屋はもう用意してあるから、今日からこの駐屯地で生活してもらうことになる」
確かに、どこに滞在しているか聞かれて答えたが……。
本人に確認することなく、勝手に宿を引き払うってどうなの。
じと目が、完全に据わったものに変わったが、その目を向けられたベルンハルトは気にもしていない様子だ。
「君には悪いけれど、しばらく監視されていると思っておいてほしい」
「監視、ですか」
監視――まさか、私をどこかの国のスパイか何かと疑っているのだろうか。
「念の為ね。ここまでしたのに、王都を出て行かれてはこちらとしても困るから」
……そういう意味ではしっかり疑われているらしい。
はぁ、とため息が出たのは仕方ないだろう。
「別に、逃げませんよ」
今更ね。という言葉は心の中で呟いておいた。




