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◇◆◇
――カツン、カラカラ、コン。
聞こえてきたその音に、私は目を瞬いた。
普通なら鼓膜が破れてしまうような轟音でも、目を焼くような強い光でも、“魔術を行使した術者には影響を及ぼさない”というこの世界の理のおかげで、私は良好な視界で一部始終を目撃してしまった。
「これは」
弾けた勢いが強すぎたのか、コロコロと足元に転がってきたそれを拾い上げ、じっと見つめる。
「……ネジ?」
小指程の大きさの部品は、どこからどう見てもネジだった。
そっとそれから視線を上げ、前方を見る――魔物だと思っていた何かがボフンと音を立てた。
音と共に立ち昇った黒っぽい煙と、バチバチと火花が散っている様子に、こめかみを押さえる。
「……ちょっと、待って」
たった今見たことを、ちょっと理解するのに時間がかかりそうだった。
「雷の魔術を叩きつけたけど……これは、成功したのよね」
今のままではだめだと思った。水も火も風の魔術も魔物とは相性が悪いと……それならば、まだ全力を出し切っていない雷の魔術ならどうだろうかと考えた……のだが。
結果として、全力を出した雷の魔術は、想像以上の破壊力をもたらしてくれた。
ちらり、魔物だった何か――取り敢えず魔物モドキとでも呼ばせてもらおう――の奥を見る。
抉られた床と壁、真っ黒に焦げた場所、それらの範囲はかなり広い。
吹き飛ばされ、元々の体の3分の1くらいしか残っていない魔物モドキは……未だ怪しげな火花を散らし続けている。
ちょっとした惨状である。
部屋の被害を見渡しながら、腕を組んだ。
脅威は去った――しかし、そもそも脅威だったのだろうか?
ふつふつと嫌な予感が溢れてくるのを感じつつ、この状況をどうやって乗り切ろうかと首を傾げる。
考えようとしたところで、バァン! この部屋唯一の扉が外れそうな勢いで開かれた。
驚いて振り返る。
「うあああ! クヴァアアーラァアルディイイーロォオオオっ!」
音と共に飛び込んできたのは、小柄な少年だった。
謎の奇声を発しながら私に見向きもせず横を通り過ぎ、煙と火花を散らし続ける魔物モドキに駆け寄ると「うああああああんっ」と盛大な泣き声をあげた。
地べたに座り込み、いろんな角度から残骸を見ては、悲痛な声を出しながら頭を抱えている。
一体何だ、というかあの少年は誰だ。
私の存在は目に入っていないのか、嵐のようにやってきた少年を見つめていると、また扉が開く音がした。
「あちゃあ……これはすごいなぁ」
次に現れたのは私をここに放置したベルンハルトとエドゥアルトだった。
エドゥアルトは泣く少年を見て、その奥の被害状況を見て「いやぁ、本当すごい」とさらに呟く。
「派手にやったね」
何となく圧を感じさせる眩しい笑みを向けられて、私はそっと後ずさった。
ずっと感じている嫌な予感が、より強固なものに変わっていく。
「ふむ。壁の損傷、床の損傷……それに加え、第4の玩具の損傷……ああ、あれでは再起不能だろうな」
淡々と、この部屋の中のことを検分していきながらベルンハルトが言う内容に、さらに後ろへ下がった。
やばい、まずい、どうしよう。そんな言葉が頭の中をぐるぐると巡った。
ひとしきり確認を終えたらしいベルンハルトが、私の方を向く。
「さて、君についてきてもらったのは調書のためだったね……でもその前に、ひとつ聞こう」
ゆっくりとした動きで顎をに手をやったベルンハルトが、やたらと良い笑みを浮かべた。
「――君は、仮面の少女で間違いないね」
それは、もう確信を持った上で、改めて確認するような聞き方だった。
「っ、」
「何か申し開きがあるのなら聞くけれど?」
息を飲みつつも「ああ、やっぱり」と歯噛みしたくなる。
慌てた様子もなくこの空間にやって来て、この惨状を見て「何があった」と言わず「派手にやった」と言われた――その時点で察してしまっていたけれど。
そもそも、途中から「これ、何かおかしくない?」と疑問を感じていたけれど。
――嵌められた……!!
相手にそのつもりがあろうがなかろうが、そう思わずにはいられなかった。
飄々とした態度のベルンハルトを睨みつけ、私は更に後ずさった。
元々、距離はあったから、今の私の立ち位置と彼らとの立ち位置は10メートルくらい離れている。
この部屋唯一の入口の前に彼らはいるから、そこは使えない。けれど、魔物モドキが出てきたあの場所から外へ出られるかもしれない。
ちらりと一瞬だけ目をそこへ向けた――それに気づいたベルンハルトがふわりと微笑んだ。
「逃げようとするのはおすすめしないな――地よ」
破壊された壁に空いた穴を、強固な岩肌が覆い隠す。
「っ、」
「簡単には破れないから、あそこから外へ出ることは諦めた方がいいよ」
私は目を細めた。
「そう警戒しないでほしいな。悪いようにはしないから」
「それは信用できませんね……何せ、街を歩けば私を探している大勢の王宮騎士団を見かけましたし、今も現に逃げ道を塞がれています」
警戒をしない方がおかしいと思うわ。
キッと睨みつけると、少し困ったように肩をすくめたベルンハルトが口を開く。
「王宮騎士団の行動が君に誤解を与えていたのであれば、それは申し訳ないことした」
素直に謝罪され、私は無意識に力を込めていた拳を解く。
「私が、誤解をしていたと……?」
「我々が貴女を探していたのは、市民を救い王都を守ることに尽力してくれたことに、感謝の意を述べたかったのが一番大きい」
「はあ……」
街で暴れたことを咎められるのだろうか。
それとも……可能性として一番あってほしくないのは、英雄として持ち上げられることだが、どちらにせよ面倒ごとに違いないだろう。
そんな風に考えていたことは、確かに誤解をしていたと言えるかもしれない。
しかし、ベルンハルトの言い方に引っかかる。
「……一番?」
感謝の意を述べたい。それが一番大きい理由だったと――まるで、他にも理由があるのだと言われたようなものだ。
「君を我が部隊に勧誘しようと思ってね」
「…………は?」
ワガブタイニカンユウ?
告げられた言葉の意味を、すぐに理解できなかった。
カンユウ……かんゆう……勧誘!?
「はぁ!?」
それは、思ってもいなかった申し出だった。
「3つの属性をあれだけ高度に操ることができるだけでも称賛に価するというのに、その上、雷の魔術まで扱える。みすみす逃すには惜しい戦力だ」
「……本当は、君を見つけ次第、王宮騎士団に入隊するよう勧めるから報告するように、と団長からお触れがあったんだけどね」
さらに不穏なことをエドゥアルトが呟いた気がするが、それに構う余裕はない。
王宮騎士団の部隊に所属するなんて、絶対平穏な生活が待っていないじゃない!
「お断りします!」
「そう?」
当然のように断った私に、ベルンハルトはこて、と困ったように首を傾げた。
どこか無邪気な、毒気を抜かれるような仕草に、思わずぐ、と口を噤む。
「そう……この申し出を断るというのなら……」
次は何を言われるんだ、と身構えた私の耳に届いたのは「緑よ」という言葉だった。
魔術……!? と驚いた直後、床を割くように伸びた蔓が私の体を絡め取った。
まずは両足首に巻き付き、そのまま伸び続ける蔓は腰をぐるりと回って腕もしっかり固められてしまう。
「うっ」
仕上げとばかりにぐっと締め上げられ、思わず苦しげな声が漏れる。先ほどの魔物モドキとは速度が桁違いだった。
完全に身動きが取れなくなり、心の中で悪態をついた。中々に締め付けてくるではないか、くそ。
一瞬のうちに、まるで十字架に貼り付けられたような体勢にされてしまった。
しかし、彼の無慈悲な行動は続く。
私の動きを封じるのと同時に距離を詰めていたベルンハルトは、「はい」と言って、カシャン、と私の右手首に腕輪をはめた。
妙にぴったり腕に合う金属製の腕輪だった。
細やかな模様が彫り込まれ、小さなオパールに似た石を埋め込んである、なかなか美しい意匠の腕輪だ。
「……何、これ」
拘束され、何故わざわざアクセサリーを身につけさせられたのか。行動の謎に眉をひそめた。
そんな私に、ベルンハルトはケロッとした顔で腕輪について教えてくれた。
「これは、魔力を抑え込むための制御装置だよ」
「はああ!?」
嘘でしょう! と叫んで、魔術を発動させようとするも、一体どういう原理なのか本当に全く発動できなかった。
体の中に魔力は感じられるのに、力が動いてくれない、そんな感覚を味わうことになるなんて……!
これではこの蔓を焼き切ることはできない上に、逃げる選択肢は完全に潰えてしまった。
顔色の悪くなった私をじっと見つめながら、ベルンハルトは憂いのある表情を作る。
「君がこの勧誘を蹴るというのであれば、器物損壊を訴えなければならなくなってしまうから、取り敢えず拘束させてもらったよ」
この対応は不本意何だけれど、と肩を落とす姿を「白々しい……!」と睨みつける。
そもそも、こうなるよう仕向けたのはそちらだろうに……!
「いや、第4の玩具をあそこまで木っ端微塵にするとは正直思っていなかったんだって。……俺たちとしては、君に3属性の魔術が使えるかどうかを見極めたかっただけだし」
私の表情から言いたいことを察したのか、エドゥアルトがそう弁解の言葉を口にした。
あくまで、あの魔物モドキをけしかけたのは、私が仮面の少女か否かを見極めるためで、危険と判断したらすぐに止めに入るつもりだったとも告げられる。
そう言われ、反論できず言葉に詰まってしまう。確かに、オーバーキルをしてしまった気はするけれど……。
しかし、私とて壊したくて壊したんじゃない。そういう事情を知らされていない状態だったのだから、正当防衛だ。
そうだ、と思いついて慌てて口を開く。
「べ、弁償。弁償すれば、問題ないでしょう?」
「払えるの?」
間髪入れずに問われ、また返答に詰まる。
「そうだな……正確な計算は追々するとして、ざっと見積もっただけでも2000万ウィルは必要だけど」
――2000万ウィルだって? 簡単げに告げられた価格に、私はひくりと口元が引きつったのを感じた。
この世界の基準として……普通の平民が真面目に働いて一生の内に稼ぐ金額が約1000万ウィルだと言われている。
そんな大金、ぽんと払えるのは貴族くらいだろう……いや、貴族の中でも爵位がかなり上の身分の者たちじゃないと難しいかもしれない。
そんな金額を、異世界からやってきて数週間の私に用意できるはずがなかった。
「何なら、王族に手をあげたって罪も加えておく?」
追い打ちか。
動けない私の耳元で囁いたベルンハルトに、今すぐ全力で殴りつけたいという衝動が沸く。
――完全にやられた。
にっこりと、若い娘が見たら頬を上気させるだろう微笑みを向けられ、私も同じく満面の笑みで返した――口元は引きつっていただろうけれど。




