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▽▼▽▼▽



「――……本気ですかぁ?」


 王宮騎士団第四部隊“お抱えの魔術絡繰技師(からくりぎし)”ルワーノ・フィションは、たった今告げられた話に気の抜けた声を出した。

 彼のトレードマークである丸眼鏡が声に合わせてずり落ち、表情も声に合わせて間抜けさが際立っている。


「それが、本気なんだとさ」


 肩をすくめたエドゥアルトは頷くと、先人の叡智を集め作られた防衛硝子の向こうへ目を向けた。

 もう少しすれば、あの向こうに待ち人の姿が現れることだろう。


 この防衛硝子を隔てた向こうの空間は、王宮騎士団第四部隊のために備えられた訓練所の中で一番広い場所だ。

 訓練内容としては、対魔物戦(・・・・)に視点を置いた模擬戦を行うことが多い。


「えええー、それ、後々問題になりませんかぁ? 僕怒られるのは嫌ですよ」

「俺だって嫌だ」

「ならエド副隊長、そこはストッパー役としてちゃんとしてもらわないと……」


 ルワーノはぶつぶつ苦言を呟いた。

 正直エドゥアルトとしても少し思うところがあるにはある……がしかしそのストッパー役にもどうにもならないことだって時には存在するのだ。


「今のあいつは止められない。絶対無理だ」


 いつもならエドゥアルトの注意に耳を傾けてくれる相棒(友人)であり、上司でもあり、時に身を呈して守らなければならない存在である男の顔を思い浮かべた。

 この話を持ちかけられた時に浮かべていた表情……特に、あの目つきは聞く耳を持たない時によくするものだった。

 残念ながら、ストッパー役として機能しないのは目に見えていた――のだが、それ以前に。


「……正直、今回に関しては俺も積極的に止めに入らなかったけどね」


 しれっとした態度で本音を口にすると、じとっとした目で見られた。

 乗り気じゃないルワーノの手前、建前は口にしたが、実のところ本気で止めようとしなかったのはちゃんと自覚している。


「エド隊長……」

「ま、いざとなったら揉み消すくらいするだろう。元々、自分で起こした不始末の後処理は自分で片付ける奴だしな」

「揉み消し……それって職権乱用じゃないでしょうねぇ?」

「さてね……そう心配しなくても悪いようにはならないと思うぞ」

「それはエド副隊長が良くおっしゃる“俺の勘はよく当たる”ってやつですか?」

「その通り」


 ベルンハルトの考えや、エドゥアルトの引っかかる部分が明らかになるのは確実だ。


 その結果がどちらに転ぶのか楽しみだ、と口にしたエドゥアルトを見て、ルワーノは疲れたようにため息を吐くと、そっと席を立った。


「どちらにせよ、僕に断る権限はないですからねー」


 ただのお抱えの魔術絡繰技師でしかないルワーノに、王宮騎士団第四部隊隊長と副隊長の言葉を無碍にできるはずもなかった。


「それで、どの子を出すんです?」


 ルワーノが慣れた手つきで絡繰を操作する様子を眺めながら、問われたエドゥアルトは「第4の玩具(クヴァーラルディーロ)を出してくれ」と告げる。


「クヴァを出すんですか」


 ルワーノは唖然という表情を貼り付けた顔で、エドゥアルトを振り向いた。

 玩具(ルディーロ)と名付けられた絡繰たちは、決して玩具という言葉通りの生易しいものではない。

 その中でも第4の玩具(クヴァーラルディーロ)の性能は桁違いだ。


 そのことを知らないはずがないエドゥアルトに思わず聞き返す。


「本当にクヴァを?」

「話を聞いた限りだと問題ないよ。けど、念の為に属性は3つに絞ってくれるか?」

「可能ですけど……」


 ルワーノの目が雄弁に「本気なんですか?」と訴える。


「そもそも、僕の造った玩具(ルディーロ)たちは一般人相手に差し向けていいものじゃなんですけど……」

「そう気にしないで大丈夫だって。それより早くしないと役者が来てしまう」


 そう言われてしまうと困る。ルワーノは情けなく眉を下げた。


「いざとなったら俺たちが止めに入るから、そう構え過ぎなくていい」

「隊長たちが危険と判断した時は、僕もクヴァを強制停止してもいいということですね?」

「そうしてくれて構わない」


 ならばそう構えなくとも万が一が起きることはないか、とルワーノはほっとした。

 何だかんだ無茶をいう上司たちだが、その実力は王宮騎士団の中でもかなり上位に位置する。有言実行を難なく行えるくらいなので、この件にしてもそう気構えなくていいのかもしれない。


 急かされながら指定された3属性を手早く設定し、ルワーノは第4の玩具(クヴァーラルディーロ)を起動させた。


「そろそろだな」


 先ほどからどこかわくわくしているような気がするエドゥアルトに、心に少し余裕ができたルワーノも件の人物に対して興味が湧き始める。

 

「きたか」


 しん、としていた訓練所にようやく人影が現れた。

 長い黒髪が特徴的な少女が1人、ルワーノは遠目に見えるその者をじっと見ながら口を開いた。


「彼女がそうですか?」

「ああ。ベルと一緒だと思ったんだが……彼女1人向かわせたみたいだな」


 大方、「この先で待っていてほしい」とでも言われたのだろう。

 ただっ広いだけの訓練所に立った少女は、周囲をきょろきょろ見回した後、遠目からでも不機嫌さが伺える所作で腕組みをした。


「彼女、すごい機嫌悪そうですけど」

「無理やり連行してきたからな。闇オークションでの調書を取る名目で連れてきたのに、広いだけで何もない場所に放置されてご立腹ってところかな」

「調書を取るなら普通、小さな取り調べ室に案内されますもんねぇ」


 調書を取るとは言え、会場での様子を聞く限り、彼女は明らかに白だ。

 待たされるにしても、せめて椅子ぐらい置いてある場所に通されるだろうから、少女の立場で考えると「何だこの対応」といった心境だろう。

 ルワーノは、これから少女の身に降りかかるであろう出来事を想像して、心の中で少女に謝罪した。それに加担する身であるから余計に罪悪感が募る。


「そろそろ我らが隊長も戻ってくることだろうし、動くとしようか。ね、ルワーノ」

「……はい」


 ごめんなさい。もう一度心の中で謝罪の言葉を述べたルワーノは、起動した第4の玩具(クヴァーラルディーロ)を送り出した。

 予定では、数分もしない内に少女のいる部屋へ飛び込むことになるだろう。


「――ん、送り込んだか」


 そのタイミングで、この部屋の扉が開けられる。

 するりと中に入ってきたのは、王宮騎士団四第部隊隊長その人だった。


「たった今ね」

「そうか」


 エドゥアルトの言葉に、小さく頷くと、ベルンハルトは硝子越しの訓練所へ目を向ける。

 広いだけの訓練所に、変化があったのはその直後だ。


 硝子を隔てているため、ややくぐもった音が届く――規定通り訓練所の壁が破壊された音だった。


「さて、お手並み拝見だね」


 楽しげに目を細めたベルンハルトを見て、ルワーノは驚いた。

 彼のこういう態度は珍しい。


 驚きつつ、視線を訓練所の方へ戻して、さらに表情が驚きに染まる。


 我ながら、なかなか凶悪そうな見た目に造れたと自負している第4の玩具(クヴァーラルディーロ)を目にしても、少女の態度は落ち着いていた。

 あらかじめ設定しておいた緑の魔術を向けられているのにも関わらず、酷く取り乱すことはない。


「……一般人なら、ここで悲鳴を上げてもいいくらいでしょうに」


 思わず呟いてしまった言葉は、次の瞬間を目にした途端、彼女には相応しくない考えだったと思わずにいられなくなった。

 ごうっと、一瞬で炎に包まれた少女の姿を見て、呆気に取られる。


「これは、」


 ビー! と、突然この部屋に響いた音にびくりと肩が揺れた。

 ますます驚愕の表情になったルワーノが、モニター画面を見て呆然と呟く。


「クヴァが、自動制御形式(オートモード)になった……」

「おもしろい」


 ベルンハルトがニヤッと笑った。




 ――そこから先は、驚きの連続だった。


 始終ぽかんとした顔のルワーノと違い、こうなる予感のあったベルンハルトとエドゥアルトは静かに様子を眺めていた。


「火に、風に、水か……」

「どれもかなり強い力だね。特に、水の魔術に関しては、報告よりも高レベルだ」

「3属性……どれも威力は3以上……もしくは4か」

「飛行時間や、その前後の威力を考えるに、魔力量も相当だろう」


 淡々と戦闘の様子を分析している2人は、互いの見解を話し合っている。


 その会話に加わらず、ハラハラした思いで戦闘を眺めていたルワーノは、第4の玩具(クヴァーラルディーロ)が無茶をしないか気が気じゃなかった。


 一定の魔力の強さ以上を感知した時点で、より実戦に近い形で訓練できるようにと第4の玩具(クヴァーラルディーロ)には、特別に自動制御形式(オートモード)を設定してある。

 使用権限を許可した魔術のみを、第4の玩具(クヴァーラルディーロ)が自らの分析判断で、その時の場面に合った戦術を計算し駆使する――管理者であるルワーノにも、その一連の動きは予測できない。完全に、行動を委ねている状態なのだ。


 あくまで魔術絡繰であるが、使い方によっては非常に危険な、それこそ兵器とも言える存在――。


「……あの、そろそろクヴァの自動制御形式(オートモード)を解除してもいいですか?」

「ああ、もう十分……件の少女は彼女で確定だろうし、解除と言わず停止してくれてもいい」


 少女の膨大だと思われる魔力がいつ切れてもおかしくないこの状況を心配していたルワーノは、ほっと息を吐き出した。


「では、停止しますよ」


 ルワーノの言葉に、ベルンハルトが頷こうとした瞬間――ドオオオオン! と凄まじい音と振動が響き、目を焼くような強い光が部屋を覆った。


「っ、なんだ!」


 3人は咄嗟に目を腕で庇い、閃光から守った。


「――きゃあああああああっ!?」


 音が聞こえなくなった数秒後、今度は甲高い悲鳴が部屋に響いた。

 次は何だ、そう思いながら目を開く。どうやらあの強い光はすぐに収まっていたようだ。


「……今の悲鳴、君か?」


 視界に、顔色を蒼白にして両手で口元を覆うルワーノが映り込み、エドゥアルトは恐る恐るといった様子で声をかける。


 聞こえた甲高い悲鳴は、残念ながら女子の発する声とは少し質が違った。

 自分は叫んでいないし、声の質と人格的にベルンハルトは絶対に有り得ない。

 ならば、ルワーノが悲鳴を発したに違いない――そのことを確かめるように問いかけたのだが、肝心のルワーノは肩を震わせるだけだ。


「ぁ、あ、あ、」

「ルワーノ?」

「どうしたんだ、ルワーノ」


 震える声で、言葉にならない音を口にするルワーノに、固まっていたベルンハルトも伺うように声をかける。


「ルワ、」

「ぼ、僕のっ! 僕のクヴァーがあっ」


 もう一度声をかけようとしたところで――またも女子のような甲高い悲鳴を上げて、ルワーノは部屋を飛び出した。

 それを止める間はなかった。

 ぽかんとした表情で見送った後、ベルンハルトとエドゥアルトは互いに顔を見合わせる。


「一体、何が……?」


 ルワーノが目を向けていた方を向いて、息を呑む。


「これは……」

「……ルワーノが悲鳴を上げるのも納得だな」


 エドゥアルトはぱし、と額に手をやりため息をつく。

 これは、またどうして……。


「どうするよ? 隊長」

「どうするもこうしたも……」


 ベルンハルトも眉間に皺を寄せ、頭痛を堪えるような顔をしている。

 目の前の惨状(・・・・・・)を、一体どうすればいいのか。


「……ああ、でもひとつはっきりしたことがあるな」


 ぽつり、零したベルンハルトを見たエドゥアルトがぎょっと目を開く。


「あれだけの力を持っているとは思わなかった――何としても、第四部隊(うち)に取り込むぞ」


 ニタリと笑みを浮かべたその表情を、実に久しぶりに見た。

 心底楽しそうな……面白そうな玩具を見つけた時に見せる表情だ。


「いいのか? 確か、件の少女を見つけたらまずは団長に報告を、と……」

「いいんだ。決めた」


 珍しく譲る気はないようだ。

 さぁ、彼女の元へ行こうか、楽しげに部屋を出て行く後ろ姿を見送りながら、エドゥアルトは肩をすくめた。





久しぶりの投稿になりました。


しばらくのんびりと更新させていただきます。

よろしくお願いします。

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