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 ◇◆◇



 気分は最悪だ。

 ――先ほどから頭の中で、子牛が荷馬車に乗せられ売られてゆく曲がしんみりと流れている。


「はぁ」


 強制的に連行された私は現在、王宮騎士団第四部隊の駐屯地を訪れていた。


 場所を移動するからと、ヴィオレットの好意で借りていた綺麗なドレスは、一旦自分の私服に着替えてある。

 動きやすくなったのと、屋敷から駐屯地までの移動に関しては、彼らが屋敷まで乗ってきたという馬車を利用したので、体力的にはあまり疲れてはいないのだが……。


 ――気が重すぎる。


 どよん、とした空気を纏っている私は、気を少しでも紛らわすために周りの景色へ目を向けた。


 王宮騎士団第四部隊の駐屯地は……想像していたより普通だった。

 敷地の周囲は防犯のためか高い塀に囲まれているが、中に建っている建物は街で見かけたものと相違ないような気がする。

 1軒だけ石造りの大きな建物があるけれど……と、思いつつ最後に目を向けた先にあるものを見て、肩をすくめた。まぁ、“あれ”に比べたら、ね……。


 現地に着いてから知ったのだが、駐屯地はお堀を挟んで城の隣だった。


 白亜の外壁は高く、まさに王族が住まうのに相応しい王城である。

 ああ、こんな形で城を目にすることになるとは……まぁ、駐屯地の所在場所が場所なだけに、残念ながら拝見できたのは、正面ではなく横から見た図なんだけど。


 ――気を紛らすつもりが、余計に落ち込んだわ……。


「帰りたい……」


 はぁ、と何度目かわからないため息を吐き出した。


 思わず本音を口にしてしまったが、幸いかなり小声で呟いたので聞かれてはいないようだ。

 若干俯き気味に歩く私は、伺うように前を行く2人を見つめた。


 ……大丈夫、だろうか。


 私がここへ連れてこられたのは、闇オークションの会場にいたから。

 だから調書を取らせて欲しい。もちろん事件に巻き込まれた被害者側として、というのが前提の話ではあるが――エドゥアルトの方をじっと見る。


 ベルンハルトの行動により、うやむやになったものの、私が「仮面の少女」だという疑いは晴れていないような気がする。

 調書を取る合間に、そのことを掘り返されなければいいのだけど。


 ざくざく、ときちんと手入れされているらしい芝の生えた場所を歩いていると、ふいにベルンハルトが足を止めた。


「エド」

「はいはい」


 名前を呼ばれ、視線を向けられただけで、エドゥアルトには何かが伝わったらしい。

 ちらりとだけ私に視線を向けると、さっさと早足で石造りの大きな建物の方へ向かっていった。


「気になるか?」


 遠ざかっていく背中をじっと見つめていたら、そうベルンハルトに声をかけられた。


「……てっきりお二人から調書を取られると思っていましたので」

「そうだね。エドとは後から合流することになる」


 合流するんだ。僅かに顔をしかめてしまう。

 調書の際、エドゥアルトには同席して欲しくないのが本音だ。


「調書は、どこで取られるんでしょうか?」

「あの建物だよ」


 示されたのは、エドゥアルトが先に向かった石造りの建物だった。


「随分、大きな建物ですね」

「隊の訓練所も兼ねているからね。……さ、行こうか」


 再び歩き出したベルンハルトの後を仕方なくついていく。





「――すまない、少し用事を思い出したから先に行ってくれないか?」


 建物に入って長い廊下を進んでいたが、ベルンハルトが急にそう切り出した。


「ここを進めば扉が見えてくるから、中に入って待っていてくれ」

「はぁ……」


 何とも言えない返事を返してしまったが、ベルンハルトは了承と取って来た道を引き返していった。

 ぽつん、長い廊下に取り残された私は「このまま帰っちゃだめかしら」と肩をすくめる。


「まさか、調書を取るべき相手を1人にするとは……」


 それでいいのか、と少し呆れてしまう。

 ため息をついて、仕方ないと先へ進むことにする。


 引き返すのは簡単だが、ここは素直に従ったほうが身の為よね。

 調書さえ乗り切れば、それで終わりだ。


「あの扉か」


 少し行けば、ベルンハルトの言うとおり1枚の扉が現れる。

 ひやりとしたドアノブに手をかけ、ゆっくりと開く――私は目を瞬いた。


「え、広くない?」


 小さな扉の向こうは、かなり広い空間だった。

 そう言えば、訓練所を兼ねているって言っていたっけ?


 予想外に広い空間だったため戸惑いつつも「中に入って待っていてくれ」と言われていたので、取り敢えず中へ入るが……。


 ぱたん、と閉まった扉の音を最後に、しん、とした空気が漂う。

 広い……広すぎないか?


 床から天井までが高い。私の立つ場所から向こう側まで、一体どれくらい距離があるのか。


「ここで待てって言ってたけど……まさか、こんなところで調書を……?」


 調書を取るのだから、小部屋でよくないか? 何故わざわざこんな広々とした場所で。

 きょろきょろと見回してみるが、広いだけで何もない。


「このまま立っていろと?」


 何もない、椅子すらない。

 私はきゅっと眉間に力を入れて、腕を組んだ。

 調書を取られる側だし、多少扱いが雑になるにしても……私のことは被害者だって言っていたくせに、も

うちょっと何か対応の仕方があるんじゃないの。


 先に行ってくれと言われただけなので、ベルンハルトとエドゥアルトがどれくらい遅れてくるかもわからない。


「待たせられるにしても、一体どれくらいなのよ」


 ぶつぶつ文句を口にしつつ、「ん?」と首を傾げる。


 気のせいか? 今、何か変な音がしたような……?


 ――ピシ。


 微かな音だが、まるで亀裂が走ったような音をまた耳が拾う。

 聞き間違いではなかったようだった。それどころか、どんどん奇妙な音は大きくなっていく。


「――え?」


 私の真正面、離れた壁に大きな亀裂が入った。

 どんどん広がっていく亀裂――数秒もしない内に、ガアアン! と何かが激しくぶつかる騒音が響き渡った。

 壁が吹き飛び、ガラガラと音を立てて瓦礫と化す。 


「な……、」


 目を見開いた私は、崩れる壁の向こうに何かがいるのに気づいた。


「なん、で」


 ギラギラした目が向けられる――壁の向こうには、獅子のような見た目をした禍々しい魔物が立っていた。

 

 思わず、ぽかんとした顔になってしまう。


 どうして、ここは騎士団の駐屯地なんでしょう?


 しかし、驚く暇も、事態を把握しようとする余裕もすぐになくなった。

 突然、足元の床が割れ、その割れ目から勢いよく伸びた蔓が私の体に巻き付いたのだ。


「っな」


 体の自由が奪われた上、ギリギリと締め上げられ、苦しさに顔を歪める。

 蔓は量を増し、徐々に体が上へ持ち上げられているようだった。


 間違いなく、これはあの魔物の仕業なのだろう。

 じわりと浮かんだ生理的な涙を瞬きで落とし、苦しいができるだけ息を吸う。


「……火よ(ファイロ)


 蔓が、首を締めなくてよかった。

 少し掠れた声で呟くように火の魔術を唱えると、ごうっと音を立て、私の体が炎に包まれた――このまま爆ぜろ。


 拘束を焼き切り自由になった私は、纏った炎を魔物へ目掛けて放った――しかし。


「うそ」


 ぐわっと現れた津波のような水の塊が、業火を飲み込んでいくのを目を見開いて見る。

 私の魔術があっさり破られた。


「くそっ」


 短く悪態をついて、慌てて風の魔術を唱える。


 先ほど、私が蔓を焼き切った火の魔術の勢いをそのまま攻撃へ転換したように、魔物も水の魔術の勢いを殺さず私を狙ってきた。


 天井近くまで避難した私は、眼下でぶつかりあった水が飛沫を散らし、ぐるぐると渦巻いているのを見て、眉を寄せた。

 避けていなかったら巻き込まれて最悪溺れていたに違いない。

 油断はできないが、今のところそれ以上の動きを見せない水から視線を外し、私を見上げる魔物を睨みつける。


「……緑と水か」


 2種類の魔術を操るのか、厄介な相手だ。

 水の魔術が下でまだ生きている間は、恐らくあの魔物は何もできないはずである。

 何もできないのは私も同じなのだけれど……当然、風の魔術で身を避難させている私だって他の攻撃魔術は扱えない。


 警戒は解かないまま、訓練所をゆっくりと見渡す。


 魔物が破壊して侵入した場所、私が通った出入り口。扉は、ひとつしかない。

 天井なども素早くチェックしたが、窓らしきものは見つからなかった。


「……退いた方がいいか、このまま応戦した方がいいか」


 逃げるならば、眼下でぶつかり合う水の魔術をどうにかしないといけない。

 思いつく方法はゼロではないが……火の魔術で蒸発……は、さすがに無理そうだと頭の中から除外する。


「それにしても」


 いきなり現れた魔物の存在に引っ掛かりを覚える。

 一体どこから現れたのか――そして、これだけ騒いでいてどうして人が来ないのだろうか。


 このただっ広い部屋に飛び込んできた時の騒々しさを考えれば、ここへたどり着くまでに何箇所か破壊活動をしていてもおかしくない。


「ここの警備はどうなっているのよ……」


 王宮騎士団の所有する場所だというのに、セキュリティが甘すぎないか。

 今は豊穣祭の真っ最中で、人手が王都への警備へ回されているのはわかるが、それにしてもだ。


 そもそも、この建物の場所は城に近い。そんな場所に魔物が転がり込んでくるとはまずあってはならないことなのではないか。

 どういうルートを辿ってここへ現れたのかわからないが、ここは王都の中心部と言っていい場所なのに。


「逃げるべき、か」


 魔物が一体どういう存在かわからない以上、もしかしたらまだ別の魔術を保有している可能性もある以上、退いた方がいいと判断する。


 このまま応戦してもいいのだけれど、遅れてやってくるはずのベルンハルトとエドゥアルトがいつ駆けつけてもおかしくない状況でもある……万が一戦っている場面を見られれば、いろいろと誤魔化すことはできないだろう。

 ていうか、今の状態ですら見られたらまずい気がするもの、確実に「仮面の少女」であると疑われる。


 眼下の水が徐々に勢いをなくしていく。恐らく、次の攻撃に魔術を転換するためだろう。

 ならば、一瞬だけ隙が生まれるはずだ。そこを狙って一気に突破するしかない。


 タイミングを逃さないよう気を張っていると――ふっと水が跡形もなく消えた。

 今だ、と唯一の扉へ目掛けて全力で飛ぼうとして、立ち上った火柱に慌てて軌道修正をする。


「あぶなっ」


 どんっ、どんっと何本も立ち上る火柱は、私の行く手を遮って扉へ近づかせないように誘導しているようだった。

 逃げようとしているのがバレてるってわけか。


 一瞬も隙はなかった。つまり、あの魔物は相当魔術の扱いに長けているのだろう。

 縦横無尽に動き回って火柱を避けるも、このままでは埓があかないと舌打ちをする。


 火柱の被害がまだない空間に滑り込み、ぱっと風の魔術を解いた。

 たんっと床に着地して、身を翻し、迫り来る火柱たちを睨みつけ叫ぶ。


水よ(アークヴォ)!」


 水の魔術を放ち、火柱を一気にかき消した。


「ちょっと勢い強かったかな」


 火柱を消した勢いは止まらず、魔物を一気に飲み込んだ。

 しかし、攻撃をイメージしたわけではないので、ダメージは入らないだろう。

 案の定、魔物の放った水の魔術に相殺されてしまったが――ひとつ試したいことを思いついた。


「……イチかバチか、やってみる価値はあるかな」


 どうせ、簡単に逃がしてはくれないんでしょう? だったら、もうやるしかないじゃないか……舌で唇を湿らせた。


 属性が属性なだけに、最大出力を放ったことはもちろん一度もないし、普段から積極的に使う力でもない魔術。

 あの魔物に効くかどうかは不明だが……今の条件だとまず無傷ではすまないはずだ。


 吸い込んだ息を、ふうっと吐き出して、両手を魔物へ向けた。



「さぁ、くらえ――……雷よ(バルク)





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