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――――……
「今年の豊穣の巫女は、ヴィオレット・フィロ・スラフィカロナ様に決まりました」
気難しそうな壮年の男がそう締め括り、老人が手にしたティアラのような髪飾りを、名前を呼ばれ前に出た少女の頭にそっと乗せる。
彼女の美しい銀髪に、そのティアラはとても良く似合っていた。
「謹んでお受けいたします」
丁寧に身をかがめた少女は、ふわりと笑みを浮かべ、舞台を見守っていた観客の方にも体を向けると、美しい所作で礼をした。
それを待っていましたとばかりに、観客がわっと沸く。自然と起こった拍手の音に、私もつられて手を叩いた。
巫女を選ぶ選定式というのは――やはり美人コンテストだった。
候補者の5人は、己がいかに美しいか、教養があるかを競うことになる。
その間、観客には色の違う造花が5本配られており、候補者の少女たちの胸元にも、配られたものと同じ造花がそれぞれ1本ずつ飾られていた。
造花は投票券の役割があり、観客は己が一番と思う少女の身につけた色の造花を、会場を回る籠の中に入れ投票する――つまり多数決で勝敗を決めるようだ。
巫女の儀式っていうものだから、もうちょっと神聖なものだと思っていたんだけどな。
ほんのり複雑な気持ちになったが、周りは大盛り上がりだったし、それなりに楽しめたので、まぁいいかと、手元に残った造花を揺らす。
改めて、選ばれた今年の巫女の少女を見た。
選ばれた少女の衣装はやはりドレスだが、他の候補者に比べると控えめである。
派手さはないが、それでも断トツに美しいと思う。姿形が美しいというだけでなく、所作も含め、圧倒的に綺麗だと思った。
私も一応観客ということで造花を受け取っていたので、彼女に投票した。
締めに入ったのか、老人の言葉が形式的な口頭に切り替わったところで、私は踵を返す。
聞いていた通り、30分くらいで終わった。
毎年人気だというだけあって、楽しめた方だとは思う。
「……どこか、まともな道はないかしらね」
踵を返したはいいが、この人混みの凄さはこの選定式のせいなのか。
大きな通りだというのに、人が多すぎて先ほどから全く進めない。
私と同じように見終わったから立ち去る者と、選ばれた巫女の少女をひと目近くで見ようと舞台に近づこうとする者がいて、均衡状態にあった。
「あんまり押されるのも嫌だし……」
固定してあるとはいえ、ショールが外れてしまうのはちょっとまずい。
私は取り敢えず大通りから離れることを選んで、近くの小道の方へ身を寄せる。
「路地裏って感じだけど……まぁ、今なら大丈夫か」
元の世界だったら、いくら昼間であろうとも路地裏には決して踏み込まなかったが、何かあれば目立たない程度に魔術を使えばいいだろう。
「……何もなければいいんだけど」
◇◆◇
壁に背をつけ、はぁ、とため息をついた。
「――貴女、一体どういう手を使ったのかしら?」
「あの、何の話でしょうか?」
「とぼけないで頂戴! 貴女が選ばれる筈がありませんもの! 汚い手を使ったに違いありませんわ!」
「そんな、わたくしは何も……」
「シャルラハロート様のおっしゃる通りですわ!」
「卑怯者! 不正を行って選ばれるなど、不敬にも程がありますわ!」
何やら揉め事のようだが……1対5ってのはどうなのよ。
壁際に身を潜め、そっと様子を伺った私は思い切り顔をしかめた。
路地裏を進んだものの、割とぐいぐい奥まで来てしまい、ちょっと迷子になっていたところだった。
困ったな、と思いつつ少し道を戻ろうかと引き返していた時に、この現場に遭遇した。
人気のない路地裏で話し声がし、それが少女たちの声だったので気なって近くまで足を運んでみれば――どうみても私刑の最中ではないか。
壁際に追い込まれた少女を、5人が取り囲み怒鳴りつけている。
今のところ怒鳴りつけているだけだし、彼女たち以外に人の気配はないが……。
「わたくしは不正などしておりません!」
「まぁ! しらばっくれるおつもりですのね!」
囲まれている少女は、先ほど巫女に選ばれた少女ではないだろうか。見える顔と、美しい銀髪には見覚えがある。
もう一度こっそり曲がり角から覗き見る。
その場にいる少女たちは、全員がドレス姿だ。
特に、取り囲んでいる中の1人、銀髪の少女に一番怒鳴り散らしている子は、かなり派手なドレスだ。
「……あれ、あの子」
よく見れば、巫女の選定式に出ていた候補者の1人ではないか?
巫女に選ばれた少女の隣に並んでいた、一番派手な印象の少女だった。その他4人は、候補者の中にいなかったように思うが……。
ここまで聞こえてくる声のほとんどは、「選ばれるわけない」や「不正をした」だのというものばかり。
つまり銀髪の少女が巫女に選ばれたことに、言い掛かりつけている最中というわけか。
そうとわかれば、一気にバカバカしい状況に思えた。
「貴女のような者が選ばれる筈がありませんのよ!」
選ばれなかった事実に腹を立てて、喚き散らす彼女はひどく滑稽に見える。
こういうイジメの場面は、よく目にしたというか、むしろされた側だ。
人の男を誘惑しただの、寝取っただの、散々身に覚えのないことを延々と喚かれたっけ……。
少し言い返せば、逆上して手をあげるなんてこともあったな。
そう想い出したところで、今の状況をもう一度探ってみる。
うーん、思ったより怒り狂っているらしい彼女が手を出しかねないし、タイミングを見て出た方がいいか?
「あくまでもシラを切るというおつもりですのね……!」
「な、何を……!?」
悲鳴が聞こえた。
角度的に何があったか見えない、バレるかもしれないが、身を乗り出して目を見開く。
派手な少女が、銀髪を掴んで引っ張っていた。髪を飾っていた髪飾りが足元に転がっているのも見える。
「お、おやめくださいっ、い、いたいっ」
悲鳴をあげる少女を冷たく見る派手な少女は、力を緩める様子はない。それどころか嫌な笑みを浮かべている。
その子の後ろで控えていた4人の内の1人が、歪んだ笑みを浮かべ、水の玉を投げつけんと構えている姿まで見えた。
さすがに魔術はないでしょう!
思ったより手を出すのが早かった彼女らの行いに舌打ちし、苛立ちを含んだ声で言の葉を口にする。
「風よ」
突然の突風を装い、主に髪を掴んでいる少女の手を狙う。
「きゃあっ」
ぱしん、と叩かれたような痛みがあったのか、少女は悲鳴をあげて髪から手を離した。
それだけで終わらず、私は銀髪の少女の体を守るように、しかし気づかれないよう風の壁を彼女たちの間に出現させた。
「なんなのよっ! もういいわ! やっておしまい!!」
癇癪を起こしたかのように叫んだ少女の命令で、水の魔術を発動させた少女が、それを銀髪の少女に向けて放った。
しかし、それは壁となった風の魔術にぶつかり弾けた。
狙い通りね。と、風を飛散させ、ついでに少女たちの方へ向くように仕向ける。
「きゃああああ」
まさか投げつけた水が自分たちにかかるとは思わなかっただろう、ずぶ濡れになった上に、強い風に吹きつけられ5人は悲鳴を上げる。
うまい具合に全員顔を両手で押さえ悲鳴を上げてくれたので、銀髪の少女から視線が外れた――その一瞬で十分だ。
「風よ」
少女の体を包むように魔術を発動させ、一気にその体を持ち上げた。
「きゃっ」
驚く少女を問答無用で空へ引っ張り上げ、建物の屋上へさっと移動させる。
「んな!」
「どこへ行きましたの!?」
「今、上から悲鳴が聞こえませんでした!?」
これも狙い通りだった。きゃいきゃい騒ぐ5人は、見逃してくれたみたいだ。
ずぶ濡れになった状態で憤慨しながら、きょろきょろと辺りを見回したり、悲鳴が上から聞こえたからと空を仰いだり――しかし、彼女たちの目には忽然と取り囲んでいた少女が消えたように映っただろう。
魔術で屋上に行かれたら面倒だなと思ったが、それは杞憂に終わりそうだ。
ひとしきり騒いだ後、諦めたのか、ようやくその場を離れていった姿に「やれやれ」と息を吐く。
「ふー」
まったく、とんでもないところに居合わせちゃったわ、と溜息をつく。
「風よ」
呟いて、ふわりと体に風を纏わせた。
上昇して、建物の屋上に降り立つと「まぁ」と可愛らしい声が聞こえた。
そちらに顔を向けると、きょとんとした少女が屋上に座り込んでいた。
私をじっと見つめ、こてんと小首を傾げる。
「先ほどのことは、貴女が……?」
「ええ、通りかかったもので。あの人たちはもう去ったので、もう大丈夫ですよ」
ふわり、風が吹く。
柔らかそうな銀の髪が、風で乱れるのを片手で押さえた少女は、やはりとても美しいと思った。
改めて近くで見るとすごい美少女だ。まるで精巧に作られた人形のよう。
自分を助けてくれたのが私だとわかると、少女は花が咲くようにふわっと笑った。
「助けてくださり、ありがとうございます」
「……気にしないでください」
そんなお礼を言われる程のことをしたつもりはないし、むしろいきなり魔術で屋上まで飛ばされて、怖かったかもしれない。
うーん、咄嗟だったにしろ、もう少しいい方法があったかもしれないのに。
会話らしい会話をしていたわけではないが、お互いが口を閉ざすと一気にしんと静まり返る。
そう言えば、結構奥まで進んでしまったけれど、祭りの会場からは離れているのかしら?
何となく、ぼんやりと祭りで賑わっていそうな方を見ていると「あっ」と巫女の少女が声をあげた。
その声に顔を正面に戻すと、恥ずかしそうに頬を抑え、眉を下げている姿が目に入る。
「嫌ですわ、わたくし名乗りもせずに申し訳ございません」
彼女はそっと佇まいを直すと、綺麗な淑女の礼をした。
「ヴィオレット・フィロ・スラフィカロナと申しますわ。改めてお礼を言わせてください」
そう言えば、その名前は巫女が決定した時に聞いたな、と思いつつ頭を下げる。
「ミオ・レイゼイです」
名乗られたから、名乗り返した。
ただ、作法がなってないのは自覚している。
明らかに一般市民とは言い難い少女に対して、会釈するだけの挨拶は失礼だろうか? ……しかし、彼女が先ほど披露してくれた淑女の礼を見よう見まねでするのもあまり良くないだろう。
「ミオ様とおっしゃるのね」
ヴィオレットは、気にした様子もなく嬉しそうに顔を綻ばせると、そっと私の手を取った。
「ミオ様、先ほどわたくしがお空を飛んだのは、魔術ですの?」
「ええ。風の魔術です……あ、すみません。下に降りましょうか」
そう言えばまだ屋上だった。
「風よ」
ふわり、と私の体を覆った柔らかな風に、体が少し浮き上がる。
一定の時間空中に浮いて、とん、と地面を蹴ればふわりと浮き上がる――イメージは、宇宙の無重力状態だ。
ゆっくりと落ちるイメージだから、屋上から飛び降りれば怪我もなく着地できるだろう。
くるり、とヴィオレットの方を見る。
「スラフィカロナ様、魔術をお向けしてもよろしいですか?」
「ヴィオレットで大丈夫ですわ、ミオ様。すごいですわね、もちろん魔術をかけていただいてよろしいのですが……」
少し言いにくそうな様子に、もしやと思い当たる。
「高所が苦手でしたか……?」
「あ、ち、違うんです……えっと、不躾なお願いだとわかっているのですが……」
不躾なお願いとは一体何だ? 首を傾げていると、ヴィオレットは意を決したように両手を合わせた。
「お空を、飛んでみたいのです」
「……なるほど」
聞けば、ヴィオレットは緑と水の魔術しか扱えないという。
「それでは……少し空中散歩といきましょうか」
「! ありがとうございますわ」
お手をどうぞ、と手のひらを差し出し、乗せられた彼女の手をきゅっと握った。
「風よ」
静かに、先ほどと違うイメージを持って魔術をかける。
ふわりと浮いた私は、彼女の手を引いて一歩踏み出した。
「わあっ」
目を輝かせたヴィオレットに、目を細めた。
「――楽しいでしょう?」
「はいっ」
気持ちはよくわかる。
私も、この世界にやってきて魔術が仕えると知って、1番に試したもの。
落ち着いた雰囲気だったから同じ年くらいだと思っていたけれど、この嬉しそうな様子を見ると、年下なのかもしれないな。
目を輝かせるヴィオレットに自然と柔らかい笑みが浮かんだ。




