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◇◆◇



「――すみません、そこの方」

「はい?」


 振り返る拍子にふわりと黒髪が舞った。


「昨日、仮面をつけて祭りに参加されましたか?」

「仮面? いいえ?」

赤石の街(ルータストーノ)には行かれましたか?」

「一昨日は行きましたが……昨日は魔物の襲撃もあったと聞きましたし、行くのをやめました」

「そうですか……突然失礼いたしました」


 さっと姿勢を正すと、一礼して颯爽と去っていく背中を眺め、私はそっと息を吐いた。


「よし。なかなかいい感じじゃない?」


 気に留められなかった。結果は上々である。

 去っていく王宮騎士団の青年の遠ざかる姿を、どこかぽうっとした顔で見つめる黒髪の少女。

 一連の様子を見ていた私は薄く笑みを浮かべた。


 ――今の私は、どこからどう見ても「ストレートロングヘアの黒髪少女」ではない。


 一番ネックだった長い髪は三つ編みでひとつにまとめ、襟から中に押し込んで隠している。それから、昨日購入したショールで頭と首元を覆えば、前髪以外は見えない。ショールを巻いている人もいるし、悪目立ちはしないと思う。

 多少、服の中の三つ編みがもそもそするけれど、まさか服の中に髪を隠しているだなんてみんな思わないだろうから、これくらいは我慢だ。


 それから、昨日の帰り道、奇跡的に出会えた“ウィッグ”――正式な名前は別だと思うが、取り敢えずウィッグと呼ばせてもらおう――がまたいい仕事をしてくれている。ついでに見つけた瓶底眼鏡みたいな伊達眼鏡もいい感じだ。


 つまり、今の私はちょっとした変装をしているわけである。


 購入したのは明るい栗色の短髪ウィッグで、前髪のカットはせずそのまま被っている。

 自毛が見えないよう敢えて長いままにしているので、視界が少々悪いけれど、伊達眼鏡のおかげで目に入ることはない。


 これらは一応仮面のかわりのつもりだ。

 全体的に野暮ったい見た目だから、ナンパは今のところないし、「黒髪少女」という括りからも外れた私は、堂々とまではいかないが、それなりに気楽に歩けている。


「……短髪しかないってのが残念だったけど、充分でしょ」


 ウィッグは、短髪しか置いていなかったので、なるべく明るく毛の長いものを選んだ。

 豊穣祭のため営業はしていないが、お店のショーウィンドウに映り込んだ姿を確認して、ちょいちょいっと前髪を直す。

 ショールの隙間やウィッグの隙間から黒髪が覗いていないことを確かめると、さっさと歩き出した。


 変装は成功と言っていいだろう――しかし、油断大敵である。


「こうなった以上、長居は無用……手早くお土産見繕って帰ろう……そして、いろいろ勉強しよう」


 王宮騎士団の者の姿を見る頻度が上がっている。明らかに、昨日より多いと思うのは気のせいではないはずだ。

 黒髪の少女に声をかけている場面も、既に何度も目撃している。

 

「それに……」


 やたらと「魔術を3種類操り準特級をたった1人で倒す実力」と驚かれてもいるのも引っかかっていた。

 私はまだまだこの世界の常識を知らない。


 昨日の私の行動が、もし常識を外れた行動だったのなら。


 それが、咎められる行動だったわけでなくむしろ称賛されるような――物語でありがちな“特別な力を持つ英雄”と思われでもしていたら……?

 魔術自体は特別でも何でもない、誰でも扱える力だけれど……かなり個人差のある力だったとしたら?


 あの魔物と対峙した私を見ていた者の目は――恐ろしいものを見たような、有り得ないことを目撃したような、そんな目だったことを思い出し、顔を歪めた。


「……まさか、ね」


 もし、王宮騎士団の者たちが私を探している理由が――と、思い浮かんだ仮定を頭から追い出すように首を振った。

 考えすぎ、考えすぎよね。と、自分に言い聞かせながら、無意識に俯けていた顔を上げると、先ほどと別の王宮騎士団の者の姿が視界に入る。


 彼はきょろきょろと周囲に目を配りながら歩いている。特に、年若い少女たちを念入りにチェックしているようだった。


 ――取り敢えず、王都を無事に出るまで魔術は控えよう。


 昨日のように強い魔物が襲撃してくることは早々ないと思いたいが、これ以上変に注目されるのは避けたい。


「……英雄扱いは嫌だ」


 そんな扱い受けたらと思うとゾッとする。


 はぁっとため息をつく。

 人助けをしたのだから、それに関して後悔はないが……この事態はまったくの想定外だった。

 王宮騎士団が私を探す本当の理由はわからないままだが、探されていることは残念ながら事実である。


 とにかく、理由が何であれ関わるつもりは微塵もない――あくまで平穏に過ごすことが私の第2の人生の目標なのだから、面倒事は絶対に嫌だ。


 さすがに、王宮騎士団もこの祭りの期間中に見つけられなければ諦めるだろう。

 クプソン村は王都からかなり距離があるし、無事帰ることができたら、きっと大丈夫。


 お土産を買えたら馬車が来るまで宿に引きこもろう。

 もう少し祭りを楽しみたかったが……実際の理由が何であれ、王宮騎士団に関わると碌なことにならないのは明白なのだ。


 きっと、面倒なのは今だけ……ほとぼりが覚めたら、その時は優しい老夫婦と今度こそ一緒に楽しもう。


 だけど、その前に魔術のことや魔物のことをもっと勉強しないと。一体どのレベルが普通なのか知らないことには、せっかく手に入れた力をやすやすと使えないのだから。

 覚えることはたくさんある。この世界で生きていくと決めたのだから、しっかり学ばないと。


 うん、それがいい。そうしよう。

 今後の計画を頭の中で練りながら、私は頷いた。



 しかし――……こういった考えが所謂フラグになることを、今の私は知る由もなかった。



◇◆◇



「あ、もうすぐ豊穣の巫女の選定式が始まる頃ですねぇ」

「……豊穣の巫女の選定式?」


 これは花屋の女将さんのお土産にいいのでは、そう思って立ち寄ったアクセサリー雑貨を扱っている露店の店主さんが、にこにこと頷く。


「毎年、豊穣祭で行われる人気の行事ですよ。お客さん、王都での祭りの参加は初めて?」

「ええ、まぁ」

「なら、見に行ってみるといいですよ。毎年盛り上がるんです」

「どんなことをするんですか?」

「だいたい年が15歳から20歳くらいまでの少女たちの中から、いかに巫女に相応しいか、美しさと清廉さを競うんです」


 ……美人コンテストか。思ったが、口には出さず相槌を打つ。


「巫女に選ばれた少女は、1年間王都で行われる祭り事に参加して、祈りを捧げたりするんですよ。それに、巫女に選ばれることはそれは名誉なことですしねぇ。祭り事によっては王族の方とご一緒することもあるので、みんな憧れるんです」


 店主さんは「私も、若い時は参加したくて……」と懐かしげに目を細めている。


「まぁ、候補に選ばれる少女は第一条件としてそれなりに裕福でないといけないので、諦めましたけどね」


 なるほど、誰でも参加できるわけではないのか。

 しかし、店主さんの話を聞けば聞くほどその選定式というのが所謂美人コンテストに思えてならない。


「この通りをあっちに進んだらちょっと大きな広場があるんですが、そこが会場です。たぶん、もう人も集まっている頃でしょうね」


 正直興味はないが、聞けば時間はだいたい30分程度とかなり短い。

 ここまで熱心に教えてもらったのだし、ちらっとだけでも覗いてみようか。


 いくつか選んだ商品を店主さんに渡しながら、私は選定式とやらがどんなものか思い浮かべた。


「それじゃあ、楽しんで!」

「ありがとうございます」


 元気よく送り出してくれた店主さんに頭を下げ、教えられた方向へ歩みを進める。



 露店を離れ、人の流れについて行く。

 周りの言葉に注意してみると、大半の者が巫女の儀式を見に行くつもりであることがわかった。


 進めば進むほど人が多くなるが、空間もどんどん広がり、さほど混雑しているようには思えなかった。

 さすが、盛り上がるというだけあって、会場も広い場所でといったところか。


「あの辺りかしらね」


 一際人が多く集まっている様子と、柵で囲まれた、まるで舞台のような空間。その近くに張られた天幕を見て、頷く。

 恐らく、あの天幕の中に巫女の候補者が待機しているのではないだろうか。周りを警備のような男たちが囲んでいるから間違いないだろう。


 もう少し近づいてもいいが、あまり近くに行くと混雑で布を引っ掛けてしまうかもしれない。

 程々に離れて巫女の儀式とやらを見物させてもらおうか。


 しばらく待てば、何やら妙な格好をした老人と、気難しそうな壮年の男が天幕から出てきた。


「これより、巫女の選定式を執り行う」


 老人が少ししゃがれた声を張り上げると、天幕の入口が大きく開き、そこから数人の少女たちが現れた。

 一気にざわつく会場に、私も少女たちへ視線を向けたが、「……巫女?」と首を傾げることになった。


 日本で生まれ育った私の中で、巫女とは「神に仕える女性」という認識が強く、姿も初詣などで見かける巫女装束、白い衣に朱色の袴が特徴的な装束に身を包んだイメージが強い。

 

「おー、確かに今年は華やかだねぇ」

「公爵家のご令嬢がご参加とのことだけど、あの方がそうだろうな」


 私の近くにいる老夫婦が、のんびりした口調で舞台を眺めながら言った。


 舞台に立った少女は、全員で5人。

 みんなそれぞれ美しい娘であるのだが……何というか、かなり派手である。

 見物人は「今年は華やかだね」と言うだけなので、毎年似たような格好なのだろうが――巫女のイメージはあくまで日本の巫女のままの私には、ジェネレーションギャップが激しかった。


 まず全員、どこのお城のパーティだと突っ込みたくなるほど煌びやかでごってりとしたドレスなのだ。


 この状況にぽかんとしているのは私だけ、しかしその間にも、当然式はどんどん進行していく。

 老人が少女たちの名前を紹介していくことから始まり、今は、紹介された少女たちが一歩前に出て簡単な挨拶を述べるところだった。

 それが終わると、いよいよ巫女を選ぶための儀式に入る――取り敢えず一旦日本の巫女は考えないようにしよう。

 私は軽く頭を振って、前を向いた。





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