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 ――魔物の突然の襲撃には驚いたものの、事態は甚大な被害になることもなく、無事収束した。


 そう……収束はしたのだ。あくまで、魔物の襲撃に関しての収束、は。


「……少女、長い真っ直ぐな黒髪、仮面――」


 先ほど偶然耳にした内容を反芻するように呟きつつ「やっちまったなぁ」と空を仰いだ。


 さすがに疲れた、とぐったり座り込んでいた私の耳に届いたのは、王宮騎士団が人を探しているという話だった。


 今は一応解除されているが、襲撃の影響で、魔物の出現場所と周囲の地区は人払いが一時されたため、私は赤石の街(ルータストーノ)を離れていた。

 できるだけ人通りの少ない場所を求め、丁度いいやと見つけた段差に腰掛け、休憩している時にその話は聞こえてきたわけだが。


 ――曰く、「癖のない長い真っ直ぐな黒髪の少女を、王宮騎士団の者たちが探しているそうだ。その者は仮面を被っており、たった1人で王都に侵入した巨大な魔物を倒したんだと。目撃情報なども逐一受け付けているそうだぞ」と。


 何だか背筋がひやりとしたのは、王宮騎士団の探している少女という存在に心当たりがあったからだ――額を押し付け、膝を抱えるように座り込んでいた私は、そっと仮面を外してカバンに忍ばせた。


「やっぱり、対応がまずかったか……?」


 けれど、あの場で留まっていても面倒なことになりそうだった。

 私は、はぁあっと重々しいため息を吐き出した。




 ――

 ――――

 ――――――……




「――やば」


 思わず口にしてしまった言葉。

 私は乱れる髪に目を細めつつ、燃え盛る業火に口元が引きつるのを感じた。


 私は自分の全力を知らない。いや、知らないというより試す機会がなかったのだ。

 そして、この魔物の襲撃事件は、その全力を試す機会になったとだけ言っておこう。決して言い訳などではない……ないんです。


 魔物の体は、脆かった。

 すっぽりと全体を業火に飲み込まれた魔物は、聞いているこちらの耳が痛くなるほどの絶叫をあげたが、その場で暴れることもなくすぐに地面に伏した。

 体のどこかにあるという核の鉱石を壊せば絶命する――その言葉通り、魔物はあっさりと命を散らしてしまったのだ。あれだけ人々に恐怖を与えたのに、呆気ないものである。


 そして、私が思わず「やば」と口にしてしまった理由は、魔物の命をあっさり奪った業火が燃え広がろうと大きく膨らんでしまったからだ。

 もっと手こずると思って全力を込めた結果、どうやらやり過ぎたらしい。


「ちょっと、まずいか」


 いつもなら「消えろ」と強くイメージすれば消えてくれる魔術の力だが、うまく制御できない。

 思わず舌打ちしそうになるのをこらえ、ならば、と突き出していた両手を空へ掲げた。


水よ(アークヴォ)!」


 今までのやり方で無理ならば、別の方法で消すまでだ。


 燃え広がる業火を包み込むように、水の膜で覆い尽くす。

 ボシュウッと凄い音を立てて、みるみる小さくなる炎に、ほっと息を吐き出した。どうやらうまく鎮火できそうだ。


 いやあ、やり過ぎはよくないわね。


 ふら、と足がふらつきそうになるのを堪える。力を使いすぎたらしい。


 水浸しになっちゃったけど、火事よりましよね。

 黒焦げになった魔物の姿に目を向けて、ふと、先ほどからしんとしている周りを不思議に思う。


 振り返った私は、まるで「恐ろしいものを目撃してしまった」とでも言いたそうな顔をした衛兵たちを視界に入れることになった。

 何故そんな顔で見られているのか疑問に思いつつ、衛兵たちと、絶命した魔物を交互に見やる。


「あの」

「っは、はい!」


 一番近くにいる衛兵の人に声をかけると、彼はびくりと体を揺らして姿勢を正した。

 あまりにも綺麗過ぎる姿勢に、私は目を瞬く。


「あの魔物は、もう動きませんよね?」


 どう見ても絶命しているのは明らかだが、あの魔物の生態について知らない私は、念の為に確認を取る。


「え? え、ええ。その、動かないかと」

「そうですか」


 私はじっと衛兵を見つめた。

 見つめられている衛兵は顔を微妙に引きつらせ、私の動向を伺っているようだった。


「では……驚異は去りましたね?」

「ええ、」

「わかりました」


 くるり、衛兵に背を向けた私は、そのまま歩き始める。


「え? あ、あの! ど、どこへっ」

「すみませんが、疲れてしまったので後始末はよろしくお願いいたします」

「ちょ、ちょっとお待ちを……!」

「失礼します」


 追いすがってくる衛兵たちに、私は少し大きな声を出して、飛んだ。

 正直疲れていたのだが、飛んで逃げるくらいの力はまだある。


 何より、一刻も早くここから離れた方がいいと、私の頭に警鐘が響く――留まり続ければ、面倒なことになると。




 ――

 ――――

 ――――――……




 そうして、私はしばらく焦った様子の衛兵たちに追いかけられ、何とか逃げ切ることができた――そして、「王宮騎士団が探し人をしている」という話を聞いてしまったわけである。


 また、重々しいため息が口から溢れた。


 どうしてあの時居合わせた衛兵たちではなく、王宮騎士団の人に探されているのだろう?

 そこが最大の疑問である。あの時、王宮騎士団の者は誰もいなかったはずだ。


 もしかして、私の行いって褒められたものではない……? まさか犯罪になってしまう……とか? 一瞬不穏な考えが思い浮かぶが、すぐに否定した。


 それにしては犯罪者を捕まえるような雰囲気ではなかった気がする。

 ぐるぐると謎が頭を巡る中、この人気のない場所に、どこかきゃぴきゃぴとした明るい声が聞こえてきた。


「あー、びっくりしちゃったわっ」


 数人の少女たちが、少し離れたところに集まると、一斉に喋り始める。

 どうやら、段差に腰掛けている私には気づいていない様子だった。

 立ち聞きも何だし、離れようかと腰をあげようとしてぴたりと動きを止める。

 

「歩いていたら、急に王宮騎士団の第一部隊の人に声をかけられたの! すごくすごく驚いたわ」


 どこかうっとりとした表情を浮かべて少女は、興奮気味に言葉を続ける。


「それでね! 貴女は仮面の少女ですかって聞かれたのよ? 何のことかわからなくて、思わず聞き返しちゃったけど……」


 話をしていたら、何故かどんどん周りに騎士団の屈強な若者が集まってきて、それはもうすごかったと少女が言うと、話を聞いていた他の子は羨ましそうな顔を向けた。


「まぁ、人違いだったみたいって謝られて、すぐにどこかへ行っちゃったんだけどね。それでも、お話できて嬉しかったわ……はるばる王都までやってきた甲斐があったってものよ!」

「いいなぁ……」

「でも、仮面の少女って何のことなの?」

「ああ、それはね」


 少女は、先ほど誰かが話していた内容とそっくりなことを、周りの子に教えた。

 ほぼ同じだが、それに付け加えて「操った魔術は風と火と水の3種類。さらに倒した魔物は準特級(・・・)のソルレザールである」という情報が増えていることに気づいた。


 魔物の名前はピンとこないが、操った魔術の件に関しては何も言えない……ああ、確実に私のことを探しているのか。

 ほんのちょっとだけ「別の場所でも魔物の襲撃があって、私と同じような出で立ちの子が1人で立ち向かったのかも」という希望を――現実逃避ともいう――頭の隅に置いていたのだが、呆気なく砕け散った。

 思わず遠目になった私の耳に、甲高い少女たちの声がさらに届く。


「ええっ、準特級を!? しかもたった1人で!?」

「何者なの、その仮面の少女って……」

「わからないから、きっと王宮騎士団が必死になって探しているんじゃないかしら?」

「でも、3種類の魔術に、準特級を1人で倒した実力ってところを考えると……その方どこかの貴族のご令嬢なんじゃ……?」

「それが、その子の格好は私たちが着るようなありふれた庶民の服装だったらしいのよ。顔は仮面でほとんど隠れていたし、名前も名乗らず去ってしまったそうなの。だから、少しでも特徴に当てはまる子を見つけては声をかけているって言ってたわ」

「確かに、貴女真っ直ぐな黒髪だものね」

「念のため操れる魔術を見せてって言われたけど、私はしょぼい緑の魔術しか使えないから、すぐに人違いだってわかったけどね」


 ほら、と少女は足元に植物を生やした。

 それを見た周りの子も、自分はこんなものだ、と各々魔術を披露する。


「庶民はそんなものよ。私だって、水の魔術しか操れないのに、こんなだし」

「私もこんな感じね」

「やっぱり貴族なんじゃない? ほら、お忍びで庶民の格好をしてたとか。正体がバレないようにきっと顔を仮面で隠していたのよ!」

「どこの貴族様が、一体何の目的で豊穣祭中に庶民の格好をするのよ……」

「……私はどこかの国のスパイじゃないかって思うのだけど」


 王宮騎士団の者に声をかけられたという少女が、少し声を落として言った。


「何でまた」

「だって、王都にいる王宮騎士団全員が、その仮面の子を探しているっていうのよ? もちろん警備が優先で、探しているのはついでだろうけど……ついでだとしても、第一部隊の人たちまで人探しを手伝うなんて余程の事態だと思うわ」

「それで、スパイじゃないのかって思ったわけねぇ」


 彼女たちの話は、だんだんと各々の妄想を加えたものに変わっていく。


 一通り楽しげに盛り上がると、話はもういいのだろう。私の存在には最後まで気づかず、足早にこの場を離れていった。

 彼女たちが去ったことで、しん、とした空間に戻る。そっとため息を吐き出した。


 憶測交じりの話が多かったが、あの話しかけられたという少女は大事なことを教えてくれた。


「……取り敢えず黒髪隠す方向でいこう」


 自分が長い黒髪の少女という見た目だったから声をかけられたのだと言っていた。

 仮面の少女の条件に合う者を見かけては、王宮騎士団の者が直々に声をかけてくるとのことだが――条件に合うどころか、私は仮面の少女(本人)である。

 腰まである癖のない黒髪をひと房掴んで、眉を寄せた。


「……どうやって隠そう……?」


 仮面は被らないにしろ、思いっきり黒髪の少女であることに変わりない私は、空を仰ぐ。

 ……まず、ここからどうやって街中を警備している王宮騎士団に遭遇せず宿まで帰れるのか、それが問題だ。





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