第17話 マゼンタの悪魔㊲【赤染アンリ視点】
土の感触。全身が痛く、口の中から砂の味がする。
いつの間に、眠ってしまっていたのか。
気付けば、私はいばら姫の死体の前に全裸で、うつぶせに倒れていた。
血のドレスすら具現化できない無様さに自嘲する。
……ジェネシス切れで気絶したのか、私は。
起きてなお、倦怠感がぬぐえない。
全快とは程遠い。正確な睡眠時間は分からないけど、せいぜい1時間にも満たない感じがする。《全理演算》を使えばわかるのだろうけど、そのジェネシスすら惜しい。
壮絶な死闘だった。
今でなお、勝てたという実感が無い。
最後の最後の一撃は、本気で不可避だった。
血のドレスと赤い靴を具現化し、手のひらで頬を張って、無理やり意識を覚醒させる。
「行かなくちゃ……」
勝利の余韻に浸っている余裕は、ない。
セリカのもとに……戻らなければ。
私はいばら姫の死体に背を向け――――
「――――っ!?」
強烈な殺気を感じ、前方へ転がるように跳んだ。
背後で衝突音が鳴り響き、私は早急に振り返る。
「外したか」
――――そこに、”何か”がいた。
くぐもった低い声は、幾重もの人間の声が重なったような、気味の悪い音がした。
黒いジェネシスを身体に身にまとい、肌が見えない。
小さな体なのに、えげつない死臭。
顔がぐちゃぐちゃで、目と口と耳と鼻が大量に詰め込まれた歪な顔。人間の形をしていない。
いつの間にか、いばら姫の生首を左手に取り、頭蓋骨を砕いて中身をすすっている。
新手か。だが、見たことがない。
誰だ……こいつは。
《食物連鎖》――ショクモツレンサ――
「SSは美味い。やはり別格……だ」
脳を食べる能力者。
といえば、連想するのは一人しかいない。
「だが、失望した。あのいばら姫が、まさか負けるとは。あんなに強かったのに。弱かったんだな」
「ずいぶんオシャレな恰好になったのね。――――ヒキガエル」
ああ、最悪だ。
ゼロ、骸骨、いばら姫、立て続けの連戦で、全快とは程遠いのに。
いつかゼロに言ったっけ。
――――それも含めての勝負よ。お互いに万全の状態で戦おうだなんて、オリンピックじゃないんだから。子供みたいなこと言わないの。
なんて、ね。
自分がやられて分かるこの苦渋。正直、ごめん被りたいところではある。
なんか色も変わってるし。ヒキガエルは本来、パープルのはず。
「赤染アンリ。お前は、僕の、餌だ。お前の血液を操る能力を奪い、僕は”完成”する」
「…………熱烈な視線ね。その片思い、はっきり言って迷惑よ」
どう、切り抜けるか。
まるで勝てる気がしない。
いばら姫戦で私はガス欠だ。全快でも今のこいつに、勝てるかどうか。
「関係ない。殺す。食べる。お前の全てを」
「…………ちっ」
さすがにマズいな、この状況は……。
覚悟も準備も決まらないまま、ヒキガエルは黒い翼を広げ、跳躍の構えを取る。
来るか……。
そして直感する。
この殺し合いが、最後なのだと。
生き残るにせよ、死ぬにせよ。
全ては、ヒキガエル戦の為に。
私はセリカによって生かされたことを、この後知ることになる。
「食べる、食べる、食べる」
うわごとのように呟きながら、化け物がやってくる。
「……あー。怠いなぁ」
私は残ったマゼンタジェネシスを迸らせながら、殺意を解き放った。




