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±0  作者: 日向陽夏
第4章 黒へと至る少女【後】 絶対零度編
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第17話 マゼンタの悪魔㊱【赤染アンリ視点】

 

「…………この勝負、どう転んでも私の完勝は無いように設計されていたのね」


 下半身を失い、上半身だけで地面に血まみれで倒れるいばら姫を見下ろし、私は呟いた。

 マグマの雨は消滅し、いばら姫から零れるジェネシスの残滓も僅か。

 そう。結論から言ってしまえば。

 決着はついた。この勝負は、いばら姫の死という結果で終わる。

 《自在転移》発動後、いばら姫の姿が消えた。予想通り、いばら姫は私の《発狂密室》内部に転移しようとし、結界の内と外とで切断され、身体が引き裂かれた。

 何故か下半身は遠くまで吹っ飛んで、私の背後にある。

 私は反射キャンセルは行わず、そのまま構えた結果だった。

 根拠はない。

 初手の結果が相手にバレてしまった以上、二手目は別の結果になるように動いてしまうであろうと自分自身の動きを予測し、逆に耐えただけ。でもそれも結局は運のようなもので、私が死んでいてもおかしくはなかった。

 読み勝ったとは言えない。時の運と言ってしまえば、それまでだ。

 そして。

 いばら姫は、自分が失敗した可能性も考慮していた。

 だからこそ……。


「自分の身を犠牲にしてまで、骸骨を逃がすとはね」


 《発狂密室》内に上半身だけ転移したいばら姫は、残ったジェネシスを使って骸骨を転移したのだ。

 この場にいるのは、私といばら姫だけ。

 骸骨は討てなかった……。

 ゼロのとどめも妨害されたし、私は結局、ほぼ全ての力を出し切って、ぎりぎりでいばら姫のみを、運で仕留めたというだけの……実力だった。


「何故、あなたも一緒に転移しなかったの?」


「フッ、答える義理は……ないわね。忌々しいけど、認めてあげる。この勝負は、お前の勝ちよ。さぁ、殺しなさい」


 口から血を吐き出し、地面に大量の血を切断面からぶちまけながら、上半身のみになったいばら姫は、それでも不敵に微笑する。


 ……外道のくせに、その姿を何故か美しいと思ってしまった。

 さっさととどめを刺すべきだと理性が囁くが、何故かそれは躊躇われた。

 理由はわからない。

 私は……いばら姫とどうしてももう少し話したかった。

 なぜ?

 ……やはり、分からない。


「何を……躊躇してるの? 今更、ビビるようなタマでもないでしょうに」


 そう。躊躇する必要はない。のに。


「…………?」


 頬を何かが伝う。でも汗じゃない。

 そして、喉が熱くなる。

 視界がにじみ、朧げになる。

 私は、なぜか涙を流していた。


「何を、泣いてるわけ? 気持ち悪いガキね、最後まで……」


 いばら姫はそう毒づくが、自分でもその通りだと思う。

 不可解な、涙。

 今更、誰をどう殺したところで、痛むような心なんてもう無いのに。

 いばら姫は私を憐れむような眼で見つめていた。


「……憐れね。お前は……白雪セリカに惹かれながら……あいつに”理解”されることだけはない……。お前は誰かに、”母”を求めている。完璧で、冷血な……お前の母になれる器を持つ人間は、この世にはいないでしょう。それは、白雪セリカでもそう。変わらない。お前はどう……足掻いても”こちら側”で、だからこそ白雪……セリカと根本の部分で相容れることは……ない。だから、一生孤独の中で……生きる。その手を血で……汚し……ながら、誰にも感謝されず、憎まれ、呪われ、破滅を願われながら、ただただ……孤独に生きていく。お前の人生に”救い”は無い……。……自分の同類を殺し……続ける苦しみが、お前の涙の”正体”よ」


「…………」


 怨嗟のような言葉なのに、その声には、何故か親愛のようなものがこもっていた。


「ねぇ、いばら姫。あなたが死んでも、また骸骨はあなたを蘇生するんでしょう?」


 殺したくない。

 もしかしたら、この女は、世界で唯一、私を”理解”してくれる存在かもしれない。

 もはや建前でごまかすこともできなくなっている。

 私は、本心でいばら姫を……。


「私の……生前の……ベースとなる肉体……を蘇生したら、また別の人格として蘇生される。だから、”私”とは……ここでお別れよ」


 ……だから、か。だから骸骨は、必死にいばら姫を守ろうとした。


「……あなたほどの女が、なぜ。……命と引き換えにしてまで。あの男が、そんなに大事なの?」


「……ガキには、分からない話よ」


「……」


「そういえば」


「……?」


「なぜ……私が……転移しなかった……のか。その質問に、答えて……あげるわ」


 《完全再現》――カンゼンサイゲン――

 《五感奪取》――ゴカンダッシュ――


「指定、視力」


 背後から殺気。……ありえない方向。

 切断された下半身の切断面から、第三の腕が生え、人差し指が私を指していた。

 それが最後の光景になるという、悪寒。。


 私の視力は失われる。と同時に。


「キルキルキルル」


 記憶を頼りに、いばら姫が倒れていた位置に対し、間髪入れずに剣を投擲する。


「そう。それでいいわ。……アンリ」


 確かな手ごたえとともに、視界が戻る。

 いばら姫の心臓を、私の剣が正確に貫いていた。


 ――――けど。


 サラサラと、何かが私の頬を撫で、唇をなぞった。

 いばら姫の第三の腕だった。

 あの短い攻防の中で、一瞬で間合いに入られて……いた。

 今、何か能力を発動されたら、一巻の終わりだ。


「……私を倒した褒美よ。見逃してあげる。でも、”次”はないわよ」


「…………っ」


「覚えておきなさい。私の名前は摩耶辺燐マヤベリン。それじゃあ、楽しかったわ。さよなら」


 そう言って、いばら姫の目から光が失われた。


 ――――いばら姫は、死んだ。



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