09.魔術師の弟子に会いに行こう
王城での役目を終え、私は帰路につく前に、北の塔へと足を向けた。
侍女歴の長い同僚に北の塔への入り方を聞いてみたのだが、彼女もどうやってはいるのかしらね?と首を傾げていた。
しかしゴシップ的なことならばわかると、聞いてもいないのに色々教えてくれたのだが……実はこの場所、もともとは囚人などを収監しておく為の塔だったそうで、王族の方々が近づくことは滅多にない上に、宮廷魔術師が好き勝手に魔術の実験をしている危険地帯なので時々人が消えるという怪談話だった。
人が消えるは流石に半信半疑だったが、確かに塔の構造はおかしかった。
入口がどこにも無いのだ。
王城から繋がっているので、城の中から塔に向かったものの、どういうわけかたどり着けず、仕方なく外側から入口を探す為に塔の真下に来てみたのだが、やっぱり入口がなかった。
「さすが魔術師の住処。わけがわからない」
「アリエス様はどうやって出入りしているのでしょう……」
シルファもお手上げ状態だった。
こういう不可解なものを目にすると改めて自分がファンタジー世界に存在しているのだという実感がふつふつと湧いてきて、私は少し楽しくなってしまい、シルファらしからぬ薄ら笑いを浮かべて塔を眺めていた。
「不法侵入者かしら?」
すると、いつの間にか尻尾にランタンを引っ掛けた灰色の猫がこちらを眺めていることに気づいた。
「でもご令嬢っぽいわ。もしかして貴女、シルファ・オルテンシア?」
ゆっくりと私の周りを一回りしながら、猫は見上げてくる。
「はい。シルファは私ですが……」
「え!?本当にリーブラに彼女が出来たんだ!」
「違うよ!?」
阿吽の呼吸で返事を返してしまった。
この乙女ゲームっぽい流れを主人公以外にも適応させるのは心臓に悪いからやめてほしい。
「照れなくてもいいの。リーブラのお部屋に案内してあげる。」
「だから、違うよ!?」
灰色の猫が塔に近づくと、ごく自然にあれだけ探しても見つからなかった扉が塔の壁に現れた。
「あ、私はアリエスの使い魔のルキナ。私の後についてきて。シルファ。」
現れた扉の先は階段になっていて、階段を登ると、階段が動いて登らなくても勝手に登っていくエスカレータ方式の階段になっていた。
「塔の扉はね、目的地に繋がるの。だから目的地がはっきりしないと永遠に階段を登り続ける事になっちゃうから、気をつけてね」
サラリと恐ろしいことを言われたきがするのだが、気のせいだろうか。
ゆっくりと猫の後ろについて階段を登っていくと、小鳥がこっそり私に話かけてきた。
「あの、有紗。もし話し合いが決裂したら、どうするつもりですか?忘却の魔術なら使えるけど、私ではリーブラ様に勝てるかわかりませんよ」
「それなら、秘策があるから大丈夫」
そう言って、私はシルファに小さな宝石で編まれた腕輪を掲げた。
城下の市場で売られている魔術アイテムで、レオーネが攻略対象と城下を散策する時などに選択肢で選ぶ事ができるのがこの腕輪なのだが、なんと攻略対象によって効果に差はあるものの、人間を猫化させるのだ。
本来ならば、レオーネが猫になったり、アダリスに猫耳が生えたりしてしまうデート中のトキメキイベントの為に存在しているだけの道具なのだが、この腕輪の効果でリーブラは完全に猫の姿になっていた。
よって交渉が決裂した場合、オルテンシア家の現状を王国に売られかねない為、その時は猫にして戦闘能力を奪い忘却の魔術をかけようというのが今回の作戦だ。
「そんな凄まじい呪いのアイテムをよく見つけましたね……」
「やっぱりこれ呪いのアイテムなんだね」
市場の露店にあったアイテムの効果は全部選択したので、何か機会があればその都度使っていければと思う。攻略情報を活用して生き延びる!
これは数多の現代書物から得た列記とした転生術である。
シルファと話しをしながら、ハイペースで階段をぐるぐると登っていくと、緑色の扉の前にたどり着いた。
「リーブラ!シルファが来たよ!」
「……」
呼びかけても反応がなく、ルキナが器用に立ち上がり、ドアノブに手をかけて開けてくれた。
「入って入って〜」
埃っぽい小さな小部屋には所狭しと本が敷き詰められていた。
本はベッドの上にまで侵食していて、寝床としての機能を放棄していることが見て取れる。
本棚の中に埋もれるようにして小さな窓があり、ガラスを通して月明かり荒い木目の机に伏して眠りこける、彼の薄緑の髪を白く濡らしていた。
私はシルファと共に顔を覗き込んだ。
「寝てるね」
「寝てますね」
勝手にやってきたあげく、起こすのは流石に失礼が過ぎるなと感じ、シルファとどうしようかと言葉をかわしていると、なんの空気も読まずに、灰色の猫が机に飛び乗り、リーブラの頭を躊躇いなく肉球で踏みつけたのだった。
「リーブラ!彼女が来たよ!」
「彼女……?僕って彼女…いたんれすか……?」
「存在したんだね!私もびっくりした!」
寝ぼけた目をこすりながらリーブラがゆっくりと机の跡のついた顔を上げた。
微笑む私と視線がぶつかると彼は、その表情を一変させたのだった。
「うわぁああああああああ!!!」
悲痛な叫び声が北の塔に響き渡ったのだった。




