10.彼女が悪役である理由
片付けますと言われて部屋を追い出され、5分ほど時間を置いて今に至るのだが、掃除に魔力を使いすぎたというのか。リーブラは今日一日の力を全て出しきったかのような、蒼白な表情で椅子に座っていた。
「……シルファ嬢。すみません。貴族のご令嬢をこんなゴミ溜めみたいな場所に座らせてしまって」
「とんでもないです。ゴミ溜めには見えませんのでご安心を。それに、突然来た私に非があるので――――」
「しかもさっき、涎垂らして寝てましたよね僕!?」
「いいのです!可愛かったので、むしろ眼福!!」
「え」
「あ」
不味い。イケメンの顔面の威力のせいで、私の感情が思った以上に暴走していた。落ち着け私よ。
「だ、黙ります……」
「お、おおお……お茶を入れます……」
そう言ってリーブラは魔術で湯を沸かそうとするのだが、動揺しているのかポットが割れるなどして、とんでもなく茶を入れるのに時間がかかった。その間に私は頭を冷やすことが出来たので結果的には良かったと思う。
リラックス効果のあるハーブティーを出され、互いに一息ついた所で、ようやく落ち着いて話し合いにこぎつける事ができた。
「……つまり、精霊と入れ替わってしまった、ということですか?」
「はい。そうです。魔術が失敗して恥ずかしながら、入れ替わってしまっているのです。ですからシルファ・オルテンシアがこちらの小鳥で、私は精霊なのです」
「こんな姿で申し訳ありません……リーブラ様」
青い小鳥はリーブラの前に進み出て彼を見上げた。
「だから魔力が複雑に絡み合っている状態なのですね。これは解くのにかなりの時間が必要ですね……」
「はい。時間をかけて解析している最中なのです」
じっくりリーブラが小鳥を見つめるので、シルファは少し恥ずかしそうだった。
「あの……貴女はどの様な精霊なのでしょうか?」
「それがどうやら記憶も綺麗に吹き飛んでいるみたいで、何もわかりません」
「出来れば僕の方でも解析させていただけないでしょうか?」
「それは、構いません」
「ありがとうございます!」
シルファは以前にも魔術に失敗して自分と使い魔の意識が入れ替わってしまった事があるそうだ。
その失敗談を正体不明の精霊という事に変更して説明すれば、納得してもらえるという事だったが、どうやら上手くいったようだった。
この方法なら私は正体不明の精霊として振る舞えるので、無理をしてシルファを演じる必要がなく、とてもありがたい方法だった。
「それで、オルテンシア嬢、僕は貴女の言う提案について話を聞きたいのですが……貴女もその事で北の塔までいらしたのですよね?」
チラチラと不安げに彼はこちらに目を向けている。
「では、私から説明させて頂きますね。その前に、これはオルテンシア家全体に関わる問題なので、お話が決裂した場合は忘却の魔術をかけさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」
「……わかりました。」
あっさりとリーブラは承諾してくれた。
いや、まだ話しを聞いた後に逃亡するなんて事態もありえるが…。
私もこれが全く知らないキャラクターであるならばこんな賭けには出なかった。
リーブラが乙女ゲームの攻略対象であり、心根は優しいキャラクターとして描かれているから、話しをしてみようと考えることができたのだ。
「単刀直入に申しますと、シルファ様の協力者になって頂けませんか?」
「協力者…ですか?」
「はい。ただ、シルファ様に指示を出している人物は魔族であり、シルファ様のお父様なのです」
「……どういう意味ですか?」
「オルテンシア伯爵はレオーネ様では勇者になれないと考え、魔族と取引をしたのです。その際に魔族と融合してしまった様なのです」
「つまり、魔族になってしまった?」
その辺りのことはシルファの方が詳しいだろう。
青い小鳥の彼女に話しをしてもらうことにした。
「それが……父親としての意識も残っているのか、魔族が真似をしているのか私にもわからないのです。でも、人を殺さないでとお願いしたら、約束してくれたのです」
「約束をした相手は魔族です。人間を模倣しているだけなのですよ。騙されてはダメです」
当然の如く、リーブラは告げた。
それだけで、この世界の魔族という存在がどういうものかわかってしまう。
青い小鳥は身を震わせ、語り始めた。
「それも、承知の上です。」
「魔族は人間を模倣するだけです。長きにわたり例外は王国に一度も報告されていません。ですから……!!」
「それでも!大切な人が何一つ変わらず、私を大切に扱ってくれるのです。それに約束もしてくれました。ですから、私はお父様と共に地獄へ落ちる覚悟をしています」
「……」
「お父様の願いはとても自己中心的なものでした。人間としては間違っています。わかっているのです……」
小鳥は必死になってリーブラに訴えた。
それは彼女が一人きりで心に溜め続けた感情だったのだろう。
声を震わせシルファは続けた。
「そんな偏った愛情を私は受けてしまった。手放せるはずがありません。例えそれが魔族になってしまって人間を模倣していたとしても構いません。私はお父様を殺さないと決めたのです」
「シルファ嬢……」
許しを請う様なシルファの言葉に、リーブラはまだ何か言いたいことがありそうだった。それは私も同じだ。魔族にはきっとひとつの例外もないのだろう。魔術師である彼ですらあっさり否定するくらいなのだから。
模倣しているだけで、そこに感情が芽生えるなんて奇跡はありえない。シルファの見えない場所で約束を破っている可能性だってある。
けれど、その全部を彼は言葉にしないでくれた。
「えぇと……」
手を伸ばし、私の肩に止まる小鳥を自分の手のひらに乗せた。
「今までさぞ、お辛かったですよね……」
「……」
一粒。リーブラから涙がこぼれたのがわかった。
シルファではなく、リーブラが涙を流していた。それを彼は慌てて拭った。
目を丸くしたのは小鳥の方だった。
「お父様の事を俺にも調べさせて下さい。もし本当に人を食べていると分かれば僕が止めます」
「……」
「でも、それがハッキリしない間は、お父様を助ける方法も僕に考えさせて下さい。僕なんかで、よければ、お手伝いをさせて下さい。その、一緒にこの状況を考えさせて欲しいのです」
リーブラというキャラクターはか弱く、常に弱腰で自分に自信がない。
それは彼の過去がそうさせているのだが、彼は誰かのためにという理由を見つけると途端に原石から宝石へと姿を変えていく。
私は今まさにその場面に立ち会っている様に感じた。
小鳥はただじっとリーブラを見つめていた。
シルファを思うと胸が熱くなるのは気の所為ではないのだろう。
けれど、私は今、レオーネでもシルファですらない。だから。
「……」
静かに大好きなこの物語を見守ろうと思った。




