11.攻略対象者④騎士様登場
試練に向かう前に、装備を一式整えたいとシルファに相談したところ、城下の武器屋を提案された。この世界では武器屋を使うのは冒険者が主であり、貴族のご令嬢が出入りするような場所ではないらしい。
しかし、シルファはわざわざ冒険者登録し、冒険者風の装いで通っているそうだ。
つまり大体の装備は整っていたのだが、私が行ってみたいので、武器屋に行くという無駄な展開になっている。
屋敷のメイドさん達にいつもやっているという冒険者風の装いにしてもらったのだが、もともと色白で深窓の令嬢感が拭いきれない上に、武具に傷一つないため、初心者感も出てしまい、私は浮いている気がしてならない。
貴族様の考えることってなんかズレている気がするのだけれど、この世界については私よりもシルファの方が詳しいはずだ。信じるしかないだろう。
こうして、ドキドキしながら私は武器屋の扉を開いた。
「おや、いらっしゃいませ。お嬢様」
「あ、ははは……」
これはバレてるんじゃないですか……?
シルファさん……?
優しげなお爺さんが店番をしているのだが、第一声がおかしい気がする。
私は軽く会釈して、武器がずらりと並ぶ棚の前に立った。
シルファは魔術師なので剣的な武器を買う必要はゼロなのだが、剣を眺めていると私が異世界の武器屋を感じられて非常に良かった。
「魔術師も接近戦に持ち込まれたときのために、剣とか持っておくのはどうかな?」
「接近戦に持ち込まれたらどんな歴戦の魔術師だろうと高確率で死にます」
「あ、はい……」
シルファの答えが的確過ぎて返す言葉がなかった。
とは言え、護身用に短剣くらいならばと、私が熱心に短剣の並べられたテーブルを眺めていると……。
「なにかお探しのものがあれば、ご紹介いたしますが、いかがでしょうか?お嬢さん?」
お爺さんよりも若い声が聞こえた。
他にも店員さんがいたのかと、私は気まずそうに声の方へ振り返った。
そして、息を止めた。
栗色の髪に金色の瞳。
それは、王国騎士団副団長であるシリウス・ゼインだった。
攻略対象の一人で、後にレオーネを主人として彼女に追従するようになるキャラクターだ。
乙女ゲームに何故か1人は用意されている、女好きという設定持ちのイケメンだ。
「って、おっと、これは公爵様のお気に入りの」
「あぁー……えぇと……」
どうしよう。現実でもこんな絵に描いたような偶像に会ったことが無いため、言葉が出てこない。空気を求める金魚の如く私が口をパクパク動かしていると、何故か声を荒げたのは青い小鳥だった。
「その呼び方は、やっ、やめてくださいませ!」
羽をばたつかせ、毛を逆立て、完全に威嚇体制を小鳥がとっていた。
肩にとまっていた小さな小鳥は眼の前の騎士に初手から警戒心がマックスだった。
2人はそもそも知り合いだったのだろうか?
ゲーム中の交流なんて微塵もなかったと思うのだが。
それに、魔術師ではない人間に喋りかけても鳴き声にしか聞こえないはずでは。
「おっと、これは失礼いたしました。お嬢さんの使い魔でしょうか?」
「えっと……これはその……」
しかし、シリウスはなぜか言葉を理解していた。
そうか!シリウスは剣術がメインではあるが、剣に魔法を付与して戦える魔剣士と呼ばれる存在だ。
つまり魔術師でもある。
「シルファは私ですので、ご要件ならば私にどうぞ」
「小鳥ですか!?さ、流石オルテンシアの魔女様。これは予想外」
社交の場で見かけるご令嬢が鳥ですとカミングアウトしてきても、彼女が魔術師ならば大事件に発展しないのだと、私は異世界ファンタジーを噛みしめる事になったのだった。
シリウスは放蕩貴族で女好きという設定なのだが、剣の腕前はやる気を出せばリオンと同等の力を発揮するため、騎士団では副団長の地位についている。
ただ普段の放蕩ぶりから周囲からは貴族のコネで地位を得たと言われまくっていた。
人間的にはあまり、よろしくない感じなのだが、レオーネに恋をすると人が変わったように真人間になっていくので、そこが尊いのだが、今の状態だと流石に胡散臭く感じてしまう。
「とても愛らしい姿だと思いますよ。魔女様」
小鳥に向かって彼はウインクした。
女とは言えわざわざ小鳥に向かってだ。強者過ぎると感じた。
「どのような魔術でしょうか?興味深いです。ぜひ俺にもご享受頂きたく……」
「貴方に教えることなど何もありません」
「もしかして、いや、もしかしなくてもリオン様に何か吹き込まれてますねぇ」
彼の言い分に少し納得できた。シルファはリオンからシリウスに気をつけろくらいは言われていてもおかしくないように思う。
「定期的に剣の手入れをしてもらっているので、俺はこの武器屋の常連なのですよ。それで、何をお探しですか?」
「別に何もさがしていません!」
「そうですか……短剣でしたら……」
シルファの言葉を華麗にスルーして彼は勝手に短剣を手に取った。
「こちらの華美なものよりも……」
「……」
「こちらの方が軽いので、初心者向きかと」
差し出された短剣は確かに、私でも軽くて扱いやすかった。
「詳しいのですね」
「コネで副団長になったわけではありませんからね。武器についてはお任せ下さい。なんなら、お茶でも飲みませんか?」
「それは遠慮します!」
私が答えるまでもなく、シルファが言葉をぶつけていた。
あまりにも反応が過敏であるため、私は彼から少し距離を取りコソコソとシルファに問いただした。
「いったい公爵様に何を言われたの?」
「そ、それは……」
心做しか小鳥が赤い。かなり言いにくそうだったが、こっそり教えてくれた。
「話すと、はははは、孕む……と………私は小鳥だから大丈夫だと思ったの!」
「あっはっはっは!そんなまさか!?」
大問題では!?
というかもうそれ、手遅れでは……!!
話しちゃったよ!?
冗談だよなと思いつつも、ファンタジー世界にはそんな突拍子もない魔法が存在していたりするのだろうかと知識不足から一抹の不安に私までかられてしまった。
いや、待て、落ち着け私。
もしそうならばもう手遅れだ。
本当に落ち着け。
ここは本人に直接聞いてみよう。
「あの……公爵様が貴方と話すと孕むと仰っていたとシルファ様が……」
「誤解ですよ!?」
「ですよね!流石に変な事お聞きしてすみません……」
いくらなんでもあまりに酷い助言では、公爵様……。
「あと、貴方が得ることの出来たかもしれない大事な出会いを阻止してしまったかもしれないので、それも先にお詫びしておきます」
「……??いや、そのマジでなんのことですか?」
「わからなくていいです」
結局、舞踏会でレオーネがダンスをしたのは、アリエス、リオン、アダリスの三人だった。故にこの三人の中から、レオーネの相手が決まる可能性が高まっている。
そのため、彼とレオーネの恋愛を私がつぶした可能性は大きい。
シリウスは幼い頃にレオーネと出会っているのだが、接したのは一度きりで、それを覚えているのはシリウスだけなのだ。レオーネは覚えていない。
領主の息子がシリウスで、レオーネは領民という関係だったはずだ。
そして今やレオーネの故郷は魔族の支配下に置かれている。
領主は領地を守れなかった。それが結末だ。
村娘でしかなかった彼女がどうして勇者となったのか、シリウスは聞きたいと思っているのだが、なかなかその話を持ち出す事ができないでいた。
概ね想像はついているのだが、彼女自身から聞きたいと思うのが、シリウスの生真面目な側面が現れているように思う。
そんな設定から恋が始まる。
確かシリウスとレオーネのルートに入るためには、路地裏で起こるちょっとした騒動にシリウスを参戦させる必要があるのだが、シリウスは今武器屋にいる。
だったら彼をここからそちらの方に誘導すればまだ間に合ったりしないだろうか?
等と、考えを巡らせていたのだが。
「……」
不意に私は背中の辺りに悪寒を感じた。
恐る恐る振り返ると、着飾ったご令嬢と思われる女性達が窓の外側からこちらの様子を伺っているのがはっきりと見えてしまった。
今の私はオルテンシアの魔女等と呼ばれていて、貴族の中では好意的に見られていない。そんな不吉な女が、イケメン騎士様と話しをしているという状況。
そしてここは乙女ゲームの世界。
たぶんこれは不味い。
これ以上シリウスと関わると破滅する……!!
私の中で警報音が鳴り響き始めた。
「では……こちらの短剣を頂きます。ご助言ありがとうございます」
「お役に立てて何よりです。必要とあらば、更にご助言出来ますが、いかがでしょう?」
「お気遣いありがとうございます!しかし、魔女に構うよりも、窓の外の方達のお相手をなさったほうが有益かと思いますので、これにて失礼します」
シリウスは女性達に囲まれていて……といった文面はゲームでよく目にしていたが、実際にそんなアイドルの様な男性に主人公以外が近づくとどうなるのか……私は今までの人生で考えたことすらなかった。
今シリウスと店を出る勇気など私には微塵もない。
私はサクサク会計を済ませ、忙しなく武器屋を後にした。
扉を出ると、外にいた美しく着飾ったご令嬢達と目があった。
「あら、ごきげんよう。オルテンシアの魔女様!」
「はい!ごきげんようございます!さようなら……!」
絵に書いたような物語の中の展開に私は無理やり微笑みを浮かべ、彼女たちに会釈し脱兎の如く立ち去った。
「ホラー映画かよ!!」
「あ、有紗……挨拶がおかしかったわ……」
シルファはくすくすと笑っているが、これは笑い事ではない。今後はこちらからシリウスに近づくのは絶対にやめよう。いや、今日もこちらから近づいたわけでは無いのだけれど…!!
なんとか武器屋から距離をとり、安全圏に入ったと私は路地裏で一息ついた。
「有紗。まだです。追手がいます!」
シルファのその言葉に私は絶望したのだった。
どうやら私は今、破滅フラグに追いかけられているらしい。




