07.宮廷魔術師に振り回される勇者
賑やかな舞踏会の空気に疲れ風にあたりたかった。
一生知ることのなかった世界。それは美しくて気後れしてしまう。
自分は上手く振る舞えただろうかと顧みるが、辺境の村出身の自分では何がよい振る舞いかも理解できていなかった。
考え事をしながらバルコニーへと続く扉に近づいた時、いきなり腕を捕まれ抱え込まれた。いくら考え事をしていたとはいえ、気が抜けすぎていたと感じる。
しかし、そもそも気配がなかった。魔術で気配を遮断できると聞いたがその類だろうか。
「しぃー……今、いいところなのですよ。黙っていて下さいな。」
男の視線はバルコニーに注がれ、私のことなど目に入れてすら無かった。
それだけで敵意が無いとわかったから、私も自然と彼の視線の先を辿った。
はっきりとは見えなかったがそこには睦み合う男女の姿があった……ように思う。たぶん。正直、よく見えなかった。
「わかった。邪魔はしないよ。だから離してくれないか。」
「おっと、気が散っていたとはいえ、初対面のレディに対して礼儀に欠けていました。無礼をお許しいただけませんか、勇者様。」
「レオーネでいい。どうにも呼ばれ慣れないんだそれ。」
ローブを纏った長身の男は、フードを外し、恭しく私にお辞儀をした。
白い髪をゆるく束ね、魔道具の様なもので飾っていた。
色白で夜に白く浮かぶ月が人の形を成したような……しかし、その雰囲気を不気味にしてしまうほど血のような赤に染まった瞳が印象的だった。
「貴方は確か、宮廷魔術師の?」
「私は貴族ではないので、どうぞアリエスとお呼び下さい。レオーネ。」
村には治療を生業とする魔術師の女性が一人いたものの、彼女以外の魔術師を目にするのは初めてだった。
同じ微笑みだと言うのに、なぜか都会の魔術師は胡散臭い気がしてしまう。
「覗き見とは趣味が悪くはないか?」
「いえ、師匠として弟子の成長を見守ることは義務なのですよ。ですからこれは仕方なくしていることなのです。」
「成長なのだろうか、あれは……?」
「立派な成長ですよ。ウミウサギは春に番を見つけられないと寂しさで死んでしまうのですから、この様な現象は、ウミウサギにとっては命がけの行為。興味深いと思いませんか?」
「……うん。そこにいるのは獣ではなく人間だけどね」
言い方が大げさなだけで、野暮なことに変わりないように思う。
「おや。貴方も観覧に?」
「観覧て……」
完全に見世物ではないかと思う。
いつの間にか黒猫が私の足元にすり寄っていた。
「どこから入ってきたんだお前……」
私は黒猫を抱えあげるのと、ほぼ同時に
今度はバルコニーに黒髪の別の男性が息を切らして入って行くを目撃してしまった。まさに一目散といった感じでこちらに目もくれなかった。
彼は先程広間で自己紹介され、一曲踊ったアストライア公爵ではなかったか…?
こちらもはっきりと顔をみたわけではないので、断言できないが。
しかし、流石に恋愛に疎い私でも修羅場しか想像のつかない状況になってきてしまった。そのあまりにも絵に書いたような展開に、アリエスは腹を抱えて静かに震えていた。笑いを堪えているのだろう。
バルコニーにいるのは彼の弟子だそうだが、助けに行く気はないようだ。
「さて、レオーネ。戻りましょうか。これだけ素材が揃えば十分です」
「素材…?」
「質の良い素材で作る料理は旨いではありませんか?」
「はぁ……?」
やはり彼の言っている事がよくわからないため、首をかしげていると、今度は手を差し出された。
「では、エスコートいたしましょう」
「ああ、いや……申し出はありがたいけれど、私は別の場所で少し風にあたるとするよ」
「そうですか。ならばその様にいたしますので、お手を……」
再度手を重ねて欲しいと促される。
私よりも宮廷魔術師である彼のほうが城の構造には詳しいことは間違いない。この場所以外に人の少ないバルコニー等わからないので案内を彼に任せるくらいなら良いかもしれない。
……等と思った私が馬鹿だった。
「おっと……!!」
満天の星空の下、吹き抜ける風は心地よく、私の願いは直ぐにかなった。
転移魔術というものの存在を知っていたから良かったものの、そうでなければ叫んでいただろう。
なにしろ私は王城の屋根の上に猫を抱えて立っていたのだから。
気づけば彼の姿はどこにも無く、本当に私と一匹を運んだだけだった。
確かにここからならちょうど舞踏会が行われている建物まで屋根を渡って戻れるだろうが、これを配慮ととらえられるかと言えば微妙な所だと思う。
勇者という運動能力を理解した上で、彼はここに私を連れてきたという解釈で良いのだよな。
夜風に当たりたいと言う他の貴族のご令嬢にまでしていたらまずいのではと、余計なことまで考えてしまう。
「都会に慣れるのは難しいな、黒猫ちゃん。」
腕の中でくつろいでいる猫に話しかけ、私は空を見上げた。
空には白い三日月が浮かび、私を見下ろしていた。




