06.攻略対象者③魔術師の弟子登場
席を離れるなと言われていたが、思い出したことがあり、私は舞踏会で攻略対象者の1人である、リーブラを探すことにした。リオンにこの後小言を言われようが、これは優先的にやらなくてはならないことだからだ。
「有紗……どこに向かってるの?」
「確かお城の庭園が見下ろせるバルコニーだったと思う」
「それなら、ここをまっすぐ行ったところです」
魔術師の弟子であるリーブラとレオーネが結ばれるルートにおいて、シルファは一番悲惨な結末を迎えてしまう。
思い出すのも悍ましいのだが、シルファが殺された後に遺体を……復活させたつもりらしいが、色々な魔物を縫合させられキメラと化したものをお父様がシルファと呼ぶ最悪な結末があるのだ。
更に酷かったのが、その魔物的なシルファにとどめを刺すのが、シルファだと気づいていないリオンだった。
あまりにも酷い仕打ちだったので、開発者はシルファになにか恨みでもあるのかと思った程だった。故にレオーネがリーブラの恋人になるルートは絶対に避けたい。
私はリーブラのいるバルコニーに通じる窓の前でこっそり外の様子を伺った。
リーブラを選んだ場合、彼はこの場所で酒を飲んでいるはずで、予想通りローブを纏った人物の姿がそこにはあった。彼はシルファの父同様、この世界が手遅れであると考えており、ヤケクソになっているのだ。
そこへ、パーティで人酔いしたレオーネが風にあたりにやってくるのが二人の出会いだった。リーブラはレオーネと話をすることで人類が魔族に打ち勝つ希望を彼女に見出す。
「理由は後で説明するけど、今ここでリーブラとレオーネを会わせるわけにはいかないんだ」
「レオーネもいるのですか?」
「シルファ、少し周囲を見てきてくれないかな?レオーネを見つけたら戻ってきてほしい」
「まかせて!」
小鳥は来た道を戻ろうとして、何かに気づいたらしく、すぐさま私の元に戻ってきた。
「すごいわ有紗!本当にレオーネが近づいています!」
「最悪では?」
こういったイレギュラーな事態はアダリスの時のようにボロが出かねない。
「とりあえず私がリーブラの気を引きつけてみる。頑張るけど、変なこと口走ったらごめんなさい」
「ふふっ。そんなに気にしないでいいですよ。有紗」
アダリスの前であれだけ失態を演じたというのに、天使か……??
私は意を決し、シルファを肩に乗せ、バルコニーへ立ち入った。
月明かりに照らされて、薄緑色の髪が風に揺れる。
黒いローブをまとった小柄な男性は気だるそうにグラスを片手に庭園を見下ろしていた。
「……」
「前代未聞ですよ、勇者の器が2度も試練を失敗するなんて……」
話しかけてもいないのにリーブラは予想通り勝手に話し始めた。
「今回も失敗したら、女神様のお力は尽きて終わり……だというのに選ばれたのは村娘です。魔術適性すらないだなんて。このままでは世界は滅びます」
「そうかもしれませんね……」
ゆっくり静かに隣に並び、相槌などをうち様子を伺う。
「勝ち目のない戦などするよりも、早々に魔族と和睦すべきなのでしょうね。問題は魔族が折り合いをつけられる生き物かどうかって事なんですけど……多少の犠牲には目を瞑ることにはなるか……」
彼は一人で喋り続けている。しかも、この国を守ろうとする意識など皆無だ。
戦う前からビビり散らかし、レオーネを守るどころか守られる場面が彼には多い。
彼の長所はここからレオーネと愛を育んでいくうちに、彼女の為にという目的を見つけて覚醒していく姿にあるのだが……だったら、今のこのヘタレ思想のうちに、こちら側にひきこめるのではないだろうか?等と、この時とんでもない閃きが私の頭に降って湧いた。
攻略対象者を黒幕側の味方につける。
こんなルートはどこにも存在しないわけで、もしかしたらこの選択がシルファの死を招く引き金となるのかもしれないが、逆の可能性だってある。
しかし、彼女の生存率を上げるために戦力アップをはかることは間違いではないのではなかろうか……?
レオーネと渡り合える戦力がシルファにあれば、もしかすると彼女にすら打ち勝つことができるかもしれない。
「だったら……こっちに来る…?」
「え……?」
「私はオルテンシア伯爵の娘シルファと申します。貴女が望むなら、その道をご用意できます」
「それは、あの……どう言う……?」
「一度私とお話をしてみませんか?」
リーブラはチラチラとこちらを伺い困惑した様子だった。
私はただ微笑んでおくことにした。そうしたほうが興味を持ってもらえるかと考えたからなのだが。
シルファの微笑みに対して、相手は更に目を細め警戒したのがわかった。
確かレオーネと出会った時も、猫のように毛を逆立てていたので、成功しているという事でいいのだろうか?怯えと威嚇するかのような姿からはとても懐柔出来たようには見えないけれど。
「その前に、貴女……」
リーブラは唐突に私をしっかりと見つめていた。
それは本当にただ観察するだけのもので、下心とは別のものだと感じた。
シルファを見ているようで何か別のものを見ているような、見透かされる様な気がして少し怖い。
「魔力の流れがおかしい。貴女自身から魔力を感じない…別のものから……供給されている……?」
おもむろにリーブラは近づいてくる。ブツブツと話を続けているが小声過ぎて何を言っているのかわからない上に、ジリジリと迫ってくるので、私は後ずさる。
後ずさるにも限界があり、バルコニーを背にしてはたから見れば完全に誤解を受ける程に距離が縮まっていた。
流石乙女ゲーム……イケメンとの距離がなぜか近い…!!
彼の視線は肩にのっている小鳥に向けられているのだが、そちらに気取られているせいか、距離の近さに気づいていないという、神がかった状況になっていた。
しかし、酒で赤らんだ頬に長いまつげまで見えてしまうこの近すぎる距離。
私が沸騰して茹で上がるのは時間の問題だった。
「小鳥が魔力の発生源…?」
気づかれた!?
何がおかしいのかさっぱり私にはわからないが、何か魔術的に私とシルファの繋がりがおかしいと彼は言っているのだ。しかし魔術の事など日本人の私には全くわからないので、何も言えない。
下手に喋ったらボロがでる。どうしたものかと困り果てていると、唐突にバルコニーから人が入ってきて、私とリーブラを強引に引き剥がした。
「リーブラ。また勝手に抜け出したんだな。」
「あ……あああ……!!!」
リーブラは突然現れたリオンをみつめ、その後ようやく私と視線がぶつかった。
一気に彼の顔が真っ青になったのがわかった。その後、手で顔を覆い天を仰いだ。
「師匠にからかわれる師匠にからかわれる師匠に……!!」
どういう師弟関係……いや、確かリーブラのルートでレオーネとの関係をしきりに冷やかして去っていくのが師匠であるアリエスの役目だった。
「シルファ。」
リオンがこちらを睨んでいる。
なぜ彼にこの場所がわかったのか疑問だったが、バレてしまっては仕方がない。私はリオンの側に寄った。
「俺が戻るまで離れるなと…!!」
「も……申し訳ありません……」
「いや、俺がとやかく言うことではないな……戻るぞ」
「あ、でも、もう少しだけ……お話を……」
私は踵を返そうとしたが、唐突にリオンに手首を掴まれ、引きずられるようにしてバルコニーを脱する事になってしまった。出来ればもう少しリーブラと話しをしたかったのだが、仕方ない。
強引に早足で前を行くリオンに私はついていくのがやっとだった。
「あの……リオン!」
「また勝手に消えるんだろう。」
「もう勝手に動いたりはしませんから……」
「信じない。」
理由がわからない。本当に。
シルファに目を向けるが彼女もブンブンと小さな頭を横に振るばかりだった。
とりあえず、リオンの不機嫌さが悪化しまくっている?の、かもしれないから、ここは大人しくしていよう。触らぬ神に祟りなしだ。それに、強引に掴まれてはいるが、振りほどこうとすれば解ける程度の力加減な事はわかった。
バルコニーからかなり離れた所で、ようやく彼は立ち止まった。
「リーブラと知り合いだったのか?」
てっきり、勝手に動き回ったことを更に咎められるのかと思っていたが、その質問は予想外だった。
「お話をしたのは今日が初めてです。えっと……お話をしてみたいと様子を窺ってはいました。その……同じ魔術師なので……」
「……」
彼は顔を伏せた。
手首を掴んだまま、じっと私の手のあたりに視線を落としてしまう。
「リオン……よくわからないのですが、私はどこにも行きません」
言葉を発したのは私ではなく、青い小鳥の方だった。
様子のおかしい彼に対してシルファは思いが溢れてしまったのだろう。
とは言え小鳥の囀りしか聞こえない……いや、リオンは魔剣士という氷の魔術と剣を振るうキャラクターだ。だから小鳥の声を言葉として認識出来る魔術師寄りの存在だと私は気づいた。
藍色の髪と漆黒の瞳がシルファの言葉に顔を上げた。
ようやく彼と目線をあわせる事ができた。
アストライア公爵は自信に満ちあふれていて、常に勇敢にレオーネを守ろうとするそんな、キャラクターだった。そんな彼が一度だけ、レオーネが大怪我を負い、死の淵に立った時に見せた脆さを私は知っている。
この時の彼の表情はまさにそれだった。
どうして彼は今、そんな顔をするのだろう。
「その……引きこもりですし!」
「……ふっ…」
小鳥の力強い言葉に彼の表情が一変した。
どうやらリオンの心を和らげる事が出来たらしい。
彼はようやく私の手を離してくれた。
「どうして小鳥が喋るんだ?」
「え……えぇと……」
「魔女様はまた何か妙なことをやらかしたんだろ。」
「ええ……まあ……」
間違っては、いないよな…?
しかし、またという事は以前にもなにかシルファはやらかしている様だ。
「悪かった……理由がわからないよな」
「はい……」
「俺も上手く言えないんだ。俺の心の整理がついたら、ちゃんと説明をさせて欲しい」
「では、お待ちしていますね」
とりあえず、意思疎通ははかれたが、まだ彼は気まずそうだった。
自分のしたことがぐるぐると頭を巡っているのだろう。
「あの、もう少し……ダンスを眺めていたいので、お付き合い頂けませんか?」
「気を使わせてしまったな。最後までお供いたします」
腕を差し出され、私は手を添えた。
今度こそ彼は真っ直ぐにこちらに目を向け、私が微笑むと、微笑みを返してくれた。毒気が抜けたように、普通に会話が成立し始める。
何もわからないままだったが、ひとまずリオンにシルファが嫌われたわけではない様なので、私は深く安堵したのだった。




