04.処刑でございますよね
王城の広間に到着し、リオンのエスコートでフロアに入った。
すると、周囲が少しざわめいたのがわかった。
公爵様が姿を見せた故の注目かと思ったが、どうやら視線はシルファに向けられているようだった。
『オルテンシアの魔女が……』
誰かがシルファを魔女と呼んだのがわかった。
しかし、それについて話し合う暇もなく、直ぐにリオンと踊ることになってしまった。同伴者と踊るのは義務だそうだ。
「踊っていただけますか?」
リオンに手を差し伸べられ……
「う……あ……」
本当に踊れるのかあまりにも疑わしかったため、即答することができなかった。
これは失策だったと思う。
しかし、眼の前にいるのはシルファが想い続ける公爵様なのだ。
下手くそなダンスで引かれ恋を終焉に導くわけにはいかなかった。
「シルファ?」
「……」
体はシルファなのだから、きっと大丈夫だ。
手を取れと自分に言い聞かせるのだが、どうしても声が出ない。
できればここに来る前にできるかどうか確認だけはしたかった……。
そうして、私が硬直していると、突然眉間に皺のよったままだったリオンの頬が思い切り引き伸ばされ、私は思わず吹き出してしまった。
「真顔でエスコートされても怖いのではないかな?ほぁら、リオン笑って笑って!」
「なっ……殿下!?おやめくだひゃい!」
「あっはっはっは!!」
現れたのはアダリスだった。
鬱陶しいとばかりにリオンはその手をはねのけた。
異世界初心者の私としては王子様をそんな扱いしていいのかとハラハラしてしまうが、仲は悪くないという事、なのだろう。多分。
「レオーネ様はどうしたんですか?」
「迎えに行ったんだけど、準備に手間取っているみたいでね。僕が側にいるのはプレッシャーをかけてしまうだろ。できる男は座して待つのさ」
「はぁ……?死ぬんですか?」
何いってんだこいつという言葉が私には表情から読み取れてしまった。
リオンとは対象的に、華やかな笑みでアダリスはシルファと目を合わせ、話しかけてきた。
「それで、どうしたのかな?踊りたくない……?」
「えぇと……その……」
「ああー……うん。そっか、そっか。靴かな?」
「え?」
「ついておいで。ちょっとパートナーを借りるよリオン」
「いえ、その……殿下!」
彼はさっさと歩き出してしまう。
私はリオンの方を振り返り、どうしたらいいのかと目で訴えた。
すると彼は眉間にシワをよせたまま……
「行って来い」
と、言ってくれた。
×××
案内されたのは客間だった。
しかし、王子様に案内させるって何だ!?そんな事させていいのかわからん!?
予想外過ぎる展開に私の心臓はありえないほど脈打っていて、このまま死ぬのではと不安になるほどだった。
「それで、靴はなんともないでしょう?なにかリオンに嫌なことでも言われたの?」
「あ…………リオンではなく……」
そう、問題はそこではない。いや、リオンの態度は問題ではあるが……今解消すべきはそこではない。このまま、確認もしないまま、ダンスのできないシルファをリオンにお披露目したくなった。その為、ここにいるアダリスにシルファが絶対に言わないような事を言わなければならなかった。
「試しに……ではなくて……踊っていただけませんか?お願いします!」
言ってしまった……。
シルファは何でもそつなくこなせるため、こんなことを言うはずがない。肩にとまっていたシルファがどう思っているのか気になるが、広間にいる大勢となにより想い人であるリオンに下手くそなダンスを見られるよりは、ここにいるたった一人に見られる方が私にとってはマシに思えたのだ。
「それは……戻ったほうがいいのかな?」
「い、今ここで……!」
踵を返そうとした相手の腕を思わず掴んでいた。
「……お願いします」
「ここは狭いから、ソファにぶつかってしまったらごめんね」
彼は理由を聞かず、付き合ってくれるようだった。
なんていい人……!!さすが攻略対象者!!
「では、シルファ。一曲……曲はないけれど、お相手を願えますか?」
彼に手を差し出された瞬間、あまりにも洗練されたその仕草に私は彼が王子様なのだと再認識することになってしまった。王子様にダンスを誘われるというこのおとぎ話の様な状況に意識を丸ごと持っていかれそうになった。おかげで、私は体中の血が沸き立ち、出血死するのではないかと不安にかられ、眼の前の光景を直視出来ず、伏して目をそらしたまま、かろうじて彼の手に手を重ねた。
俯いたまま、深呼吸を一つ。心を落ち着かせようと必死に息を吐いた。
今はシルファをリオンと踊らせる為に、それだけを考え眼の前の事に集中する。
手を取り合い、恐る恐る、最初のステップを踏めば、シルファの体は自然と次の動きを覚えていた。
「出来ていますよ!有紗!」
「おおおおおお!!!!」
シルファも驚いていた。やはり彼女も半信半疑だった様だ。
運動神経が決していいとは言えなかった人生を送ってきた私は嬉しくなってしまい、自分の体に身を任せた。
ダンスを踊れる自分という感じたことのない感覚に溺れ、その後は見事に自分のことしか見えなくなり、互いの呼吸を合わせることが重要なこのダンスで思い切り暴走し、そして……彼の懸念通り、ソファに突っかかってコケたのだった。
「いてて……」
ゆっくり目をあけると、とても気不味い光景が広がっていた。
これは乙女ゲームで必ず専用の絵が用意されていると言っても過言ではない、伝家の宝刀。
かの有名な、なんか色んな偶然が重なって押し倒したみたいな状態になってしまったものが眼下で生み出されていたのだった。
ああー……これゲームで見たな。
まるで走馬灯の様にゲーム画面を眺めてニヤついていた日々が脳内を駆け巡った。
「すみません……あの、私……処刑でございますよね……」
「しないよ!?」
わけのわからないお願いで踊らせた後、押し倒す形になったのも自分のせいで、しかも相手はゲームの中の人物とは言え、王族。主人公とのハプニングを身を持って自分が体験した場合、こんなにも別の意味で動悸を感じるとは思わなかった。
王族に対して浅い知識しかないため、不敬罪で首を落とされるイメージがすぐに脳内で結びついてしまい、そこへ自分の持つ破滅フラグが更に追い打ちをかけたのだった。
やはりゲームは第三者として画面を眺めているに限る……。
私は胸の高鳴りから一転、恐怖と謝罪で頭がいっぱいになったのだった。
×××
客間を出た後も、何が面白いのかアダリスは笑い続けていた。
おかしくて仕方ないようだ。
まあ……気持ちはわかる。あんなのはシルファ・オルテンシアではない。
天音有紗でしかなかった。
「ごめん。貴女は何でもそつなくこなせる人だと思っていたから……っ……」
「……シルファはそうですよ。当然です」
「ん?」
「い、いえ……」
シルファの体にポンコツが入り込んでいる事を実感してしまう。
今後は予習必須でいこう。勉強しよう……ボロがでないように。
ただ……もうアダリスにだけは手遅れだろうと感じていた。
「私の記憶の中の貴女はいつまでも幼いままだったから、今日は今の貴女をしれて良かった」
そうか……!彼は幼い頃のシルファを知っているだけで、今のシルファを知っているわけでは無い。シルファも殆ど交流が無いと言っていた。知らないのなら、イメージを頑なに守る必要はないのかもしれない。
とはいえ、今日はポンコツ過ぎたので、流石に自重していきたい。本当に。心の底から。
「その……どうかこの事は内密にお願い致します」
相手の目を見て私は念をおした。
「貴女はちゃんと踊れていたから内密にする必要はないと思うけどね」
どうやらダンスに自信がなかったと解釈されたらしい。
「いえ……勢い余って転ばせた事でございます……」
「ああ。そうだね。私に処刑されてしまうからね」
「うっ……」
「では、私と貴女の二人だけの秘密にしよう」
「助かります」
改めて言われると何故か気恥ずかしさを感じた。
別にいかがわしい事をしていたわけではないのだが、秘密と言われるとその響きはどこか蠱惑的に感じられる。
それもこれもこの世界が乙女ゲームの世界であり、彼が私好みのキャラクターデザインをしているから補正がかかるのだ。身を弁えねば。
「何が秘密なんです?」
広間の扉の前でリオンが待っていたため、私はすぐさま彼に駆け寄った。
「教えたら秘密にならないじゃないか。だから教えてあげないよ」
「人のパートナーを勝手に持っていったあげく、その態度ですか」
「ふははは!パートナーの不調に気づかず、持っていかれる方が悪いね!」
「くっ……!!」
殿下の言葉にリオンの眉間のシワが深くなったのがわかった。
シルファとアダリスとリオンが幼い頃一緒に遊んでいたというのなら、成長するにつれ、性別の違うシルファがアダリスから遠ざけられるのは理解できる。この世界では王族は王族と結婚するという義務がまだ残っているからだ。
だが、同性である彼らは今も変わらず友情を育んでいる……のだろう。
リオンがすごく殿下を鬱陶しそうにしている様にしかみえないけれども、それほど気安く殿下と渡り合えるという事でもあるのだから。
「申し訳ありませんでした」
「靴は?もういいのか?」
「はい。ご心配をおかけしました」
シルファの愛する男なのだ、印象を下げるのではなく、あげておきたいがずっと眉間に皺がよっている……。どうして不機嫌そうな表情なのかは私にも察することができない。
私は踵を返し、ひとまず殿下に声をかけた。
「殿下。ありがとうございました」
静かにドレスの裾をあげ、シルファに教えてもらった通りに膝を折り淑女らしく振る舞う。
その貴族令嬢らしい姿に……殿下は腹をよじって吹き出したのだった。
反論したい気持ちを腹の奥底に押し込んで私は無表情を貫いた。
これはなんかあれだ、意地だ。
「何したんだお前?」
「……」
リオンにまで突っ込まれたじゃないか。
本当に穴があったら入りたかった。




