02.攻略対象者①王子様登場
シルファには大まかに、この世界は私にとって小説でありレオーネの視点で描かれた小説の読者だと説明することにした。ゲームという言葉を出してもゲームが存在しない為、相手を混乱させてしまうと考えたからなのだが、我ながら苦しい説明になってしまったと思う。
しかし、シルファは私に対し異世界から召喚された救世主という補正がかかっているようで、私の言葉をとても素直に受け止めてくれた。
彼女の期待に満ちたつぶらな小鳥の瞳を見るたび、私としては今のところチート能力の一つも覚醒できていないため、申し訳ない気持ちになってしまう。
出来れば最強の力を手に入れて無双したかった。
ゲームの中でシルファ・オルテンシアがどういった人物かは殆ど描かれていなかったが、王国の第三王女であるスピカ殿下の侍女をしているそうだ。
侍女なんてものが私に務まるのか謎だったが、小鳥の姿のシルファの指示を仰ぎながらなんとか業務をこなしていった。
小鳥はもともとシルファの使い魔としてゲームに存在しているため、この世界の人間達は魔術師であるシルファが小鳥と話をしていても気にならない様子だった。魔術師が使い魔を連れていることはよくあることだと言う。
シルファ曰く、小鳥の声を言葉として認識しているのは私だけで、同じ魔術師でもない限り、周囲には小鳥の囀りとして聞こえているそうだ。
それにしても、ゲーム内で立ち絵すら無く文面に名前しか出てこなかった王女様がとても愛らしい。
くりっとした愛らしいエメラルドの瞳にゆるく巻かれた長い金色の髪。
ドレスに身を包んだ王女様の立ち居振る舞いは美しく、気品という言葉を初めて身を持って感じる事になった。天使だった。まさに現世に現れた天使。流石攻略対象者の妹。つまり王族は三兄弟で、兄弟妹という構成になるようだ。
「もうこのまま王女様の侍女として暮らして行くのも悪くないかも」
「実は何もせずのんびり過ごした事もあるのです……殺されちゃいましたけど……」
「なっ……」
怖すぎる。確かに世界観のせいで魔族との戦闘シーンがあり、バッドエンドも多めだ。本編で語られる事なくシルファが死んでいる場合もあったので、気をつけようと心に刻み込んだ。何しろ今の私は破滅フラグ持ちなのだ、いつどこで死んでもおかしくない……。
シルファとこっそり話しをしていると、来客予定もないのに扉が開き、部屋に人が入ってきた。
「ああ!スピカ!お兄様に愛らしい姿を見せておくれ……!」
「もう、お兄様ったら……」
大げさな物言いにお姫様は恥ずかしそうにしつつも、うれしそうなのが表情から伝わってくる。兄弟仲は悪くなさそうだった。しかし、この兄妹麗しすぎて……尊い。
「有紗……大丈夫ですか?気分でも悪いの?」
「あ、うん。私この小説のファンだから、時々おかしくなるけど気にしないで……」
今後、こんなイベントが連続で見られると思うと目福過ぎると感じた。
王国の第二王子、アダリス殿下は妹と同じエメラルドの瞳に金色の短髪で絵に書いたような白馬の王子様といったキャラクターデザインをしている。
私の好みを全て詰め込んだかのようなその姿をこの目に映せる日が来るなんて思いもしなかった。これを見られただけでも私の中で異世界召喚万歳状態だった。
「式典は長いからね……」
こそこそとアダリスはスピカに話しかけた。
「お腹が空いたときの為に菓子をもってきたよ」
「いつ食べるというのです!?」
「ふっふっふ……侍女さん達に預けておくね!」
微笑ましいやり取りを私が目を見開いて凝視していると、アダリスと私は視線がぶつかってしまった。
私を含め三人ほど側に控えている侍女がいるというのに彼はまっすぐシルファの方へとやってくる。思わず隣とその隣に並ぶ同僚に目を向けたが彼女たちの表情は完璧で何の感情も読み取れなかった。
「妹をよろしくね。シルファ」
「!!」
菓子を手渡され、そのまま、思わず変な声が出そうになったが必死になって止めた。私は今このゲームの黒幕、シルファ・オルテンシアなのだ。だったらここで彼女を演じなくては。
「はい。お任せ下さい殿下」
膝を折り、丁寧に相手に微笑みを返した。
教えられた通りの挨拶をしてみたのだが、上手く出来ているか自信がない。練習しよう。
「殿下はやめてほしいんだけどなぁ……」
「え???」
思わず素で聞き返してしまい、咄嗟に目を伏せ視線を回避した。
咳払いで取り繕ってみたが、取り繕えているか微妙なところだ。
「ううん。なんでもないよ……またあとでね」
爽やかな微笑みを残して再度妹の頭を撫でてから、彼は部屋を退出した。
鼻血が垂れそうだったが、なんとか堪えた私を褒めてほしい心の底から……!!
だいたいなんでまっすぐこっちに向かってきた!?
シルファとアダリスの関係なんて本編で何も触れられていない。
後でこれはシルファから聞き出さなければ。
「まったくお兄様ったら……不自由ね……」
私は大混乱していた。なにしろ攻略対象者はレオーネの事しか頭に無いものだと端から決めつけていたからだ。しかし、まだ彼はレオーネに出会っていない。ならばそれ以前のストーリーというものが存在しているのは当たり前だ。初めからレオーネ一色だったわけではないのだ彼らも。
「行きましょうか」
その王女様の一言で私を含め周囲の従者達が動き出した。
×××
本日は女神から神託を与えられたレオーネが登城し国王に謁見するという。
王女様のお側に控えていなければならないため謁見にも強制参加だそうだ。
正直右も左もわからない状況だというのに、嬉しすぎて怖い。
なにしろゲームの主人公に会えるのだ!!
快活で勇ましく、国の為に尽くすと誓う彼女の姿は圧倒的に尊い。攻略対象が彼女を好きになるのも当然理解できる。あの潔さと高潔な心に憧れを抱かないわけがないのだ。そもそも、彼女は幼い頃に魔族に村を潰され両親と弟を亡くしている、それ故に彼女は―――
―――っと、危ない。危ない。
とにかく、私はとても楽しみだった。
いつ元の世界に帰れるのかわからない不安よりも、レオーネに会える事が嬉しすぎて私の頭はすでにはち切れそうだった。
「有紗……小刻みに震えているけど、大丈夫?」
「大丈夫。これはその……武者震い。そのうち落ち着くから。今日はどうしても全部が最初だから緊張してしまって。頑張ってる私を褒めてほしい。」
「あ……ありがとう……?」
ぎこちなく褒めてくれるシルファにも興奮している自分は救いようのない生き物の様な気がした。落ち着いてほしい。
「それよりシルファに聞きいておきたいのだけれど……」
「ん?」
乙女ゲームで、先ほどのアダリスの態度は好意がダダ漏れのキャラに稀によくある態度……に思えてならなかった。
「アダリス殿下ってシルファの事…………好き…だったりしないかな?」
「ななななな何をいっているの!?そんなわけありません!」
「そうか……」
「確かに殿下とは幼い頃、リオンも交え三人でよく遊んでいたけれど、それだけです。それも小さな頃の事ですから」
「幼馴染ですって……!?」
「それは物語で語られていないのですね」
つまり、リオンだけでなく、アダリスとも幼馴染だったわけだ。
幼馴染の定義がよくわからないが、幼い頃に交流があった事は乙女ゲームではかなり強力な伏線となるはずだ。
「もっと詳しく……」
「有紗、始まります」
玉座の間が静まりかえり、大げさに巨大な扉が開いた。
そこから紫苑の髪を束ねた美しい騎士の装いの女性が入ってきた。
物語の冒頭。レオーネはこのステンドグラスが美しいまるで教会を思わせる王城で勇者として国王から叙勲される。
国王が彼女の肩に剣先を当て、儀式は完成する。
その様子は息を飲むほど美しく、私はただ見惚れるしかなかった。
彼女があの場に立つまでの葛藤と苦しみを私はこの場にいる誰よりも知っているのだから。




