19.目から鱗が落ちた魔術師
「有紗!」
シルファが私を呼んでいた。
「起きて!有紗!」
「う……うん……」
全身びしょ濡れで、最悪の目覚めだった。
ゆっくりと体を起こすと、目の前には頭に小鳥を乗せた白い髪の子供の姿があった。何故か濡れていない。
その子供には見覚えがあった。レオーネが祝福を得る際に必ず現れる子供だ。
「えっと……とりあえず皆は?」
「リーブラ様が咄嗟に肉体を強化してくれたので、アレンくんも壁に激突して気を失ってしまいましたが、大丈夫だと思います。ご本人は瞬時に続けて魔術を行使したせいで気絶してしまいましたが」
近くでリーブラが杖を抱えて倒れているのがわかった。
とりあえず重症者がいない様で私はほっと胸をなでおろした。
「それで、この子は……」
「僕の事知っているでしょ?君はこの世界の人間ではないのだから」
「なっ……」
思いがけない返事が帰ってきた。
「いつも通りの説明をすると、僕は試練の裁定者。君に女神様の祝福を与えるかどうか判断するために存在する、女神様の使いだよ」
子供は子供らしからぬ口調で私に告げた。
「君は見事試練をクリアしたから、祝福するに十分値するのだけど、その前に一つ質問に答えて」
「なんでしょうか?」
「君は神託を受けていないから、ダンジョンに隠された祝福を全て集めた所で完全な勇者にはなれない。レオーネが神託の際に受けた最初の祝福を譲渡されるか奪うかしないと……どちらにせよ一筋縄ではいかない。それでも勇者になろうとするのは……何か理由があるのかな?」
私の理由。それは救世主としてシルファ・オルテンシアに望まれた。それが全てだ。
「私はシルファ・オルテンシアを勇者にして、世界も救う…………つもり……です」
自信が無いため、語尾がどんどん沈んでいってしまった。ゲームのエンディングにシルファの生存ルートが無い以上、新たな道を開拓するしか無いと思い、今此処にいるだけで、未だに確信なんて何一つなかった。
「そっか……この状況を打破する救世主ってところかな」
子供は少し考えた後、こう続けた。
「僕が知っている事を教えてあげる。今この世界はループしている。僕は此処で役目を終えるから原因まではわからない。ただ、ループなんてことが出来るのって女神様くらいだと思わない?」
子供は静かに私を見つめ語りかける。
しかし、シルファではなくて私に向けられているものだと感じた。
「シルファの様に認知出来るものが増え続ければ、物語は破綻してしまうだろうね」
確かに、彼女の言う通りだった。記憶が残らなければループにはならない。ただゲームを周回しているだけなのだから。
それをキャラクターが認知してしまったことで、私が召喚され、ゲームの展開がおかしなことになっている……そしてループにキャラクターが気づくということは物語にイレギュラーな事が起こりやすくなるということでもある。私が召喚されてしまったように。このループはきっと永遠ではない。
「今日はシルファが楽しそうでよかった。君はいつも追い詰められた顔してこの場所にやって来るから心配だったんだ。友達ができたんだね」
「……はい」
小鳥は少し恥ずかしそうに、頭を羽毛の中に埋めた。
「異世界からの来訪者に女神の祝福を授けます」
「いいのですか?」
子供は私にしゃがむようにと促した。
「頼んだよ。救世主様」
茶化すよう子供は告げ、私の頬に口づけるとサラサラとその姿は霧散してしまった。
そして腕に、祝福を授かった証として羽をイメージした文様が刻まれ……救世主様頑張ってネ!という文字が刻まれた。気の所為だよな。うん。見なかったことにしよう。袖の長い服なら隠せるし。
こういうのってなんかかっこよさげな文様が刻まれるもんじゃないの!?少なくともレオーネはそうだったので、私が異世界人だとわかった女神様の対応が雑になったとしか思えなかった。
「女神様に祝福してもらえましたね」
「そ、そうだね……」
寄せ書きにしか見えない文字だが証は証だ。
小鳥に向かって私は深く頷いた。
ようやく一歩前進出来た事に私は深く安堵していた。
「やっぱりループを起こせるとしたら女神様だよね」
「でも、どうして戻すのでしょう?世界は救われていないのでしょうか……?」
女神様は勇者を誕生させ魔王を倒しこの世界を救う存在。
そしてループしていると言うのなら、レオーネと共に何度も世界を救っているはずだ。だというのに、それを戻している?
ゲームをやり直すのは周回して他の攻略対象のルートを巡る為だ。だとすれば4回でいいはず。気が狂った様に周回し続けた、これは私のセーブ記録の再現……だとしたら黒歴史が過ぎるのでそうでないことを祈るばかりだった。まだ情報が少なすぎると感じた。
「リーブラ!!大丈夫!?リーブラ!!」
突然背後から声がしたので急いで振り返ると、倒れているリーブラを無理やり膝の上に抱えぐらぐら揺すっているアレンの姿があった。
「死んだ……のか?」
「貴方に圧迫されて死ぬかと思いましたよ……」
「リーブラぁああ!!」
やはりアレンは馬鹿力なのだろう。
せっかく意識を取り戻したというのに、アレンに抱きつかれたリーブラは本気で魂を吐き出しかけていた。
「あの……すみませんでした。魔術が制御出来なかったことなんて初めてで……」
全てを水浸しにしたことが心苦しかったらしく、青い小鳥は縮こまって謝罪した。
「いえ、あれはどちらかと言うと僕のせいです……人に魔術をかけると思ったら力んでしまって……やはり僕が1人で挑めばよかったですよね。そしたら怪我をするのは僕だけで――――イタタタタ」
アレンはリーブラの頬を引き伸ばした。
「それは違うと思うよ、リーブラ」
「そうですか?師匠だったら1人で一撃で仕留めろくらい言ってきますけど……」
私はアレンと同時に同じ様にしてため息を吐き出した。完全に同じ動作をしてしまった為、思わずアレンと見つめ合ってしまった程だ。リーブラは師匠にしょっちゅうからかわれている割に、肝心なところが見えていないと感じた。
「以前から思っていたのですが、リーブラ様、それこそからかわれているのでは?」
「あの巨体を強化魔法無しでしかも一撃でガンガン倒せる魔術師がいるのなら、勇者は必要ないと思うな」
「リーブラ様、ご自分でからかわれるといつも仰っているではありませんか」
「!?」
私とアレンとシルファにまで突っ込まれ、まるで目から鱗でも落ちたかのようにリーブラは固まった。
「そっか……そう、ですよね。からかってる……なんで思いつかなかったんだろう……」
彼は怖いくらいに真顔だった。本気で師匠の戯言を真に受けていたらしい。
つまりリーブラは無茶振りとも言える課題に毎回全力でぶつかり、出来ないと自分はまだまだだと繰り返していた可能性が出てきた。ある意味でアリエスは自己評価の低いとんでもない化物を生み出した事になるのだが、意図的にやっていたとはとても思えない……。2人の性格が奇妙な形で綺麗に噛み合った結果なのだろう。
「だいたい、君が1人で倒してしまったら、私の見せ場はどうなるんだい?」
「は?」
「君は私を輝かせる為にいるのだよ。モンスターを1人で討伐する為ではないんだ」
リーブラを励ますために言っているのかと思ったが、アレンの目が真剣そのものだった。
実際に輝かせているので、アレンがまったく頓珍漢な事を言っているとも言い切れないところが絶妙だった。
「……っ…なんですかそれぇ……」
そう言って、リーブラは僅かに微笑んだ。
初めて見たと言っても過言ではないかもしれない。あまりにも珍しいその姿に私は見入ってしまった。出発前に不安しか感じることのなかったパーティだったが、そんなに悪くないのではと今は思える。
「それよりも、リーブラ……下着までずぶ濡れで気持ちが悪すぎるので、服を乾かす魔術でどうにかしてくれないだろうか?正直今すぐにでも洗いたてのシャツに袖を通したい。冒険者が……こんなにも過酷で厳しいものだったとは……」
あれだけ宝箱に小躍りし、巨大モンスターにも笑いながら立ち回っていたアレンが、服が濡れただけでものすごく苦痛に満ちた表情で頭を抱えていた。今後泥沼に突っ込む事等あれば彼はどうなってしまうのだろうか。
育ちの良さが垣間見えた瞬間だった。
「リーブラ様を万能家事ロボットみたいに扱わないで……一応聞くけどそんな魔術あるの?シルファ?」
「風属性か火属性なら鍛錬を積めばできそうな気はします。乾かすだなんて力の微調整がとても繊細だと思うので一朝一夕には出来ないと思いますが……」
「僕、火属性なのでやってみましょうか……?」
「「「お願いします!!」」」
その一言に、私達は一様に頷いたのだった。
もはやこの男に頼めば出来ないことなど無いのではなかろうか。
こうして、我々はしっかりと乾いたほかほかの装備で心地よく、ダンジョンを後にすることができたのだった。




