表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Company ―龍馬が死んだあと―  作者: 八雲 海


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/24

第二巻 長崎の設計図 第九話 黒船商会の正体

 澄の情報網は、惣介の想像より広かった。


 翌日、澄は惣介を英国商館の近くにある茶屋に連れて行った。


 表向きは普通の茶屋だった。だが奥の座敷に通されると、そこに二人の男が待っていた。


 一人は中国人だった。五十がらみ。上海から来た貿易商だと澄が紹介した。


 もう一人は日本人だった。三十前後。長崎の港で荷役の仕切りをしている男だと言った。


 二人とも、澄の顔を見て頭を下げた。


 この女は、長崎の情報網の中心にいる。


 惣介はそれを静かに確認した。


――――――


 「黒船商会について、話せることを話してください」澄は二人に言った。


 中国人の貿易商が先に口を開いた。日本語が流暢だった。


 「上海では、黒船商会は三年前から動いています」男は言った。「表向きは綿花と茶の輸入。でも本当の商売は、港の情報を集めることです」


 「港の情報」惣介は聞いた。


 「水深すいしん。石炭の補給能力。入港できる船の大きさ。そして港を管理している人間の名前と、その人間の借金の状況」男は静かに言った。「全部を揃えてから、動く」


 「動く、とは」


 「港を買う」男は言った。「直接ではない。まず保険の査定さていを変える。次に荷の流れを変える。そうすると港の収益が落ちる。借金が増える。最終的に、土地が手放される」


 惣介は止まった。


 長崎の波止場で、汐が言っていた言葉が戻ってきた。


 ——港を買うんじゃない。人が、そこしか選べなくなるようにするんです。


 まったく同じ手口だった。


――――――


 荷役の男が続けた。


 「長崎でも、二年前から同じことが起きています」男は言った。「小さい港が三つ、外国商社の管理になりました。表向きは日本人の名前が残っていますが、実質は違う」


 「黒船商会の傘下さんかですか」


 「そうです」男は言った。「神戸でも横浜でも、同じことが進んでいます。ただ、長崎が一番早かった」


 「なぜ長崎が」


 「龍馬さんが、ここで気づいたからじゃないですか」男は静かに言った。「だから長崎が、一番の標的になった」


――――――


 茶屋を出ると、惣介は澄と並んで歩いた。


 「二人は、どういう人間ですか」惣介は聞いた。


 「信頼できる人間です」澄は言った。「龍馬さんが繋いでくれた縁です」


 「龍馬さんが」


 「ええ」澄は歩きながら言った。「龍馬さんは、情報網を作っていました。帳簿だけではなく、生きた情報を集める人間のネットワークを」


 惣介は黙って聞いた。


 「そのネットワークが、今も動いています」澄は言った。「龍馬さんが死んでも、繋がりは残った」


 「それが、設計図の一部ですか」


 「そうだと思います」澄は静かに言った。「別冊には、このネットワークの設計も書かれているはずです」


――――――


 宿に戻った惣介は、紙を出して整理した。


 黒船商会の手口。


 まず港の情報を集める。水深、石炭、入港能力、管理者の名前と借金。


 次に保険の査定を変える。リスクが高いと判断して、保険料を上げる。


 荷の流れを変える。別の港に誘導する。


 収益が落ちる。借金が増える。


 土地が手放される。


 買う。


 全部、数字で動く。悪意は見えない。合理性だけがある。


 惣介は紙を見た。


 これは帳簿の問題だ。


 剣では止められない。銃でも届かない。


 でも帳簿なら、追える。


 惣介は初めて、自分が帳簿係であることの意味を感じた。


――――――


 夜、惣介は澄に呼ばれた。


 事務所に行くと、澄が地図を広げていた。日本の沿岸の地図だった。


 「見てください」澄は言った。


 地図に印が打たれていた。長崎近郊に三つ。神戸に二つ。横浜に一つ。


 「全部、黒船商会が管理している港です」澄は言った。「この二年間で、ここまで広がった」


 惣介は地図を見た。


 印が、日本の主要な港を囲むように並んでいた。


 「龍馬さんの設計図は」惣介は言った。「この印の外側に、別の線を引こうとしていたんですか」


 澄は惣介を見た。


 「そうです」澄は静かに言った。「黒船商会が握っていない港を繋ぐ。日本独自の航路こうろを作る。そうすれば、黒船商会の線を迂回うかいできる」


 惣介は地図を見た。


 印のない港が、まだあった。


 小さかった。だがあった。


 「函館は」惣介は聞いた。


 澄は地図の北を指した。


 函館には、印がなかった。


 「まだ、手が届いていない」澄は言った。「だから別冊をそこに隠した。龍馬さんは、最後まで北を信じていた」


――――――


 惣介は地図を見続けた。


 黒船商会の印。龍馬が引こうとした線。そして印のない、北の港。


 帳簿の数字が、地図の上で動き始めた気がした。


 「澄さん」惣介は言った。「出発は三日後でしたね」


 「ええ」


 「それまでに、もう一つ確かめたいことがあります」


 「何ですか」


 「帳簿の空白の部分です」惣介は言った。「取引相手の欄が空白になっている記録が、いくつかあります。上海絡みの取引です。その相手が誰か、分かりますか」


 澄は少し間を置いた。


 「調べてみます」澄は言った。「ただ、答えが出たとして、覚悟はできていますか」


 「どういうことですか」


 「取引相手が、予想外の人間かもしれない」澄は静かに言った。「新政府の中の誰か、という可能性があります」


 惣介は澄を見た。


 「覚悟はできています」


 澄は頷いた。


 地図の印が、燭台の灯りに揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ