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Company ―龍馬が死んだあと―  作者: 八雲 海


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第四話 黒船商会

その夜、惣介は宿で帳簿を広げた。


 今度は違う読み方をした。


 数字を追うのではなく、流れを追った。


 金がどこから来て、どこへ行くのか。港がどういう順番で出てくるのか。取引の間隔がどう変化しているのか。


 帳簿係として二年間、龍馬の商いを支えてきた。数字の流れを読むことなら、誰にも負けない自信があった。


 一刻いっときほどかけて、惣介は紙に書き出した。


――――――


 見えてきたことが三つあった。


 一つ目。取引の規模が慶応二年から三年にかけて急激に大きくなっている。何かが変わった時期がある。


 二つ目。長崎を経由する取引と、神戸・横浜を経由する取引で、品目の記号が違う。長崎は「甲」「乙」が多い。神戸・横浜は「丙」「丁」が多い。種類が違う何かを、別々の港で動かしている。


 三つ目。上海という文字が出てくる取引は、金額が特に大きい。そして取引相手の欄が空白になっている。


 空白。


 意図的に書かなかったのか。それとも別冊に書いてあるのか。


 惣介は紙を見た。


 「甲」「乙」「丙」「丁」。


 武器だとすれば——銃の種類か。あるいは銃と弾薬を別々に記号で表しているのか。


 惣介には確信が持てなかった。


 だが陸奥が「武器じゃ」と言った。帳簿の数字はその言葉と矛盾しなかった。


――――――


 翌朝、惣介は京都の街に出た。


 黒船商会の名前を知っている人間を探すためだった。


 まず両替商りょうがえしょうを回った。金の流れを知っているのは、両替商と商人だ。


 三軒目で、手がかりが出た。


 老いた番頭が、声を潜めて言った。


 「黒船商会なら、長崎の英国商館と繋がっとります」番頭は言った。「表向きは綿花と茶の輸入をしとる。でも本当のところは——」番頭は口を閉じた。


 「本当のところは」惣介は促した。


 「知らん方がいい」番頭は言った。「あそこに関わった商人が、二人消えました。去年のことです」


 惣介は礼を言って、両替商を出た。


――――――


 次に惣介は、海援隊の古い仲間を訪ねた。


 田所たどころという男だった。三十前後。龍馬と長い付き合いがあった。今は京都で小さな商いをしていた。


 田所は惣介を見て、顔を曇らせた。


 「龍馬さんのことは、残念じゃった」田所は言った。


 「黒船商会を知っていますか」惣介は聞いた。


 田所の顔が固まった。


 「知っている」田所は静かに言った。「龍馬さんから聞いた」


 「何を」


 田所はしばらく黙った。それから、覚悟を決めたように口を開いた。


 「龍馬さんは言っていた」田所は言った。「黒船商会は武器を売っているだけじゃない、と」


 「では何を」


 「港を買っている」田所は言った。「武器は表の商売じゃ。本当の目的は、日本の港の利権りけんを握ることじゃと、龍馬さんは言っていた」


――――――


 惣介は動けなかった。


 港を買う。


 その言葉が、頭の中で響いた。


 武器商人だと思っていた。だが本当の目的は港の利権だった。


 「龍馬さんは、それをどこで知ったんですか」惣介は聞いた。


 「長崎じゃ」田所は言った。「長崎で、ある女から聞いたと言っていた」


 「女」


 「名前は言わなかった」田所は言った。「ただ、その女は最初から見えていた、と言っていた」


 最初から見えていた。


 帳簿の「汐」という名前が、惣介の頭に浮かんだ。


――――――


 田所の家を出ると、惣介は路地で立ち止まった。


 空が暗くなっていた。


 黒船商会は武器商人ではなく、港の利権を狙う組織だった。東インド会社の流れを汲む、英国系の組織。


 龍馬はそれを知っていた。


 そして対抗する設計図を作っていた。


 だから殺された可能性がある。


 惣介は帳簿を懐で触った。


 この帳簿は、黒船商会が何をしているかの記録だ。


 別冊には、龍馬がそれに対して何をしようとしていたかが書かれている。


 二つ合わせて初めて、全体が見える。


――――――


 宿に戻ると、異変に気づいた。


 部屋の荷物が、わずかに動いていた。


 惣介は部屋に入る前に廊下で止まった。


 誰かが入った。


 帳簿を探した。


 だが帳簿は惣介の懐にあった。


 惣介は部屋に入った。何も取られていなかった。ただ、荷物の位置が少しずつ違っていた。


 丁寧に調べた人間の痕跡こんせきだった。


 惣介は荷物をまとめた。


 今夜、この宿を出る。


 明日の朝、京都を発つ。


 長崎へ向かう。


 もう、迷っている時間はなかった。



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