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Company ―龍馬が死んだあと―  作者: 八雲 海


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3/10

第三話 陸奥の忠告

翌朝、惣介は陸奥をもう一度訪ねた。


 昨夜の話で終わりにするつもりだった。長崎へ行く。橘澄を訪ねる。それだけ決まれば十分だった。


 だが眠れなかった。


 帳簿の数字が頭から離れなかった。「黒船商会」という名前が離れなかった。そして陸奥が言った「設計図」という言葉が、ずっと耳の奥に残っていた。


――――――


 陸奥は部屋にいた。


 昨夜と同じ姿勢で書状を読んでいた。惣介を見て、書状を置いた。


 「来ると思っていた」陸奥は言った。


 「黒船商会とは何ですか」惣介は座りながら言った。前置きなしだった。


 陸奥は少し間を置いた。


 「聞きたいか」


 「帳簿を持っています。尾行されています。長崎へ行こうとしています」惣介は言った。「何も知らずに動くより、知って動いた方がいい」


 陸奥は惣介を見た。


 それから、静かに話し始めた。


――――――


 「黒船商会は、表向きは貿易商社じゃ」陸奥は言った。「長崎に拠点を持っている。神戸にも横浜にも顔が利く」


 「裏は」


 「武器じゃ」陸奥は言った。「英国系の民間組織が後ろについている。東インド会社ひがしいんどかいしゃの流れを汲む連中じゃ」


 惣介は帳簿を思い出した。品目の欄の記号。「甲」「乙」「丙」。武器の種類を指していたのかもしれなかった。


 「龍馬さんは、それを調べていたんですか」


 「調べていた」陸奥は言った。「だがそれだけじゃない」


 「どういうことですか」


 陸奥は窓の外を見た。


 「龍馬は敵を調べながら、同時に別のものを設計していた」陸奥は言った。「黒船商会に対抗できる、日本独自の仕組みを」


 「それが別冊ですか」


 「そうじゃ」


――――――


 部屋が静かになった。


 惣介は帳簿を見た。数字の羅列。港の名前。上海という文字。


 これは龍馬が敵を追いかけた記録だった。


 そして別冊には、龍馬が作ろうとしたものが書かれている。


 「なぜ龍馬さんは殺されたんですか」惣介は聞いた。


 陸奥はしばらく黙った。


 「理由は一つじゃないかもしれない」陸奥は言った。「だが設計図が関係している可能性はある」


 「設計図が完成すれば、黒船商会の利権りけんが脅かされる」


 「そうじゃ」陸奥は言った。「そして新政府の中にも、その設計図を都合が悪いと思う人間がいる」


 「新政府が」


 「龍馬の設計は、国家主導ではなく民間主導じゃ」陸奥は静かに言った。「国が全部仕切りたい人間には、邪魔になる」


 惣介は黙った。


 龍馬は敵が多かった。外からも、内からも。


――――――


 「一つ聞いていいですか」惣介は言った。


 「なんじゃ」


 「陸奥さんは、設計図を公開したいんですか。それとも燃やしたいんですか」


 陸奥は惣介を見た。


 少し間を置いて、言った。


 「龍馬が決めることじゃった」陸奥は言った。「龍馬がいなくなった今、誰が決めるのか。わしには分からん」


 「だから儂に行かせるんですか」


 「お前が帳簿を見つけた」陸奥は言った。「龍馬がお前を帳簿係に選んだ。それだけの理由がある気がする」


 惣介は陸奥を見た。


 この男は全部知っている。でも全部は言わない。


 それが惣介には少し怖かった。


――――――


 立ち上がりかけた時、陸奥が言った。


 「惣介」


 「はい」


 「長崎で、しおという女を知っているか」


 惣介は止まった。


 「帳簿に名前がありました」


 「会いに行け」陸奥は言った。「橘澄より先に会え」


 「なぜですか」


 陸奥はしばらく黙った。


 「その女が、龍馬を一番よく知っている」陸奥は静かに言った。「理由は聞くな。会えば分かる」


 惣介は頷いた。


 「もう一つ」陸奥は続けた。「長崎で、神谷弦四郎かみやげんしろうという男に気をつけろ」


 「どんな男ですか」


 「穏やかな男じゃ」陸奥は言った。「だから怖い」


 それだけだった。


――――――


 陸奥の宿を出ると、冬の京都の空気が冷たかった。


 惣介は歩きながら、頭の中を整理した。


 黒船商会。武器取引。東インド会社の流れを汲む組織。新政府の中の敵。設計図。汐。橘澄。神谷弦四郎。


 全部が繋がっているはずだった。


 だがまだ、何も見えていなかった。


 惣介は空を見た。


 今夜、京都を出る。


 長崎へ向かう。


 龍馬が何を見ていたのか。その答えを、自分の目で確かめる。


 帳簿係の自分に、それができるかどうか。


 まだ分からなかった。


 でも動かなければ、何も分からないままだった。



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