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第4話「ゼロ」

10歳の秋、魔力診断の日が来た。


年に一度、巡回の神官が村を回り、子供の魔力適性を計測する。

石板に手を当てると魔力適性の数値が出る。

適性値の高い子供は国の運営する魔法学校へ推薦入学できることもあるらしい。


村の広場に到着すると、子供が集まっていた。

今年同じ年の子は10人ほど。1年に一度しかない日だから、村人もちらほら見物に来ている。

神官は5、60歳くらいの男で、声は穏やかで急いでいない。

慣れた手順で石板を出し、子供の名前を呼んだのちに数値を読み上げる。

親たちは少し離れて見守っている。


夏の終わりの空気がまだ残っている広場の隅で犬が一匹寝ている。

畑の方からは鎌を研ぐ音がかすかに聞こえる。

誰も急いでいない、いつもの秋の昼下がりだった。


列に並びながら、心臓が少しだけ速くなっているのに気づく。


(これだ)


なんとなく、そう思った。

根拠はない。でもそうだった。


(ここで、何かが出るんだ)


うまく言えない感覚だった。

転生したとか、そんな言葉は僕の中にない。

ただ——自分には何かがある気がしていた。


ずっと。うっすらと。それが何かはわからないが、あると思っていた。


(石板が光る。すごい数値が出る。神官が驚く)


なぜかそんな絵が頭の中にある。

どこから来た絵かはわからない。でもあったんだ。


(そういうことが、起きる気がする)


最初の子が終わる。

「3です」と神官が言う。「平均的な数値ですね」

親が小さく頷く。


次の子が来る。

「4」だった。

親がほっと息をつく。


また次。

「2」だった。

親の顔が一瞬曇って、すぐに戻る。

神官は「2は珍しくない数値です」と短く言う。


その次。

「3」だった。


数値はだいたい2から4の間に収まっている。

たまに5が出ると、神官の声がほんの少しだけ明るくなる。

それを聞いて、村の大人たちが「ほう」と小さく声を漏らす。

「ヴァルドさんとこと、ガレンさんとこ」と誰かが小声で言うのが聞こえた。


ヴァルドおじさんはセナの父親で元は冒険者だった。

父さんも村の鍛冶師として知られている。

2人の子供が村でどう見られているかはなんとなく知っている。


列が少しずつ進んでいく。

神官は淡々と石板を差し出し子供が両手で受け取る。

数値が出ると神官が読み上げ、親が頷くか息をつくか、その繰り返しだった。

広場の空気はゆっくりと、しかし確実に進んでいく。


---


セナが10歳のときもこういう日だった。


僕は8歳でまだ自分が受ける年ではなかったので、広場の隅でセナの順番を見ていた。


セナが両手で石板を受け取る。

少し緊張した顔をしていた。


石板が光り数字が出る。

神官が読み上げる。


「6です。良い数値ですね」


セナが振り返る。

目が、ぱっと光った。

口元がほとんど笑っていた。

広場の真ん中で大声を出すのは違うと思ったのかぐっと抑えている。


それでも、嬉しいのが伝わってきた。


僕に向かって小さく頷く。1度だけ。

その1度が、「ちゃんと出たよ」と言っていた。


僕も頷いた。


---


2年経って、今日、僕の番が来た。


(僕の番だ)


一歩、前に出る。


神官が石板を差し出す。

両手で受け取る。


少し冷たい。

平らで白くて何の変哲もない石だ。

表面に古い擦り傷が何本か走っている。

何百回、何千回と子供が触ってきたんだろう。


息を止めていることに自分で気がついた。


石板が光った。

数値が出る。


「魔力適性、ゼロです」


神官が言う。

声は静かで特に感情がない。


「これまで、こんな数値の子は見たことがありません」


僕は石板を見る。

数値が出ている。ゼロだ。


広場が少し静かになる。

誰も何も言わない。

畑の方の鎌の音もいつのまにか止まっている。


頭の中に言葉が浮かぶ。


——俺のチートスキルは。


続きが出てこない。


(……ないのか)


石板を返す。

神官が次の子を呼ぶ。

何事もなかったかのように列が進む。


僕は列から外れた。


セナが小走りで近寄ってくる。

あの日とは真反対のような、違う顔だった。

何かを言おうと口を開けかけて、何も言わない。


「リク」


ようやく出た声はいつもの声より少し細い。


「うん」


セナが何か言いかけて、止まる。

僕の袖に一瞬だけ指が触れる。

握る前に離れる。


目が少し赤い。

泣くわけではないが、泣くのを抑えている顔だ。


「……平気だよ」


僕は言った。

本当はわからない。


セナが頷く。

それから母さんと父さんの方を見て僕に目を戻す。


「あとで」

「うん」


それだけ言ってセナは自分の親の方へ戻っていく。

セナの目が赤かったことが、頭に残った。


---


母さんは少し離れた場所に立っている。

涙をこらえている顔だ。こらえているのがわかる。

口元を片手で押さえている。


父さんがその隣にいる。

肩が固まっている。視線は石板の方ではなく僕の足元あたりに落ちていた。


「すまない」と父さんが呟く。

僕に向けて言ったのか、母さんに向けて言ったのかはわからない。


「なんで父さんが謝るの」


父さんは答えない。

答えられない、という顔だった。


「僕は別に、気にしてない。本当に」


そう言った。

嘘ではない。

少なくとも、その瞬間は。


周りの大人たちがこちらを見ないようにしているのがわかる。

誰も声をかけてこない。

普段は「リクくん」「ガレンさん」と気軽に話しかけてくる人たちが、今日に限って距離を取っている。

それがかえって、はっきりと感じられた。


ヴァルドおじさんとアーシャおばさんが少し離れた場所からこちらを見ている。

何かを言いたそうだったが何も言わない。

セナが2人の間に戻っていって、アーシャおばさんが軽くその肩に手を置く。

それでセナの肩が少し下がる。

ヴァルドおじさんが一度こちらを見る。

頷くわけでも、声をかけるわけでもない。

ただ、見ている。

それから視線を外した。


母さんが小さく息を吸う音が隣で聞こえる。

何かを言いそうになって、また飲み込む音だった。


---


帰り道、3人で歩いた。


母さんは少し遅れて、父さんは僕の隣を歩く。


誰も何も言わない。


畑の道を抜ける頃には秋の夕方の光が斜めに落ちていて、影が長く伸びていた。


途中、井戸の前で知らない大人とすれ違う。

何か言いかけて、こちらの顔を見て、結局何も言わずに頭を下げて行った。

それを見て、知ってるんだと思った。

村の中ではもう知れ渡っているらしい。


家の近くまで来る。

ずっと父さんは隣を歩いている。


一歩も離れない。


それが何を意味するのかはうまく言葉にならない。

でも——何かを意味している。


家に着いた。父さんが扉を開ける。

父さんに続き、僕も中に入る。

靴を脱いで廊下を歩く。


自分の部屋に入りそっと扉を閉めた。


窓の外に空が見える。雲が橙色に焼けている。

低く伸びた1本の雲が村の屋根の向こうに長く流れている。

さっきまで広場にいた人たちも、もうそれぞれの家に戻っているはずだ。

今日のことは、今夜の食卓で何度も話されるだろう。


机の前に座る。

角には小さな傷がいくつかある。何年か前から知っている傷だ。

指先でその傷をなぞる。


その動きはなぜか体に馴染んでいる。

机ではないかもしれない。別の、平らで硬いもの。

同じものを何度も何度もなぞっていた感覚が指先のどこかにある。

それがいつだったかは思い出せない。

でも、指は知っている。


(——チートスキルとか、そういうの)


なぜかその言葉が浮かんだ。

どこから来た言葉かはわからない。


チートスキルはない。

魔力もない。

神様にも選ばれなかった。


ゼロだ。


布団の上に座って、それを考える。


(……まあ、そうか)


なぜかそう思った。

驚いていないわけじゃない。

でもどこかで——そんな気もしていた。


うまく言えない。

何かが、ずっとそう言っている。


期待していた。でもどこかで「やっぱり」とも思っていた。


両方が同時にあった。


外で鳥が鳴く。

夕暮れの色が窓から差し込んでいる。


僕はしばらくそれを見ていた。


---


夕食の時間。


母さんは何も言わない。父さんも何も言わない。

僕も言わない。


3人で黙って食べる。

スープが温かい。それだけはわかる。


母さんがスプーンを持つ手がほんの少しだけ止まる瞬間が何度かあった。

止まった瞬間に何かを言いそうになっているのが見ていてわかる。

でも、最後まで何も言わなかった。


父さんは皿に視線を落としている。

食べる速さもいつもと変わらない。

でも、噛む音がいつもより重い。


黒パンを千切る指が少しだけ強く見えた。


食べ終わって「ごちそうさまでした」と言う。

声は自分でも小さかった。


「うん」と母さんが言った。


食器を下げ、部屋に戻った。


ベッドに横たわり天井を見る。

いつもの天井だ。

板の目の節をなんとなく数える。3つあった。

昨日も数えた。何個だったかは覚えていない。


才能がない。

魔力もない。

神様にも選ばれなかった。


それはわかった。


うっすら残っている、前の自分の感覚が言う。


才能がないのは慣れてる。

やるしかないのも慣れてる。


それが何を意味するかはわからない。

どこから来た「慣れ」なのかも思い出せない。

ただ、その感覚だけがはっきりと体の中にある。


朝が来て、まだ何も終わっていなくて、それでも続けるしかない。

同じ感覚をなぜか体は覚えている。


別に劇的じゃない。


ただ続く。続けば何かにはなる。

あるいは何にもならないかもしれない。

それでも続ける。


それが当たり前として覚えていた。


ただ——やめるつもりはない、とわかった。


やめる理由が見つからない。


諦めたら楽になる、というのもよくわからない。

諦めて何をするんだろう。

諦めた後に何が来るのか、想像がつかない。


考えても答えが出ない。


だから、やめない。

それしかない。


外で虫が鳴いている。


天井を見ながらそんなことを考えていた。

劇的な気持ちはない。

燃えているわけでも、震えているわけでも、泣いているわけでもない。


ただ、そう思った。


(次を考えればいい)


それしか思いつかなかった。

今日のことはもうわかった。

明日もまた同じ朝が来る。

畑があって、ご飯があって、セナがいる。

それだけで十分だ。


虫の声が続いている。

夜が深くなっていく。


少しして眠くなった。

目を閉じたらそのまま朝になっていた。

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