第2話「灯し試し」
ミルヴァ村の祭りには「灯し試し」という出し物がある。
魔法蝋燭を両手で包むように持って、魔力を込めると芯に火が灯る。
それだけの子供向けの催しだ。
大人の冒険者ならそれくらい朝飯前だと誰かが言っていた。
でも子供にとっては、自分に魔力があるかどうかを初めて試す機会になる。
村には診断所がない。神官の巡回は10歳の歳まで来ない。
だから、毎年夏の祭りにこの蝋燭を並べて子供は順番に試していった。
祭りの夜は明るい。
篝火がいくつも焚かれて屋台の灯りが連なり、焼ける小麦と甘い匂いが混じっていた。
広場の真ん中では大人が輪になって太鼓に足を踏んでいる。
笑い声があちこちで弾けていた。村の一年でいちばん賑やかな夜だ。
僕は幼馴染のセナと並んで列の後ろに立っていた。
ひとつ年上の、昔から自信家な子だ。
栗色の髪を後ろで結って、僕より頭半分背が高い。
「リク、絶対灯るよ」
セナが前を向いたまま、確信したような声で言った。
「そうかな」
「そう。リクだもん」
その根拠はよくわからない。でもセナはいつもこう言う。
「絶対」と言い切ってしまえば本当にそうなる、とでも思っているみたいに。
僕は「うん」とだけ返して、前の子が終わるのを待った。
列はゆっくり進んでいく。
灯る子もいれば灯らない子もいた。
灯った子の親は嬉しそうにして、灯らなかった子には「まだわからないさ」と誰かが声をかける。
どちらもそれほど深刻な空気ではない。
6歳の蝋燭はあくまで占いのようなもので、本当の診断は10歳で神官が来るまで待つ。
みんなそれを知っていた。
少し並んでいると順番が回って来た。
セナが先だ。
蝋燭を受け取って両手で包む。
目を閉じて、軽く息を吐いた。
すっ、と炎が灯った。
小さいのに揺れない。芯の真上でまっすぐ立つ、きれいな炎だった。
周りの大人が「おー」と声をあげる。
「セナちゃんはやっぱり」「ヴァルドさんの子だ」との声が聞こえた。
セナの父さんは昔、腕のいい冒険者だったらしい。
セナは蝋燭を返してくるりと振り返った。
「ほら、次はリク。絶対大丈夫だから」
笑っていた。本気でそう思っている顔だ。
疑うことを知らない顔だった。
僕は頷いて列の前に出た。
蝋燭を受け取った。想像していたより重い。
白くて太くて、何の変哲もない蝋燭だ。
芯はまだ黒く焦げてもいない。
両手で包んだ。
何を念じればいいのかわからなかった。
とりあえず、灯れ、と思う。
何も起きない。
もう一度思った。灯れ。
芯は黒いまま、蝋の白さが篝火の光をぼんやり照り返しているだけだった。
担当の大人が「もう少しゆっくりやってみて」と言った。
僕はゆっくりやってみた。
息を吸って、止めて、念じる。
何も起きない。
「手が冷たいのかな。温めてから——」
「大丈夫です」
言葉が考えるより先に出た。
温めても変わらない。なぜかそう思った。理由はない。
もう一度試した。やっぱり何も起きなかった。
すぐ後ろで、誰かの話し声が止まった。
広場のざわめきは続いている。太鼓も鳴っている。
でも僕のまわりだけ空気が薄くなった。
みんなが見ないようにしながら見ていた。
「リク、手貸して」
セナが列の先頭に戻ってきていた。
「一緒にやれば灯るかもしれない」
そういうものなのかは僕にはわからない。
でも、セナが両手を僕の手の上から添えてきた。
温かかった。指が細くて、でも力がこもっている。
セナが何かをした。手のひらにぴくりと温度が動く。
蝋燭は、灯らなかった。
しばらく2人でそのまま持っていた。
セナの手は熱いくらいだ。
それでも灯らない。
担当の大人が「ありがとうね」と言って、そっと蝋燭を受け取った。
困らせないような、慣れた手つきだった。
列の外に出た。
僕は喚かなかった。泣きもしない。
ただ足が重かった。声を出すとその重さが形になってしまう気がして黙っていた。
セナが隣に来る。
何か言おうとして、一拍、間があった。
「大丈夫だよ、リク。魔法蝋燭なんて当てにならないって、お母さんが言ってたし」
明るい声だった。
慰めるより、本当にそう思っている声。
僕は「うん」と言った。
何かが胸の中に落ちた。
悲しいとか悔しいとか、名前のついたものではない。
もっと静かで、もっと重いものだった。
ただ——セナの言葉が優しいほど、その何かは深いところに残った。
なぜかはうまく言葉にできなかった。
祭りはまだ続いている。
屋台の灯りが揺れて、大人たちが笑って、どこかで太鼓が鳴っている。
何も変わらない夜だ。
灯らなかったことなんて、この賑わいの中ではたいしたことではないみたいだった。
「あっちに林檎飴あったよ。食べに行こう」
セナの言葉に僕は「うん」と言って歩き出す。
篝火の橙色が、隣歩く僕たちの影を地面に長く伸ばしていた。
僕はその影を見ていない。前を向いて歩いていた。
人混みの匂い、焼ける小麦、誰かの笑い声。
全部が遠くにあるみたいだった。
(なんか——慣れてる気がする)
ふいにそう思った。
何に慣れているのかはわからない。灯らなかったことにか。うまくいかないことにか。
慣れた記憶なんてどこにもないのに。
ただ、そう感じた。
胸の奥が、知っている形にそっと収まる感じがした。
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翌朝、布団の中で天井を見ていた。
板の目に節が3つある。
昨日の夜も同じものを数えた。何個だったかは覚えていない。
ただ、こうして天井を見上げているのは初めてではない気がした。
悲しい、というのに近い。
でも——やっぱり慣れていた。
何に慣れてるんだろう。
わからないまま起き上がって、冷たい水で顔を洗った。
鏡はないから自分がどんな顔をしているのかはわからない。
朝食の時、母さんが粥を運んできた。
いつもより静かだ。父さんはもう鍛冶場に出ていた。
母さんが向かいに座って僕を見る。
粥を食べる手を止めていた。
「悔しかった?」
「別に」
「……そう」
母さんはそう言ってまた粥を一口食べた。
それ以上は聞かない。塩加減はいつも通りだった。
悔しい、というのとは違う。
でも、じゃあ何かと言われてもわからない。
母さんは僕の顔を長く見ていた。
何かに気づいているような、でもそれを言わないでおくような目だった。
食べ終わって茶碗を流しに持っていった。
「行ってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
なんで今日に限って気をつけて、なんだろう。
わからないまま外に出た。
外に出るとセナが居た。
いつものことだ。
どっちかが待つより、ちょうど出てきた頃に合う。
長く隣にいるとこういう間合いになる。
「おはよう」
「おはよう」
2人で歩き出した。
昨夜のことはどちらも言わない。
セナが言わないから僕も言わなかった。
畑の端の道をいつもの方へ歩く。
空は晴れていた。祭りの煙の匂いが、まだ少しだけ風に残っている。
しばらく歩いたところで、セナが口を開いた。
「リクはなんか、別のやつが光ると思う」
何のことを言っているのかはすぐにわかった。昨夜の話だ。
「そうかな」
「そう」
セナは前を見たまま言った。断言するような、でも押しつけない言い方だった。
「魔法蝋燭じゃないやつが。なんか、そんな気がする」
僕は何も言わなかった。
答える言葉がなかったわけじゃない。
何を言っても違う。
セナの足音が一瞬だけ止まる。
僕は振り返らずにそのまま歩いた。
振り返ったら、セナがどんな顔をしているか見てしまう気がしたから。
少しして、足音がまた隣に並んだ。
嬉しかったのか辛かったのか、自分でもわからない。
セナの言葉は優しかった。
本当にそう思っているのもわかった。
でも——何かがずっと胸の底に残っていた。
重いとも軽いとも言えない、何かが。
それが何かは、やっぱり言葉にならない。
道の先に畑が広がっていた。
風が吹いて、葉がいっせいに揺れる。
僕はそれを見ながら歩き続けた。




