第2話「灯し試し」
6歳の夏、ミルヴァ村の祭りには「灯し試し」という出し物があった。
魔法蝋燭を両手で包むように持つ。魔力を込めると芯に火が灯る。
ただそれだけの、子供向けの催しだった。
大人の冒険者ならそれくらい朝飯前だと誰かが言っていた。でも子供にとっては、自分に魔力があるかどうかを初めて試す機会だった。村には診断所がない。簡単に調べる方法がない。だから毎年夏になると広場にこの蝋燭が並んで、子供たちが順番に試していった。
祭りの夜は明るかった。
篝火がいくつも焚かれて、屋台の光が連なって、大人たちの声と笑い声が混ざっていた。僕は幼馴染のセナと並んで列の後ろの方に立っていた。
ひとつ年上の、昔から自信家な子だ。
「リク、絶対灯るよ」
セナが言った。
前を向いたまま、でも確信したような声で言った。
「そうかな」
「そう。リクだもん」
その根拠がよくわからなかったが、セナはそういう言い方をする子だった。
僕は「うん」と言って、前の子が終わるのを待った。
順番が来た。
セナが先だった。
蝋燭を受け取って両手で包んだ。
すっ、と炎が灯った。
小さかったが揺れなかった。安定した、きれいな炎だった。
周りの大人が「おー」と言った。
「セナちゃんはやっぱり」「さすがだ」という声が聞こえた。
セナは蝋燭を返して振り返った。
「ほら、次リク。絶対大丈夫だから」
笑っていた。本気でそう思っている顔だった。
僕は頷いて列の前に出た。
蝋燭を受け取った。
想像していたより少し重かった。白くて太くて、何の変哲もない蝋燭だった。
両手で包んだ。
何かを念じた。何を念じればいいかよくわからなかったが、灯れ、と思った。
何も起きなかった。
もう一度思った。灯れ。
何も起きなかった。
担当の大人が「もう少しゆっくりやってみて」と言った。
僕はゆっくりやってみた。
何も起きなかった。
「もしかして、手が冷たい? 温めてから——」
「大丈夫です」
温めても変わらない。言葉が先に出た。
もう一度試した。
何も起きなかった。
「リク、手貸して」
セナが来ていた。
「一緒にやれば灯るかもしれない」
そういうものかどうか僕にはわからなかったが、セナが手を添えてきた。
温かかった。
セナが何かをした。手のひらに、ぴくりと温度が動いた。
蝋燭は、灯らなかった。
しばらく2人でそのまま持っていた。
それでも、灯らなかった。
担当の大人が「ありがとうね」と言って、そっと蝋燭を受け取った。
列の外に出た。
セナが隣に来た。何か言おうとして、少し間があった。
「大丈夫だよ、リク。魔法蝋燭なんて当てにならないって、お母さんが言ってたし」
明るい声だった。
慰めているというより、本当にそう思っているような声だった。
僕は「うん」と言った。
何かが、少しだけ胸の中に落ちた。
悲しいとか悔しいとか、そういうものかどうかはわからなかった。
ただ——セナの言葉が、優しければ優しいほど、どこか深いところに残った。
それがなぜかは、うまく言葉にできなかった。
祭りはまだ続いていた。
屋台の光が揺れていた。
大人たちが笑っていた。どこかで太鼓の音がしていた。
セナが「あっちに林檎飴あったよ」と言った。
「食べに行こう」
僕は「うん」と言って歩き始めた。
セナが隣を歩いていた。
篝火の橙色が、2人の影を長く伸ばしていた。
僕はそれを見ていなかった。
前を向いて歩いていた。
(なんか——慣れてる気がする)
何に慣れているのかは、わからなかった。
何かに慣れた記憶もない。
ただ、そう感じた。
翌朝、布団の中で天井を見ていた。
板の目を数えた。節が3つあった。
昨日も数えた。何個だったかは覚えていない。
悲しい、というのに近かった。
でも——なんか、慣れていた。
何に慣れてるんだろう。
わからなかった。
起き上がって顔を洗った。
鏡はなかったので、自分の顔がどんな顔かはわからなかった。
朝食の時間、エラが粥を運んできた。
いつもより少し静かだった。
父のガレンはもう仕事に出ていた。
エラが向かいに座って僕を見た。
粥を食べる手を、母も止めていた。
「悔しかった?」
少し考えた。
「別に」
「そう」
そう言って、エラはまた粥を一口食べた。
エラはそれ以上聞かなかった。
粥を食べた。塩加減はいつも通りだった。
(悔しい、というのとは少し違った。でも、じゃあ何かと言われると、わからなかった)
食べ終わって茶碗を流しに持っていった。
「行ってきます」
「うん」
外に出たら、セナが来た。
いつものことだった。
どっちかが待つより、ちょうど出てきた頃に合う。そういう距離感だった。
「おはよう」
「おはよう」
2人で歩き始めた。
昨夜のことは、どちらも言わなかった。
セナが何も言わないから僕も言わなかった。
畑の端の道を、いつもの方向に歩いた。
空が晴れていた。昨日の祭りの煙の匂いがまだ少し残っていた。
しばらく歩いたところで、セナが口を開いた。
「リクはなんか、別のやつが光ると思う」
何のことかは、わかった。
昨夜の話だ。
「そうかな」
「そう」
セナは前を見たまま言った。断言するような、でも押しつけない言い方だった。
「魔法蝋燭じゃないやつが。なんか、そういう気がする」
僕は何も言わなかった。
答える言葉が見つからなかったわけじゃない。
ただ、何を言っても変だった。
歩いていた。
セナの足音が、一瞬だけ止まった。
そのまま歩いていた。
少しして、足音がまた並んだ。
嬉しかったのか辛かったのか、自分でもよくわからなかった。
セナの言葉は優しかった。
本当にそう思っているのもわかった。
でも——何かがずっと、胸の底に残っていた。
重いとも軽いとも言えない、何かが。
それが何かは、うまく言葉にならなかった。
道の先に畑が広がっていた。
風が吹いて葉が揺れた。
僕はそれを見ながら、歩き続けた。




