第1話「ミルヴァ村の子」
この世界で、6回目の夏。
夏になると畑を手伝う。
村の子はたいていそうだった。朝から親と一緒に出て、昼過ぎには帰る。僕も毎年そうしていた。
この日は隣のベルトおじさんの畑だった。
トビ豆の収穫。腰を曲げて1本ずつ抜いていく作業。
同い年のカルとひとつ上のレムも来ていた。ミルヴァ村の子供は少ない。作業のある日はだいたい同じ顔ぶれが集まった。
「暑いな」とカルが言った。
「うん」僕もそう思った。
でも手は止めなかった。
株を引く。泥を落とす。籠に入れる。また次へ。
別に気合が入っていたわけじゃない。そういうものだと思っていた。
「リク、早くね?」レムが言った。
「そう?」
「見てて。俺の3倍くらいやってる」
僕は自分の籠を見た。確かに他の2人より多い気はした。
でも何か特別なことをしているつもりはなかった。ただ止まっていなかっただけだ。
「手が速いんじゃないか」
「そうかな」
カルがまた手を動かし始めた。
昼前になるとカルとレムが木陰に移っていた。
「さすがにきつい。ちょっと休む」
「わかった」
僕はそのまま続けた。
止める理由がなかった。
ベルトおじさんが水を持ってきた。大きな水差しに布を被せたやつ。
「リク、休んでいいぞ」
「もう少しやります」
「……そうか」
おじさんは何も言わなかった。
でも戻り際に、少しだけ振り返った。
少しすると、カルとレムが木陰で話しているのが見えた。水差しを回していた。
僕は手を止めてそれを見た。
自分も喉は渇いていた。
でもそっちに行くより先に、別のことを考えていた。
水差しは1つしかない。口をつけて回すやつは衛生的によくない。
(……コップがあればいいんだけど)
考えながら辺りを見た。
農具置き場の棚に陶器のカップが2つあった。作業中に使うやつだと思った。借りていいかはわからなかったが、使い終わったら戻せば問題ないと判断した。
カップを2つ取って木陰に持っていった。
「これ、使いな」
カルが「あ、ありがとう」と言った。レムも「助かる」と言った。
水を注いで飲んだ。また畑に戻った。
午後になると大人たちが残りの区画に入ってきた。
収穫を終えた籠を並べる時、ベルトおじさんの奥さんが言った。
「リクちゃん、これ全部やったの?」
「半分くらいは」
「嘘でしょ」
嘘じゃなかった。
でも何か大したことをした感じもなかった。
奥さんがベルトおじさんに何か言っているのが見えた。おじさんが頷いていた。
何の話かは聞こえなかった。
「リク」とおじさんが呼んだ。
「はい」
「また来月も頼めるか」
「はい」
「……素直な子だ」
そう言われた意味が、よくわからなかった。
でも嫌な言い方じゃなかったので、「ありがとうございます」と言っておいた。
帰り道、カルが引きずるように歩いていた。
「つかれた……」
「お疲れさん」
「リクはなんで平気なの」
「平気かどうかはわからないけど」
「絶対疲れてないじゃん。俺なんかもう動きたくない」
レムが地面に座り込んだ。
「五分休んでいい?」
「いいけど、暑いよ」
「それでも休む」
僕は2人が立ち上がるのを待った。
待っている間、明日の段取りをなんとなく考えていた。
朝から来るなら水を自分で持ってきた方がいい。カップも1個余分に持ってくれば使い回さなくていい。
特に深く考えたわけじゃない。ただ、思った。
「行こう」とレムが立ち上がった。
「うん」
3人で歩き始めた。
空が夕方の色になっていた。
家に帰るとエラが台所にいた。
「お帰り。どうだった」
「普通」
エラが手を止めて、僕の顔を見た。
「疲れた?」
「別に」
エラの目が、少し細くなった。
心配する時の目だった。
「……本当に?」
なんで疑問形なのかよくわからなかったが、本当に疲れていなかったので「本当に」と答えた。
エラが僕の顔を見た。
それから視線を鍋に戻した。
「ご飯、もう少しで出来るから」
「はい」
僕は手を洗って席についた。
夕食はトビ豆の炒め物とスープとパンだった。
スープが少し塩辛かったが、文句を言う必要もなかったので食べた。
「今日、ベルトさんのとこ手伝ったんだって?」父のガレンが言った。
「うん」
「向こうは何か言ってたか」
「また来月も、って」
「そうか」
ガレンは特に何も言わなかった。
でも少しだけ、口の端が動いた。
それから黒パンをちぎって、僕の皿にのせた。
夕食が終わった後、僕は皿洗いをした。
特に頼まれたわけじゃないが、エラが疲れた様子だったのでそうした。
台所で水を汲んで一枚ずつ洗っていく。
「リク、やってくれてるの?」エラが来た。
「うん」
「……いいのに」
「暇だから」
暇というほどでもなかったが、やる理由はあってやらない理由はなかった。
エラがしばらく横に立って見ていた。
「今日、楽しかった?」
少し考えた。
「楽しかった」
正確に言えば、楽しいとか楽しくないとか、あまりそういう基準で考えていなかった。
でも聞かれたから答えた。楽しかったかどうかで言えば、楽しかった。
エラが何か言いかけて、やめた。
「そう」とだけ言って、居間に戻っていった。
夜、布団に入った。
外で虫が鳴いていた。
今日やったことをなんとなく思い返した。
豆を抜いた。カップを持っていった。帰り道を歩いた。
何か特別なことをしたつもりはなかった。
ただ、やることをやった。それだけだ。
(次は水を持ってこよう)
そう思ったら、すぐに眠くなった。




