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第24話「相棒制度」

セナが15歳になった翌朝、廊下を渡ってセナの戸を叩いた。


「リクだけど、いまいい?」

「大丈夫だよ」


戸を開けるとセナはもう身支度を済ませていた。

机の上には昨夜並べた手紙とナイフが寝る前の位置のまま置いてある。

木彫りの飾りは枕元の小さな台の上に移してあった。Fランクのプレートは腰の紐の位置にある。


「叔母さんのところに行こうと思うんだ。相談したいことがある」

「何を」

「薬を続けるためのランク上げ。それと、2人でどう動くかを昨夜ノートに書いたんだ」

「うん。私も一緒に行く」


僕は廊下の向こうの自分の部屋に戻ってノートを手に取った。

昨夜書いた2行をもう一度見直す。

決まっていない部分と決まった部分が見える。今朝の僕の中では決まっていない部分の方が多かった。


廊下に戻るとセナも鞄を持って出てきていた。階段を下りて食堂で軽く食べてからギルドへ向かう。


外の空気は昨日より柔らかい。雪の名残りが屋根の縁にうっすら残っているだけで地面はもう乾いている。

セナが昨日より2歩前を歩いている。今朝は3歩ではなく2歩。誕生日の朝の足の運び方は1日で戻った。

ただ、腰のプレートの重さは戻らない。歩く時の重心が少しだけ前にある。

昨日と同じく、悲しい時の重さではない。


ギルドの戸を押すとルナは台帳をめくっている途中だった。

顔を上げてこちらを見て片方の口の端を上げた。


「来たか」

「はい」

「ちょうど話があった」

「相談に来たんですが」

「先に話を聞きな。あんたらの相談の中身を変えるかもしれない」


ルナはそれだけ言って受付台の脇へ僕とセナを引き寄せた。

台帳を一度閉じて別の冊子を取り出す。冬の入口に作ってもらった、僕とセナの専用の冊子。

表紙の薄い色は変わらないが、中のページに更に厚みが出ていた。


「相棒制度の話だ」

「相棒、制度?」

セナが繰り返した。

僕も口の中で繰り返した。


「これから説明する。割と長いよ」

「はい」

「途中で口を挟んでいい。最後まで聞いてから決めるか、途中で決めるか、それもお前らが決めろ」

「分かりました」


ルナが冊子を一度開いて、最初のページを指で押さえた。


「現状の確認から。

あんたら2人は秋に見習い同行者として登録した。

セナは昨日から正式登録してFランク。

リクは15歳の正式登録までのあと1年半は見習い同行のまま」


「はい」


ルナが指でページの端を押さえた。


「マルセルの推薦付きで、見習いでもEランクまでの依頼には同行できた。

だが、報酬は正式冒険者より低めが一般的で、依頼主や同行先の判断で変わる。

それと、いくら動いても見習いの経験は『早期昇格審査の評価材料』止まりだ。

正式実績としては加算されない」


「……経験は積めても、実績にならない」


「そういうことだ」


ルナがページをめくる。


「で、昨日セナが正式登録した。

冒険者は自分のランクよりも1ランク高い依頼を受けられる。Eランクの依頼まで個人で受注可能だ。

報酬も正式分、記録も正式実績として積まれる」


「……はい」


「ただな。今のままだとリクは1年半は見習いのまま動く。

その間の働きは『経験』止まりで、正式な実績としては記録されない。

15歳で正式登録する時、リクの記録はゼロからのスタートになる」


そうだ、分かっていた。

今日からセナは冒険者として活動できる。

同じように歩いていてもセナの歩幅は僕のそれよりも広い。

1年半の年齢の差が、2歩、3歩分の距離を更に広げていく。


セナの口が動きかけて止まった。

「じゃあ、リクは——」


「ここから本題」


ルナがページを1枚めくる。


「相棒制度ってのがある。正式登録冒険者がなんらかの事情で正式登録していない冒険者を、『相棒』として届け出ることができる制度」


相棒制度。この町に来てからしばらく経ったが、はじめて聞いた言葉だ。


「メリットは3つ」


ルナが指を3本立てた。


「1つ目。受注枠は1枠で2名カウント。

セナとリクで1依頼を受けて、2人とも入る形だ。


2つ目。報酬。

依頼主の判断によるが、Fランクなら大体同額が払われる。

見習い水準より上だ。


3つ目。実績。

相棒として届出元と一緒にこなした依頼は、リクの記録として正式に加算される。

今の見習いの経験と違って、正式実績として将来に持ち越せる」


「正式登録までの1年半の間の実績を持ち越せる」


「そうだ。ただし、この制度で実績を貯めた場合は昇格に実技審査が必要になる。実績だけで上がれるわけじゃない」


「はい」


ルナが指でページの端を1度叩いた。


「ここからは制限の話だ。聞き流すなよ」


「1つ目。リクと2人で受ける場合は受注上限がセナのランクまでになる。Fランクの依頼まで。

セナ個人であれば受けられるはずのEランクの受注が受けられなくなる」


「Fランクまでが上限になる」


「2つ目。連帯責任。

相棒の事故・違反は届出元の信用評価に直結する。

降格、罰金、最悪はギルドからの除籍もある。

しかも——」


ルナがそこで一度言葉を切った。


「相棒解除した後も1年は連帯責任が残る」


「1年」


セナが言葉を飲み込んだ。


「ああ。即解除すれば責任を逃れられる、ってのを防ぐためだ。

途中でやめた相棒の不始末も届出元に1年間付いて回る」


「はい」


「3つ目。届出は1人にしか出せない。

それから、相棒になると見習い同行の枠は外れる。切り替え制だ」


「枠が外れる、ってことは」


「マルセル推薦で受けられたEランクの依頼には出られなくなる。

動けるのはセナと一緒に依頼を受ける時だけだ。

代わりにセナと組んで動く時間は増える」


セナがそれを聞いてもう一度膝の手を組み直した。


「もう1つだけある。これは制度の話じゃなく運用の話だ」


ルナが声を一段落とした。


「相棒制度はあまり使われていない。

上を目指すなら上位の依頼で実績を積みたいのに、それができなくなる。セナ単独よりランク昇格は遅くなる。

連帯責任も重い。届け出る方に負担の大きい制度だってことだ」


少し間をおいて最後に一言。


「使うかどうか。決めるのはあんたらだ」


ルナが冊子を閉じた。


ルナの説明は長かった。メリットを3つ、制限を3つ、運用をもう1つ。番号を振って、漏れなく、ダブりなく。

僕はこういう説明が嫌いじゃない。あの頃はこんな教え方をしてくれる人はいなかった。後から「書いてあっただろう」と言われるのが常だった。

先に全部並べてくれるルナのやり方は、僕がいちばん欲しかったものだ。


セナと僕は顔を見合わせた。

「ちょっと整理させてください」


セナがルナに短く言うと、ノートを取り出し受付台脇の窓際まで移動した。

ルナは何も言わずに台帳の方へ視線を戻す。

決めるまで待つ、という姿勢が背中だけで伝わってきた。


僕も同じ場所に移動して、机のない壁にノートを当てて項目を縦に書き出した。

村の頃から決断の前に項目を並べるのは2人とも変わらない。

父さんが鍛冶仕事の見積もりを書く時に「先に書いて、後で答え合わせ」と言っていた。その手つきをなぞっている。

セナはアーシャさんが薬籠の中身を取り出す前に紙に並べる動作を真似ていた。

2人とも村で覚えた手順を町でも続けている。


書き出した項目はこうだった。


動ける範囲:セナのランクに依存

実績:正式登録時に持ち越せる

見習い枠:外れる(セナと一緒以外は動けない)

連帯責任:解除後1年継続

使ってる人:少ない


セナが横で僕のノートを覗いて自分のノートと並べた。

2冊は上から下まで揃っていた。


「同じ」

「うん」


僕は息を一度吸った。


「セナ」

「ん」

「僕、相棒になっていいのかな?」

「え」


セナがきょとんとした顔で僕を見る。


「相棒制度は僕にとっては魅力的な制度だ。この1年半で実績を積められれば、上手くいけば正式登録後には直ぐにEランクやDランクに昇格できるかもしれない」


でも、それはあくまで僕の事情だ。僕を引っ張るためにセナは足を遅らすことになる。


「その分セナにはリスクがある。責任を負うことになるし、何よりも昇格が遅くなる。個人ならEランクの依頼まで受けれるのに、僕と組むと受けられる依頼はFランク止まりだ」

「うん」

「それでも、いい?」


セナがしばらく僕を見た。

それから少し笑った。冬の入口の頃と同じ笑い方。


「私が2歩前を歩いてるの、リクは知ってる?」

「……うん。合わせてる」

「3歩の朝もある。でも2歩が多い」

「うん」

「リクが追いつける速度だから」

「だから、一緒に行こう」


それ以上は何も言わなかった。

ノートを閉じてルナのところに戻った。


ルナが台帳の前で僕たちを待っていた。

台帳の脇には別の用紙が用意されている。届出書の様式らしい。

僕とセナは同時に並んで台の前に立った。


「決めたか」

「はい」


ルナが冊子の縁を指で1度叩いた。


「最後に確認するぞ。

お前ら2人で組むとセナの昇格は遅くなるだろう。

薬を送り続けるためのCランクまでは、セナ単独で動いた方が早く届くかもしれない。

それでも相棒制度を使うか」


セナが口を開きかけて、僕も口を開きかけた。

2人で1度顔を見合わせて、それから同時に言った。


「「2人で進めます」」


声が重なった。

重なった、というより、揃った。1つの声に聞こえるくらい重なった。


ルナが片方の口の端を上げた。

受付の業務の顔ではなく、叔母の方の顔だった。


「揃ったな」

「揃いました」

「届出元はセナ、相棒はリク。それでいいな」

「はい」

「はい」


ルナが届出書にペンを走らせた。

セナのフルネームを書き、僕のフルネームを書き、日付を書く。

日付の横に小さな印を1つ付け加えた。

冊子を作った時に押した印と同じ形の印。


ペン先が紙の上で音を立てる。

父さんが鍛冶仕事の納品書を書く時の乾いた音に似ていた。

書類の重さが紙の上で1度確かめられる音。


ルナが書き終えてからもう1度、フルネームの綴りを目で追って確認した。

確認する目の動きが冊子を作った時より長かった。

書類が重くなった分、確認の時間も長くなったらしい。


「受理した」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


ルナが顔を上げてもう一度僕とセナを見た。


「これでリクは見習い同行から外れた。セナの相棒として動く。

セナがいない時はリクは依頼を受けられない。改めて覚えとけ」


「はい」

「分かりました」


「連帯責任のことももう一度言っとくぞ」

ルナが指を1本立てた。

「セナ、お前は今日からリクの責任を背負う立場になった。

リクの動きでお前の信用が決まる。リクがミスればお前の信用が落ちる。

それでもいいな」


セナが頷いた。

普段より頷くまでの間が短かった。


「リクのことなら、覚悟は前からあります」

「即答だな」

「今朝じゃなくて村にいた頃からです」


セナがそれだけ言って視線を僕に移した。

僕に視線を移すまでの動作の中には灯し試しの夜の動きが残っていた。

6歳の夜、セナが灯した蝋燭の光が机の上で揺れていた。あの時と今のセナの目が少しだけ重なる。

あの夜のセナは僕の前で笑った。今のセナは笑わずに頷いた。

覚悟の出し方が9年で形を変えていた。


ルナが何か言いそうな口の動きをして、結局言わなかった。

それから僕の方を見た。


「リク」

「はい」

「お前も覚えとけ。

セナは今この瞬間からお前の重さを背負うことになった。

その重さは相棒制度の責任だけじゃない。村から続いてる重さだ。

それを今、書類の上に乗せただけだ」


「……はい」


もう一つ、ルナ叔母さんに話しておかないといけないことがある。続けると言ったあの朝と同じ。

僕は息を一度吸った。


「叔母さん」

「ん」

「セナの昇格が遅くなる分、母さんの薬の手配で叔母さんに頼る時間が長くなる」

「……」


ルナが片方の眉だけ上げ、それから片方の口の端を上げた。


「気にするな。今の手配でまだしばらくは持つ」

「でも」

「あたしも気長にやる。あんたらもできる範囲で頼むよ」

「……はい」


ルナが指を下ろした。

台帳を1度叩いて、それで話は終わった。


---


ギルドを出た時、午前の鐘が鳴り始めた。


朝の鐘ではなく、午前のもう少し進んだ時間の音。

昼の鐘までまだ間がある時間。

ギルドに入った時から1時間ほどが過ぎている。


セナが広場の方を見て、それから僕の方を見た。


「リク」

「ん」

「何か変わったかな」

「分からない」

「私も分からない」


それだけ言ってセナが歩き出した。

僕は2歩遅れて歩き出した。

確かに何かが変わった気がしたが、それを言葉にはできなかった。


セナが届出元になり、僕が相棒になった。書類の上で変わったことはそれだけだ。

だが、書類の上の変化が掌の温度に届くまでしばらくかかるのだろう。


セナの足の運び方は昨日の朝より少しだけ重い。

プレートの重さに書類の重さが足された分の重さだろう。


僕の足の運び方もたぶん同じだ。

僕の重さとセナの重さ、種類は違っても向きは揃っている。


「セナ」

「ん」

「また、先に行かれた」

「何が?」

「冒険者として」

「……うん」


セナがそれを聞いて、薄く笑った。

笑い方はギルドでルナに頷いた時の頷きと同じ動き方だ。


「リク、悔しいの?」

「悔しくはない」


セナの口の端が小さく動いて、止まった。

「絶対悔しいでしょ」と言いそうな口の動きをセナが自分で抑えた。

村の頃から、セナの「絶対」はそういう抑え方をしている。今日もそうだった。


村にいた頃から、セナが先に行くのは僕の中で当たり前のことだった。

セナが灯し試しを灯した時。セナの魔法を見た時。セナが「街へは私が行く」と言った朝。

全部、セナが先に行って、僕は後から追った。

今日も同じ順番が踏まれただけだ。


それでいいと僕は思った。


村の頃からそうやって動いてきた。

「普通にやってるだけです」と何度か答えてきたが、それもたぶん「セナが先に行くこと」を前提にしている。

普通でいい。


「リク」

「ん」

「私たちの最初の依頼、見に行こう」

僕は頷いた。

「リクと一緒に取れる範囲、今日から広がった。広がった分、きっと見えてくる順番も変わるね」


それだけ言うと、セナはギルドの方角へ振り返った。

ギルドの戸はもう閉まっていて、午前の光が広場の石畳の上に低く伸びていた。

書類1枚で動ける範囲が広がったことを、戸の向こうのルナはたぶんもう次の冒険者の対応で忘れている。

ただ、僕とセナの掌の中にはまだ書類の温度が残っていた。


それで十分だった。


歩き出す前にもう1度、セナの腰のプレートを見た。

Fの刻印は昨日と同じ向きで挟まっている。

変わったのは刻印ではなく、刻印を支えている側の重さだ。

セナが背負った重さの一部には僕の名前が含まれている。

書類の上の僕の名前がセナの重さに積みあがった。

重さの分だけセナの順番は前に進む。僕は後ろから2歩遅れて追う。


セナがまた一歩、先に歩き出した。

僕も2歩遅れて歩き出す。

歩く向きは変わらない。


それでいいと僕はもう一度思った。

ギルドの戸が背中の方で1度きしんで、それから静かに収まった。

午前の鐘の余韻が広場の石畳の上に薄く残っていて、僕とセナの足音はその余韻の中にゆっくり混ざっていった。


「相棒」

歩きながらセナが小声でその言葉をもう一度口にした。

口の中で形を変えながら、まだ落ち着く場所を探している言葉だった。


広場の風が雪解けの匂いを運んで僕の頬を通り過ぎた。

何かが、まだ広場の向こうに残っている気配。


冬の入口の頃に「続けます」と叔母さんに伝えた朝から、ひとつの季節が過ぎた。

続けると言った日と今朝の届け出は紙の上で1本の線になって繋がっている。

線の続きをこれから書いていく。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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