22.秋晴れの朝に
秋の言葉で同じ学校だと知り、話すうちに一つ上の先輩だと知った。
中学生にしては背が高いが、とても喧嘩が強そうには見えない秋。
しかし目の当たりにした光景は強烈過ぎて、忘れようにも忘れられない。
そんな秋に夏は金魚のフンのように付きまとったが、秋は特に嫌な顔もせずに好きにさせた。
「秋さんはもっと有名になっても良いと思います」
「有名? やだよ面倒くせぇ……」
秋の強さを知らずに見下す愚かな同級生どもに憤り、ついこぼした愚痴。そんな言葉を秋はさして興味が無いようにあしらった。
しかし、秋は決して周りに興味を示さない訳じゃない。一人ひとりの考え方を柔軟に受け止めているだけなのだ。
その上で、自分は自分だと一線を引いて好きに生きている。そんな秋に、真の強さを見た気がした。
同時に、周りに強さを誇示しようとしていた己がひどく滑稽に思えた。
秋に憧れを抱いたまま時は過ぎる。
高校に入って秋の身長を追い抜いた時、えも言われぬ喜びが湧き上がった。
いつの間にか“この人のようになりたい”が、“この人が欲しい”に変わっていた事に気づいたのはそんな時だ。
ただの可愛い後輩じゃない、一人の男として自分を見て欲しい。
もう守られるだけの弱かった後輩では無いのだ。今ではあなたを、腕の中に閉じ込めてしまえると言うのに。
こんな気持ちを知ったらあなたは俺をどう思うだろうか。気持ち悪い? 軽蔑する? もう二度と、口をきかなくなる?
思いが募れば募るほど邪な思いを知られるのが怖くなる。それでも離れられなかった。
あなたが欲しい。嫌われたくない。俺だけを見てくれ。こんな醜い俺を見ないで。好きです。好きです。誰よりも愛してます。だからどうか、俺から逃げないで。
そんな、狂的な思い。
隠さなければと思っていたはずなのに、愚かな俺は自分から程よい関係を壊してしまった。
だと言うのに、この人はこんな哀れで愚かな男の想いまで受け止めてくれた。
やっぱりこの人は馬鹿だ。馬鹿で、優しくて、そしてやっぱり、とても強い。
腕の中で眠る秋を愛しげに眺める。
「秋さん……好きです……」
自分でも引くほどのうっ血痕を体中に散らした秋に己の執着心を見た気がして苦笑いを浮かべ、また腕の中にとじこめた。
「んぅ……」
甘い声が漏れて、愛おしさで胸がいっぱいになる。
一度も染めた事のない綺麗な黒髪にキスをして、夏も瞳を閉じた。
「俺は幸せです……」
弱かった俺のした事を許してくれとは言わない。
許されなかったとしても、もう今更手放せはしないのだから。
だからせめて、この幸せを必ずアナタに返します。そう心に誓う。
まずは明日の朝、バターたっぷりのスクランブルエッグを作ってさしあげよう。
※ ※ ※
「よーう、秋。元気かー」
よく晴れた秋の朝、大学へ向かう二人に声がかかる。
「はよ、飛鳥も講義あるのか」
「まーな……今度ゲーム仲間で集まんだけど秋どーする?」
「おー、行くよ」
「了解……なんか今日えらくおとなしいじゃん?」
「は?」
秋に並んだ飛鳥が首を傾げるが、そんな飛鳥に秋も首を傾げる。
「おとなしいって、俺いつもそんなうるさくないだろ?」
「いやいやそこの彼氏だよ。いつもなら『秋さんに話しかけるな〜』とか言ってくるのに今日はセ○ムセンサー切れてんの?」
飛鳥が指差す先には秋の肩を抱く夏。
夏はそんな飛鳥を見てフッと鼻で笑い、なぜか勝ち誇ったような顔で言った。
「そんな事でいちいち騒ぐわけが無いだろ。知らん貴様に教えてやる。俺は秋さんの彼氏だ」
「いや知ってるけど?」
「秋さんは俺の恋人なんだ」
「だから知ってるって」
ふたりのやり取りを見て、秋はいつもに増して夏が張り切っているように見えた。
自分に話しかける相手にいちいち突っかかって行かないのは良い事だが、また別の面倒くささが増えた気がするのは気のせいだろうか。
「なんか秋の彼氏さ、おとなしいけどいつもに増してドヤ顔で彼氏面してるな」
「報告しなくて良いよそんな事」
こそこそと話す飛鳥に、やはり第三者から見てもそう映るようだと考えながら夏を見る。
すると得意げな顔をした夏が幸せそうに微笑むから、まぁそこまで幸せそうに笑うなら好きにさせるかと秋は放っておく事にした。
幸せそうに秋の肩を抱く夏。されるがまま身を寄せる秋。他所でやれ他所でとツッコみたいが夏が怖いので黙った飛鳥。
そんな彼らに、さらなる嵐が訪れる。
「秋さーんっ!!」
「……誰だ?」
「気のせいです行きましょう秋さん」
「いやすっげー呼ばれただろ」
「コバエの音です」
「誰がコバエだこの野郎っ!」
振り返ろうとする秋の肩を引いて足を進めようとした夏だったが、コバエと表した声に追いつかれ舌打ちをする。
秋が振り返った先に居たのは、派手な髪色の男。今日は愉快な仲間を連れていないらしい。
「え? えーっと、たっくん……じゃなくて龍也だっけ?」
「たっくんでけっこうです秋さん!」
「パパにネクタイを贈ったピーマンが食べられないたっくんが秋さんに何の用だ」
「てめぇは龍也と呼べ!」
突然現れたかと思えばやはりと言うべきか、いつも通り夏と揉めた。
しかしその後、秋に向き直った龍也はいつもの龍也では無かった。
「秋さん……俺は感動したっす! まさかアンタがあんなにつえーなんて……っ!」
いつも眼中になかったはずの秋をキラキラと輝く目で見つめる。そして「能ある鷹は爪を隠すっつーのはこの事っすね!」と興奮したように言う龍也に、秋はこれはマズイと頭を抱えたくなった。
面倒くさい気配がぷんぷんするからだ。
「これからは兄貴と呼ばせてください!」
ほら見ろ面倒くさい。
「嫌だ」
「そ、そう言わずにっ! 兄貴の言う事なら何でもききますんで!」
「よしじゃあ帰れ」
「兄貴のそばを離れる訳にはいかねーよ!」
「全然言う事きかねーじゃねえか!!」
「潰しますか秋さん」
「てめぇやれるもんならやってみろや」
「校内で問題おこすなって……」
害虫を見るような目で龍也を見る夏に、嬉々として喧嘩を買おうとする龍也。そして秋は心底どうでもよさそうに返事をして、飛鳥はいつの間にか居なくなっていた。
秋晴れした爽やかな風が吹く。
乾いた空気が彼らを包み、今日も慌ただしい一日が始まるようだ。
「秋さん、好きです」
「だから知ってるって……………俺もだよ」
「……えっ」
季節と共にほんの少し、変化をもたらして。
〜end〜
最後までお付き合いいただきありがとうございました!




