21.出会い
家に帰ると秋はすぐさまベッドに引きずり込まれた。
「秋さん……秋さんは俺の彼氏なんですよね?」
「……あぁ」
「秋さんの彼氏は俺ですよね?」
「そうだな」
「俺達は恋人同士ですよね……っ」
「うん、だからそうだって」
真剣な顔して何度も確認する夏が可笑しくて、押し倒されたままついつい笑ってしまう。
反対に夏は泣きそうな顔になり、そんな顔のままキスをする。
秋が、憧れの人が、大切な人が、自分の腕の中に居る。
あなたを求めて口づけても笑って抱きしめ返してくれる。
これほどの幸せを他に知らない。
秋と夏が出会ったのはお互い中学生の頃である。
血の気が多かった夏はやんちゃ盛りで喧嘩に明け暮れた。
それなりに強かった夏は次第に不良グループの中でも名が知れ渡り、若かった夏は調子に乗った。
気分が良かった。喧嘩をすればするほど自分の名が知れ渡り周りが道を開ける。
まるで自分が歴史に名を残す著名人になったような、特別な存在になったような気分だ。
その日もいつものように暴れていた時だった。相手は三人。普通に考えれば多勢に無勢、逃げるべき案件だ。しかし、自分は強いと天狗になっていた夏は己の強さを過信した。
「……っ、クソが……!」
気がつけばアスファルトに倒れている自分の姿があった。
そんなはずが無い、俺が負けるはずが無い、惨めに地面にへたり込む自分が信じられなくて精一杯の悪態をついても相手は容赦なく夏に拳を振り上げる。
「調子にのりやがって……二度と刃向かえねぇ体にしてやるよ!」
「……っ」
一人が夏の腕を地面に固定し、別の男が拳を振り上げる。
腕を折ろうとしているのが分かったが、馬乗りにされた体は動かない。
ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうッッ──!!
こんなはずじゃ無かった。俺は強いはずだった。負けるなんてあり得ない。
なのに、この無様な姿は何だよ。
悔しくて歯を食いしばりながらも、振り下ろされる拳を認めたくなくて強くまぶたをとじた。
「……」
しかし、備えていたはずの衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けば、寸前で止まっている拳。それを視線で辿ると、知らない男が振り下ろす腕を掴んで止めていた。
「……あ゛ぁッ!? 誰だてめぇ!!」
知らない男は恫喝に動揺する様子も無くへらりと笑った。
「あのー、悪いな邪魔して。でもそろそろ勘弁してやってくんないかなーって思ってさ」
「勘弁するわけねぇだろが!」
「いやでもホラ、そいつももうボロボロだし反省もしてると思うんだよ。だから、な?」
「フザケてんのか……お前も同じ目に合わせねぇと分かんねーみたいだなっ!」
不良どもの殺意が知らない男に向かう。
男は両手を胸辺りまで上げて喧嘩の意思は無いと示しているようだが、へらへらした笑いは完全に不良達の神経を逆撫でた。
あぁ、こいつ終わったな。
俺の上に乗っている奴以外の二人が男に詰め寄る。
そこそこ身長はあるようだがとても喧嘩慣れしているとは思えない。男は困ったように後ずさったが、やはりへらりと笑っていた。
「いや、別に喧嘩したい訳じゃないんだよ。ただもう十分ボコボコにしてるみたいだから見てらんなくてつい……」
「見てらんねぇならさっさと逃げれば良かったな……こっちもメンツってもんがある。ナメた態度とっといて『はいさようなら』って訳にもいかねぇんだよっ!!」
怒声とともに二人同時に動いた。俺なんかを助けようとした考え無しの馬鹿な男はなすすべなく吹っ飛びアスファルトに叩き付けられる。
馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
力もないのに変な正義感なんて出さなければ巻き込まれる事も無かっただろうに。
「……ば、馬鹿な……」
あぁ、ホントに馬鹿だよな。
夏の上に跨った男の呟きに無意識に同意していた。
馬鹿だ。あの男も、そして自分も。
近づいてくる足音に、沸々と怒りが湧き上がる。
勝手に来て勝手に巻き込まれた男の事なんて気にするつもりは無いのに、なぜか胸が締め付けられた。
足音が顔の横で止まる。もう好きにすれば良い。
ただし、必ず復讐してやるよ。腕を折られようが鼻の骨を折られようが這いつくばってでも仇は返す。
あの馬鹿な男の分まできっちりな。
そう強い思いを込めて顔を上げ睨みつければ、馬鹿な男と目が合った。
「…………は?」
「……そんな睨むなよ……」
殺意のこもった視線に苦笑いを浮かべる男は、傷一つない。
殴られて、ふっ飛ばされて、アスファルトに叩きつけられたはずなのに。
なぜ、とできる限り顔を動かして周りを見渡せば、なぜか不良二人が倒れていた。
まさかこの男が? と考えるが、とてもそうは思えない。
俺達より少し背が高いだけのどこにでも居そうな、人畜無害のような男。
そんな人物が殴りかかってきた不良二人を返り討ちにするなどありえない。
だが、そのありえない光景をすぐに目の当たりにする事になる。
「ふ、ふふっ……ふざけんなぁっ!!」
俺を押さえ付け黙っていた最後の一人が、我に返ったと同時に男に殴りかかった。
それを、男はいとも簡単に返り討ちにしたのだ。
飛びかかってくる相手に膝蹴りをあびせ、横なぎに払う。
声も出せずに吹っ飛んだ相手は地面に倒れてピクピクと痙攣していた。
「喧嘩っぱやいなぁコイツら……」
呆れたように言った男は夏の手を取り立たせた。
なすがままに立ち上がった夏は信じられない物を見る目で男を見つめる。
「同じ学校の制服だったから思わずおせっかいしちゃったけど、あんま喧嘩すんなよ?」
男は、また気の抜けるようなへらりとした笑いを浮かべた。
それが、秋と夏との出会いだ。




