彼は孤独だった
魔王討伐なんてものは、もう数年前の話。
勇者! 勇者! とお祭り騒ぎのなか囃し立てられる期間もとうに過ぎ、今は落ち着いて、エマに『勇者夫人』のあだ名が定着した今日この頃。元勇者パーティの女性三人は仲良くカフェのテラスでお茶会をしていた。
集まった三人は勇者パーティが解散した後も、こうして定期的にお茶会を開いて近況を報告していた。
「エマさん、すっかりお腹も大きくなりましたね」
「ええ、お腹を毎日蹴ってくるから、きっとこの子は元気に生まれてくるわ」
「ではではぁ~、ハヤテ様に似ているかもしれませんねぇ」
エマの手紙によって集まったエミリーとオリヴィアは、久々に会ったオリヴィアのお腹がポッコリと大きくなっていることを祝福する。
ハヤテとエマは魔王討伐から一年後、やっとというべきか、二人はついに結婚した。オリヴィアが「まだ結婚しないんですかぁ? 悠長にしているなら寝取りますよぉ?」とハヤテに本気で夜這いを仕掛けた事件が原因で、お互いの気持ちを確かめた勇者夫妻は、花の美しい季節、国民に祝福されて結婚した。
のちに、あの発言と行動は冗談だったと弁明するオリヴィアだが、視線は泳いでいたし鬼の形相をしたエマに迫られ脂汗を浮かべていたため言い訳も通らず、接近禁止命令が下されていた。
やはり本心ではハヤテにべた惚れであり、本気で狙っていたのは間違いない。現在は反省して、実家の伝手でそれなりの家の子息とお見合いを続けている。
「男の子だったらハヤテに似るのかな? でも、似てるのはちょっとね」
容姿に優れたハヤテに似るのなら、子どももさぞ美形だろうと思ったオリヴィアは、不思議そうに首を傾げた。
「ハヤテ様に似るのはイヤなんですかぁ?」
「イヤっていうか、あの人に似るとさ、なんかいろいろと苦労しそうだなって」
「あははぁー! そんなのエマちゃんに似ても同じですよぉ」
「なんですって? 私に似たら苦労はしないでしょ! そもそもあいつがいつもトラブルを持ち込んでくるんだから」
結婚してもなお、張り合う事は忘れない勇者夫妻は、たとえ本気でケンカをしてもすぐに仲直りするだろう。伊達に二十年以上も一緒に過ごしていない。いざとなれば王族が止めに入るかもしれないが。
「もう、私のことはもういいのよ。それよりエミリー、あなたいつの間に結婚していたのよ。いきなり手紙が届いてびっくりしたんだから」
「あ! そうですよぉ! 結婚しましたぁってお手紙届いてびっくりしたんですからぁ。一体どこの誰と結婚したんですかぁ~?」
エミリーは、親しい人たちに結婚の報告がてら手紙を送りはしたが、詳細はなく、式も挙げていない。しれっと結婚していたエミリーに、エマとオリヴィアはおかんむりだった。
「お相手は、中等部の頃のクラスメイトです。というか、オリヴィアにも言っていませんでしたが、彼は中等部からの私の婚約者でした」
「えぇ? うそぉ! エミリーに婚約者ぁ? 嘘だといってほしいですぅ!」
ずっと独り身だと思っていたオリヴィアからしたらショックな話だった。二人仲良く独身でいようね、と酒に酔った勢いで約束した記憶があるようなないような、面食いかつ男性への条件が厳しいオリヴィアが悪いだけなのだが、本人からすれば抜け駆けされたようなものだった。
「……ほら、オリヴィアがこんな絶望的な顔をするから隠していたんです。ちなみにお二人とも知っている方ですよ」
「というと、……あぁ、彼ね。たしかにエミリーとは親しかったわね」
「え、あの人ぉ? でも大怪我をしましたよねぇ?」
そんな人と結婚したのか、と面食いのオリヴィアは真面目にエミリーを心配したが、エミリーはそんなことを気にするほど軽い気持ちで結婚していない。
「魔王相手に薄いバリアで挑んだ影響で、杖無しには歩けない身体になってしまいました。ですが、最後の最後まで俯かず、ハヤテさんという最強の背中を追い続けた彼のことを支えてあげたいと思いまして」
「でも、親には反対されたんじゃない? エミリーって子爵家だったよね? 跡継ぎとか……」
頷いたエミリーは、どこか遠い所を見つめながら紅茶を口にした。
「確かに反対されましたし、お父様が新しい婚約者を用意するってお見合いをさせられそうになったので、一度家を飛び出しました。それからお父様に、認めてくれなきゃ貴族籍から抜けるっておど……説得して許してもらいました」
たった一人の愛娘の反抗に泣く泣く降伏した子爵家当主は、エミリーの見ていないところで娘の婚約者に挑みかかったが、杖であっさり抑え込まれて意気消沈している。
彼は、魔王討伐に最も貢献した裏の勇者ではあるが、王都に戻ってすぐに病院へ運ばれ、意識が戻ったのも三日後。その頃には凱旋パレードにて、勇者はハヤテとエマであることがすっかり定着してしまい、国民に名前を刻むことが出来なかった。
名声も広まらないまま、全身の怪我で冒険者を引退。彼にとっては不憫な終わり方ではあった。
ハヤテはその事実に気付き、王様に願い出た。「どうか魔王討伐の立役者である彼に、俺らと同じSランクの証を」と。
事情を知った王様の権限により、彼の名は三人目のSランク冒険者として、他冒険者に広く浸透することとなった。
「そういえば、旦那様からエマさんとハヤテさんに伝言がありました」
「なにかしら?」
「旦那様呼びとはぁ! わたしが結婚できないのを煽っているんですかぁ~?」
「黙れ面食い」
「エマさんひどいですぅ~」
本当は、これを伝えていいのか迷っていたエミリーだったが、彼らに伝えてこそ努力は報われるだろう、もしバレたら素直に怒られようかと開き直った。
エミリーは、「こほん」と一つ咳払いをして、エマに向き合った。
「本人は内緒にしたがっていたけど、“ありがとう。あなたたちがいたから、僕は独りじゃなかった”って。こういうのはやっぱり伝えないと意味がありませんから」
「……ええ、確かに聞いたわ。ハヤテにも絶対に伝えるから」
「よろしくお願いします。それと、私からも感謝します。あなたたちがいたから、私は彼をより好きになりました」
「ふふ、それはよかったわ。エミリーが幸せになってくれて、私も嬉しいわ」
「わたしも幸せになりたいんですけどぉ~?」
「オリヴィアは相手を選ばずさっさと結婚しなさい」
「出来たら苦労していないですぅ!」
姦しい笑い声を、少し冷えた風が遠い空へと運んでいった。




