彼はSランクだった
教師陣の疲れた顔に隠し切れず浮かぶ最高の笑顔に見送られ、ハヤテとエマの二人は高等学園を卒業した。
親元を離れ、王都の外れに拠点を構えた二人は、意外にも同じ部屋に住まう事に決めた。
二人は付き合っているわけではないが、これまで実家では当たり前のように泊まっていたし、とにかく今は所持金が心もとない。だったら物価の高い王都でわざわざ部屋を二つも借りる必要はないし、「一緒に住めばよくね?」と意見が一致した。
二人の両親は最初、流石に年頃の男女が同じ部屋なのは……、と反対していたが、この子らは幼少の頃とは違い、今は互いを監督している、だったら一緒にさせておいた方がトラブルは少ないはず、と結論に至り、何度もトラブルは絶対に起こすなと言い聞かせて、恐る恐る共同生活を許可した。
二人がむやみやたらと剣やら魔法やらでケンカすることはもうない。それは、学生時代に二人の間で取り決めた事であり、二人が最強を求めて争うのは、あの大会で最後と決めていたからだ。
よくそんな割り切れるな、と学園の友は二人に尋ねたこともあるが、二人はライバルでありながらも“一緒に冒険がしたい”という理念があったのだ。そのため学園卒業後は、二人で頂点を目指そうと約束をしていた。
「さてと、そろそろ冒険者ギルドに行って、冒険者登録を済ませようぜ」
「簡単にいうけど、登録するのにすごくお金かかるんだからね? しばらくは節制しなさいよ」
「分かってるって。だから今日の夕飯は俺特製のもやし炒めだ。調味料だけ少し買うけど、それくらいはいいよな?」
「まあそれくらいは気にしないでいいよ。それに、節制しすぎてもって思ったけど、ハヤテのモヤシ炒めって何でかすごく美味しいのよね」
「親父直伝のもやし炒めだからな。貧乏学生時代に食堂のおばちゃんから教わったんだってさ」
雑談を交えつつ、二人は冒険者ギルドへ向かう。
入り口を境に半分は酒場として運営している冒険者ギルドは、この日に限り、まるでお通夜のような静けさが内部を支配していた。
噂によれば、学園で活躍して冒険者になろうとする新人をベテランが試す催しがある。そのベテランもかつては学園でそれなりの成績を残し、冒険者ギルドで洗礼を受けた者であるが、今回は話が違う。相手が“あの”ハヤテとエマなのだ。
「お、おい! 例の二人が来たぞ! 誰か行け!」
「い、いやオレは……、ちょっと手を怪我して……」
「俺様も足を痛めてな」
「ウチもちょっと風邪気味で……コホン、コホン」
二人がギルドに近づいて来るのを“斥候”が知らせに来ると、ギルド内にいたベテランたちは露骨に目を逸らし、仮病を使い始めた。
「え? いやでもあんた、B級の魔物倒したってさっき自慢してたじゃん」
「そ、その時に痛めた傷が疼いてな! あーいたたッ!」
「じゃあ、そっちのAランクパーティは? 本来あんたらのリーダーが役目だったろ」
「いやぁ、おれ達はリーダー一辺倒でさ、他みんなサポーターだからさ、荷が重いっていうか……」
本来ハヤテとエマに立ち塞がるはずだった男は、前日、“もう一人の新人”によって病院送りにされていた。そのため前日までは威勢がよかったが、ギルドでは誰が二人に立ち塞がるか混沌を極め、盛大な譲り合いが発生していた。
「……思ったんだけど、別にこんなことしなくていいんじゃない?」
それは誰の声だったか、静かに響いたその声に、冒険者たちは波紋が広がるように頷き始めた。
「そ、そうだよな。いつも思っていたけど、新人いびりって可愛そうだよな」
「お、おいらはずっと、こんなこと止めるべきだって思ってたぞ」
「あたいも、そんな無理にやる必要はないかなぁって……、あはは」
そういう空気が流れていくと、もう誰もがこの悪しき風習を終わらせようと意識が傾いていた。
そして、全員が無言で結託した瞬間、混沌そのものがやってきた。
「こんちは~……、なんか静かだな。結構騒がしいって聞いていたのに」
「そういう日もあるんでしょ。あ、どうも先輩方、今日からお世話になります。……ほら、空いているうちに受付行くよ」
太陽の元に咲く一輪のヒマワリの如く美しいエマの丁寧なあいさつに、むさ苦しい所でお通夜ムードだった先輩冒険者共は、ボケーっとした顔をして見送った。冒険者の大半は野郎であり、初めて近くで見たエマの美貌に見惚れて声が出なかったのだ。
ここにいる冒険者も、かつては学園でしのぎを削った猛者なのだが、あの決勝を戦ったハヤテとエマは英雄のような存在だった。それがいざ間近で見てみれば、美男美女のカップル(未満)。美形で最強で頭もいい。完璧じゃないか! 後でちゃんと挨拶して話を聞きにいこう、と二人の背中を眺めていた。
「新人は、快く迎え入れるべきだな」
「だな。仲良くなったらパーティ組んでくれないかな」
「昨日入ったばかりの新人職員にすら舐められてんのに、あの二人に割り込むとか馬鹿だろ」
「……そっか」
受付のギルド職員も、ハヤテとエマのことはよく知っている。受付にやってきた二人に、にっこり微笑んだ女性職員は「ギルド長がお待ちです」と二人を職員通路の奥へ案内した。
「受付でお金払って登録するって聞いたんだけど?」
ハヤテが疑問に思って職員に聞いた。
「冒険者登録については問題ありません。詳しい事はギルド長から」
職員も特に詳しい事を聞いていないため、ギルド二階にあるギルド長室へ連れて行く。
ノックを三回、中から男の渋い声が聞こえたのを確認してから扉を開けた。
「やあやあ、ようこそ冒険者ギルドへ。ハヤテ、エマ。ギルド長のアロンだ。二人を心から歓迎するよ」
身長二メートルをゆうに超す髭面の巨漢に見下ろされ、最強と名高いハヤテでも一瞬怖気づいた。
ソファを勧められ、並んで座った二人の前に紅茶が用意される。
「さて、昨年の二人の決勝戦はオレも見ていたからね、二人とも冒険者ギルドに所属してくれるようで嬉しいよ。騎士団の方からも熱烈なアプローチはなかったかい?」
「まあ元から騎士団には興味がなかったし、勧誘がしつこかったんで冒険者を選んだってのもあるけど、それより俺たちに何か用か? わざわざギルド長が呼び出すなんて」
「ああ、君たちにちょっと提案があってね」
「提案ですか?」
ハヤテと違って年上には敬語で話すエマは、きちんと背筋を伸ばした状態で首を傾げた。
「君たちの冒険者登録についてだ。君たちの登録料を無料にしようと思ってな」
「え、マジ?」
「それと最高のSランクスタートだ」
思わぬ好待遇に驚きの表情を見せた二人だが、すぐにエマがギルド長を止めた。
「ち、ちょっと待ってください! 冒険者ランクって、下はEランク、上はAランクが最高でしたよね? それってつまり、私たちに何かやらせようとしていますか? そうでもないとこんな好待遇を、新人に提案しませんよね?」
ハヤテもエマも、素直に喜ぶほど脳筋ではない。エマが主導で話し、ギルド長の思惑を探った。
ギルド長は、そもそも隠す気もないようで、「がはは! その通り!」と豪快に笑うと、一枚の紙きれを二人の前に提示した。
「これを見てくれ」
「これは……依頼書ですか?」
それはギルド一階の掲示板に張り出されるものと同じ用紙であり、しかし、その内容は極めて異質だった。
「おそらく来年の暮れ、かつて封印した魔王が復活する。二人には勇者として魔王討伐をしてもらう」
依頼主・国王
依頼内容・魔王の討伐
依頼報酬・金貨五千枚、一代限りの貴族位授与、屋敷の贈呈、他要相談
「冒険者登録の件と引き換えに、この依頼を君たち二人に託そうと思ってな」
「……王様からですか。一応お聞きしますが、拒否権はありますか?」
「ぶっちゃけるとない。というか、君たち以外に誰が魔王を討伐できるんだい? 実質的な王命だと思ってくれていい」
数十年前、かつての勇者が魔王に挑み、相打ちとなった。ギリギリまで追い込みつつも討伐には至らなかったのだ。
当時の勇者も、ハヤテに匹敵するほどの実力者であったが、彼は一人だった。たった一人で魔王に挑み、相打ちとなった。
しかし今代は二人いる。他にも彼らをサポートできる要員を連れて行けば、間違いなく魔王を討伐できるだろう、と王様とギルド長は確信していた。
「それに君たちを初めからSランクにするのにはちゃんと理由があってね。なるべく早く国民に勇者の存在を周知しておきたいってのもあるし、君たちを新しく設立するSランクの基準にすると、王様が決めた」
「基準ですか?」
アロンは二人を見て大きく頷いた。
「ああ。エマが先ほどいったように、確かに冒険者ランクの最高はAランクだ。しかし、同じAランクでも近年では上下にそれなりの差が出来ている。だから、君たちみたいに飛び抜けた実力者をさらに上のSランクにしようと思ってね。ああ、ちゃんと学園の魔物退治の実習評価も聞いているよ。それも加味して十分だと判断した」
「そ、そうですか……」
魔物退治の実習と聞き、エマは苦笑いを浮かべ、バツが悪そうにハヤテも視線を逸らした。
それは珍しく二人が説教を受けた話ではあるが、ハヤテとエマは、どっちが強い魔物を討伐できるかと勝負し、実習にも関わらず森の深いところまで侵入して、共に当時最高のAランクの魔物を討伐している。
「普通はCランクの魔物をパーティで倒せたら十分なんだからな? そこらへん、君たちが規格外であることは自覚してくれ」
呆れた声を漏らすギルド長は、テキパキと二人の冒険者登録を済ませていく。二人の意志とは関係なく、勇者になってもらうことは確定していた。
「そういや、今日はやけに静かだが、君たちがギルドに着いて、誰か威張ってこなかったかい?」
「え? いや、特にそんなことは。やっぱ今日って静かだったんだな」
「……そうかい、いや、なんでもないさ。ほら、これで登録完了だ。これが君たちのランクを示すタグだ。無くすなよ? 特注で高いんだからな?」
細い金属の鎖に繋がれた白金のネームタグを渡される。ランクごとに素材が変わる仕様のため、この白金のネームタグは二人のためだけに作られたものだった。
Sランク冒険者として活動を開始する二人は、魔王を倒す使命を帯びてギルド長室を後にした。先ほどの静けさはどこへやら、一階に降りると多くの冒険者が二人を囲い、質問攻めが始まる。
そんな騒ぎを二階のギルド長室で聞きながら、アロンは新人冒険者の名簿を手に取る。今年の新人は豊作だ。ハヤテとエマの活躍と名声が際立っているが、期待の新人は二人だけではない。
剣術大会に出ていないだけで、サポーターに特化した者も冒険者では重宝される。だが、剣術大会に出場し、上位の成績を収めてもなお負け続けた青年がいた。
「王様が彼らを基準にしなきゃなぁ。こいつもSランクにしたんだけど。実力は申し分ないし、なんか申し訳ねえなぁ」
聖女を超える魔力を持ち、品行方正、勉学も怠らず、昨年の剣術大会においても三位の成績を収めた。時代が違えば、彼を知る者は大体が口にした言葉。
「彼らがいなきゃなぁ、間違いなくSランクなんだよなぁ」
ただ一度の勝利もなく、今となっては勝負の機会すらも潰えた青年は、それでもまだ、最強の背中を追いかけ続けていた。




