彼は覇者だった
王都からの推薦に目もくれず、地元の高等学園に進学した二人に、教師陣は頭を抱えた。ここ最近、町の薬屋では胃薬の売れ行きが著しい。
天才を二人も抱え込んでいるのだから、それなりの成果を出せよ? と町長からの遠回しな言葉の圧力と、まさかまさかの王様直々に激励を貰い、保健室には教師が度々訪れるようになった。
だが、そんな教師陣も耐えに耐え抜き、安堵で気絶する瞬間を迎えた。
最終学年の夏、王都主催の高等学生剣術大会において、決勝のカードがハヤテとエマに決まったのだ。
もう心配することは何もない。どちらが勝ってもいいし、卒業後の進路も無難に冒険者を希望してくれている。騎士団に引き入れたいんだったら勝手にアプローチしろ。
「おお、神よ、我らは試練を耐え抜きました。どうか、どうか平日の勤務時間中に酒を口にする罪を許したまえ!」
大会の間、生徒は応援のため休校ではあるが、選手の監督である教師陣は普通に勤務。学園長は教師陣を集め、平日の昼間に神に祈りつつジョッキを振りかざした。
さて、高等学園剣術大会は中等部とは違い外国からも参加する。そのため参加校が百を超える超大型大会だ。各学園三名までが代表として一同に集まり、トーナメント方式でその年の最強を決めるお祭りだ。三位決定戦を除く、一度負けたら終わりの一発勝負。学生の気合いの入り方も極まっていた。
王都では商店街が大会に合わせてお祭り騒ぎであり、叩き売りやセールが行われている。夏のクッソ暑い時期にはしゃぐものだから、臨時で建設された看護室は常に暑さにやられた患者で溢れていた。
そんな彼らが最も熱狂する瞬間は、当然ながら決勝戦だ。それも現代で最も強いと謳われる二人の決勝戦。盛り上がらないはずがない。
剣術大会と銘打ってあるが、魔法のみの戦術も可能であり、武器も自由、かつては聖女が杖を持ち、魔法のみで大会を蹂躙したことがある。しかし、今年は魔法、剣術共に桁外れの実力を持つ二人の決勝戦だ、闘技場は当然満席、立ち見客もギリギリまで身体をねじ込み、入れなかった者もせめて雰囲気を味わおうと闘技場周辺で実況の声を楽しみにしていた。
すでに三位決定戦も終了し、正真正銘最後の試合。アナウンスによって現代最強の二人が入場した。
「エマ、ついにこの日が来たな」
「ええ。幼少の頃の大会からハヤテは常に私の一歩先を歩き続けてきた。でも、それは今日で終わり。この試合であんたに勝って、私は最強を証明する」
「やってみろよ。この大会でさらに成長した俺に隙はないぜ。この大会も俺が優勝し、俺が最強であることを確実なものとさせる。エマはその踏み台だ」
「……へえ、いうじゃない。私が踏み台? ふざけんじゃないわよ! 絶対にあんたをぶっ倒す!」
試合前から白熱した舌戦を繰り広げた二人は、静かに剣を抜いた。子どもが訓練用に使うような木剣ではない、まごうことなき真剣だ。自らのことを守ることすら出来ず強者は名乗れない。二人とも最低限のバリアを張りつつ、剣に魔法を編み込み始めた。
ハヤテの燃え盛る炎の剣に対し、エマは全てを凍て刺す氷の剣。両極端の魔法が闘技場を支配した瞬間、観客は多いに沸いた。
闘技場を揺らす大歓声をも上回るドラの音が試合開始を合図し、二人の剣はついに交わった。
〇
ハヤテが剣を振ると、エマの逃げ場を塞ぐように周囲に炎が燃え盛った。
ドンと中央に構えるハヤテに対し、エマは広々と飛び回りつつ相手を圧倒するスタイル。わざわざ相手の得意な舞台に付き合う必要はどこにもない。
「この程度ッ!」
エマが集中して剣を横凪にすると、ハヤテの生み出した炎が、“燃え盛ったまま”氷漬けとなった。
真夏の勢いに任せて燃え盛っていた炎は、一瞬にして氷のオブジェと化した。闘技場の気温もわずかに下がる。
「へえ、やるじゃん」
「あんたの攻撃パターンはすべて対策済みだから。その炎はもう意味がないわよ」
相手の逃げ場を無くして真正面から剣術で挑みたいハヤテと、闘技場を広々と使って魔法で戦いたいエマ。土俵の奪い合いにはまずエマが上回った。
だが、ハヤテも決して魔法が苦手という事ではない。凍ったのなら溶かせばいい。氷を溶かすべくさらに炎の剣を振るう。一足でエマと距離を詰めるが、氷の剣に触れた瞬間嫌な予感に襲われ、すぐに距離を取った。
とっさに振り払った炎が、瞬く間に氷漬けにされていくのを見て、エマの言葉が嘘ではないことを確信した。
「まだまだ! ハヤテ対策はこんなもんじゃないよ!」
剣を振ろうにも、振り上げた傍から魔法をぶつけられ、満足に炎も出させてくれない。いくら強力なハヤテの剣術でも、振らせてもらえなければ意味がなかった。
「チィッ!」
舌打ちをしたハヤテの頭上に、氷の塊が落ちてくる。エマだって逃げているだけではない。余裕があれば反撃もする。
「正々堂々戦え! ……なんて言わないよね? これが私の戦い方なんだから、相手の攻撃を完璧に封じ、逃げ場を塞いで最後にドンッ! てね」
「鉄壁の守りからのカウンターがエマの必勝パターンだもんな。好きにやれよ。だが、この程度で俺の炎を封じたと思うな」
ハヤテがかろうじて剣を振るうたび炎の氷漬けが量産される。闘技場内は赤と青のコントラストが生み出され、太陽に照らされキラキラと輝く様は観客を魅了していた。その氷の上を舞うように飛び回るエマは、容姿の美しさも相まって妖精のようだと例えられていた。
氷を使って高所に移動するエマを、ハヤテはなかなか捉えられない。無理に距離を詰めて剣を交えても、するりと受け流されてしまう。氷の足場によって移動も制限され、逆にエマの攻撃を防ぐことで精いっぱいだった。
「さあ、ついに逃げ場がなくなったね、ハヤテ!」
観客の熱狂とは真逆に、ハヤテの周囲は完全に冷え切っていた。わずかに吐いた息は白く、剣を握る手もわずかにかじかんでいた。
「これを受け止められるなら受け止めてみなさい!」
エマには次の一撃でハヤテを倒すビジョンが見えていた。闘技場の真ん中で立ち尽くすハヤテに、上空から巨大な氷の槍を打ち出す。まさに神槍、氷に埋め尽くされて弱まった炎では、ハヤテは受け止めきることが出来ない。
「私の勝ちよ!」
「いいや、まだだ――」
改めて勝ちを確信したエマだったが、ハヤテはまだ目の輝きを失っていない。
膨大な魔力がハヤテから溢れ出すと同時に、氷で青く染まっていた闘技場がわずかに赤みを帯びた。
「俺の炎はまだ燃え盛ることを諦めていない!」
ハヤテが剣先を闘技場の地面に突き刺すと、ガタガタと氷が震え始めた。
「え? あ、ま、まさか!」
エマの魔法は確かにハヤテの炎を氷漬けにした。しかし、灯は氷の中で耐え続けていた。ハヤテの強い意志が、氷の中でずっと燃え盛っていたのだ。
「俺の炎は! 氷原すらも焼き尽くす!」
卵の殻を突き破るように、全ての氷の中から爆炎が飛び出した。その炎は、まるで氷を飲み込んだかのように青く染まり、その熱はエマが放った氷の槍を一瞬にして溶かしてしまうほどだった。
「キャッ!」
「これで終わりだ」
氷の足場を失い空から落ちてくるエマに、ハヤテは容赦なく剣を振るう。灼熱の業火がエマを襲い、咄嗟に張ったバリアを全て食い破った。
魔力を使い切り気絶して落ちてくるエマを、ハヤテは横抱きにして受け止めた。
〇
閉会式、壇上に上がったのはまさかの同じ学園の三人だった。
最後の最後で大逆転を見せ最強を証明したハヤテの胸元には、一切の曇りを見せない金色のメダルが下げられていた。両手で抱えるほどの大きなトロフィーが握られ、万雷の拍手がハヤテを讃えた。
「俺の勝ちだな」
「そうね。これだけやってまだ勝てないんだから無理よ。あんたの勝ち、おめでとう」
「もう少し感情込めてくれていいんだぞ? もっと素直に褒めてくれていいのに」
「最後の一撃を耐えるために張ったバリアのせいで、魔力全部持ってかれて眠いのよ。降参するつもりだったのに全力ぶっぱなしやがって」
「悪かったって! 観客もはっきりと分かる決着が見たいだろうなって思ってさ」
「私がハヤテを完封することだけを考えていた中、そんなこと考える余裕があったってこと? うーわッ! マジ最悪なんだけど」
「う、嘘だよ! 実際にはそんなこと考える余裕なかったから! でもあそこで止めを刺す以外に選択肢ないじゃん、エマの事だから弱ったふりをしている可能性だってあったし」
「それはまあ……、否定しないけど」
これまで何度も対戦してきたからこそ、最後の瞬間、決して手を抜いてはいけない場面であった事を疑わない。
エマも首から下げられた銀色のメダルを受け入れ、大きく溜息を吐いた。
「まるでシルバーコレクターね。何回ハヤテから金色を取り損ねたのかしら?」
「いうて俺に勝った大会もそこそこあっただろ。でも俺の勝ち越しだな」
負けた事は悔しい。だが、全てを出し切って負けたのなら後悔はない。
二人は学園を卒業後は、王都で冒険者として活動することを決めているため、この大会が二人の最後の真剣勝負だった。今まではいがみ合って事あるごとに対立してきたが、これからは同じパーティとして魔物を狩ることとなる。
「最後にエマと本気で戦えてよかったけど、決勝以外でも、やっぱ強い奴は多かったな」
「あんた、準決勝ちょっと危なかったでしょ? あの試合見ていろいろ対策を思いついたのに、全部壊してくれたんだから」
「エマのことだから俺の炎を対策してくるだろうなとは思っていたさ。なかなか突破できなくて、最後は一か八かだったけどな」
「あんたに剣を振らせる回数を減らせば、全部凍らせることが出来ると思ったんだけどね。全部溶かされるとか想定外よ」
ハヤテは初戦から準々決勝まであっさりと決着を付けていたため、エマは外からハヤテの試合を観察し、対策するのは難しいと思っていた。だが、ハヤテが対策され、かなり苦戦させられていた準決勝にインスピレーションを貰い、エマのハヤテ対策は強固なものとなっていたはずだった。
エマの対策を上回るハヤテは化け物といわざるを得ないが、対策されることを予想していたハヤテの方が上手だったのは間違いない。
そんなハヤテを苦戦させ、惜しくも敗れ三位に甘んじることとなった少年は、鈍く輝く銅色のメダルを握りしめ、ただ青く澄み渡った空を見つめていた。完全なる敗北に、悔し涙すら流せなかった。
ハヤテの剣術を封じて苦戦させた彼の実力は間違いなく本物。しかし、ハヤテはそれでも全てを壊し、この大会の覇者の地位を手に入れた。
彼は幼少の頃、ハヤテに初めて負けたあの日から、ずっとハヤテを研究し、対策し、この日に積み上げてきた集大成をぶつけた。それでも負けた。当然優勝するつもりでエマの対策も並行していたが、もしハヤテに勝てたとしても、力尽きて棄権していたかもしれない。
そんな彼を見つめる少女が一人。
「彼らがいなければ、間違いなくこの大会の覇者でしたね。……三位おめでとうございます」
観客席の最前列で、最も彼を応援していた少女が、代わりに涙を流して呟いた。




