彼は勝者だった
神殿で魔力検査を受けて一年後。八歳となる年に行われる少年少女剣術大会は、初々しい剣術と、たどたどしい魔法が飛び交う、実に微笑ましい試合が売りの大会だ。いわばちびっ子の運動会を見に来たようなものだと思えばいい。
だが、なぜか優勝賞品は大人が嗜む高級なハムや王都限定のお菓子という事もあり、親からの熱い応援の元、参加者は毎年五十名を超える一大イベント。町外れの小さな大会にしては大人数の参加者であり、毎年のように運営は人手不足でてんやわんやしていた。
この大会の優勝者は、結構な人数が進学した先で活躍を見せている。ダイヤモンドの原石、金の卵、どちらでもいいが、未来の強者を見に来る観客やスカウトは少なくない。
だが、今年の剣術大会はどこか様子がおかしい。いや、様子がおかしくなることは大半の者たちが予想していたことだ。何せ“あの二人”が参加しているのだから。
「いやはや、まさかここまで圧倒的とは思わなかったな」
「そうですか? むしろ予想通りになったと思いますよ」
それは大会の主催者である町長と運営委員長から漏れた感想の声だった。
大体の子どもはこの大会に合わせて剣術を習い始め、魔法は各家庭で基礎的な事を親から教わる。だからやっていることは、相手を驚かす程度に効果のある魔法を用いたチャンバラごっこなのだ。
その剣術のような曖昧な試合を見に来ていた観客も、まさかここまで二人の剣術が“完成”されているとは予想しなかっただろう。
「これより、決勝戦を行います! 二人とも前へ」
トーナメントはくじ引きとはいえ、不正してでも二人を一回戦で当てて、どちらかを潰すべきだったかと後悔する運営陣とは反対に、余波が周囲まで飛んでくる魔法剣術を間近で受ける審判は、逆に決勝で当たるようにしてくれてよかったと安堵していた。事前に余波対策をしながら仕事が出来る。
手加減したとはいえ、これまで二人と当たった子どもが無傷で敗退したのが奇跡のようだった。
運営は二人が勝ち進むさまを、ハラハラしながら見守っていた。そんな二人の決勝戦、胃が痛くて堪らないのはどうしようもない。
「ハヤテ、決勝戦は私が勝つわ! あんたは大人しく私にやられてなさい!」
「へッ! エマなんかに負けるかよ!」
「準決勝で一分以上も試合して、しかも負けそうになったくせに、私なんか全部の試合を五秒以内で勝ったんだから!」
「俺だってさっきの準決勝以外は五秒以内に勝ったよ! さっきのはちょっと手こずっただけだい!」
剣を交える前はまず口げんかから始まる。これは二人の間で当たり前のこと。
ちなみに審判はすでに試合開始を宣言している。試合時間は三分。決着がつかなければどっちが優勢だったかを審判の判断でどちらが優勢だったかを判定するルールだった。
二人はこれまで、試合開始と同時に相手に斬りかかり、怪我をさせない程度で勝負を決していた。彼らと試合した子どもの中では、恐怖で逃げ出したり、立ったまま気絶したりする子が後を絶たず、試合を放棄した者もいる。
大人たちも、今回ばかりは試合から逃げた事を咎めない。むしろ怪我しなくてよかったねと慰めた。
「この試合、俺には秘策があるんだ。ふふふ、さあ掛かってくるがいい、エマ」
「え、なんか気持ちわる。それが狙いみたいだからヤダ。バリア張る」
「あっ! クソ! きたねーぞ! だったらそのバリアぶっ壊してやる!」
やっとのことで始まった決勝戦。ハヤテの木剣に白い光が宿る。
流石に炎やら氷やら属性を扱った魔法は危険なため、運営の判断で二人にだけは基本的な強化魔法と防御魔法のみが使用可となっている。
ハヤテは魔法で強化された剣を大きく振りかぶり、目にも止まらぬ速さでエマが展開した半円状のバリアを斬りつけた。
二人がやっていることは、いつも広場でやっているケンカと変わらない。だが、それだけで魔法の余波が周囲に広がり、かなり遠くに離れていた観客にも熱風のような余波が全身を襲った。
どんな守りも一刀両断するハヤテと、どんな攻撃も防いでしまうエマ。二人の戦闘スタイルは対極であるがゆえに、互いの弱点を克服し続けてきた。
「ったく、かってーなー! 手が痺れそうだ」
「あんたこそ、力強すぎ、重いっての!」
ケンカでありながらも、やはり遊びの範疇である。二人は不敵な笑みを浮かべ、残り僅かな試合時間で全力をぶつけ合う。
攻防が目まぐるしく入れ替わり、攻撃が止まないまま時間切れが迫るなか、決着は流れの中でスルッと訪れた。
ハヤテが隙を作り、咄嗟に剣を横向きにして頭上に構えて衝撃に備える構えをとった。そして、エマの剣がハヤテの剣にぶつかる瞬間だった。
「ここだ!」
「え?」
エマは、ハヤテが珍しく回避するのではなく受け止める構えに対し、だったらそのまま脳天かち割ってやるといわんばかりに剣を振り下ろした。それをハヤテはくるりと剣を回し、力を抜いて受け流したのだった。
「わっ!」
思っていた衝撃が手に来なかったエマは、思い切り前のめりに体勢を崩して転びそうになる。なんとか踏ん張って耐えたところ、その身はあまりにも隙だらけだった。
「ほい、俺の勝ち」
――ぽこん。
情けない音がして、ハヤテの木剣がエマの後頭部に軽く当てられた。
勝負ついたよーと審判に手を振るハヤテに気付き、審判は慌てて決着を宣言した。
「あ、勝者ハヤテ君!」
大歓声だった。
子どもらしいポコポコとした試合を見に来た親や町人だったが、それでも大迫力の試合に飢えている。大きな大会でもなかなか見ることの出来ない大味な攻防に、観客のボルテージはマックスになっていた。
収集が付かなくなる前にさっさと閉会式を行おうと運営が急いでステージを設置する。
一位から三位までがステージに上がり、それぞれがメダルを受け取る。来年もこれほどのレベルを期待されても絶対に無理だなと苦笑しつつ、大会運営委員長はハヤテに金色のメダルを首に掛けた。
「それではハヤテ君、優勝した気持ちを教えてください」
司会進行の女性にマイクを向けられ、大きく鼻息を吐いたハヤテは、両手を腰に当てて堂々と語った。
「今までは力で押し込めば負けることはないって思ってたんだけど、エマの防御が思ったより硬くてさ、これじゃあいつかは力負けするなって思って。それで別の戦い方を考えた時に、準決勝で俺の攻撃が利用されたことを思い出して、それが上手くいって勝ったから、めっちゃうれしい!」
年相応の晴れやかな笑みを浮かべたハヤテは、完全勝利に拳を突き上げた。
ハヤテが最後に見せた攻撃の受け流しは、準決勝でやられた戦術だった。
その試合も結局は力で押して勝ってしまったのだが、それでもエマ相手を除いて一分以上も試合をして、剣を何度も振るわされたことが印象に残っていた。
ただでさえ強いのに、搦め手も使えるようになっちゃったか、と身震いした観客は多い。こいつらと戦うイコール負けという式が、頭の中に出来上がってしまった子どもたちがあきらめの顔をした。
金メダルを高く掲げると大きな拍手がハヤテを讃え、観客の先頭で腕組みをしている父親も嬉しそうに笑っていた。
「続いて、準優勝のエマちゃん、今の気持ちを聞かせて下さい」
「悔しいよ! ハヤテに“頭”で負けたんだもん! 最後の防御の構えはちょっとハヤテらしくないなって思ったし、ハヤテなら力で押してくるはずだって思っていたから。でも、次は絶対に私が勝つから!」
エマは悔しさを前面に現しながらも成長する意思を見せた。
それからは「いいやまた俺が勝つ!」「いいえ私が!」とケンカが始まり、止めても意味ないだろうな、と司会は三位の子に話を聞いた。
「えっと、三位決定戦を勝った子にも話を聞こうかな、今の気持ちを教えてくれる?」
二人だけの世界で戦っている外側で、彼らがいなければ間違いなく優勝していた少年は、悔しさのあまり拳を固め、俯き、向けられたマイクに何も答えることは出来なかった。




