彼は神童だった
今作もまた暇つぶしとなれば幸いです
「やった、やったぞ!」
今年七歳へと成長した少年は、触れた水晶の輝きにガッツポーズを見せた。
神殿内を一瞬真っ白に染め上げるほどの輝き、それは少年が保有する魔力量に比例している。
生まれつき魔力の保有量は決まっているため、七歳となる年に一斉に行われる魔力検査が、今後の進路を大きく決定づけるものとなる。当然輝きが強ければ魔力量も多い。
「やったぜ! 見ろよエマ! 俺の魔力数値530だってよ! 過去最高数値ってすごくない!?」
少年が叩きだした数値は、数年前、代替わりした聖女が叩き出した数値500を超える、英雄の爆誕とも呼べるとんでもない数値だった。
一般的に、触れた水晶が全体的に白く輝き、数値が100を超えれば魔法の使用に苦労することはない。それが200、300という飛び抜けた魔力を保有する者は、やがて魔物から国を守る騎士だったり、国外の大地を開拓する上位の冒険者だったりと活躍が期待できる。
「え、私だって520もあるもん! ハヤテと同じ過去最高数値だよ!」
張り合うように、エマと呼ばれた少女は、両手を胸の前で握り込んで叫んだ。エマの叩きだした数値も過去最高であり、後に聖女がこの話を聞いてあんぐりと口を開けたそうな。
エマは短めの金髪に、女の子だが短パン姿であり、後ろ姿なら勇ましい男の子のようにも見える活発な子だった。ハヤテとは生まれも育ちも一緒も幼馴染であり、ライバル、そして、家族のような存在だった。
「でも結局は俺の方がちょっと高いもんね! 俺のかちー!」
「高いっていっても、私よりたった10高いだけじゃん! 負けてないもん!」
そのたった10の魔力量で初歩的な魔法がどれだけ使えることやら。魔法に苦労した事のない二人には分かるはずのない話だった。
平均的な数値を叩きだした子どもたちや、付き添いの大人たちが「贅沢なケンカしてるなぁ」と温かい目で眺めているが、過去最高数値を叩きだしていることに驚いている者はあまりいなかった。というのも、二人は近所の広場でずっと魔法を使い続けていることで有名だったのだ。
「この前、俺の炎魔法がエマの氷のバリアを突破したんだから、やっぱ俺の方が上なんだよ!」
「あれはハヤテがズルして気を逸らしたからでしょ! そうじゃなかったら私が勝ってた!」
「ズルしてないよ! 広場の端っこにネコがいたのは本当だったもんね!」
「私が見た時はいなかったもん! ハヤテが嘘ついてたもん!」
普通は何時間も魔法を使い続けたら疲れて爆睡間違いなしなのだが、二人は朝ごはんを食べて広場に行くと、魔法の攻防戦で遊び始める。基本的にエマが得意の氷魔法でシールドを張り、ハヤテが木剣に炎魔法をエンチャントしてシールドを攻撃する。氷によって炎が潰えるか、炎が氷を溶かすかの単純な遊び。
これを陽が暮れるまで延々と繰り返す。毎日。
ああ、この子たちはきっととんでもない魔力数値を叩きだすんだろうな、というのは誰にも予想できたことだった。
そしたら案の定過去最高値を超えてきたから、これには大人たちが安堵した。あれで低い数値だったら子どもが絶望する。周囲の親は、子どもに「あの子たちはおかしい」と何度も言い聞かせて常識を教えるほどだった。
さて、二人にとってはたかが10の差の言い争いは過激化し、神殿内で攻撃魔法を使うんじゃないかという怪しい雰囲気になる。
「俺の方が絶対に強いから!」
「私の方が絶対に強いもん!」
「だったらここで証明してやる!」
「いいよ! やってみなよ!」
殴り合いこそしないが、二人の距離は程よく離れている。ハヤテの右手のひらに赤い光が宿ると同時に、エマはハヤテとの間に何重ものバリアを張るため魔力を練り始めた。
本当に魔法を使うつもりだ! 誰か止めろ! とみなが心の中で叫ぶが、誰が聖女越えの魔力数値を叩きだした二人を止められるんだ? 神殿長ですら無理だぞ。せめて神殿全体にバリア張ってくれないかな、と遠い目をしているくらいだ。
「この馬鹿野郎が!」
「うげっ!」
ゴツンと頭頂部に響く鈍い音と共に床に沈んだハヤテが、恐る恐る見上げると、そこにいたのは鬼の形相をした自身の父親だった。
こういう時、一番効果的な止め方はやはり父親のげんこつだった。ハヤテは腕を掴まれ無理やり立たせられる。
「痛ってぇ! 何すんだよ親父!」
「こっちのセリフだ馬鹿息子! 神殿を壊す気か!」
「この程度じゃ壊れないだろ!」
「てめえの魔法なら余裕で壊れるんだよ! つか壊れる壊れないの問題じゃないんだよ馬鹿! 自分が規格外ってこと自覚しろ馬鹿!」
再度げんこつが落ちる。
脳をグワングワンと揺らされたハヤテは、右腕を持ち上げられ、涙目になりながらもキッと父親を睨んだ。
「いってぇなぁ! 親父なんか俺より魔力ないくせに!」
馬鹿息子の言葉に、父親の目がスッと細められる。
「ほう、父親に向かってよく吠えたなガキ、じゃあお得意の魔法とやらで倒してみろよ」
いやいや、それはまずいですよお父さん! と神殿長並びに神殿内の皆々様方が冷や汗を流す。
「…………」
ちなみに、ここまで沈黙しているエマは、スーッと音もなく現れた母親にアイアンクローを食らって白目を剥いていた。恐らく今日の夕食は抜きだろう。
「へッ! たかが魔力数値150程度の親父に負けるかよ! 食らえッ!」
ハヤテは自由な左手に魔力を集め、大きな火炎玉を父親にぶつける……つもりだった。
「……あれ? 魔法が使えない? なんで――」
「どうした? 魔法を使わないのか?」
ハヤテの左手から魔法が飛び出すことは無かった。右利きとはいえ、左手で魔法を操るのが苦手、というわけではない。ではどうして魔法が使えないのか、それは騎士団に所属している父親のちょっとした技術にあった。
「お父さんはな、魔法で暴れる悪者を制圧するお仕事をしているんだ。ガキの魔法一つ対処できないわけねえだろ」
トリックとしては、掴んでいる右腕の手首にあるツボを適切な力で抑え込むと、魔力の流れを一時的に止めることが出来る。ただそれだけだった。
魔法は手のひらから通じて放たれるため、後は掴んだ手のひらを相手の身体に押し付けてしまえば、自爆しない限り逃げ出すことは出来ない。息子相手にそこまではしないけど。
「どうだ、参ったか?」
「…………」
負けず嫌いのハヤテは顔を背けて口を尖らせた。
そんな愚息に父親は命令した。
「よし、エマちゃんに謝れ」
「え? なんで?」
「謝れ」
「いや、だからなんで? 俺悪くな――」
「あやまれ」
「ごめんなさい」
ギギギと音が鳴りそうなほどぎこちなく頭を下げたハヤテの後頭部を押さえつけ、父親はエマの母親に軽く頭を下げた。
「エマちゃんのお母様、うちの馬鹿息子が毎度のことながら申し訳ない。神殿内では絶対に魔法を使うなと言い聞かせていたんですけど」
「いえいえ、うちだって何度も言い聞かせていましたのに、お互い様ってやつですよ。うちの娘にも謝罪させたいのですが、どうやら疲れて眠ってしまったみたいでして」
その娘さん、白目剥いて気絶しているけど? というツッコミは出来るはずもなく、神殿長はだらだらと冷や汗を流しながらもホッと安堵の息を吐いた。
親同士、子ども同士のケンカには慣れているのか、場を収める手際が良かった。
「それでは、この馬鹿娘――おっとなんでもありません、愛娘をベッドに寝かせないといけませんので、お先に失礼いたします」
「ええ。また今度ご家族と一緒に遊びに来てください。妻がお菓子を振舞いたくて仕方ないみたいですから」
「はい。楽しみにしていますね」
エマの母は、身体の線が細いのを感じさせない腕力で軽々とエマを担ぎ上げ、音もなく神殿を去って行った。
「帰るぞ」
「……うん」
すっかり大人しくなったハヤテを、父親は頭をぐりぐりと撫でまわし、仲良く手を繋いで神殿を後にした。
嵐が去った後の静けさに、周囲はポカンと二組の親子を見送る。
別室で魔力検査の結果をまとめていた若い神官が、何も騒ぎを知らないまま冊子にまとめて神殿長の下へやってきた。
「神殿長、全員の検査結果をまとめましたので、ご確認ください。……何かあったのですか?」
「いいや、君が気にすることは何もないよ。後で確認しておこう」
「それにしても、今年は豊作ですね。平均的にも数値の高い子が多いですし、王都神殿の聖女様も驚かれるのでは?」
「驚かないはずがなかろう。次期聖女様が誕生したわけでもない何でもない年に、まさか“三人”も記録を超えてくるとは思わないだろう」
神殿長は、神官から預かった冊子の表紙を捲る。上から順に数値の高い順で並べられていて、上二人は当然あの少年少女の名前が書かれている。
大体の子どもがこれから魔法を学ぶというのに、彼らはすでに魔法の扱いに長け、剣術も大人顔負けの実力を兼ね揃えている。
「もし彼らがいなければ、間違いなくこの子が神童と呼ばれただろうな」
上から三番目の名前。神殿長は慰めるように、その男児の名前を指でなぞった。
「聖女様をわずかにだが超える数値503。この子の人生は苦難となるやもしれんな」
パサリと表紙を戻した神殿長は、疲れた息を大げさに吐いた。




