今度こそ、格好よく
三度目の依頼は。
うまくいった。
本当に。
最初から最後まで。
◇
依頼は、フェルム近郊の森に出た魔獣の討伐。
Fランク相当。
数は三体。
特徴も分かっている。
危険度も高くない。
ただし。
油断すれば怪我はする。
それくらいの相手だった。
森の中。
ノクトが先に手を上げた。
四人が止まる。
「三体」
小さな声。
ガイアスが盾を構える。
リゼリアが杖を握る。
シェルエリナは剣を抜いた。
「今度は?」
ノクトが見る。
「今度は何」
「転ばない?」
「転ばない」
「逃げない?」
「逃げない!」
「虫が出たら?」
「ノクト」
「何だ」
「あとで覚えてて」
「何を?」
「怒るから」
「今怒れ」
「集中!」
「お前が言うのか」
リゼリアが静かに言った。
「来るわよ」
空気が変わった。
三体。
木々の間から走り出す。
一体目。
ガイアスが前へ出る。
盾で受ける。
「左!」
ノクトの声。
シェルエリナが動く。
今度は迷わない。
一歩。
踏み込む。
敵の爪を避ける。
剣を振る。
当たった。
浅い。
でも十分。
魔獣が体勢を崩す。
「リゼリア!」
「分かってるわ」
光。
魔術が地面を走る。
二体目の足を止める。
ノクトが横へ回る。
短剣。
一閃。
三体目がガイアスへ向かう。
「二体!」
ガイアスが叫ぶ。
「見えてる!」
シェルエリナが答える。
「前!」
ノクト。
「分かってる!」
今度は、本当に分かっていた。
一体。
ガイアスが止める。
一体。
リゼリアが崩す。
一体。
ノクトが進路を切る。
シェルエリナは走る。
横から。
相手が気づく。
遅い。
剣を振る。
一体目。
倒れる。
「次!」
シェルエリナが叫ぶ。
二体目。
リゼリアの魔術が切れる。
動き出す。
ノクトが短剣を投げる。
外す。
わざとだった。
魔獣がそちらを見る。
シェルエリナが入る。
「今!」
「分かってる!」
二体目。
倒れる。
最後。
ガイアスの盾に爪を立てていた魔獣が、離れる。
その瞬間。
ガイアスが横へ退く。
道が開く。
「シェルエリナ!」
今度は。
誰にも言われる前に。
走っていた。
踏み込む。
剣を振る。
最後の一体が倒れた。
森が静かになる。
「……」
シェルエリナは剣を構えたまま止まっていた。
息をしている。
肩が上下する。
ノクトが周囲を見る。
「もういない」
ガイアスが盾を下ろす。
リゼリアも杖を下ろした。
シェルエリナが。
ゆっくり振り返る。
三人を見る。
「……」
少しだけ間を置いて。
「やった」
誰も答えない。
シェルエリナの目が細くなる。
「やった!」
ガイアスが笑う。
「やったな」
ノクトが言う。
「今回は転ばなかった」
「そこ!?」
リゼリアが言う。
「逃げもしなかったわ」
「リゼリアまで!」
「事実よ」
シェルエリナは一瞬、頬を膨らませた。
でも。
すぐに笑った。
「でも、やった!」
今度は。
三人も。
何も言わず。
少しだけ笑った。
◇
フェルムへ帰る。
報告する。
依頼達成。
正式に成功。
湯を浴びる。
身体を洗う。
髪を整える。
そして。
シェルエリナは鏡を見る。
「……よし」
今日こそ。
今日こそは。
格好いい。
初依頼。
転んだ。
二回目。
泣いて逃げた。
でも今日は違う。
連携もよかった。
自分も戦った。
最後の一体は、自分が仕留めた。
「今日は」
シェルエリナは胸を張った。
「言える」
何を。
もちろん。
冒険譚を。
◇
酒場の扉が開いた。
「ただいまー!」
シェルエリナが入る。
誰も見ない。
「……」
もう一度。
「ただいまー!」
少しだけ振り返る人がいる。
でも。
すぐ別の方を見る。
酒場の中央。
人が集まっている。
大きな笑い声。
酒。
料理。
そして。
四人組の冒険者。
同年代。
顔も知っている。
同期。
同じ頃に冒険者になった。
ランクも同じ。
Fランク。
なのに。
今日は。
その四人が酒場の中心にいた。
「それでな!」
一人が笑っている。
腕には。
包帯。
かなり大きい。
別の一人は頬に傷。
もう一人は足を引きずっている。
でも。
全員いる。
全員。
笑っている。
「Dランク相当だったんだって?」
誰かが聞く。
「らしい!」
「Fランクで?」
「死ぬかと思った!」
「よく帰ってきたな!」
「ほんとにな!」
酒場が沸く。
シェルエリナは。
少し止まった。
「……Dランク?」
ノクトが後ろから入ってくる。
「ああ」
「偶然?」
「依頼先で遭遇したらしい」
「倒したの?」
「倒した」
シェルエリナが見る。
同期の四人。
笑っている。
少し誇らしそう。
少し疲れている。
周囲の人たちが、次々に話を聞いている。
シェルエリナは。
一度。
口を開いた。
「今日ね」
誰も聞いていない。
閉じる。
近くの常連へ行く。
「ねえ」
「ん?」
「今日ね、私たちも」
「おう! ちょっと待ってな!」
常連は同期の話へ戻る。
シェルエリナが止まる。
次。
パン屋の主人。
「今日ね」
「嬢ちゃん、あとでな! 今いいとこだ!」
「……はい」
次。
荷車の男。
「今日」
「おう、転ばなかったか?」
「転んでない!」
「じゃああとで聞く!」
「……あとで」
シェルエリナは。
いつもの卓へ戻った。
座る。
頬を膨らませる。
「誰も聞いてくれない」
ノクトが言う。
「今日は仕方ない」
「私たちも成功したのに」
「向こうはDランク相当だ」
「分かってるけど」
ガイアスが料理を見る。
「飯は同じだ」
「ガイアス」
「なんだ」
「今、それ関係ある?」
「ある」
「ない!」
リゼリアは静かに座る。
シェルエリナを見る。
「悔しい?」
「……ちょっと」
「そう」
「私たちだって、今日はすごく良かったのに」
「ええ」
「連携も」
「ええ」
「私も」
「頑張っていたわ」
シェルエリナが見る。
「ほんと?」
「ええ」
「……もっと言って」
「嫌よ」
「なんで!」
「一度で十分でしょう」
「足りない!」
ノクトが言う。
「では自分で言えばいい」
「誰も聞かない!」
「俺たちは聞いている」
シェルエリナが止まる。
三人を見る。
「……聞く?」
「短くなら」
「ノクト!」
「聞くとは言った」
「長くない!」
「昨日も言っていた」
「リゼリアまで!」
ガイアスが言う。
「飯が来るまでなら」
「みんな条件つけるのやめて!」
でも。
少しだけ。
嬉しかった。
◇
ただ。
その後。
シェルエリナは。
酒を飲んだ。
なぜか。
理由は。
本人にも。
たぶん分からない。
少し悔しかった。
少し嬉しかった。
少し興奮していた。
そして。
バルドが。
「今日は一杯だけだぞ」
と言った。
一杯。
薄い果実酒。
前回と同じ。
シェルエリナは言った。
「今日は大丈夫」
リゼリアが見る。
「何が?」
「前は初めてだったから」
「そう」
「今日は二回目」
「そう」
「だから大丈夫」
「根拠は?」
「二回目だから」
「根拠になっていないわ」
「大丈夫、大丈夫」
「それ、誰かに似てきたわね」
「誰?」
「知らなくていいわ」
シェルエリナは飲んだ。
一杯。
少し。
顔が赤くなる。
でも。
今日は前より平気だった。
「ほら」
リゼリアを見る。
「大丈夫」
「そう」
「慣れた」
「そう」
その後。
二杯目が来た。
誰が置いたのか。
分からない。
たぶん。
常連。
「嬢ちゃん! 今日は転ばなかった祝いだ!」
「それ祝いになるの!?」
「なる!」
「じゃあ飲む!」
リゼリアが見る。
「シェルエリナ」
「ちょっとだけ!」
飲む。
三杯目。
「墓場から逃げなかった祝い!」
「今日は墓場じゃない!」
「細かいこと言うな!」
「飲む!」
リゼリアが。
もう一度見る。
「シェルエリナ」
「だいじょうぶ!」
もう。
少し。
舌が回っていなかった。
◇
気づけば。
シェルエリナは。
同期の卓にいた。
どうして。
分からない。
「おー!」
同期の男が笑う。
「シェルエリナ!」
「おめでとー!」
「何が?」
「Dランク!」
「俺たちFだぞ!」
「しってる!」
「じゃあ何で!」
「Dランクのやつ倒した!」
「そう!」
「すごい!」
「ありがとな!」
シェルエリナは。
笑っていた。
さっきまで。
少し悔しかった。
自分の話も聞いてほしかった。
でも。
近くで見る。
同期の男の腕。
包帯。
そこから。
少し赤い。
大きな傷。
シェルエリナの笑顔が。
少し止まった。
「……いたい?」
男が見る。
「ん?」
「腕」
「ああ」
笑う。
「痛いぞ」
「……」
「でも治るってさ」
「ほんと?」
「ああ」
「ほんとに?」
「神官に見てもらった」
シェルエリナは。
包帯を見る。
大きい。
かなり。
怖かったはず。
痛かったはず。
それでも。
帰ってきた。
四人とも。
「……すごいね」
男が笑う。
「だろ?」
「うん」
シェルエリナは。
今度は。
本当に笑った。
「すごい」
「お前らも依頼だったんだろ?」
「うん」
「どうだった?」
シェルエリナは。
一瞬。
話そうとした。
でも。
やめた。
「成功した」
「おお!」
「ちゃんと」
「よかったじゃん!」
「うん」
それだけ。
そして。
シェルエリナは。
同期の肩を叩いた。
「でも今日は」
「ん?」
「そっちの日」
「何だそれ」
「すごかった人の日」
「お前も十分すごいだろ」
「今日はそっち!」
「酔ってる?」
「よってない!」
「酔ってるな」
「よってない!」
周囲が笑う。
シェルエリナは。
その傷のある腕を指差す。
「帰ってきたの、すごい」
少し。
静かになる。
同期の男が。
シェルエリナを見る。
「……ありがとな」
「うん!」
その瞬間。
誰かが言った。
「嬢ちゃんにも一杯!」
「飲む!」
リゼリアが遠くから言った。
「飲まない!」
「飲む!」
「飲まない!」
「今日はお祝い!」
「あなたの?」
「みんなの!」
「意味が広すぎるわ!」
酒場が笑う。
◇
そこからは。
ひどかった。
シェルエリナは。
かなり。
陽気だった。
「ガイアス!」
「なんだ」
「おっきい!」
「知ってる」
「ノクト!」
「何だ」
「ノクト!」
「だから何だ」
「……呼んだだけ」
「そうか」
「冷たい!」
「用がないなら呼ぶな」
「リゼリア!」
「何?」
「すき!」
「そう」
「反応うすい!」
「知っているもの」
シェルエリナが止まる。
「……しってるの?」
「ええ」
「すごい」
「何が?」
「リゼリア、すごい」
「そう」
「ぜんぶしってる」
「それは違うわ」
シェルエリナは笑った。
何が面白いのか。
もう分からない。
その後。
パン屋の主人に、
「転ばないで帰れるか?」
と言われて。
「今日はころばない!」
と言った直後。
椅子に足を引っかけた。
ガイアスが受け止めた。
酒場が揺れるほど笑った。
「転んでない!」
「落ちかけた」
「転んでない!」
「細かい」
「大事!」
さらに。
墓場の話を出される。
「帰るううううううう!」
と。
なぜか。
本人が再現した。
酒場が。
もう駄目だった。
全員。
笑っている。
シェルエリナも。
笑っている。
「もう一回!」
「やだ!」
「帰るううううう!」
「やめて!」
「本人の方が似てるぞ!」
「本人だから!」
「もう一回!」
「やだ!」
飲む。
笑う。
怒る。
笑う。
そして。
最後。
シェルエリナは。
同期の卓へ行った。
「ねえ」
「ん?」
「ほんとに」
「何?」
「よかったね」
「何が?」
「帰ってきて」
男が。
少し笑った。
「ああ」
「みんな」
「ああ」
「よかった」
「うん」
シェルエリナも。
笑った。
そして。
そのまま。
卓に。
ぺた。
「……寝た?」
誰かが言う。
ノクトが見る。
「寝たな」
ガイアスが言う。
「早いな」
リゼリアが立つ。
「連れていくわ」
「一人で?」
「大丈夫」
シェルエリナを起こす。
「シェルエリナ」
「……」
「部屋へ行くわよ」
「……りぜりあ」
「ええ」
「……すごかったね」
「何が?」
「……みんな……かえってきた」
リゼリアが止まる。
「……そうね」
「……よかった」
「ええ」
「……ほんとに」
「ええ」
シェルエリナは。
また眠る。
リゼリアは。
その髪を。
少しだけ撫でた。
「……そうね」
今度は。
誰にも聞こえない声で。
◇
部屋。
リゼリアは。
シェルエリナをベッドへ寝かせる。
靴を脱がせる。
毛布をかける。
シェルエリナは。
少し動く。
「……すごい」
「何?」
「……みんな」
「ええ」
「……かっこいい」
「そうね」
「……わたしも」
少し。
間。
「……がんばった」
リゼリアは。
シェルエリナを見る。
「知ってるわ」
シェルエリナは。
もう。
寝ていた。
リゼリアは。
灯りを落とす。
自分のベッドへ入る。
少しして。
隣から。
小さな寝息。
リゼリアは。
目を閉じた。
◇
翌朝。
「……」
シェルエリナは。
動かなかった。
「……」
リゼリアは。
もう起きていた。
「シェルエリナ」
「……」
「朝よ」
「……」
「起きなさい」
「……むり」
「そう」
「……あたま」
「痛い?」
「……われる」
「そう」
「……みず」
リゼリアが水を渡す。
シェルエリナは。
ゆっくり。
起きる。
飲む。
そして。
また倒れる。
「……もう」
「何?」
「……のまない」
「そう」
「……ぜったい」
「そう」
「……ほんとに」
「そう」
「……もう飲まない~……」
リゼリアは。
少しだけ。
笑った。
「昨日も似たようなことを言っていたわ」
「……きのうのわたし、ばか」
「そうね」
「……否定して」
「事実だもの」
「りぜりあ~……」
「静かにしなさい」
「……あたまいたい」
「自業自得よ」
「……もう飲まない~……」
その声は。
宿の廊下まで。
少しだけ。
聞こえていた。
自由都市フェルム。
Fランク冒険者、シェルエリナ。
三回目の依頼。
今度こそ。
本当に。
格好よく成功した。
ただし。
翌朝の本人に。
その面影は。
ほとんどなかった。




