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5/9

今度こそ、格好よく

三度目の依頼は。


うまくいった。


本当に。


最初から最後まで。



依頼は、フェルム近郊の森に出た魔獣の討伐。


Fランク相当。


数は三体。


特徴も分かっている。


危険度も高くない。


ただし。


油断すれば怪我はする。


それくらいの相手だった。


森の中。


ノクトが先に手を上げた。


四人が止まる。


「三体」


小さな声。


ガイアスが盾を構える。


リゼリアが杖を握る。


シェルエリナは剣を抜いた。


「今度は?」


ノクトが見る。


「今度は何」


「転ばない?」


「転ばない」


「逃げない?」


「逃げない!」


「虫が出たら?」


「ノクト」


「何だ」


「あとで覚えてて」


「何を?」


「怒るから」


「今怒れ」


「集中!」


「お前が言うのか」


リゼリアが静かに言った。


「来るわよ」


空気が変わった。


三体。


木々の間から走り出す。


一体目。


ガイアスが前へ出る。


盾で受ける。


「左!」


ノクトの声。


シェルエリナが動く。


今度は迷わない。


一歩。


踏み込む。


敵の爪を避ける。


剣を振る。


当たった。


浅い。


でも十分。


魔獣が体勢を崩す。


「リゼリア!」


「分かってるわ」


光。


魔術が地面を走る。


二体目の足を止める。


ノクトが横へ回る。


短剣。


一閃。


三体目がガイアスへ向かう。


「二体!」


ガイアスが叫ぶ。


「見えてる!」


シェルエリナが答える。


「前!」


ノクト。


「分かってる!」


今度は、本当に分かっていた。


一体。


ガイアスが止める。


一体。


リゼリアが崩す。


一体。


ノクトが進路を切る。


シェルエリナは走る。


横から。


相手が気づく。


遅い。


剣を振る。


一体目。


倒れる。


「次!」


シェルエリナが叫ぶ。


二体目。


リゼリアの魔術が切れる。


動き出す。


ノクトが短剣を投げる。


外す。


わざとだった。


魔獣がそちらを見る。


シェルエリナが入る。


「今!」


「分かってる!」


二体目。


倒れる。


最後。


ガイアスの盾に爪を立てていた魔獣が、離れる。


その瞬間。


ガイアスが横へ退く。


道が開く。


「シェルエリナ!」


今度は。


誰にも言われる前に。


走っていた。


踏み込む。


剣を振る。


最後の一体が倒れた。


森が静かになる。


「……」


シェルエリナは剣を構えたまま止まっていた。


息をしている。


肩が上下する。


ノクトが周囲を見る。


「もういない」


ガイアスが盾を下ろす。


リゼリアも杖を下ろした。


シェルエリナが。


ゆっくり振り返る。


三人を見る。


「……」


少しだけ間を置いて。


「やった」


誰も答えない。


シェルエリナの目が細くなる。


「やった!」


ガイアスが笑う。


「やったな」


ノクトが言う。


「今回は転ばなかった」


「そこ!?」


リゼリアが言う。


「逃げもしなかったわ」


「リゼリアまで!」


「事実よ」


シェルエリナは一瞬、頬を膨らませた。


でも。


すぐに笑った。


「でも、やった!」


今度は。


三人も。


何も言わず。


少しだけ笑った。



フェルムへ帰る。


報告する。


依頼達成。


正式に成功。


湯を浴びる。


身体を洗う。


髪を整える。


そして。


シェルエリナは鏡を見る。


「……よし」


今日こそ。


今日こそは。


格好いい。


初依頼。


転んだ。


二回目。


泣いて逃げた。


でも今日は違う。


連携もよかった。


自分も戦った。


最後の一体は、自分が仕留めた。


「今日は」


シェルエリナは胸を張った。


「言える」


何を。


もちろん。


冒険譚を。



酒場の扉が開いた。


「ただいまー!」


シェルエリナが入る。


誰も見ない。


「……」


もう一度。


「ただいまー!」


少しだけ振り返る人がいる。


でも。


すぐ別の方を見る。


酒場の中央。


人が集まっている。


大きな笑い声。


酒。


料理。


そして。


四人組の冒険者。


同年代。


顔も知っている。


同期。


同じ頃に冒険者になった。


ランクも同じ。


Fランク。


なのに。


今日は。


その四人が酒場の中心にいた。


「それでな!」


一人が笑っている。


腕には。


包帯。


かなり大きい。


別の一人は頬に傷。


もう一人は足を引きずっている。


でも。


全員いる。


全員。


笑っている。


「Dランク相当だったんだって?」


誰かが聞く。


「らしい!」


「Fランクで?」


「死ぬかと思った!」


「よく帰ってきたな!」


「ほんとにな!」


酒場が沸く。


シェルエリナは。


少し止まった。


「……Dランク?」


ノクトが後ろから入ってくる。


「ああ」


「偶然?」


「依頼先で遭遇したらしい」


「倒したの?」


「倒した」


シェルエリナが見る。


同期の四人。


笑っている。


少し誇らしそう。


少し疲れている。


周囲の人たちが、次々に話を聞いている。


シェルエリナは。


一度。


口を開いた。


「今日ね」


誰も聞いていない。


閉じる。


近くの常連へ行く。


「ねえ」


「ん?」


「今日ね、私たちも」


「おう! ちょっと待ってな!」


常連は同期の話へ戻る。


シェルエリナが止まる。


次。


パン屋の主人。


「今日ね」


「嬢ちゃん、あとでな! 今いいとこだ!」


「……はい」


次。


荷車の男。


「今日」


「おう、転ばなかったか?」


「転んでない!」


「じゃああとで聞く!」


「……あとで」


シェルエリナは。


いつもの卓へ戻った。


座る。


頬を膨らませる。


「誰も聞いてくれない」


ノクトが言う。


「今日は仕方ない」


「私たちも成功したのに」


「向こうはDランク相当だ」


「分かってるけど」


ガイアスが料理を見る。


「飯は同じだ」


「ガイアス」


「なんだ」


「今、それ関係ある?」


「ある」


「ない!」


リゼリアは静かに座る。


シェルエリナを見る。


「悔しい?」


「……ちょっと」


「そう」


「私たちだって、今日はすごく良かったのに」


「ええ」


「連携も」


「ええ」


「私も」


「頑張っていたわ」


シェルエリナが見る。


「ほんと?」


「ええ」


「……もっと言って」


「嫌よ」


「なんで!」


「一度で十分でしょう」


「足りない!」


ノクトが言う。


「では自分で言えばいい」


「誰も聞かない!」


「俺たちは聞いている」


シェルエリナが止まる。


三人を見る。


「……聞く?」


「短くなら」


「ノクト!」


「聞くとは言った」


「長くない!」


「昨日も言っていた」


「リゼリアまで!」


ガイアスが言う。


「飯が来るまでなら」


「みんな条件つけるのやめて!」


でも。


少しだけ。


嬉しかった。



ただ。


その後。


シェルエリナは。


酒を飲んだ。


なぜか。


理由は。


本人にも。


たぶん分からない。


少し悔しかった。


少し嬉しかった。


少し興奮していた。


そして。


バルドが。


「今日は一杯だけだぞ」


と言った。


一杯。


薄い果実酒。


前回と同じ。


シェルエリナは言った。


「今日は大丈夫」


リゼリアが見る。


「何が?」


「前は初めてだったから」


「そう」


「今日は二回目」


「そう」


「だから大丈夫」


「根拠は?」


「二回目だから」


「根拠になっていないわ」


「大丈夫、大丈夫」


「それ、誰かに似てきたわね」


「誰?」


「知らなくていいわ」


シェルエリナは飲んだ。


一杯。


少し。


顔が赤くなる。


でも。


今日は前より平気だった。


「ほら」


リゼリアを見る。


「大丈夫」


「そう」


「慣れた」


「そう」


その後。


二杯目が来た。


誰が置いたのか。


分からない。


たぶん。


常連。


「嬢ちゃん! 今日は転ばなかった祝いだ!」


「それ祝いになるの!?」


「なる!」


「じゃあ飲む!」


リゼリアが見る。


「シェルエリナ」


「ちょっとだけ!」


飲む。


三杯目。


「墓場から逃げなかった祝い!」


「今日は墓場じゃない!」


「細かいこと言うな!」


「飲む!」


リゼリアが。


もう一度見る。


「シェルエリナ」


「だいじょうぶ!」


もう。


少し。


舌が回っていなかった。



気づけば。


シェルエリナは。


同期の卓にいた。


どうして。


分からない。


「おー!」


同期の男が笑う。


「シェルエリナ!」


「おめでとー!」


「何が?」


「Dランク!」


「俺たちFだぞ!」


「しってる!」


「じゃあ何で!」


「Dランクのやつ倒した!」


「そう!」


「すごい!」


「ありがとな!」


シェルエリナは。


笑っていた。


さっきまで。


少し悔しかった。


自分の話も聞いてほしかった。


でも。


近くで見る。


同期の男の腕。


包帯。


そこから。


少し赤い。


大きな傷。


シェルエリナの笑顔が。


少し止まった。


「……いたい?」


男が見る。


「ん?」


「腕」


「ああ」


笑う。


「痛いぞ」


「……」


「でも治るってさ」


「ほんと?」


「ああ」


「ほんとに?」


「神官に見てもらった」


シェルエリナは。


包帯を見る。


大きい。


かなり。


怖かったはず。


痛かったはず。


それでも。


帰ってきた。


四人とも。


「……すごいね」


男が笑う。


「だろ?」


「うん」


シェルエリナは。


今度は。


本当に笑った。


「すごい」


「お前らも依頼だったんだろ?」


「うん」


「どうだった?」


シェルエリナは。


一瞬。


話そうとした。


でも。


やめた。


「成功した」


「おお!」


「ちゃんと」


「よかったじゃん!」


「うん」


それだけ。


そして。


シェルエリナは。


同期の肩を叩いた。


「でも今日は」


「ん?」


「そっちの日」


「何だそれ」


「すごかった人の日」


「お前も十分すごいだろ」


「今日はそっち!」


「酔ってる?」


「よってない!」


「酔ってるな」


「よってない!」


周囲が笑う。


シェルエリナは。


その傷のある腕を指差す。


「帰ってきたの、すごい」


少し。


静かになる。


同期の男が。


シェルエリナを見る。


「……ありがとな」


「うん!」


その瞬間。


誰かが言った。


「嬢ちゃんにも一杯!」


「飲む!」


リゼリアが遠くから言った。


「飲まない!」


「飲む!」


「飲まない!」


「今日はお祝い!」


「あなたの?」


「みんなの!」


「意味が広すぎるわ!」


酒場が笑う。



そこからは。


ひどかった。


シェルエリナは。


かなり。


陽気だった。


「ガイアス!」


「なんだ」


「おっきい!」


「知ってる」


「ノクト!」


「何だ」


「ノクト!」


「だから何だ」


「……呼んだだけ」


「そうか」


「冷たい!」


「用がないなら呼ぶな」


「リゼリア!」


「何?」


「すき!」


「そう」


「反応うすい!」


「知っているもの」


シェルエリナが止まる。


「……しってるの?」


「ええ」


「すごい」


「何が?」


「リゼリア、すごい」


「そう」


「ぜんぶしってる」


「それは違うわ」


シェルエリナは笑った。


何が面白いのか。


もう分からない。


その後。


パン屋の主人に、


「転ばないで帰れるか?」


と言われて。


「今日はころばない!」


と言った直後。


椅子に足を引っかけた。


ガイアスが受け止めた。


酒場が揺れるほど笑った。


「転んでない!」


「落ちかけた」


「転んでない!」


「細かい」


「大事!」


さらに。


墓場の話を出される。


「帰るううううううう!」


と。


なぜか。


本人が再現した。


酒場が。


もう駄目だった。


全員。


笑っている。


シェルエリナも。


笑っている。


「もう一回!」


「やだ!」


「帰るううううう!」


「やめて!」


「本人の方が似てるぞ!」


「本人だから!」


「もう一回!」


「やだ!」


飲む。


笑う。


怒る。


笑う。


そして。


最後。


シェルエリナは。


同期の卓へ行った。


「ねえ」


「ん?」


「ほんとに」


「何?」


「よかったね」


「何が?」


「帰ってきて」


男が。


少し笑った。


「ああ」


「みんな」


「ああ」


「よかった」


「うん」


シェルエリナも。


笑った。


そして。


そのまま。


卓に。


ぺた。


「……寝た?」


誰かが言う。


ノクトが見る。


「寝たな」


ガイアスが言う。


「早いな」


リゼリアが立つ。


「連れていくわ」


「一人で?」


「大丈夫」


シェルエリナを起こす。


「シェルエリナ」


「……」


「部屋へ行くわよ」


「……りぜりあ」


「ええ」


「……すごかったね」


「何が?」


「……みんな……かえってきた」


リゼリアが止まる。


「……そうね」


「……よかった」


「ええ」


「……ほんとに」


「ええ」


シェルエリナは。


また眠る。


リゼリアは。


その髪を。


少しだけ撫でた。


「……そうね」


今度は。


誰にも聞こえない声で。



部屋。


リゼリアは。


シェルエリナをベッドへ寝かせる。


靴を脱がせる。


毛布をかける。


シェルエリナは。


少し動く。


「……すごい」


「何?」


「……みんな」


「ええ」


「……かっこいい」


「そうね」


「……わたしも」


少し。


間。


「……がんばった」


リゼリアは。


シェルエリナを見る。


「知ってるわ」


シェルエリナは。


もう。


寝ていた。


リゼリアは。


灯りを落とす。


自分のベッドへ入る。


少しして。


隣から。


小さな寝息。


リゼリアは。


目を閉じた。



翌朝。


「……」


シェルエリナは。


動かなかった。


「……」


リゼリアは。


もう起きていた。


「シェルエリナ」


「……」


「朝よ」


「……」


「起きなさい」


「……むり」


「そう」


「……あたま」


「痛い?」


「……われる」


「そう」


「……みず」


リゼリアが水を渡す。


シェルエリナは。


ゆっくり。


起きる。


飲む。


そして。


また倒れる。


「……もう」


「何?」


「……のまない」


「そう」


「……ぜったい」


「そう」


「……ほんとに」


「そう」


「……もう飲まない~……」


リゼリアは。


少しだけ。


笑った。


「昨日も似たようなことを言っていたわ」


「……きのうのわたし、ばか」


「そうね」


「……否定して」


「事実だもの」


「りぜりあ~……」


「静かにしなさい」


「……あたまいたい」


「自業自得よ」


「……もう飲まない~……」


その声は。


宿の廊下まで。


少しだけ。


聞こえていた。


自由都市フェルム。


Fランク冒険者、シェルエリナ。


三回目の依頼。


今度こそ。


本当に。


格好よく成功した。


ただし。


翌朝の本人に。


その面影は。


ほとんどなかった。


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