今日も、フェルムで
宴が終わった。
正確には、酒場の宴が終わった。
シェルエリナの中では、まだ終わっていなかった。
◇
「しー……」
宿の二階。
夜もすっかり更けた廊下を、シェルエリナは歩いていた。
静かに。
とても静かに。
本人は、そのつもりだった。
「しー……」
誰もいない廊下で、自分に向かって言う。
一歩。
「……っと」
壁に手をつく。
二歩。
「だいじょうぶ」
誰も聞いていない。
三歩。
「あれ」
部屋の扉を一つ通り過ぎる。
戻る。
「ここ」
シェルエリナは満足そうに頷いた。
今日は少しだけ酒を飲んだ。
本当に、少しだけだった。
Fランク冒険者になったのだから、これくらいはいいだろう。
バルドも最初は止めた。
「お前にはまだ早え」
と言われた。
だから、
「Fランクです」
と答えた。
「関係ねえ」
と言われた。
結局、薄く割った果実酒を一杯だけもらった。
一杯だけ。
ただしシェルエリナは、自分が酒に弱いということを、まだ知らなかった。
シェルエリナは扉を開けた。
暗い。
静かだった。
同室のリゼリアは、もう眠っている。
シェルエリナはそっと扉を閉めた。
「……リゼリア」
返事はない。
「リゼリア」
返事はない。
当然だった。
寝ているのだから。
シェルエリナはベッドの横まで歩いた。
リゼリアは静かに眠っていた。
規則正しい呼吸。
乱れていない寝具。
きちんと畳まれた服。
自分のベッドとは大違いだった。
シェルエリナは、じっと見る。
「……寝てる」
確認した。
分かっていた。
少し考える。
そして。
なぜか三歩、後ろへ下がった。
「よし」
何が「よし」なのか。
本人以外には分からない。
シェルエリナは床を蹴った。
一歩。
二歩。
三歩。
ベッドの手前で跳ぶ。
「リゼリアー!」
かなり見事な跳躍だった。
今日、魔物を相手にした時よりも迷いがなかった。
両腕を広げたシェルエリナが、宙を舞う。
その瞬間。
リゼリアの目が開いた。
暗闇の中。
自分へ向かって飛んでくる何かを見る。
「……」
一瞬。
リゼリアの身体が動いた。
毛布を蹴る。
上半身を起こす。
身をずらす。
シェルエリナの両腕が、空を抱く。
「え」
そのまま。
ぼすん。
シェルエリナは、リゼリアがいた場所へ顔から落ちた。
沈黙。
リゼリアが見る。
ベッドの上に、うつ伏せになったシェルエリナがいる。
「……何をしているの?」
くぐもった声が返ってきた。
「起こそうと思って」
「そう」
「避けると思わなかった」
「私も、寝ているところへ人が飛んでくるとは思わなかったわ」
「ごめんなさい」
「座って」
「はい」
数分後。
シェルエリナは床に正座していた。
リゼリアはベッドの上に座っている。
暗かった部屋には、小さな灯りがついていた。
「まず」
「はい」
「寝ている人に飛びついてはいけません」
「はい」
「危ないわ」
「はい」
「あなたも、私も」
「はい」
「それから、夜中に大声を出さない」
「はい」
「他の人が寝ているわ」
「はい」
「聞いている?」
「聞いてます」
「本当に?」
「聞いてます……」
シェルエリナは正座したまま、少し揺れていた。
前へ。
戻る。
前へ。
戻る。
リゼリアが眉を寄せる。
「あなた」
「はい」
「酔っているの?」
「酔ってない」
「そう」
「ちょっとだけ」
「どちら?」
「……ちょっとだけ、酔ってるかもしれない」
「何杯飲んだの?」
「一杯」
リゼリアが黙った。
「薄いやつ」
さらに黙った。
「……笑った?」
「笑ってないわ」
「今、絶対」
「笑ってない」
「口がちょっと」
「シェルエリナ」
「はい」
「反省は?」
「しています」
「そう」
「ほんとうに」
「なら、もう寝なさい」
「え」
シェルエリナの顔が曇った。
リゼリアはそれを見る。
「何?」
「……もう寝るの?」
「夜だから」
「そうだけど」
「明日もあるわ」
「そうだけど……」
シェルエリナは膝の上に手を置いたまま、俯いた。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「今日のこと、話したかった」
リゼリアは黙った。
「……」
「……」
シェルエリナが顔を上げる。
「寝る?」
リゼリアは小さく息を吐いた。
「しょうがないわね」
「!」
「少しだけ付き合うわ」
「ほんと?」
「声」
「……ほんと?」
小声になった。
リゼリアはベッドの端を少し空けた。
シェルエリナは立ち上がる。
「足、痛い……」
「自業自得よ」
「はい……」
隣に座る。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
窓の外から、夜のフェルムの音が聞こえる。
遠くの酒場。
誰かの笑い声。
荷車の車輪。
夜風に揺れる何かの音。
シェルエリナが言った。
「今日ね」
「ええ」
「楽しかった」
「そう」
「すごく」
「見れば分かったわ」
「ほんと?」
「ええ」
「でも、怖かった」
リゼリアがシェルエリナを見る。
「魔物?」
「うん」
少しだけ、言葉が遅い。
「剣、外したとき」
「ええ」
「あ、って思った」
「そうでしょうね」
「それでね、爪が、ぶわって」
シェルエリナが両手を動かす。
「ぶわって?」
「ぶわって」
「そう」
「ノクトが右って言って」
「ええ」
「避けて」
「見ていたわ」
「そっか」
シェルエリナは少し笑った。
「リゼリアもいたもんね」
「いたわ」
「ガイアスも」
「いたわ」
「ノクトも」
「いたわね」
「みんないた」
リゼリアは何も言わなかった。
シェルエリナは自分の膝を見る。
「だからかな」
「何が?」
「怖かったけど」
少し考える。
「……だいじょうぶだった」
「そう」
「うん」
また少し、沈黙。
「あとね」
「ええ」
「お肉、おいしかった」
「それも知ってるわ」
「すごかった」
「ええ」
「バルドさん、すごい」
「そうね」
「ガイアス、いっぱい食べてた」
「いつもでしょう」
「ノクトも、なんだかんだ食べてた」
「そうね」
「リゼリアも」
「食事だから」
「楽しかった?」
「……」
「ねえ」
「さっき答えたでしょう」
「もう一回」
「嫌よ」
「なんで?」
「同じことを何度も聞かないの」
「でも」
「シェルエリナ」
「はい」
「楽しかったわ」
シェルエリナが止まった。
ゆっくり、リゼリアを見る。
「……ほんと?」
「ええ」
「すごく?」
「寝るわよ」
「待って」
「寝るわよ」
「すごく?」
「……」
「リゼリア」
「普通よ」
「絶対もうちょっと楽しかったでしょう」
「寝なさい」
「ねえ」
「寝なさい」
「はーい」
シェルエリナは自分のベッドへ向かった。
二歩。
止まる。
振り返る。
「リゼリア」
「今度は何?」
「明日も楽しいといいね」
リゼリアは少しだけシェルエリナを見る。
「……そうね」
「うん」
シェルエリナは満足した。
ベッドへ入る。
数秒後。
「リゼリア」
「……何?」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
さらに数秒。
「リゼリア」
「シェルエリナ」
「ごめんなさい」
「寝なさい」
「はい」
その後。
本当に静かになった。
リゼリアは灯りを消した。
暗闇の中。
しばらくして、隣のベッドから規則正しい寝息が聞こえ始める。
早い。
リゼリアは目を閉じた。
「……まったく」
小さく呟いた。
その声は、少しだけ笑っていた。
◇
翌朝。
窓から差し込んだ光が、部屋の床を照らしていた。
リゼリアはもう起きていた。
身支度を整え、荷物を確認し、髪を整える。
その間も。
シェルエリナは寝ていた。
毛布は半分、床に落ちている。
枕はなぜか足元にある。
本人はベッドの中央を斜めに占領していた。
片方の腕を上へ伸ばし。
片方の脚を毛布の外へ出し。
口が少しだけ開いている。
昨日の夜、正座させられた人間とは思えないほど、無防備だった。
「……」
リゼリアは見る。
シェルエリナは寝ている。
「ん……」
少し動く。
「……おにく……」
リゼリアが止まる。
「……」
シェルエリナは幸せそうだった。
「……半分……」
何の夢かは、だいたい分かった。
リゼリアは少しだけ口元を緩めた。
そして。
「シェルエリナ」
「……」
「朝よ」
「……」
「起きなさい」
「……あと……」
「あと?」
「……ちょっと……」
「そう」
リゼリアは窓の方へ歩いた。
カーテンを大きく開けた。
光が差し込む。
「まぶしい!」
シェルエリナが毛布を頭まで被った。
「起きているじゃない」
「今起きたの!」
「なら起きなさい」
「昨日、寝るの遅かったから……」
「誰のせい?」
毛布の中が静かになる。
「……私です」
「よろしい」
「リゼリア」
「何?」
「頭痛い」
「そうでしょうね」
「なんで?」
「お酒よ」
「一杯なのに?」
「一杯で酔っていたでしょう」
「……」
シェルエリナが毛布から顔だけ出した。
髪がひどいことになっている。
「もう飲まない」
「そう」
「しばらく」
「そう」
「……たぶん」
「もう一度正座する?」
「起きます」
早かった。
◇
しばらくして。
宿の廊下。
シェルエリナは元気だった。
驚異的な回復だった。
「ノクト!」
扉を叩く。
「朝!」
返事がない。
「ノクトー!」
扉が開いた。
ノクトが立っていた。
もう起きていた。
「何だ」
「起きてる」
「見れば分かる」
「じゃあ行こう!」
「どこへ」
「昨日のおばあさんのところ!」
ノクトが黙った。
「……本当に行くのか」
「約束したから」
「約束はしていない」
「明日聞くって言ってた」
「覚えてたら、とも言っていた」
「覚えてるか確認しに行くの!」
「そうか」
「行こう!」
「なぜ俺も?」
「一緒に冒険したから」
「関係ない」
「ある!」
「ない」
「ある!」
「ない」
「リゼリア!」
後ろにいたリゼリアが答える。
「私は行かないわ」
「まだ何も聞いてない!」
「聞かなくても分かるもの」
「行こうよ」
「嫌よ」
「ガイアスも起こすから」
「それで私が行く理由にはならないわ」
「みんなで行った方が楽しい!」
「あなたが?」
「みんなが!」
ノクトが言った。
「俺は楽しくない」
「まだ行ってないでしょう!」
「想像できる」
「とにかく行くの!」
と言った。
それで十分だった。
◇
ガイアスは寝ていた。
とてもよく寝ていた。
「ガイアス」
返事はない。
「ガイアス!」
返事はない。
シェルエリナは昨日の夜を思い出した。
助走。
跳躍。
飛びつく。
そして正座。
「……」
やめた。
「学習したな」
後ろでノクトが言った。
「うるさい」
「何も言っていない」
「言った!」
「言ったわね」
リゼリアが訂正した。
「リゼリア、どっちの味方?」
「事実の味方よ」
「ずるい」
ガイアスが起きない。
シェルエリナは考えた。
そして。
「朝ごはん、なくなるよ」
ガイアスの目が開いた。
ノクトが言った。
「なるほど」
リゼリアも頷いた。
「覚えておきましょう」
「お前ら……」
ガイアスは起きた。
◇
結局。
四人全員で宿を出た。
「なんでこうなった」
ノクトが言った。
「いいじゃない」
シェルエリナは機嫌がいい。
昨日とは違う服。
髪も整えている。
頭痛も、もうほとんどない。
フェルムの朝は賑やかだった。
店が開く。
荷車が通る。
パンの匂いがする。
誰かが道を掃いている。
「おはよう、シェルエリナ!」
店先から声が飛んできた。
「おはようございます!」
「昨日、Fランクの依頼だったんだって?」
「そうなんです!」
「転んだんだって?」
「なんでそっちが先に広まってるんですか!?」
店主が笑う。
「怪我は?」
「ありません!」
「ならいい!」
その隣の店から、別の女が顔を出した。
「シェルエリナ!」
「はい!」
「昨日、魔物を三体倒したって?」
「二体です!」
「三体って聞いたよ?」
「一体逃げました!」
「逃がしたの?」
「戦略的撤退です!」
ノクトが言った。
「相手がな」
「ノクト!」
笑い声。
少し歩く。
今度はパン屋の前で止まる。
「嬢ちゃん」
「はい?」
店主が小さなパンを一つ投げる。
シェルエリナが慌てて受け取る。
「わっ」
「Fランク祝いだ」
「いいんですか?」
「昨日の残りだ」
「今、すごく嬉しかったのに!」
「嘘だ。今朝焼いた」
「どっちなんですか!」
「食えば分かる」
シェルエリナがパンを見る。
一口。
「今日のです!」
「分かるのかよ」
「おいしい!」
「答えになってねえな」
ガイアスがパンを見る。
「俺のは?」
「買え」
「そうか」
「ガイアス、半分いる?」
「いる」
「即答」
シェルエリナはパンを半分にした。
少し見る。
大きさを比べる。
大きい方を自分の口へ入れた。
ガイアスが言った。
「そっちの方が大きい」
「気のせい」
「昨日、お前が言ってたぞ」
「今日は私がもらったパンだから」
「なるほど」
「納得するの?」
ノクトが呆れた。
リゼリアは何も言わない。
ただ、ほんの少しだけ笑っていた。
◇
ようやく。
昨日の老婆がよく座っている場所へ着いた。
「いない」
シェルエリナが言った。
いなかった。
近くの店の主人に聞く。
「ああ、婆さんなら朝から出かけたぞ」
「どこへ?」
「知らん」
「いつ戻ります?」
「知らん」
「今日?」
「知らん」
「何か知ってることないんですか?」
「出かけた」
「それは最初に聞きました!」
店主が笑った。
シェルエリナは、老婆がいつも座っている場所を見る。
少しだけ残念そうだった。
ノクトが言った。
「帰るか」
「うん」
「話せなくて残念?」
ガイアスが聞く。
「ちょっと」
シェルエリナは答えた。
それから、周りを見る。
ここへ来る途中。
いろいろな人に声をかけられた。
パンももらった。
笑われた。
昨日の話もした。
四人で歩いた。
「でも」
「でも?」
「楽しかった」
ガイアスが頷いた。
「そうか」
「うん」
ノクトが言った。
「では目的は達成したな」
「してないよ?」
「楽しかったんだろ」
「それはそうだけど」
「ならいい」
「そういうもの?」
「知らん」
「適当」
リゼリアが言った。
「私は戻るわ」
「宿?」
「少し買い物をする」
「私も行く!」
「来なくていいわ」
「なんで?」
「あなたがいると長くなるから」
「ならない!」
三人がシェルエリナを見る。
「……なるかもしれない」
「では、ここで」
「えー」
「また宿で会うでしょう」
「それはそうだけど」
ガイアスも言った。
「俺も行くところがある」
「どこ?」
「飯」
「さっきパン食べたでしょう!」
「半分だ」
「だから?」
「足りん」
ノクトも歩き出す。
「俺も行く」
「どこへ?」
「用事だ」
「何の?」
「用事」
「だから何の?」
「ではな」
「教えてよ!」
三人が、それぞれ違う方向へ歩いていく。
シェルエリナだけが残った。
「……解散?」
誰も答えない。
「解散かあ」
少しだけ寂しい。
でも。
シェルエリナは周りを見る。
フェルムの街。
朝より人が増えている。
知らない人もいる。
知っている人もいる。
まだ入ったことのない店もある。
「……まあ、いっか」
歩き出した。
◇
特に目的はなかった。
だから、いろいろなところへ行った。
露店で見たことのない果物を見つけた。
「甘い?」
「甘いよ」
「ほんと?」
「ほんとだ」
「絶対?」
「疑うなら買うな」
買った。
酸っぱかった。
「酸っぱい!」
「甘いとは言ったが、酸っぱくないとは言ってない」
「ずるい!」
店主は笑った。
次に、路地で子供たちが遊んでいるのを見た。
少しだけ混ざった。
少しだけのつもりだった。
気づいたら本気になっていた。
「シェルエリナ、遅い!」
「待って!」
「冒険者なのに!」
「関係ないでしょう!」
負けた。
「もう一回!」
「大人げない!」
「まだ大人じゃないもん!」
「じゃあ子供?」
「それも違う!」
子供たちが笑った。
シェルエリナも笑った。
その後。
市場を歩いた。
鍛冶屋の前で剣を見た。
高かった。
諦めた。
小さな飾りを見た。
少し欲しかった。
でも買わなかった。
代わりに、屋台で串焼きを一本買った。
「また食べてる」
声がした。
振り返る。
朝のパン屋の主人だった。
「これはお昼です!」
「もう昼過ぎだぞ」
「じゃあ、おやつです」
「便利だな」
「便利です」
歩く。
食べる。
また歩く。
何か特別なことが起きたわけではない。
依頼もない。
魔物もいない。
誰かを救ったわけでもない。
ただ、フェルムの街を歩いた。
そして夕方。
シェルエリナは宿へ戻った。
◇
扉を開ける。
「ただいまー!」
バルドが厨房から顔を出す。
「うるせえ!」
「帰ってきたんだからいいでしょう!」
「毎回言うのか!」
シェルエリナが止まった。
朝。
ノクトにも同じことを言われた気がする。
「……言うかもしれない」
「やめろ!」
「なんで!?」
いつもの卓を見る。
まだ誰もいない。
シェルエリナは少しだけ立ち止まった。
それから座る。
今日一日。
いろいろあった。
おばあさんには会えなかった。
でも、パンをもらった。
酸っぱい果物を食べた。
子供に負けた。
剣は買えなかった。
串焼きは美味しかった。
「……楽しかったな」
小さく言った。
「何がだ?」
突然、向かいから声がした。
「わっ!」
ガイアスだった。
「いつからいたの!?」
「今来た」
「びっくりした」
「そうか」
ガイアスが座る。
少しして、ノクトが帰ってくる。
さらに少しして、リゼリアも戻る。
結局。
四人はまた、同じ卓に座った。
シェルエリナが言う。
「今日ね」
ノクトが水を飲む。
「長いか?」
「まだ何も言ってない!」
「確認だ」
「長くない!」
リゼリアが言う。
「昨日もそう言っていたわ」
「今日は本当に!」
ガイアスがバルドを見る。
「飯は?」
「今作ってる!」
シェルエリナが三人を見る。
「ねえ、聞いて」
「何だ」
「今日、子供たちと遊んだの」
「そう」
「それでね――」
シェルエリナは話し始めた。
酸っぱい果物のこと。
子供に負けたこと。
欲しかった剣のこと。
おばあさんに会えなかったこと。
何でもない一日のこと。
三人は聞いていた。
たぶん。
ノクトは時々、余計なことを言った。
ガイアスは途中から料理を見ていた。
リゼリアは静かに聞いていた。
それでも。
シェルエリナは楽しそうに話した。
昨日、Fランクになった。
今日、街を歩いた。
明日はまだ分からない。
でもきっと。
何かある。
「それでね!」
シェルエリナが身を乗り出す。
三人が見る。
「明日は何する?」
ノクトが答える。
「依頼を探す」
「もっとこう、夢のある答えないの?」
「冒険者だろ」
「そうだけど!」
ガイアスが言う。
「飯を食う」
「今から食べるでしょう!」
リゼリアが言う。
「まず、今日を終えたら?」
シェルエリナが止まる。
厨房から、いい匂いがしてくる。
バルドが大きな皿を持ってくる。
ガイアスの顔が少し明るくなる。
ノクトが席を空ける。
リゼリアが食器を寄せる。
シェルエリナは笑った。
「うん」
そして。
「じゃあ、まず食べよう!」
「最初からそのつもりだ」
「ガイアスには聞いてない!」
「聞いてないな」
「認めるんだ」
バルドが皿を置いた。
「騒ぐなら食うな!」
四人が同時に料理を見る。
シェルエリナが言った。
「食べます!」
自由都市フェルム。
昨日より、ほんの少しだけ冒険者になった四人。
けれど。
今日のところは。
ただ、晩ご飯を食べることにした。




