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3/7

今日も、フェルムで

宴が終わった。


正確には、酒場の宴が終わった。


シェルエリナの中では、まだ終わっていなかった。



「しー……」


宿の二階。


夜もすっかり更けた廊下を、シェルエリナは歩いていた。


静かに。


とても静かに。


本人は、そのつもりだった。


「しー……」


誰もいない廊下で、自分に向かって言う。


一歩。


「……っと」


壁に手をつく。


二歩。


「だいじょうぶ」


誰も聞いていない。


三歩。


「あれ」


部屋の扉を一つ通り過ぎる。


戻る。


「ここ」


シェルエリナは満足そうに頷いた。


今日は少しだけ酒を飲んだ。


本当に、少しだけだった。


Fランク冒険者になったのだから、これくらいはいいだろう。


バルドも最初は止めた。


「お前にはまだ早え」


と言われた。


だから、


「Fランクです」


と答えた。


「関係ねえ」


と言われた。


結局、薄く割った果実酒を一杯だけもらった。


一杯だけ。


ただしシェルエリナは、自分が酒に弱いということを、まだ知らなかった。


シェルエリナは扉を開けた。


暗い。


静かだった。


同室のリゼリアは、もう眠っている。


シェルエリナはそっと扉を閉めた。


「……リゼリア」


返事はない。


「リゼリア」


返事はない。


当然だった。


寝ているのだから。


シェルエリナはベッドの横まで歩いた。


リゼリアは静かに眠っていた。


規則正しい呼吸。


乱れていない寝具。


きちんと畳まれた服。


自分のベッドとは大違いだった。


シェルエリナは、じっと見る。


「……寝てる」


確認した。


分かっていた。


少し考える。


そして。


なぜか三歩、後ろへ下がった。


「よし」


何が「よし」なのか。


本人以外には分からない。


シェルエリナは床を蹴った。


一歩。


二歩。


三歩。


ベッドの手前で跳ぶ。


「リゼリアー!」


かなり見事な跳躍だった。


今日、魔物を相手にした時よりも迷いがなかった。


両腕を広げたシェルエリナが、宙を舞う。


その瞬間。


リゼリアの目が開いた。


暗闇の中。


自分へ向かって飛んでくる何かを見る。


「……」


一瞬。


リゼリアの身体が動いた。


毛布を蹴る。


上半身を起こす。


身をずらす。


シェルエリナの両腕が、空を抱く。


「え」


そのまま。


ぼすん。


シェルエリナは、リゼリアがいた場所へ顔から落ちた。


沈黙。


リゼリアが見る。


ベッドの上に、うつ伏せになったシェルエリナがいる。


「……何をしているの?」


くぐもった声が返ってきた。


「起こそうと思って」


「そう」


「避けると思わなかった」


「私も、寝ているところへ人が飛んでくるとは思わなかったわ」


「ごめんなさい」


「座って」


「はい」


数分後。


シェルエリナは床に正座していた。


リゼリアはベッドの上に座っている。


暗かった部屋には、小さな灯りがついていた。


「まず」


「はい」


「寝ている人に飛びついてはいけません」


「はい」


「危ないわ」


「はい」


「あなたも、私も」


「はい」


「それから、夜中に大声を出さない」


「はい」


「他の人が寝ているわ」


「はい」


「聞いている?」


「聞いてます」


「本当に?」


「聞いてます……」


シェルエリナは正座したまま、少し揺れていた。


前へ。


戻る。


前へ。


戻る。


リゼリアが眉を寄せる。


「あなた」


「はい」


「酔っているの?」


「酔ってない」


「そう」


「ちょっとだけ」


「どちら?」


「……ちょっとだけ、酔ってるかもしれない」


「何杯飲んだの?」


「一杯」


リゼリアが黙った。


「薄いやつ」


さらに黙った。


「……笑った?」


「笑ってないわ」


「今、絶対」


「笑ってない」


「口がちょっと」


「シェルエリナ」


「はい」


「反省は?」


「しています」


「そう」


「ほんとうに」


「なら、もう寝なさい」


「え」


シェルエリナの顔が曇った。


リゼリアはそれを見る。


「何?」


「……もう寝るの?」


「夜だから」


「そうだけど」


「明日もあるわ」


「そうだけど……」


シェルエリナは膝の上に手を置いたまま、俯いた。


少しだけ。


本当に少しだけ。


「今日のこと、話したかった」


リゼリアは黙った。


「……」


「……」


シェルエリナが顔を上げる。


「寝る?」


リゼリアは小さく息を吐いた。


「しょうがないわね」


「!」


「少しだけ付き合うわ」


「ほんと?」


「声」


「……ほんと?」


小声になった。


リゼリアはベッドの端を少し空けた。


シェルエリナは立ち上がる。


「足、痛い……」


「自業自得よ」


「はい……」


隣に座る。


しばらく、二人とも何も言わなかった。


窓の外から、夜のフェルムの音が聞こえる。


遠くの酒場。


誰かの笑い声。


荷車の車輪。


夜風に揺れる何かの音。


シェルエリナが言った。


「今日ね」


「ええ」


「楽しかった」


「そう」


「すごく」


「見れば分かったわ」


「ほんと?」


「ええ」


「でも、怖かった」


リゼリアがシェルエリナを見る。


「魔物?」


「うん」


少しだけ、言葉が遅い。


「剣、外したとき」


「ええ」


「あ、って思った」


「そうでしょうね」


「それでね、爪が、ぶわって」


シェルエリナが両手を動かす。


「ぶわって?」


「ぶわって」


「そう」


「ノクトが右って言って」


「ええ」


「避けて」


「見ていたわ」


「そっか」


シェルエリナは少し笑った。


「リゼリアもいたもんね」


「いたわ」


「ガイアスも」


「いたわ」


「ノクトも」


「いたわね」


「みんないた」


リゼリアは何も言わなかった。


シェルエリナは自分の膝を見る。


「だからかな」


「何が?」


「怖かったけど」


少し考える。


「……だいじょうぶだった」


「そう」


「うん」


また少し、沈黙。


「あとね」


「ええ」


「お肉、おいしかった」


「それも知ってるわ」


「すごかった」


「ええ」


「バルドさん、すごい」


「そうね」


「ガイアス、いっぱい食べてた」


「いつもでしょう」


「ノクトも、なんだかんだ食べてた」


「そうね」


「リゼリアも」


「食事だから」


「楽しかった?」


「……」


「ねえ」


「さっき答えたでしょう」


「もう一回」


「嫌よ」


「なんで?」


「同じことを何度も聞かないの」


「でも」


「シェルエリナ」


「はい」


「楽しかったわ」


シェルエリナが止まった。


ゆっくり、リゼリアを見る。


「……ほんと?」


「ええ」


「すごく?」


「寝るわよ」


「待って」


「寝るわよ」


「すごく?」


「……」


「リゼリア」


「普通よ」


「絶対もうちょっと楽しかったでしょう」


「寝なさい」


「ねえ」


「寝なさい」


「はーい」


シェルエリナは自分のベッドへ向かった。


二歩。


止まる。


振り返る。


「リゼリア」


「今度は何?」


「明日も楽しいといいね」


リゼリアは少しだけシェルエリナを見る。


「……そうね」


「うん」


シェルエリナは満足した。


ベッドへ入る。


数秒後。


「リゼリア」


「……何?」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


さらに数秒。


「リゼリア」


「シェルエリナ」


「ごめんなさい」


「寝なさい」


「はい」


その後。


本当に静かになった。


リゼリアは灯りを消した。


暗闇の中。


しばらくして、隣のベッドから規則正しい寝息が聞こえ始める。


早い。


リゼリアは目を閉じた。


「……まったく」


小さく呟いた。


その声は、少しだけ笑っていた。



翌朝。


窓から差し込んだ光が、部屋の床を照らしていた。


リゼリアはもう起きていた。


身支度を整え、荷物を確認し、髪を整える。


その間も。


シェルエリナは寝ていた。


毛布は半分、床に落ちている。


枕はなぜか足元にある。


本人はベッドの中央を斜めに占領していた。


片方の腕を上へ伸ばし。


片方の脚を毛布の外へ出し。


口が少しだけ開いている。


昨日の夜、正座させられた人間とは思えないほど、無防備だった。


「……」


リゼリアは見る。


シェルエリナは寝ている。


「ん……」


少し動く。


「……おにく……」


リゼリアが止まる。


「……」


シェルエリナは幸せそうだった。


「……半分……」


何の夢かは、だいたい分かった。


リゼリアは少しだけ口元を緩めた。


そして。


「シェルエリナ」


「……」


「朝よ」


「……」


「起きなさい」


「……あと……」


「あと?」


「……ちょっと……」


「そう」


リゼリアは窓の方へ歩いた。


カーテンを大きく開けた。


光が差し込む。


「まぶしい!」


シェルエリナが毛布を頭まで被った。


「起きているじゃない」


「今起きたの!」


「なら起きなさい」


「昨日、寝るの遅かったから……」


「誰のせい?」


毛布の中が静かになる。


「……私です」


「よろしい」


「リゼリア」


「何?」


「頭痛い」


「そうでしょうね」


「なんで?」


「お酒よ」


「一杯なのに?」


「一杯で酔っていたでしょう」


「……」


シェルエリナが毛布から顔だけ出した。


髪がひどいことになっている。


「もう飲まない」


「そう」


「しばらく」


「そう」


「……たぶん」


「もう一度正座する?」


「起きます」


早かった。



しばらくして。


宿の廊下。


シェルエリナは元気だった。


驚異的な回復だった。


「ノクト!」


扉を叩く。


「朝!」


返事がない。


「ノクトー!」


扉が開いた。


ノクトが立っていた。


もう起きていた。


「何だ」


「起きてる」


「見れば分かる」


「じゃあ行こう!」


「どこへ」


「昨日のおばあさんのところ!」


ノクトが黙った。


「……本当に行くのか」


「約束したから」


「約束はしていない」


「明日聞くって言ってた」


「覚えてたら、とも言っていた」


「覚えてるか確認しに行くの!」


「そうか」


「行こう!」


「なぜ俺も?」


「一緒に冒険したから」


「関係ない」


「ある!」


「ない」


「ある!」


「ない」


「リゼリア!」


後ろにいたリゼリアが答える。


「私は行かないわ」


「まだ何も聞いてない!」


「聞かなくても分かるもの」


「行こうよ」


「嫌よ」


「ガイアスも起こすから」


「それで私が行く理由にはならないわ」


「みんなで行った方が楽しい!」


「あなたが?」


「みんなが!」


ノクトが言った。


「俺は楽しくない」


「まだ行ってないでしょう!」


「想像できる」


「とにかく行くの!」


と言った。


それで十分だった。



ガイアスは寝ていた。


とてもよく寝ていた。


「ガイアス」


返事はない。


「ガイアス!」


返事はない。


シェルエリナは昨日の夜を思い出した。


助走。


跳躍。


飛びつく。


そして正座。


「……」


やめた。


「学習したな」


後ろでノクトが言った。


「うるさい」


「何も言っていない」


「言った!」


「言ったわね」


リゼリアが訂正した。


「リゼリア、どっちの味方?」


「事実の味方よ」


「ずるい」


ガイアスが起きない。


シェルエリナは考えた。


そして。


「朝ごはん、なくなるよ」


ガイアスの目が開いた。


ノクトが言った。


「なるほど」


リゼリアも頷いた。


「覚えておきましょう」


「お前ら……」


ガイアスは起きた。



結局。


四人全員で宿を出た。


「なんでこうなった」


ノクトが言った。


「いいじゃない」


シェルエリナは機嫌がいい。


昨日とは違う服。


髪も整えている。


頭痛も、もうほとんどない。


フェルムの朝は賑やかだった。


店が開く。


荷車が通る。


パンの匂いがする。


誰かが道を掃いている。


「おはよう、シェルエリナ!」


店先から声が飛んできた。


「おはようございます!」


「昨日、Fランクの依頼だったんだって?」


「そうなんです!」


「転んだんだって?」


「なんでそっちが先に広まってるんですか!?」


店主が笑う。


「怪我は?」


「ありません!」


「ならいい!」


その隣の店から、別の女が顔を出した。


「シェルエリナ!」


「はい!」


「昨日、魔物を三体倒したって?」


「二体です!」


「三体って聞いたよ?」


「一体逃げました!」


「逃がしたの?」


「戦略的撤退です!」


ノクトが言った。


「相手がな」


「ノクト!」


笑い声。


少し歩く。


今度はパン屋の前で止まる。


「嬢ちゃん」


「はい?」


店主が小さなパンを一つ投げる。


シェルエリナが慌てて受け取る。


「わっ」


「Fランク祝いだ」


「いいんですか?」


「昨日の残りだ」


「今、すごく嬉しかったのに!」


「嘘だ。今朝焼いた」


「どっちなんですか!」


「食えば分かる」


シェルエリナがパンを見る。


一口。


「今日のです!」


「分かるのかよ」


「おいしい!」


「答えになってねえな」


ガイアスがパンを見る。


「俺のは?」


「買え」


「そうか」


「ガイアス、半分いる?」


「いる」


「即答」


シェルエリナはパンを半分にした。


少し見る。


大きさを比べる。


大きい方を自分の口へ入れた。


ガイアスが言った。


「そっちの方が大きい」


「気のせい」


「昨日、お前が言ってたぞ」


「今日は私がもらったパンだから」


「なるほど」


「納得するの?」


ノクトが呆れた。


リゼリアは何も言わない。


ただ、ほんの少しだけ笑っていた。



ようやく。


昨日の老婆がよく座っている場所へ着いた。


「いない」


シェルエリナが言った。


いなかった。


近くの店の主人に聞く。


「ああ、婆さんなら朝から出かけたぞ」


「どこへ?」


「知らん」


「いつ戻ります?」


「知らん」


「今日?」


「知らん」


「何か知ってることないんですか?」


「出かけた」


「それは最初に聞きました!」


店主が笑った。


シェルエリナは、老婆がいつも座っている場所を見る。


少しだけ残念そうだった。


ノクトが言った。


「帰るか」


「うん」


「話せなくて残念?」


ガイアスが聞く。


「ちょっと」


シェルエリナは答えた。


それから、周りを見る。


ここへ来る途中。


いろいろな人に声をかけられた。


パンももらった。


笑われた。


昨日の話もした。


四人で歩いた。


「でも」


「でも?」


「楽しかった」


ガイアスが頷いた。


「そうか」


「うん」


ノクトが言った。


「では目的は達成したな」


「してないよ?」


「楽しかったんだろ」


「それはそうだけど」


「ならいい」


「そういうもの?」


「知らん」


「適当」


リゼリアが言った。


「私は戻るわ」


「宿?」


「少し買い物をする」


「私も行く!」


「来なくていいわ」


「なんで?」


「あなたがいると長くなるから」


「ならない!」


三人がシェルエリナを見る。


「……なるかもしれない」


「では、ここで」


「えー」


「また宿で会うでしょう」


「それはそうだけど」


ガイアスも言った。


「俺も行くところがある」


「どこ?」


「飯」


「さっきパン食べたでしょう!」


「半分だ」


「だから?」


「足りん」


ノクトも歩き出す。


「俺も行く」


「どこへ?」


「用事だ」


「何の?」


「用事」


「だから何の?」


「ではな」


「教えてよ!」


三人が、それぞれ違う方向へ歩いていく。


シェルエリナだけが残った。


「……解散?」


誰も答えない。


「解散かあ」


少しだけ寂しい。


でも。


シェルエリナは周りを見る。


フェルムの街。


朝より人が増えている。


知らない人もいる。


知っている人もいる。


まだ入ったことのない店もある。


「……まあ、いっか」


歩き出した。



特に目的はなかった。


だから、いろいろなところへ行った。


露店で見たことのない果物を見つけた。


「甘い?」


「甘いよ」


「ほんと?」


「ほんとだ」


「絶対?」


「疑うなら買うな」


買った。


酸っぱかった。


「酸っぱい!」


「甘いとは言ったが、酸っぱくないとは言ってない」


「ずるい!」


店主は笑った。


次に、路地で子供たちが遊んでいるのを見た。


少しだけ混ざった。


少しだけのつもりだった。


気づいたら本気になっていた。


「シェルエリナ、遅い!」


「待って!」


「冒険者なのに!」


「関係ないでしょう!」


負けた。


「もう一回!」


「大人げない!」


「まだ大人じゃないもん!」


「じゃあ子供?」


「それも違う!」


子供たちが笑った。


シェルエリナも笑った。


その後。


市場を歩いた。


鍛冶屋の前で剣を見た。


高かった。


諦めた。


小さな飾りを見た。


少し欲しかった。


でも買わなかった。


代わりに、屋台で串焼きを一本買った。


「また食べてる」


声がした。


振り返る。


朝のパン屋の主人だった。


「これはお昼です!」


「もう昼過ぎだぞ」


「じゃあ、おやつです」


「便利だな」


「便利です」


歩く。


食べる。


また歩く。


何か特別なことが起きたわけではない。


依頼もない。


魔物もいない。


誰かを救ったわけでもない。


ただ、フェルムの街を歩いた。


そして夕方。


シェルエリナは宿へ戻った。



扉を開ける。


「ただいまー!」


バルドが厨房から顔を出す。


「うるせえ!」


「帰ってきたんだからいいでしょう!」


「毎回言うのか!」


シェルエリナが止まった。


朝。


ノクトにも同じことを言われた気がする。


「……言うかもしれない」


「やめろ!」


「なんで!?」


いつもの卓を見る。


まだ誰もいない。


シェルエリナは少しだけ立ち止まった。


それから座る。


今日一日。


いろいろあった。


おばあさんには会えなかった。


でも、パンをもらった。


酸っぱい果物を食べた。


子供に負けた。


剣は買えなかった。


串焼きは美味しかった。


「……楽しかったな」


小さく言った。


「何がだ?」


突然、向かいから声がした。


「わっ!」


ガイアスだった。


「いつからいたの!?」


「今来た」


「びっくりした」


「そうか」


ガイアスが座る。


少しして、ノクトが帰ってくる。


さらに少しして、リゼリアも戻る。


結局。


四人はまた、同じ卓に座った。


シェルエリナが言う。


「今日ね」


ノクトが水を飲む。


「長いか?」


「まだ何も言ってない!」


「確認だ」


「長くない!」


リゼリアが言う。


「昨日もそう言っていたわ」


「今日は本当に!」


ガイアスがバルドを見る。


「飯は?」


「今作ってる!」


シェルエリナが三人を見る。


「ねえ、聞いて」


「何だ」


「今日、子供たちと遊んだの」


「そう」


「それでね――」


シェルエリナは話し始めた。


酸っぱい果物のこと。


子供に負けたこと。


欲しかった剣のこと。


おばあさんに会えなかったこと。


何でもない一日のこと。


三人は聞いていた。


たぶん。


ノクトは時々、余計なことを言った。


ガイアスは途中から料理を見ていた。


リゼリアは静かに聞いていた。


それでも。


シェルエリナは楽しそうに話した。


昨日、Fランクになった。


今日、街を歩いた。


明日はまだ分からない。


でもきっと。


何かある。


「それでね!」


シェルエリナが身を乗り出す。


三人が見る。


「明日は何する?」


ノクトが答える。


「依頼を探す」


「もっとこう、夢のある答えないの?」


「冒険者だろ」


「そうだけど!」


ガイアスが言う。


「飯を食う」


「今から食べるでしょう!」


リゼリアが言う。


「まず、今日を終えたら?」


シェルエリナが止まる。


厨房から、いい匂いがしてくる。


バルドが大きな皿を持ってくる。


ガイアスの顔が少し明るくなる。


ノクトが席を空ける。


リゼリアが食器を寄せる。


シェルエリナは笑った。


「うん」


そして。


「じゃあ、まず食べよう!」


「最初からそのつもりだ」


「ガイアスには聞いてない!」


「聞いてないな」


「認めるんだ」


バルドが皿を置いた。


「騒ぐなら食うな!」


四人が同時に料理を見る。


シェルエリナが言った。


「食べます!」


自由都市フェルム。


昨日より、ほんの少しだけ冒険者になった四人。


けれど。


今日のところは。


ただ、晩ご飯を食べることにした。


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