第一次茶番戦争②
「やってくれたわね……!!」
日付が変わると同時に作戦は決行。
ルイは五人の課長、そして彼らが率いる者らと共に広島市へ突入した。
世界は塗り潰され広島市は異界と化す。ここまでは予想通りだった。
しかしあろうことか解放戦線は市内に居る民間人の半分を一緒に異界に巻き込んだのだ。
意図は明白。特対側に負担を押し付けるためだ。
避難させるならリソースが削れるし、見捨てるなら肉の盾として運用し敵方の士気を乱せる。
実にふざけた手だ。
「……神央くんの言を聞き入れて正解だったな」
特対側とて想定していなかったわけではない。
だが解放戦線は民間人を避難させるだろうというのが大体の見解だった。
ルイが損得ではなく心のままに戦うことを進言しなければ最初の流れはあちらに傾いていただろう。
「D班は民間人の保護に、C班はそのバックアップに回れ!!」
「残りは俺らに着いて来い! カルトの馬鹿どもを一人残らず始末するぞ!!」
指揮を飛ばす課長らを見てルイは、
(自慢か? ふざけやがって……!!)
人を使う姿に汚泥のような嫉妬心を滾らせていた。
(フン、だが僕も直に同じ立場になるんだ。ざまあ見ろ!!)
まだモモは死んでねえ。
と言いたいが今回ばかりは、あながちルイの妄想と切り捨てられない事情がある。
というのも、
「……当たりは長崎だったか」
課長の一人がぽつりと呟く。
市内に入った時点で異常戦力級の気配は複数感じていた。
決して舐めているわけではない。
だがその中に抜きん出た力の持ち主は居ないように思える。
解放戦線の首魁が陣取っているのは長崎と見て間違いないだろう。
「なるべく早くこちらを片付けて一人でも良いからあちらに送り込む。異議は?」
ない、とルイを含めた主要戦力六人が同意し中心部に向け進軍を始める。
嫌がらせと課長以下の戦力を少しでも疲弊させるためだろう。
人間、人外問わず大量の雑魚がその行く手を阻む。
「ここは僕が矢面に立とう」
と先頭へ躍り出たのはルイだ。
救いようのない自己顕示欲が動機だが、困ったことに理屈の上でも正しい。
モモの扇子が不完全な付喪神と化した五行扇。
これは最初の起動以外はコストゼロで五行の力を好き放題に扱えるのだ。
複雑な術や火力を出そうと思えば扇だけでは不足だがルイには指輪がある。
扇と指輪を組わせれば大火力の陰陽術をほぼ消耗なしで行使可能だ。
露払いには打ってつけと言えよう。
「水上さん。儀式の基点についてですが」
大方を蹴散らしたところでルイはこの中で一番術に長けている水上に話を振った。
目的は核の付喪神が誕生するのを阻止すること。
そのためにはこの広島市に刻まれた術式を破壊しなければいけない。
だが規模が規模だ。下手に弄れば甚大な被害が出ることは想像に難くない。
爆弾を解体するように慎重に術式を解体せねばならないのだ。
「変なブラフはなし。あちら側の最高戦力が陣取ってる場所で間違いないわ」
「となると八つか。俺らは六人だから早く終わった奴が次ってことで良いな?」
「異議なし」
軽く打ち合わせをして各々が担当する場所へ向かう。
ルイの持ち場である元安橋の欄干に陣取っていたのは老人だった。
「……信じられないな。見かけ通りの年齢なら核の恐ろしさを直接知る世代だろうに」
先ずは侮蔑の言葉を。
だが口汚く罵るのはスパダリ的によろしくない。
品を忘れず、相手の愚を非難する形が最上。
だからこそ老人の年齢と引っ掛けた物言いを選んだのだ。
「フフ」
「何がおかしい?」
老人は皺だらけの顔を歪め笑った。
微笑ましい子供にそうするかのように。
それがどれだけルイの自尊心を傷付けたのか、きっと彼は分かっていないだろう。
「知るがゆえに。そう考えぬのが若さよなあ」
老人は静かに語り出す。
ルイは静かに耳を傾けつつ、仕掛ける機を窺っていた。
無策で突っ込めば返り討ちに遭うのが分かっているからだ。
「核兵器の登場以前と以後で明確に世界は変わった」
古今東西、あらゆる神話体系で世界の終わりが語られて来た。
壮大な言葉で表現されるそれだが人間の想像力では明確に像を結べなかった。
その終末という概念に一つの解を与えたのが核兵器だと老人は語る。
「人々はそこに確かな終わりを見たのじゃ」
冷戦、核抑止、相互確証破壊。
そのような概念を誕生させねば本当に世界が終わってしまうのだと。
本当は全て破棄してしまうのが一番良い。
だがそれをするには人間という生き物はあまりに未熟が過ぎた。
恐れ疎みながらも核は捨てられない。終末の時計は今も時を刻み続けている。
「だからこそ世界の在り方を変えるには打ってつけだと思わぬか?」
「……世界を変える? 壊すの間違いだろうに」
「破壊もまた変化の一つよ。破壊の後にしか生まれぬものもある」
「壊す必要のないものを壊そうとしている輩がしたり顔で語るなよ。滑稽だぞ」
「儂からすればお主の方が余程、じゃがな」
さて、と老人は欄干から下りて軽く腕を回す。
決してガタイが良いとは言えない。矮躯の老いた男だ。
なのに放たれる圧は山のように重い。
「あたら若い命を奪うような趣味はない。それが優れた若人であるなら尚更よ」
何もせぬというのなら見逃す。
だがやるというのであれば手加減をする気はない。
老人の目は言葉よりも雄弁だった。
(――――くたばりかけの爺が誰にものを言ってる!?)
自分が見下すのは良いが他人が自分を見下すのは許せない。
老人の言動、その全てがルイの逆鱗を連打していた。
「僕も老い先短い老人の命を奪うような真似はしたくない」
大人しく退くというのであれば見逃す。
だがやるというのであればその命は今宵限りのものになる。
ルイの目は言葉よりも雄弁だった。
「それが返答か」
「そうだよ」
すっ、と老人が腰を落とし構えを取った。
ルイもまた累百一式を光玉形態で背後に展開し構えを取る。
先手を取ったのは老人だった。
「!?」
視認出来ないわけではない。
だがぬるりとした妙な歩法と共に距離を潰されてしまう。
放たれた縦拳。回避は不可能。咄嗟に両手をクロスさせ拳を受け止めるが、
「ぐっ……!?」
その衝撃は甚大だった。
吹っ飛ぶようなそれではなくむしろその逆。
肉体をその場に縫い止めるように衝撃が全身を這いずり回るのだ。
一打で終わらず二打、三打と重ねていくためのものであるのは想像に難くない。
ゆえに、
「む!」
追撃を放とうとしていた老人の目が驚きに見開かれる。
そりゃそうだ。打ち据えようとしていた肉体が目の前で爆ぜたのだから。
老人は咄嗟に飛び退き瘴気を撒き散らす血霞から逃れた。
「……己が身を呪詛で侵して自爆とは無茶をする」
自爆とは言っても死んではいない。
生命を繋げる程度に肉は残してある。
「これを無茶と捉えるのか。良かった」
式神で体を修復させたルイは調子を確かめるように軽く手を開閉させながら笑う
「つまりあなたはその程度の意気でここに居るわけだ」
「……ほざいたな若造」
先手を取られたがそれがどうしたというのか。
こんなのはほんの小手調べ。本番はこれからだ。
ちょっと一撃入れたぐらいで調子に乗ってる老害を抹殺してやる。
そう意気込み果敢に攻め立てるルイだが、
【お前がスパダリになれなかったせいで世界は滅びました。あーあ】
「は?」
気付けばそこは何時もの説教部屋。
何時もの定型文で迎えられたルイは呆然とその場に立ち尽くす。
「な、何が……」
【ああ、やっぱりそうかなと思ってましたが記憶が飛んでいるようですね】
「……どういうことだ?」
とブラウンを睨み付ける。
別にコイツは悪くないのだがこの程度の八つ当たりは慣れたもの。
特に気にした様子もなくブラウンは経緯の説明を始める。
【どうやらあのご老体は武を磨き抜いた末に逸脱してしまった人種のようで】
万能こそが正しい強者が辿るべき道。
そこが揺らぐことはないがそれはそれ。
極まった特化型は相手の実力が上でも不完全な万能型にならワンチャンを狙える恐ろしさがある。ワンチャンを狙える恐ろしさがある。
【あれをあなたの慢心というのは流石に酷でしょうね】
ブラウンが自らの画面を切り替える。
それはルイが自爆で場を仕切り直した直後の場面だった。
あらゆる手札を以って相手を追い詰めるルイの姿は万能型のお手本のようなもの。
極まった武しか持たない老人ではどう足掻いても不利だ。
互角に渡り合えているように見えるがその実、じわじわと土俵際まで追い詰められている。
だからこそ、全霊の一撃に全てを賭けたのだ。
【入魂――いやさ、アレは正に入神の一撃と呼ぶべきものでしょう】
100%隙のない立ち回りというのはどう足掻いても不可能だ。
どれだけマイナスを最小限に出来るかが肝となる。
そういう意味でルイは殆ど完璧だった。一つ一つの隙は砂粒よりも小さい。
だが老人は動きの中に散りばめられた僅かなそれを余さず集めて一撃を通してのけた。
「……」
それは初手と同じ縦拳。
ルイの意識を、護りをすり抜けるように通された拳が見事にその胸を穿った。
絶命したことにさえ気付かないほどの完璧な一撃だ。
正に老人が積み重ねて来た武の結晶、総決算と言えよう。
【ただまあ、そう何度も成功する類の技でもありません】
「……」
【1000回やって1回通れば良いぐらいのものかと。今回は運が悪かったですね】
事故で乙ったようなもの。
次やれば普通に老人が負ける。
最高の一撃は反転すれば最悪の隙になる。
ルイであれば最悪の隙を逃すなんてあり得ない。普通にやられて仕舞いだ。
【というわけで次行きましょう次。それではいってらっしゃい!!!!】
「……」
九十一周目スタート。
毎度お馴染み昆虫走法で前回乙った地点まであっさり辿り着き、
【――――いや何でわざと食らって死んでるんですか?】
同じようにDEATH。
定型文も忘れツッコミを入れたブラウンはそこで気付く。
ルイの顔に血管が浮かびヒクヒクと痙攣していることに。
「何で? そんなことも分からないのか?」
【え、えっとぉ】
「武を磨き抜いた末に逸脱した人種? 何を御大層なこと抜かしてんだお前は」
すぅ、と息を吸いルイは一気に捲し立てる。
「あの歳になるまで暴力以外を積み上げて来なかったしょうもない爺ってだけだろ。
その磨き抜いた武(笑)とやらを使ってやることがカルトの兵隊?
他人に迷惑をかけることしか出来ない生粋の社不じゃないか。
呼吸をすることすら罪深い。真っ当な感性を持つ人間なら自らを恥じて呼吸を止めてるよ。
アイツが二酸化炭素を排出する度に百万ぐらいは罰金取っても許されるね。
いや最早、生まれて来たことが罪だ。アイツの親は赤子の内に殺しておくべきだった。
ああいや、あんなゴミカスの親だ。どうせ同じような屑に決まってるよね。
その親もそう。先祖代々屑を輩出して来たエリート屑一族だし地元も掃き溜めだ。参るねえええええええ!!!」
すげえ。血縁ディスから地元ディスまで隙の無いゴミカスコンボだ。
「ハハハハハハハハ……ハァアアアアッハッハッハ!!!!」
ゲタゲタと笑っているが目は笑っていない。
はち切れそうなほどに浮かび上がった血管を見ればその怒りのほどが察せるというもの。
【ああ、そういうことですか】
ルイはこれまで幾度も殺されて来た。
今回の件もちょっと小石に躓いた程度のもの。
今更だろうに何故こんなにもキレているのだ。
不思議に思っていたブラウンだがようやく理解出来た。
【許せないのですね】
暴力以外を積み上げて来なかったしょうもない爺。
老人を評したルイの言葉はそう的外れでもない。
ルイからすれば老人は圧倒的に持たざる者なのだ。
持つ者、自分より上の者に殺され続けて来たが格下に殺されるのは今回が初めて。
ダーク幸男もそうと言えなくはないが、あれは外法でスペックが底上げされた結果だ。
加えて解釈違いに対する怒りの方が大きかったから引っ掛からなかった。
【持たざる者に敗れたことが】
そしてもう一つ。
ルイ的には恐らくこちらの方が大きいのだろう。
【持たざる者の美しさに見惚れてしまったことが何よりも赦せない】
入神の一撃と評したようにその一撃は心底神懸かっていた。
叩き込まれるその刹那に視認すれば何もかもを忘れてしまうほどに。
現にルイは散々に老人を罵倒しながらも入神の一撃という言葉には触れていない。
『な、何が……』
前回、殺された際にルイは記憶を飛ばしていた。
それはあまりに見事な一撃が死の記憶すら拭い去ってしまったというわけではない。
自ら忘れたのだ。
悲惨な事件の被害者が精神の均衡を保つため記憶を忘却するのと同じように。
だが思い出してしまった。思い出してしまったのなら死に物狂いで否定するしかない。
だって赦せないから。
【ん? あれ? ということはこれ私のせいですか?】
そうだよ。
コイツがわざわざ第三者視点という分かり易い映像をお届けしなければこうはならなかった。
【まあそこは置いておきましょう】
と棚上げしブラウンはテレビを揺らしルイの注意を引いた。
【お怒りは分かりましたが何を考えてるんです? わざわざ同じ死に方までして】
「決まってるだろ? 身の程を弁えさせてやるんだよ」
お前が積み重ねて来たものなど大したことはないと。
ほんの少し拳を交わせば糧にしてやれるぐらいのものでしかないと。
つまるところ繰り返しを利用して老人の技を学ぼうというのだ。
そのために敢えて打たせた。
あれが最高の一撃だというのならそこから逆算して培ったものを丸裸に出来るはずだから。
「愚者の思い上がりを正す。これもまた御仏の使命だからねェ!!」
【……ああ、はい。じゃあもう好きにしてください。ステ上がるのは悪いことじゃありませんし】
体術のステ上げに打ってつけの爺と都合良くマッチング……
これは日頃の行いの賜物ですね()
それはさておき今回の話は北斗のユダ様とレイの関係リスペクトです
まあルイの場合はユダ様と違って死んでも美しさを認めず
醜い復讐心を燃やしてるのでユダ様の足元にも及ばないわけですが
ユダ様は本当に素晴らしい御方……




