第一次茶番戦争①
急いで日本に戻る方が疲れる。そう判断し現地で一泊してから帰国。
当日も何もせず特対が取ってくれたホテルでギリギリまで体を休める。
そして七月三十一日。二人は各課長たちとのブリーフィングへと赴いた。
と言っても作戦は彼らに任せていたので二人はそれを聞いて細かい調整を入れるぐらいなのだが。
「……二面作戦か」
作戦を聞き終えたモモが渋い顔で呟く。
「一ノ瀬さんの言いたいことも分かる。戦力の分散は好ましいことではないわ」
だが広島、長崎と儀式場が二つある以上どうしても戦力を分けざるを得ないのだ。
解放戦線もまた戦力を分散させているのだしトントン――とはならない。
何せあちらは常に先手を打ち続けて来たのだ。
こういった状況への対応策も万全と見るべきだろう。
「質問良いでしょうか」
「ああ良いよ。どうぞ」
ルイが手を挙げると司会進行の岩崎が許可を出す。
「敵の首魁は既に判明しましたか?」
そして分かったのなら広島と長崎のどちらに居るのか。
ルイの質問に現地で指揮を執っていた課長らが全員、苦い顔をする。
このリアクションだけでも察しはつくが一応聞かねばなるまい。
「……残念ながら何も分かっちゃいないんだ」
遠見はジャミングで妨害。
現地の支部は潰され後から派遣した密偵も誰一人として戻って来ない。
つまり現地に突っ込むまでどちらに最大戦力が結集しているか分からないということだ。
「私たちの振り分けはもう決まってるのかい?」
「うん。流石に僕ら全員出払うわけにもいかない」
許可が下りなかった。
官邸や皇居などに要人警護のため詰める必要がある。
だから十三人の課長の内、三人は除外される。
「僕、岩崎と川上、榊原の三名は要人警護として残ることが決定してる」
「妥当だね。私が居ても君らを推してたよ。それでお嬢さんについてなんだが」
「うん。九十九さんは決戦の間は皇居の方に避難してもらうことになっている」
「……安心しました」
とルイがそう呟けばほんの少し室内の空気が和らいだ。
「で、残る十名の内訳だが」
「とりあえず私とルイくんは分けるべきだろうね」
モモが言葉を被せるように告げる。
「半年以上バディを組んでたから離れるのは寂しくあるが」
役割を考えれば自分たちを同じ場所で運用するのは非効率が過ぎる。
モモの指摘は正しい。
課長ら異常戦力は皆、高水準の万能さを誇るがその中でもモモが頭二つは抜けている。
そしてルイも累百一式込みならば頭一つモモを除く課長たちより上に行ける。
万能さとはそれすなわちあらゆる事態への対応力の高さでもあるのだ。
そんなジョーカーを同じ戦場で運用するのは悪手だろう。
「突入するまでどっちに首魁が居るか分からないわけだからね」
首魁の居場所が判明しているなら一点賭けもありではある。
だがそうでないならどちらにボスが居ても良いようにするべきだ。
「異存はないよ」
「まだ二十歳にもなっていない彼に重荷を背負わせるのは不本意ではあるがね」
「そこは言いっこなしですよ。僕は僕の意思でここに居るんだから」
「というわけでどうするルイくん。じゃんけんでもするかい?」
「そんなテキトーな……」
とは言え判断基準になりそうなものはないのだ。
じゃんけんだろうとくじ引きだろうと変わりはしない。
「じゃ、勝った方が選べるってことで」
「……ホントもう」
溜息を吐きつつ二人でじゃんけん。
結果、モモが勝利し彼女は長崎。ルイは広島に配置されることとなった。
二人が決まれば後も早い。
ルイの方に少しばかり戦力が充実するようにするだけなので直ぐに決まった。
「度々すいません」
「構わないよ。何かな?」
チーム分けが終わったところで再度、ルイが挙手した。
どうでも良いがスパダリ的にはしなきゃいけない質問があったのだ。
「……民間人の避難についてはどうなってるんでしょうか?」
全員が「あぁ」と漏らしつつ何とも言えない表情をした。
「まあ、理屈で考えれば私たちが何かする必要はないのでしょうけど」
と課長の一人が言うものの歯切れが悪い。
解放戦線の企み。核の付喪神を作る上で重要になるのは信仰――人の想いだ。
そしてその信仰は裏の人間より一般人の方が純度が高い。
「私らが突入すれば勝手に隔離してくれる、とは思うが……」
だから今回に限っては広島、長崎の一般人については気にする必要はない。
だが特対は誰恥じぬ国家公務員。
国民を超常の脅威から守護するために存在する組織だ。
敵が守ってくれるだろうという楽観に委ねるのはどうしても抵抗がある。
「だが俺たちがというのもそれはそれでな」
かと言って民間人保護のためにこちらが動くかと言われたらそれも簡単には決められない。
現行秩序が崩壊するか否かの大一番。なるべく戦いにのみリソースを注ぎたいというのが本音だ。
民間人保護に注いだリソース。その差が勝敗を分けたらどうする?
後がない一戦だからこそ良心のみでは簡単に決断出来ないのだ。
「爺さん。上はどうだい?」
課長陣の中で最年長である野崎に話が向けられる。
どう? というのは政府の意向だ。
今回の件で政府との折衝を行っていたのは野崎だから彼に聞くのが一番早い。
「薄々気付いとろうが、政府はかなりやる気よ。留守番役が三人ってことからも分かろう」
普段ならもう一人二人は引っ張られている。
それがないのはは確実に敵の目論見を潰せという意思の表れだ。
「与党の重鎮にゃ広島出身で一族が被爆しとるのもおるからの」
「その先生があちこち掛け合った結果、か。つまり」
「ああ。事が事。一般人に甚大な被害が出ても何とかケツを持つってことだろうて」
積極的に見捨てろと言っているわけではない。
だが勝つためならば止む無しという方針。
ならば気にせず戦いに集中出来るわけだが、課長たちの顔色は苦い。
良識と上に立つ者としての責務。様々な想いが葛藤を引き起こしているのだろう。
――――正にルイの狙い通りの展開だった。
(ふ、フフフ……完璧だ。舞台は完全に整ったと言って良い)
ルイは自分の魅せ場を作るためこの話題を出したのだ。
ここで自らの言葉で流れを変え、方針を定める。
そうすることで存在感を強めようとしている。
何のため? 決まってる。課長の椅子に座るための前準備だ。
「やりましょう」
静かにそう告げると全員の視線がルイに向けられた。
「ルイくん?」
「ここから続く道は後戻りが出来ない」
負ければ何もかもが滅茶苦茶になってしまう。
だからこそだとルイは言う。
「その歩みを重くする憂いは一つでも減らしておくべきでしょう」
それは意味のない行いなのかもしれない。
損をするだけなのかもしれない。
けど、だから何だと言うのか。
「罪もない誰かが理不尽に踏み躙られることを僕らは受け入れられない」
だからやる。
リソースの無駄遣いだろうが知ったことか。
自分の心に嘘を吐いて後ろめたさを抱えたままじゃ勝てるものも勝てやしない。
やれる限りのことをやったら後はもう根性だ。
ならばその心に後ろめたさを残すべきではないだろう。
「僕は百点満点の僕として決戦に臨みたい」
ルイは一切の迷いなくそう言い切った。
水を打ったように静まり返る室内。
やがてそこに小さな笑いが巻き起こる。
「……確かに彼の言う通りだ」
「少々難しく考え過ぎていたのかもしれんな」
「負い目の無さが勝利を呼び込むなら、自らの良心に恥じる生き方をすべきではありませんね」
「政府のお偉方に言えば難色を示されるかもしれないな。勝つために最善を尽くすべきだと」
「なら、こう返せば良いわ。これが私たちにとっての最善よって」
「では民間人保護を織り込んで話を進めようか」
ルイは内心、ガッツポーズをキメていた。
見事に存在感を示すことが出来たと。
(流石は僕だな。まだアイツ生きてるけどこれもう僕が課長で良いだろ)
良くねえよ。
権力に取り憑かれた人間はこうも醜いのか。
ともあれ作戦会議は円滑に進み一時間ほどで終了した。
課長陣は部下への伝達などまだやることは残っているがルイはフリーとなった。
大人たちの気遣いだろう。
(クソ、手間をかけさせる……)
手の空いたルイはその足でハジメの下に向かった。
スパダリとしての義務を果たすためだ。
「あ、ルイくん」
「やあ。こうして顔を合わせるのは久しぶりだね」
直接顔を合わすのは半年ぶりだ。
当然、会えて嬉しいですという顔を作っている。
それはハジメも同じだが、こちらは表情に硬さが混ざっていた。
「……もう、話は?」
「……うん。岩崎さんから聞いてる。移動はギリギリになるから準備だけしておいてって」
当然である。ハジメは特対サイドにおける重要人物なのだから。
その身柄が奪取されれば最悪が訪れてしまう。
そうならないためには特対側の動きだけではない。
ハジメ自身の協力も必要不可欠なのだ。
事前の説明もなしなんてのはあり得ない。
「……ごめんね。本当は一番傍で君を護りたいんだけど」
「ありがと。でも、気にしないで」
だって、とハジメはこう続ける。
「こんな状況で何もしないルイくんは百点満点じゃないでしょ?」
「……参ったな」
恥ずかしそうにはにかむルイを見てハジメも笑う。
良い雰囲気だ。とてもこの後に命懸けの決戦が控えているとは思えないほどに。
だがそんな空気を邪魔するようにそいつは姿を現した。
「やあ、和気藹々としているところにすまないね」
「モモさん? 僕に何か」
ルイは当然、自分に用があってモモが来たのだと思った。
だがとうのモモは軽く首を横に振りそれを否定する。
「いや話があるのはお嬢さんなんだ」
「わ、私ですか? あ、何かこう新しい付喪神を作って欲しいとかですか?」
そういうことなら協力すると拳を握るハジメだが、
「ああいやそういうのでも……あるような、ないような?」
「え」
「ここじゃ話せないから場所を変えよう」
「わ、分かりました。えっと、ごめんね?」
一言断りを入れてからハジメはモモを追い部屋を出て行った。
残されたルイは考える。
(何だろう。風……風を、感じる)
少しずつ吹いて来ている。希望を連れて来る風が。
どうしてかは分からないがそんな気がしてならないのだ。
それから十数分ほどか。ハジメが部屋に戻って来る。一人だ。
「……何かあったの?」
浅ましい高揚感に浸っていたルイが心配そうに声をかける。
今のハジメの顔は部屋を出て行った時より明らかに暗いからだ。
「何も……は、無理があるか」
ハジメの顔に苦笑が滲む。
認めつつも、何があったかはルイには言えないということだろう。
曖昧な笑みを浮かべたままハジメは口を閉ざした。
それから少しの間、沈黙が続く。
「……お土産」
「え」
先に口を開いたのはルイだった。
「いや、ほら。まだお土産渡してなかったなって」
ルイとしてはもうこの場に用はない。
だが正しい手順で去らねばいけないのがスパダリというもの。
その流れを作るべくルイは舌を回す。
「あちこちで色々買ったんだ。喜んでもらえるかなってさ」
ポカンとしていたハジメだが、やがて力が抜けたように笑う。
「そっか。でも今は良いかな」
お土産を貰うなら戦いが終わってから。
その国の話と一緒にお土産を渡して欲しいとハジメは言う。
「確かに。土産話も一緒なら一晩どころじゃ済まないだろうしね」
「ならお泊り会だ」
「良いね」
そこからはもう真面目な話なんて何一つしなかった。
ただの普通の高校生のように他愛のないお喋りをして一緒に夕食を取った。
「じゃあ、そろそろ時間だから」
「ああ。気を付けてね」
「フフ、それはルイくんの方でしょ?」
「そりゃそうだ」
「またね」。次を約束する言葉を交わして二人は別れた。
時刻は二十二時三十分。両都市にはオカルトな交通手段を使うのでまだ時間はある。
とりあえずテキトーに時間を潰すかと自販機コーナーでコーヒーを買っていると、
「ああ、居た居た」
「モモさん?」
再度、モモがやって来た。
今度は自分に用があるのは間違いないだろう。
表情を引き締めるルイにモモはいやいやと手を振る。
「特別何かあるわけじゃないよ」
「なら」
「ただまあ、少しやってみたいことがあってさ」
やってみたいこと?
ルイが小首を傾げた瞬間、するりとモモが懐に飛び込んで来た。
そしてそっとその頬に手を添え――――
「振り返ればこんなことをした経験もないなと思ってね」
触れるだけの口づけ。
目を丸くするルイを見てモモは愛おし気に微笑んだ。
「ありがとう。憂いが一つ、消えたよ」
「え、あ、ちょ」
呼び止めるよりも早くモモは踵を返し去って行った。
残されたルイはその背を呆然と見つめ……。
(何だお前……し、死ぬのか!? 死んでくれるのか!?)
嬉しそうだなオイ。




