第一次茶番戦争 序
七月中旬。
二月下旬に日本を出立して半年近くの時間が経過していた。
東西問わず二人は様々な国を訪れて今は中東の某国に滞在している。
「……」
とある高級ホテルの一室。
モモは相も変わらずプライベートな空間では下着姿なわけだが今のところ成果は挙がっていない。
まあ年増の若い燕攻略は置いておくとしよう。
椅子に腰かけ今しがた届いた書類を見つめるモモの目は酷く険しい。
「いやぁ、さっぱりした」
そうこうしているとシャワーを終えたルイがほくほく顔で帰還。
だがモモの顔を見て良い気分は一瞬で霧散した。
「……何かあったの?」
返事代わりにフッ、とモモが軽く息を吹きかけると書類は泳ぐようにルイの手元に渡った。
そこには二人が押収した品々を用いた“実験”の成果が記されている。
目を通していく内にルイの目もまたモモと同じく険しさが増していった。
「…モモさん、これ」
「ああ、私たちの読み通りだ。どれもこれもかなり強力な異能を備えた不完全な付喪神となったらしい」
発現する異能には二パターンある。
ハジメが意図してそういう方向性の能力を付与するか自然発生するか。
今回のケースは後者。つまりは素体としての優秀さえゆということである。
「「……はぁ」」
解放戦線はあらゆる国で年季の入った器物を金に糸目をつけず買い集めている。
調査の結果、判明した事実だ。何のために、というのは愚問だろう。
解放戦線が進める計画を考えれば自ずと見えて来る。付喪神化だ。
二人は片っ端から取引を潰し始めた。
日本に居た頃と違い寸前で逃げられるということはなかった。
何度か取り逃がしはしたがトータルでは成功の方が多い。
『……検証が必要だな』
『ハジメさんに?』
『それしかあるまいさ』
そうして押収した物品は極秘裏に九課に運ばれた。
ハジメの異能を用いて懸念が正しいかを実証するためだ。
二人にとってそれは半ば確信はしていたが、望まざる結果であった。
「……僕らが嗅ぎ付ける前にも取引は幾つもあっただろう」
「取り逃がした分もあるからね」
つまり、幾らかの器物は既に解放戦線の手にあるということ。
この書類に記されたような強力な異能を持つ付喪神が増える。それは脅威以外の何でもない。
「……どれぐらい戦力が充実してると思う?」
「流石にお嬢さんほど高い頻度でやれはしないだろうが」
それでも決して少なくはない数が付喪神となっている。
全面戦争になればその被害はどれほどのものか。
考えるだけでも億劫だが彼らは考えざるを得ない立場だった。
「だがそれはそれとして解せないな。確かにこれは私たちにとっては有益な情報だ」
しかし機人佰號がわざわざリスクを犯してまで提供する情報だったのか。
その点が解せないのだ。
「これまで潰した取引を鑑みるに私たちでなくとも一定の成果は挙げられたはずだ」
なのに何故、自分たちを動かしたのか。
「僕らを日本から引き剥がすのが目的……と考えるのは単純過ぎるかな」
「だね。私たちが日本に居たところで無駄足を踏ませられ続けてただろうし」
居ても居なくても変わらない。
だから何か、何かがあるはずなのだ。
自分たちでなければ突き止められないような何かが。
「とは言え、まだ情報が足りないか」
「うん。取引を潰しつつ並行して情報収集をするしかないね」
ルイがそう告げるとモモは少し申し訳なさそうな顔をした。
どうしたのだと聞けば、
「……いや、高校最後の一年だというのに付き合わせてしまったなと」
「ああ。まあ、惜しむ気持ちがないと言えば嘘になるさ」
でも、とルイは確かな意思を瞳に宿し答えた。
「この道を選んだのは僕だ。僕は何時だって自分が誇れる道を歩いている」
だから気にすることはない。
そう言われたモモは君って奴はと苦笑を浮かべる。
「分かった。ならこれ以上は何も言わないよ」
「それで良い。上司と部下ではあるけど対等なパートナーでもあるんだからね」
「フフ、仰る通り。さて。そろそろご飯にしないか?」
「良いね。夕飯にはちと早いけど日が昇る前から働き詰めだったしね」
二人は着替えを済ませると食事を摂るべく街に繰り出した。
ルームサービスもあるが折角、外国に来ているのだ。
異国情緒を堪能しながら現地の食事に舌鼓を打つというのも悪くはなかろう。
市場に足を向けた二人は少し歩いてから雰囲気の良さそうな大衆食堂へ入店した。
(クソ、ケチりやがって……)
ルイとしては高級レストラン一択なのだが場の空気がそれを許してくれなかった。
不満を抱えつつ二人でメニューを眺めどれにするかを話し合う。
傍から見れば海外旅行を楽しむ歳の差カップルに見えなくもないだろう。
「にしても、やっぱり目立つね僕ら」
注文を終え果実水で喉を潤しながらルイが呟く。
「まあ渡航制限もかかってる国だからねえ」
二人が滞在しているこの国は正直、治安がよろしくない。
平和ボケした日本人が来るような場所ではないのだ。
現にこの店に来るまでの道中にも何度か良からぬ輩に熱い視線を向けられている。
とは言え軽く殺気をぶつけてやれば一目散に逃げ出すのだが。
表のアウトロー程度で二人をどうこうするのは天地がひっくり返っても不可能だろう。
「核開発疑惑だっけ? 近々査察が入るとかニュースで見たような」
「ほう、感心感心。しっかり国際情勢を勉強し……て……」
言葉は最後まで続かずモモは黙り込んでしまった。
何かを考えているようだが、ドンドン表情が険しくなっていく。
「……いや待て。あり得るのか?」
「モモさん?」
「どう考えても年月が足り……ひょっとして、そういうこと、なのか?」
ルイの声も届かぬほどモモは思考に没頭していた。
どう考えてもよろしくない展開が始まろうとしている。
「七月下旬、もう少しで……あれを利用すれば……だが……そもそもどんな伝手で……」
考えがまとまったのだろう。
モモは血の気の引いた顔でルイに語り掛ける。
「……これまで潰して来た連中の取引。あれも完全な捨て石というわけではないのだろう」
強い付喪神が戦力として加わるのは良いことだ。
だが何が何でも欲しいというわけではない。
阻止されても構わないし、されなければラッキー。
恐らくはその程度のものだったのだ。
「本命に比べれば殆ど誤差のようなものだから」
「……その本命って?」
モモは少し声を震わせながら告げる。
「――――連中は“核の付喪神”を作ろうとしているんじゃないか?」
核の付喪神。
その可能性を示唆されたルイはポカンと口を開き固まってしまった。
だが直ぐに我に返り否定の言葉を口にする。
「……待て待て。そんなのあり得ない」
付喪神とは人の思念が染みついた結果、誕生する怪異だ。
同種を増やせる高位の付喪神やハジメのような特異極まる異能。
それらの例外を除けば付喪神に至るにはある程度の年季が必要だ。
確かに解放戦線が最終的に全ての物を付喪神にするつもりらしい。
「最終的には思念が一定量を超えていないものも付喪神には出来るのかもしれないけど」
現段階では不可能と見るべきだ。
だってそれが出来るならもっと有効な手を打てるはずだから。
否定を並べるルイにモモは確かにその通りだと頷く。
「……どこかで核を調達したとして、それをそのまま付喪神にというのは不可能だろう」
染みついた思念の量が絶対的に足りない。
それはその通りだが、
「では“核という概念”を利用すれば?」
どこかの国が核を撃てば、全面核戦争が始まる。
全面核戦争が始まれば世界が滅ぶ。漠然とそんな認識を誰もが共有している。
核とは人々が思い描く終末の具体的な形の一つなのだ。
それは最早、一つの信仰と言えるだろう。
「核への信仰を神格へと昇華させ現物の核を器として受肉させる」
変則的ではあるがそれも一つの付喪神と言えよう。
「特に、どうだ? 今の時期はお誂え向きだろう?」
否が応でも人々が核を意識してしまう日が近付いている。
日本人ならばその日を知らないわけがない。
「……原爆の日」
「そう。八月六日、九日の広島と長崎は儀式の場として最適だろうよ」
無論、口で言うほど簡単なことではない。
限りなく完全な状況を整えても尚、失敗する可能性の方が大きいぐらいだ。
しかし、僅かでも成功する可能性があるのなら無視は出来ない。
核の付喪神という終末を具現化した怪物を世に解き放つわけにはいかないのだ。
「仮に、仮にモモさんの推測が当たっていたとしてだ。……直ぐ動けるかい?」
「難しい、だろうね」
事が事だ。
九課どころか他の課にも応援を貰って全力で叩き潰さねばならない。
だが総力戦を仕掛けるならそれなりの物証がなければ動けない宮仕えの辛いところだ。
今の段階で出来るのは九課を除く十二の課長の耳に話を入れておくぐらいだろう。
「物証を手に入れるとしたら、危ない橋を渡ることになるかな?」
「……そうなるね」
リミットは七月いっぱいと見積もったとしてだ。
それまでに物証を手に入れようと思えばかなり強引な手段が必要になる。
しかも相手は裏の人間ではなく表の政府要人だ。
「もし露呈すれば表の戦争に発展しかねないレベルの国際問題になるだろう」
そこでモモは一度言葉を区切った。
そして少しの沈黙を挟んでから再度口を開こうとするが、
「覚悟は出来てる。ここまで来て僕には手を引けというのはなしだよ」
万が一の時は自分たちは切り捨てられる。
一生日の当たる場所には戻れないだろう。
それぐらい承知の上だとルイは言う。
「僕らはバディだろ?」
「……すまない。私ともあろう者が及び腰になっていたようだ」
モモは覚悟を決めるように自らの頬を叩き、意を決した表情で告げる
「OK。こまで来たら一蓮托生だ。地獄の底まで付き合ってもらうよ」
「望むところだ」
不敵な笑いつつ、
(この僕が犯罪者なんて耐えられないし、その時はさっさと死ぬけどな)
まあ本音はこれですわな。
「じゃあ早速だけどルイくん、リストを出してもらえるかい?」
「ああ」
スマホを操作しこれまで訪れた国とこれから行く予定の国のリストを表示する。
核を保有していないとされる国は除外して良いだろう。
「保有国とここも含めて開発疑惑のある国だけでもかなりあるねえ」
「……とりあえずこの国から当たっていくとして」
「これはかなりのハードスケジュールになりそうだ」
殆ど休みなし。
強行軍で事に当たらねば七月中には終わらないだろう。
表の交通機関など使っている場合ではない。不法入国がデフォになる。
「今夜、早速仕掛けよう」
「了解」
あれこれと方針を定め、二人は疑惑を確かめるべく行動を開始。
一先ずこの国で核取引の痕跡は見受けられなかった。
だが休んでいる暇もなくホテルを引き払い次の国へ。
細心の注意を払いながら強引な手段で要人を次々と尋問し真偽を確かめる。
「……正直な話、私の推測が杞憂であればと本気で思っていたよ」
それを繰り返しながら国々を渡り歩き七月二十九日。
遂に二人は解放戦線が核を手に入れたという情報を入手してしまった。
彼らが取引を終えたのはほんの数日前。入れ違いだ。
「嘆いている暇はないよモモさん。直ぐに証拠を日本に送ってお偉方を動かさないと」
「ああ、分かって」
と、そこでモモのスマホに連絡が入る。
表示された名前はハジメの護衛を任せている六課の課長、岩崎だ。
モモはルイにも聞こえるようスピーカーに切り替え電話に出る。
「やあ、岩崎さん。こんな時間にどうしたんだい? そっちはもう深夜のはずだが」
【……飛び切り悪いニュースだ。広島と長崎にある特対の支部が壊滅した】
「かい……!?」
【電光石火の奇襲だったらしい。既にあそこには戦線の総力が展開しているようだ】
「そう、か。こっちも悪いニュースだ。物証を手に入れてしまったよ」
解放戦線が動いたのはルイとモモの動きを察知したからだろう。
だから先手を打って戦力を展開したのだ。
【……理想は六日と九日だが、八月で妥協したってところかな?】
「ああ。連中、乾坤一擲の作戦に打って出るつもりらしい」
【証拠を送ってくれ。僕も含めて課長陣全員で上に掛け合う】
「私も合流した方が良いかな?」
【いや。連日の強行軍で疲労が溜まっているだろう?】
どの道、決戦は避けられない。
心身共に消耗した状態で決戦に臨むのは愚の骨頂だ。
ならば少しでも休んでおくべきだと岩崎は言う。
「助かるよ。なら、日本のことは任せても良いかな?」
【ああ。こちらで作戦は詰めておく。前日までに合流してくれればそれで良いよ】
「了解。じゃあ今から証拠を転移でそっちに飛ばすから後は頼む」
【任せてくれ】
電話を切るとモモは深く溜息を吐き、真剣な眼差しでルイを見た。
「聞いての通りだ。最悪はもう直ぐそこまで迫っているらしい」
「ああ。だが負けるつもりはないよ。必ず食い止めて見せる」
特別気負っているわけではない。声も普段の調子と変わらない。
だがルイの言葉には確かな力強さが宿っていた。
モモは少し目を丸くするが直ぐにフッと笑みを作り言う。
「……やっぱり君は良い男だ」




