怨敵邂逅
話がまとまると二人は即座に動いた。
一時間以内に決まった襲撃スケジュールに加え、初の同時襲撃。
成功するのが一番だが失敗してもそれはそれで新たな情報を得られる。
二人は最短距離を最速で突っ走りそれぞれが標的とする拠点に奇襲を仕掛けたが……。
【首尾はどうだい?】
「こうやって呑気に電話に出られるってことで察して欲しい」
ルイの方は空振りだった。
キッチンに行けばコンロの上ではヤカンが蒸気を噴いている。
このことからやはり逃走はギリギリだったようだ。
「まったく……火事になったらどうするんだか。そっちはどうだい?」
【こうやって呑気に電話かけられるってことで察してくれないか?】
こちらも空振り。
同時に襲撃程度の変化球では対応出来ないことが証明された。
「やっぱり僕らという対象を固定しての予知なのかな?」
【その可能性が濃厚だが、断定するにはまだ足りないね】
追加の人員を加えて再度、襲撃をして検証。
それが一番だが下手な人員を送り込めば返り討ちにあってしまう。
かと言って実力者を動かすわけにもいかない。ハジメの警護が最優先だからだ。
「これ僕らが式神を使った場合はどうなると思う?」
【私たちという対象から逸脱することはないだろうね。何せ創造主であり使役者なんだから】
「だよねえ。なら金で人を雇い入れた場合は?」
【それは……一考の余地アリ、かな? 細かいことは拠点に戻ってから話し合おう】
「了解。じゃ、お互い家探し頑張ろう」
ルイがそう言えば電話の向こうからクソデカ溜息が聞こえた。
「僕が居なくてもサボっちゃ駄目だよ」
【……はーい。じゃ、また後でぇ】
しょんぼりした声を最後に電話は切れた。
「やれやれ」
何かこう、上手いこと罠に嵌めてアイツ殺してくれねえかな……。
そんな下衆い期待を膨らませながらルイも家探しを始める。
「……しかしコイツら、下っ端の数が予想以上に多いな」
生活の痕跡を辿れば何人居たのかも見えて来る。
全てが全て戦闘員というわけではないだろうが、だとしても多い。
「……しかも人間だけじゃない。付喪神も居る」
仲間を増やせるレベルの付喪神が居るなら更にその数は増えるだろう。
数も脅威だが気になるのは質だ。
(数を揃えたところで一ノ瀬は殺れないからな)
結局そこかい。
コイツもう実質、敵だろ。
神妙な顔でモモが死ぬパターンを考えていたルイだが、ふと手を止める。
「これは……パスポート?」
正規の手順で開けなければ中身諸共破壊されてしまう金庫。
式神を用い術式を解析して中を開けるとそこにあったのは大量のパスポート。
「私物……ではないな。この数は」
恐らくは偽造パスポートだ。
これだけの数をということは組織としての活動に用いている可能性が高い。
「ふむ。パッと見た感じ幾つかは使用されているか?」
微かな痕跡から使われているパスポートを幾つか発見。
「……出入国在留管理庁に問い合わせてみるか」
表の手続きを経てなら多少、時間はかかるが裏から働きかければ直ぐだろう。
自分にその権限はないがモモがやれば確実だ。
使用、未使用に分けて収納に放り込み次の部屋に行こうとして、
【仕事熱心だね君は】
背後から聞こえたノイズ混じりの機械音声に足を止めた。
(背中を取られた……!?)
この狭い室内で自身の探知を潜り抜け背中を取った。
その事実はルイの自尊心をどうしようもなく傷付けた。
戦闘者として動くなら一目散に距離を取るべきだろう。
しかしルイはなけなしのプライドを優先し、何でもない風を装いその声に答えた。
「当たり前だろ。僕のお給料は国民の血税から出てるんだから」
言いつつ振り返りその姿を認識した瞬間、
【見上げた性根だ。国会で居眠りこいてる政治家たちに聞かせてあげたいよ】
プライドを傷つけられた怒りは一瞬で消え去った。
四角い胴体に四角い頭。豆電球の目。Cのような手。
古臭いロボットのイメージそのものの玩具が窓辺に腰掛けている。
【それはさておき、敵地で随分と余裕があるじゃないか。背中を取られたんだよ?】
「今直ぐ殺すつもりならわざわざ話しかける必要はないだろう」
捕縛、或いは拷問にかけ情報を引き出した上で殺すのか。
何にせよ時間的な猶予はある。
ならばその貴重な時間を有効活用するべきだ。
無駄に動いて僅かな疲労を刻んでしまうことすら惜しい。
ルイの言葉にブリキの玩具は愉快そう体を揺らした。笑っているらしい。
【その歳でよくもまあ。可愛げが無さ過ぎて逆に可愛いぐらいだよ】
だがまあ正解だと玩具は頷く。
【先に言っておこう。私は君に手出しをするつもりはないよ】
先ほどルイが挙げた可能性。
捕縛や拷問なんてものを行うつもりは一切ないと断言した。
「ほう。ならこの結界は?」
建物を覆う結界。
モモですら容易くは突破出来ない堅固なものであるのは一目で分かった。
【万が一にも邪魔が入っては困るからね】
タイミングは……悪いのだろう。
既に一度モモと連絡を取ってしまった。
家探しをしてから帰るまでを考えれば最低でも一、二時間はかかる。
その間、連絡がなくともモモが気にすることはないだろう。
【少し、お喋りをしよう】
「僕としてはありがたい話だが……何故?」
【君に興味があるんだ】
ブリキの玩具はぴょんとテーブルへ飛び移った。
そしてルイを見上げながら続ける。
【あの少女に寄りそう来歴不明の尋常ならざる若き英傑。興味を持つなという方が無理だろう?】
それが第一の引き金となった。
先にも述べたがプライドを傷付けられた憤怒の熱はすっかり引いている。
今はむしろその逆だ。
頭も、心も、臓物すらも冷え切っていた。
仮にその冷気が現実のものであれば永久凍土のそれにも劣らぬほどに。
「……あの少女?」
目の前のそれが“そう”であることは分かっていた。
確かめていないだけで確かめてしまえば直ぐ、黒だと判断出来るだろうと。
それでも冷え切っていたからこそ冷静な判断を下せていた。
まだ早い。確かめるのは今得られる情報を搾り尽くしてからだと。
だというのに、あちからからチラつかせて来た。
【フフ、おとぼけだね。生かして捕らえた彼から私のことは聞いているんじゃないか?】
石が、坂道を転がり始めた。
コロコロなどという可愛い表現ではない。
シュゴゥ! なんて擬音がつきそうな速度で。
【予想はついているだろうが改めて名乗ろうじゃないか】
そうして石は坂道を下り切り、
【私は機人佰ご】
「――――そうか死ね」
心の永久凍土は一瞬にして氷解した。




