聖夜⑤
壁を隔てた取調室の向こう側でハジメが息を呑む。
「……総付喪神化計画って、そんなの」
「あり得るのかって?」
モモの問いに小さく頷く。
自分の力があれば確かに可能かもしれない。
だが機人佰號はともかく器物解放戦線自体は存在を把握していないはず。
絵に描いた餅なんてレベルではないだろう。狂人の戯言だ。
「成功する可能性なんか僅かもない無謀な計画だと私も思う」
だが、と扇子で口元を隠しながらモモは言う。
「見たまえよ古賀香澄の顔を。まるで推理ドラマの犯人みたいじゃないか」
已むに已まれず犯行に走った酌量の余地がある犯人。
それを酌みながらも心を鬼にして真実を探り当てる若き敏腕刑事。
未だ口を閉ざしてはいるが同時に安堵にも似た諦めが滲んでいる。
シチュエーションを語るならそんな感じだろうか?
「えぇ……?」
「冗談はさておくとして……あるんだろうさ。絵空事を形にするだけの何かが」
まがりなりにも実力者が集う組織だ。
カルトに常識は通用しないとしても、頭が完全にパーということはあるまい。
ならばこちらが想像もしていないような手段を隠していると見るべきだろう。
「それって私と同じ」
「いやそれはどうだろうね?」
「でもそれぐらいじゃなきゃ」
「君と同じ異能があるならもっと早くに事は起きていたはずだよ」
今は無理だが過去のハジメは完全な付喪神を生み出せていたと幸男が証言している。
ハジメの異能は付喪神を生み出すことが可能だと実証されているわけだ。
同じ異能の持ち主が器物解放戦線に居るならとっくのとうに世界は滅茶苦茶になっている。
「狭間少年が語ったリミットを考えるに少なくとも八年前には計画は存在していた」
何の算段もなしに総付喪神化なんて計画が立ち上がることはないだろう。
十年近い準備期間は必要だが、計画を可能にする鍵は既にあったと考えるべきだ。
もしそれがハジメと同じ異能だとしてだ。
世界規模に拡げるための仕込みを考えてもやっぱり時間がかかり過ぎている。
「とりあえずあちらの話を聞こうじゃないか」
「……はい」
ルイの尋問を見守る二人だが、
「……あのお姉さんは知らないみたいですね」
「ああ。まあ幹部になってそう時間が経っていないようだし知らされてないんだろう」
嘘を吐いている可能性もゼロではない。
しかし見る限りでは嘘を吐くような気力さえないように思える。
ルイに敗れたことで張り詰めていたものがぷつりと切れてしまったからだろう。
「ただ狭間少年を誑かした付喪神については知っているようだし今はそれで良しとしよう」
友人二人を傷付けた下手人。
ルイとしても機人佰號については見過ごせないようで質問には熱が入っていた。
「解放戦線に属する付喪神たちのまとめ役、ね」
「話を聞くに実質的なナンバー2みたいですけど」
どうも表立って何かをするということはないらしい。
調停、仲裁役としての面が大きいようだ。
「何かを企むには絶好の立ち位置じゃないか」
「実力は異常戦力と並ぶって言ってますけど……それってモモさんたちのことですよね?」
「ああ。これで少なくともあちらには課長クラスが二人は居ると確定したわけだ」
名も顔も知らないトップと機人佰號。
遅れを取るつもりはないが厄介な敵だとぼやくモモと神妙な顔のハジメ。
重苦しい空気だが、
(ルイくん、君は本当に最高の男だよ)
モモの内心はかつてないほどに歓喜に満ちていた。
(まさか、終盤も終盤で君のような男が見つかるとは)
世界を知らぬ。人を知らぬ。
それゆえの短慮から犯してしまった“千年前”の愚行。
あれがなければもっと早くに事は成っていた。
あの立場のままで影で謀略の糸を操っていた方がどう考えてもスムーズに事は進んだ。
(何度悔いたことか。何度恥じたことか)
しかし、今ならばハッキリと断言出来る。
(これが正解だった――――遠回りこそが一番正しい道だったんだ)
事が成った後を見据えての選別。
候補は幾人も立てたが正直な話をすれば、これという者は居なかった。
(単純な能力値が一番高い者をと妥協していたが、真に恥じるべきはそこだった)
千年前は思いもしなかった。
最近までまったくの埒外だった。
(誰にも理解されぬと思っていた。誰にも気付かれぬと思っていた)
しかしどうだ?
(彼は辿り着いて見せた)
僅かな断片から秘密を暴いて見せた。
(眉目秀麗で人格も能力も文句なし。彼以上の人間がどこに居る?)
彼以外にはあり得ない。彼となら始められる。
胸焦がす激情を悟られぬよう押し殺しつつモモは頭を回す。
これからどうやって望む結末にまで持って行くのか。
「……」
「どうかしましたか?」
「いや」
ハジメだ。これを使うのは確定だとして。
問題は場をどう整えるか。
尋問を注視する振りをしつつ考えていると、しばらくしてルイが戻って来た。
「聞いていたとは思うけど」
その声には力がない。当然だろう。
多くの情報を得られはしたが、それは同時に新たな問題が増えたということでもある。
加えてそれに対する有効な手立てが見つかっていないのだ。
そりゃあ渋い顔にもなろう。
「受け身のままではこれ以上の情報は得られないだろうね」
モモがそう答えるとルイが軽く目を見開く。
「お嬢さん、すまないが君にはもうしばらくは不自由な暮らしをさせてしまう。
連中は計画を成す鍵を自前で持っているとはいえ君の存在価値が消えるわけではないからね」
ハジメの身柄を確保すれば更に計画は加速してしまう。
なので今の軟禁染みた生活は解除出来ない。
「冬休みが明けても学校には行けないだろう」
妥協点としては依り代を使った間接的な登校か。
貴重な青春を奪ってしまうが許して欲しい。
そう頭を下げられてはハジメとしても何も言えない。
「当然、任務に行くのもなし。ルイくんとのバディも解散だ」
「は、はあ」
日常生活もアウトなのだ。裏の界隈に放り込むなんて出来るわけがない。
治安の悪いスラムに大金を持たせて一人で送り込むようなものだ。
「ルイくん」
次いでモモはルイに水を向ける。
「解散と言ったが君には別の者とバディを組んでもらう」
「……モモさんと、かな?」
「ああ」
「つまり」
頷きルイの言葉を引き継ぎモモは宣言する。
「――――こちらから仕掛ける。私と君の二人でね」




