聖夜④
「じゃあ僕はこれで。……ゆっくり休んでくれ」
一通り事情を聞き終え病室を出ようとするが、
「ルイ」
幸男がルイを呼び止める。
どうしたのと聞けば少しの葛藤の後、こう言った。
「……ハジメを、頼む」
自分にその身を案じる資格などありはしない。
それでも世界で一番信じられる友ならば受け入れてくれる。
そんなことを考えての言葉だが何というか……憐れでならない。
そいつ、ハジメより君のが大大大好きだよォ! と言ってやりたい。
「ああ、任された」
「……ありがとう」
優しくも力強い言葉に幸男は安堵したように目を閉じた。
今度こそルイは病室を出てモモとハジメが待機する部屋に向かう。
「あの、幸男くん……大丈夫だった?」
「うん。まだ消耗は抜けきってないから数日は入院が必要だと思うけど」
その後は問題なく退院出来るだろう。
ルイがそう答えるとハジメは少し戸惑いながらもほっとしたように笑った。
昨日の今日だ。幸男に対する心情は色々と複雑なのだろう。
「古賀香澄の事情聴取を行う前に情報共有しておこう」
「頼むよ。で、どうだったね?」
「大方、僕らの予想は間違っていなかった」
背後に居たのは組織に属する何者か。
しかしその組織とは独自の思惑で動いている。
昨日話し合った内容は間違っていなかったと前置きしルイは本題に触れる。
「さっちゃんをああした下手人は付喪神。名は機人佰號、所属する組織は器物解放戦線」
幸男から聞き出した情報を一つ余さず説明する。
ハジメがかつては完全な付喪神を作れていたというところでは露骨に顔色が変わった。
「……今は作れないのは状況からしてその機人佰號とやらが何かしら枷を嵌めたからか? いやだが何のために」
「僕も気になるけど一先ず最後まで聞いてくれ」
「ああ、すまないね」
話を続ける。
そうして最後まで聞き終えるとモモはうんざしたように溜息を吐いた。
「……タイミングが良いのか悪いのか」
古賀香澄のことだろう。
「件の付喪神は半ば裏切り者のような立ち位置なのかもしれないね」
「同意する」
「ど、どういうこと? いや何か企んでるっていうのは聞いたけど」
思わず声を出したハジメがハッとして謝罪する。
だが二人は気にした様子もなく大丈夫と言って理由を語った。
「自分とこの幹部が捕縛されたんだ。当然、器物解放戦線もそれを把握しているだろう。
なればこそ少年――狭間くんだったか? 彼を回収するなり口封じしておくべきだった」
器物解放戦線が来年の冬に大きな動きを見せる。
幸男を確保出来なければこの情報は得られなかった。
組織に不利益な情報が露呈すると知りながら機人佰號はそれを見逃したのだ。
「……私たちに、っていうかモモさんやルイくんに止めさせようとしてるってこと?」
「計画を乗っ取るのに邪魔な人間を始末させようとしてる、なんて可能性もあり得るね」
モモの言葉にルイも同意を示す。
他にも想定は幾つかあるが獅子身中の虫であることは間違いないだろう。
「じゃあ我々の味方になり得るかと言えばそんなことはないんだが」
「敵の敵は味方、なんてお気楽な考えを僕らがするわけにはいかないしね」
責任ある立場の者ほど楽観は許されない。
若干十代の少年でありながらルイは既に九課の実質的なナンバー2だ。
それゆえ常に最悪の事態を想定しておかねばならない。
――――というのが表向きの理由だ。
(さっちゃんを穢した生存罪待ったなしの屑が味方なんて赦せるかボケェ!!)
これが本音。
仮に味方になろうという兆しを見つけたとしよう。
その時は千だろうが万だろうが謀略を巡らせて陥れる所存だ。
頭からつま先まで私情しか詰まっていない男。それがルイなのだ。
タイ焼きだったら嬉しいのになあ……。
「一先ず古賀香澄からそこらも聞くとして」
そこで言葉を区切りルイはモモを見た。
何も言っていないがモモは分かっていると頷く。
「どこまでこちらの情報を開示するかだね」
「ああ」
その様子を見てハジメが面白くなさそうな顔をしているが二人は気づかない。
丁度両者の視線が切れたところでその顔をしていたからだ。
「そこらは聴取しながらこちらで判断するが、最終的には現場の君が判断してくれ」
「分かった」
「ではお嬢さんもここからは協力を頼むよ」
「は、はい! 分かりました!」
「結構。では行こうか」
向かったのは刑事ドラマに出て来るような取調室。
幸男と待遇が違うのはその立場ゆえだ。
「やあ、体の調子は?」
「悪くはない……が、どうせならあのまま目覚めなければ良かったとも思うよ」
あの時のような刺々しさはなく疲れ切っているように見えた。
ルイとしては悪くない気分だ。他人の不幸は何時だって美味しい。
「あの時、あなたは言ったな。声が聞こえると。それはどういう意味なんだい?」
「……文字通りの意味さ。私には……聞こえるんだ。物の声が」
比喩ではないというルイの見立ては当たっていた。
そしてモモのハジメと同じなのではないかという推察も濃厚になって来た。
念話でハジメの感覚と照らし合わせるような質問を貰い、質疑応答を繰り返す。
結果、ハジメが聞いている声と同じものであることが分かった。
だが不幸中の幸いというべきかハジメと同じ異能持ちというわけではないらしい。
「……君の言う通りだよ。私は、ただ楽になりたかったんだ」
「だが付喪神に権利を与えたところで声が聞こえなくなるわけじゃないだろう?」
正常な判断さえ出来ぬほど追い詰められていた。
そう取れなくもないが、にしてはまだ理性は保たれていたように思う。
「……」
黙り込む古賀香澄。
ルイは問い詰めるような真似はせずじっと待っていたが、ふと閃くものがあった。
「待て。付喪神に権利を与えるというのは“その後”を見据えてのことなのか?」
肩が僅かに震える。
隠そうとはしている……が、やはり精神的な疲労が大きいのだろう。
口を閉ざしてはいるが誤魔化し切れていない。
その様子を見てルイはもう一押しだなと畳み掛けるようにこう続ける。
「物とは意思疎通が出来ない」
当たり前だ。
「物には思考能力がない」
当たり前の話だ。
「意思疎通が出来れば頼める」
どうか静かにしてくれと。
「考える頭があれば本心を覆い隠すことが出来る」
苦しくても辛くてもそれを内側に閉じ込められる。
人間と同じように。
「付喪神の声は聞こえないんだな?」
「……」
器物解放戦線の目的はまた別にあるのだろう。
だがそれは古賀香澄にとっても都合が良かった。
だからお題目を唱えながら活動をしていたわけだ。
「敢えて呼称するなら」
少し考えてからルイはこう口にした。
「――――総付喪神化計画ってところか?」




