聖夜③
「待たせたかな」
「こんな日に呼び出したこちらが咎めることは出来ないよ」
留置施設に着くとモモが直接、ルイらを出迎えた。
誠意もあるが万が一に備えてのことだろう。
片や器物解放戦線の幹部。片や謎の黒幕が背後に居る襲撃犯。
敵方が身柄の奪還に動けば相応の戦力が送られて来ることは想像に難くない。
下手な人間を配置出来ないからこそモモが表に出ているのだ。
「まずはどっちから?」
「君も友人が心配だろう? 彼からで構わないさ」
「……助かるよ。ハジメさん、また後で」
「うん。気を付けて」
頷き幸男が居る病室へと足を向ける。
部屋の前には見張りの人間が居たものの既に話は通っているので顔パスだった。
「……ルイ」
ベッドの上で座っていた幸男が入って来たルイを見て嬉しそうな顔をする。
しかし直ぐ表情は曇り謝罪の言葉を口にしようとするが、
「お腹減ってない?」
「え」
「お腹が減ってると、どうも悪い方向にばかり考えがいっちゃう」
だからまずは食べようとルイはテーブルに料理を並べていく。
出る際、クリパ用に作った料理をタッパーに詰めて来たのだ。
「……病み上がりに、これはちょっと重くないか?」
「大丈夫。僕の自信作だ。一口食べればもう止まらなくなるよ」
冗談めかして言えば幸男もようやく表情を和らげた。
実際、空腹だったようで一つ頷き食事に手をつけ始めた。
「昔から俺はどん臭くてな。……ハジメにはよく迷惑をかけていた」
少し食べ進めたところでぽつりとそう切り出す。
事情を語るということだろう。
ルイは急かすようなことはせず、自然と会話に相槌を入れる。
「でも嫌な顔一つしなかったんじゃない?」
「……ああ。アイツはそういう奴だからな」
何時だって手を引いてくれた。
幼い幸男にとってハジメはヒーローであり、初恋の女の子でもあったのだ。
「あの日もそう。八年前、俺とハジメは町内会のサマーキャンプに子供だけで参加したんだ」
上手く馴染めない幸男を輪に招いてくれたのはハジメだった。
お陰で友達も増えたと幸男は笑う。
「事件が起きたのは最終日の夜。楽しい時間を過ごせて気が大きくなっていたんだろうな」
どうにも寝付けず幸男は夜、テントを抜け出したのだという。
昼間に見つけた秘密の場所。
あそこから見上げる星はとても綺麗なんじゃないかって。
「それを偶然、トイレに出てたハジメが見つけてな」
心配だから一緒に行ってあげると提案された。
細かい男女の機微など分からない子供だ。
それでも夜中に好きな女の子と二人きりというのには心が躍った。
暗がりの中でも手を繋いでいたから怖くなんてなかった。
「……あの夜の最悪は二つあった」
血を吐くように幸男は言う。
一つは手負いの怪異がキャンプ場に潜伏していたこと。
もう一つは、
「機人佰號。偶然近くに居た奴にハジメの存在を知られてしまったこと」
そこから語られた内容は概ねルイの予想通りのものだった。
怪異の巣に引きずり込まれ絶体絶命の窮地に陥るもハジメの異能が覚醒。
当時幸男が肌身離さず持ち歩いていたヒーローの人形が“付喪神化”し窮地を離脱した。
だがその光景を機人佰號なる付喪神に見られてしまいハジメの存在が露呈。
「スペシャルマンの付喪神は一瞬で倒されてしまった」
またしても絶体絶命。
しかし、そこで機人佰號は何の気紛れかハジメを気絶させ幸男に話しかけて来たのだ。
そいつは自らを器物解放戦線という組織に属する付喪神であると名乗った。
その上でハジメの異能がどんなものであるか子供の頭でも理解出来るように語り聞かせた。
自分のせいでと絶望する幸男に機人佰號は取引を持ち掛けて来たのだという。
「もし俺がハジメを護れるほどの力を手に入れるなら見逃してやるとな。
真偽は分からなかったが……どの道、俺はその可能性に縋るしかなかった」
定められた刻限は来年の冬だという。
何でも大きな計画が進んでおりその準備期間がそれだったらしい。
(来年の冬、ね)
それはルイだけが知る世界が終わる時期とも符号していた。
だが同時に器物解放戦線が知らんところで勝手に滅ぶ可能性もルイは知っていた。
つまり、
(黒幕はその機人佰號って奴でほぼ確定だな)
器物解放戦線に属してはいるが独自で何か企んでいるのだろう。
そしてその企みを成就させる上で器物解放戦線は必要だが最終的には相容れない。
ハジメの存在を隠すことにしたのは都合が悪いから。
幼い幸男を巻き込んだのは趣味の悪い余興か何かか。
(機人佰號の目的についても気になるがまず確認しなきゃいけないよね)
それよりも何よりも重要なことがある。
幸男が口にした人形が付喪神化したという証言だろうか?
なるほど確かに不可解だ。
今のハジメは意思が欠如した不完全な付喪神しか作れないのだから。
当時出来て今は出来ない。そのロジックを解明するのは確かに必要だ。
しかし今のルイにとってそれは重要なタスクではない。
「……もしかして君にあの外法を施したのは」
「ああ、機人佰號だ」
聞かれた幸男は素直にその時の状況についても説明した。
「なるほど」
なるほどなるほどと胸中でも数度、繰り返す。
万が一にでも冤罪があってはいけないからどうしても確認したかったのだ。
何をって? 決まってる。
(――――ようやく見つけたぞ)
あの悍ましい解釈違いを生んだ元凶かどうかを、だ。
(ふ、ふふふ……フハハハハハハハハハハ!!!!)
それは生まれて初めての経験だった。
極まった怒りの先にあるのが喜びだったなんて。
(ようやく、ようやくだ! ようやく奴に正義の鉄槌を下せる……!!)
純度100%の私怨だろ。
(分かってる、分かってるさ。実力を考えれば今の僕では到底及ばないことなど)
しかしそれがどうした?
こちらには繰り返しというアドバンテージがあるのだ。
(億でも兆でも京でも……いやさ、不可説不可説転だろうが繰り返してやるさ)
そんだけ繰り返しても人間的成長は一切ない。
そう確信出来るこの男はある意味、アンチ仏陀なのかもしれない。
(兎と亀は実に良い寓話だ。地道に積み重ねたものこそが最終的に勝利するんだからね)
イソップ寓話に謝って?
(だから焦るな。焦るなよ僕。“待て。しかして希望せよ”だ)
巌窟王に謝って?




