料理人神央累
「何というか、あっという間だったねえ」
翌、十二月二十五日。
終業式を終えたルイとハジメは二人で帰途についていた。
例年通りならハジメはもう少し学校に残って友人とダラダラしていたのだが今はそうもいかない。
「夏休み前にルイくんと友達になって気付いたらもう年末なんだもん」
「確かに」
もうおめえのツラは見飽きたよが本音だが言えるわけもなし。
コイツはもうどれだけ本音を殺し続けて来たのか。
第二次世界大戦の死者数を越えたんではなかろうか。
「ハジメさんからすれば目まぐるしい日々だったろうね」
「うん……だってこんなの完全に漫画の世界じゃん」
ある日突然異能に目覚め生活が一変する。
創作の流れとしては王道も王道だ。
「漫画で読む分には良いんだろうけど、さ」
「……まあ実際に我が身に降り掛かるとなれば、だね」
そういう意味ではルイも同じ立場ではある。
だがこちらは特に感慨などはない。
特別な僕が更に特別になってしまったぐらいの認識だ。
「よし。じゃあ夜に向けてお互い、準備を頑張ろうか」
「うん! 期待してくれて良いよ♪」
九課の庁舎に辿り着くと二人は一旦、そこで別れた。
今夜料理を作るためキッチンと工房へ向かったのだ。
ルイがディナー、ハジメがケーキをそれぞれ担当することになっている。
ちなみにハジメが向かったのは工房だがキッチンはちゃんとある。
霊薬等を作る際に使用するため工房にもしっかりしたものが備えつけられているのだ。
(……料理人修行してなきゃここで詰まってたのかな)
食堂のキッチンで準備をしているとふと嫌な考えが頭をよぎった。
まさかそんな……とは思いつつも可能性は切り捨てられない。
何せ髪をカット出来なきゃ行き止まりという前科があるのだから。
(そう考えると流石は僕だな。あそこで更に苦行を追加したのは正解だったわけだ)
最終的に自己肯定に辿り着くの強過ぎるだろ。
スパっと気持ちを切り替えたルイは早速、作業に取り掛かる。
かなり前から自腹で揃えた食材の数々。
目利きも現地に赴き自ら行うほど力を入れていた。
それらを十五年の修行で培った腕で思う存分調理するのだ。
成功は最早、約束されたようなもの。
(異能もフルに使う。これは霊能力者の強味だな)
時間経過が必要な調理工程だって異能を使えば短縮可能だ。
他にも食品の鮮度を保ったりなんてことも出来る。
常に最高を維持したまま皿を出せるのは紛れもない強味だ。
超人ならではの技だがそもそも超人のやることかっつー話でもある。
そんな冷静な疑問を抱くこともなくルイは一心不乱に料理を作っていく。
(米料理はパエリア。クリスマスの鉄板だが)
パエリアと言えば海鮮系だが敢えてそこは外す。
クリスマスパーティである以上、構成はどうしたって王道になってしまう。
変わり種で揃えることも出来るがクリスマスにそれ? と思われてしまえば興醒めだ。
(かと言って何の変化球もないならそれはそれでつまらない男の謗りを受けてしまう)
受けるかなあ? まあ、かもしれない運転か。
美容師の技術を磨かねば行き止まりにぶち当たるかもしれない。
料理人の技術を磨かねば行き止まりにぶち当たるかもしれない。
かもしれない運転をやっておけば仮免試験も一発クリア出来たかもしれないのだから。
(だからこそ王道の中で上手く外す)
だが選択は慎重にすべきだ。
クリスマスの王道メニューと言えば色々ある。
例えばピザ。しかしここを変化球にするべきではない。
シーフードや照り焼きぐらいならまだ許容範囲だろう。
しかしそれでは変化球と呼べるほどのインパクトはない。
ならばデザートピザなんてどうだろうか?
(いやそこは違うだろ空気読めになること間違いなしだ)
曲がり幅は大きいがそういうのは求めてないんだよね枠にしかならない。
その点、パエリアは実に丁度良いのだ。
(パエリアと聞けばパッとイメージが浮かぶ程度には馴染みがある)
フライパンのような食器に入ってる海鮮たっぷりの米料理。
大体の人がイメージ出来るだろう。だがピザほど距離感が近いわけでもない。
それゆえ変化を加えてもそこは違うだろ、にはならない。
(エース神央累が投じる球はバレンシア風。これがまた絶妙なんだ)
パエリアの本場バレンシアでは海鮮より山の幸を使うのが特徴だ。
通常のパエリアのイメージからは離れつつも、デザートピザほど冒険はしていない。
丁度良い塩梅の変化球として扱える。
(そしてチーズフォンデュ。これもまたやり易い)
こっちは想像も容易だろう。
王道の具の中にえ、これが合うの? を幾つか混ぜるだけで良い。
(シチューはホワイトが好みだからそっちにするとして)
クリームシチューはピザと同じく下手に弄れば興醒め系の品だ。
かと言って何の変化もないというのも少しばかりつまらなく感じる。
(器をブレッドボウルにして他のパンメニューを減らすか)
ポテトとチキンはディップで幅を広げてと手際良く調理を進めていく。
これが専門卒、一流ホテルでの実務経験アリの実力であった。
「ふぅ」
そして数時間後。
誰の手も借りず一度も休まず食堂のテーブルを埋め尽くすほどの料理を完成させた。
二人だけで食べるには多過ぎない?
その通り。これは二人だけで消費するものではないのだから。
ルイは料理に術を施すとエプロンをつけたまま食堂を出た。
向かったのはモモの個人オフィスだ。
「やあ、どうしたんだい?」
訪れたルイを見て嬉しそうに微笑むモモ。
テーブルの上には山のような書類が積まれていた。
気になる年下の彼が仕事をサボる口実を作りに来てくれたのが嬉しいのだろう。
「まずはお礼を。食堂のキッチンと工房を貸してくれてありがとう」
「何。お嬢さんにはしばらく不自由をさせるからね。これぐらいは当然さ」
「だとしても、だよ」
「フフ、なら素直に受け取っておこうか。どういたしまして」
「うん。それと足りるかどうかは分からないけど料理は多めに作っておいた」
モモも含め職員で食べてくれと告げる。
幸男襲撃により浮上した諸々の事態に備え非戦闘員は休みを取らされていた。
なので少なくとも年内は食堂も閉鎖。
食堂のキッチンを自由に使えたのにはそういう事情もあったのだ。
「おやおや、君は本当に気遣いの男だね。厚意、ありがたく受け取らせてもらうよ」
職員にも通達しておくと言われルイは笑顔で頷く。
本当はやりたくなかったがやらなきゃいけないのがスパダリなのだ。
(僕の手料理を味わえるとかコイツらもう現世の運は完全に使い果たしたな)
さあ、いよいよ聖夜本番である。




