それがあなたなのです。お忘れなきよう
「これから夕飯は太るよねえ」
「ハジメさんは痩せてるし大丈夫じゃない?」
「いやいや、これで見えないとこは」
運命の日。
以前と同じルーティンをこなし夜の町を歩いていると待ち人はやって来た。
「会いたかったぞハジメ」
月をバックに微笑む幸男。
未だにルイはその姿に慣れていなかった。
臓物が煮え滾るような怒りを抑えながらかつてのように呆然としていたのだが、
「……幸男、くん?」
「ああそうさ! 俺だよ!!」
以前とは違う変化が表れた。
(思い出したのか?)
以前は少し会話を挟んでから思い出していた。
しかし今回は初見で看破。
些細なものではあるが、道が開けていることを示す変化なのかもしれない。
「……ハジメさん、さっちゃんを知ってるのかい?」
「う、うん。小学校の頃、近所に住んでた男の子だけど……ルイくんも?」
「……友達、なんだ。樹海で出会った大切な、友達」
動揺している(風を装う)ルイの手をギュっと握り締めるハジメ。
それが気に障ったのだろう。
幸男は一瞬、憎々し気に顔を歪めた。
「また会えて嬉しいよハジメ」
しかし直ぐに表情を取り繕ってにこやかにハジメに語り掛ける。
「え、あ、うん」
怯えと、嫌悪感を滲ませながら半ば無意識の内にハジメはルイを庇うように立ちはだかる。
またしても幸男の顔が憎悪に歪む。
「これからは俺がお前を護る。“奴ら”に手出しなんかさせない」
だから、と幸男は極寒の眼差しをルイに向ける。
「お前はもう“要らない”」
宣言と共に攻撃を放つが、
「ぐぅ……!?」
幸男の体に無数の傷が刻まれる。
事前に用意していた玄武のカウンターによるものだ。
反撃すると同時に用い異界を形成し周辺を隔離。場を整える。
「貴様……!!」
「……さっちゃん、君の身に何が起きたのか僕には分からない」
ちらりとハジメを見やる。
安心させるように微笑んでから幸男に視線を戻しルイは言う。
「でもそれが君の本意でないことは分かる……止めるよ、君を」
「ほざけ!!」
ダーク幸男VS自認釈迦with十二天将(六体)。
単体性能では劣るが十二天将込みなら話は変わる。
巧みな使役によりルイは互角どころか優位に立っていた。
「~~何故だ! 何故だ何故だ何故だ!? 俺は力を得たはずなのにぃ!!」
幸男が恥も外聞もなく喚き散らす。
それを見てルイは、
(くぅ~! これこれェ!!)
これでもかと溜飲を下げていた。
(それがあなたなのです。お忘れなきよう)
どっかの茶人みてえなこと言いやがって……。
さて。ダラダラ戦いが続いているがわざとやっているわけではない。
長年の鬱憤を晴らすためという理由もなくはないがあくまでサブ。
禁術を以って確実に核を破壊するため慎重に立ち回っているのだ。
まあそれはそれとして己が無能を憎む幸男を堪能してはいるのだが。
「かもね。でもその代わりに君は大事なものを失ってしまった」
「ほざけェ! お前じゃない……お前じゃない! 俺が、俺がハジメを!!」
極大の歪みを押し付けられて尚、揺るがぬ想い。
幸男にとってハジメがどれだけ大切な人間かが窺える。
が、
(あんなしょうもない女の何が良いんだか)
ルイのリアクションは冷えっ冷えだった。
(幼い恋心にプラスして罪悪感を引き摺ってるような感じだが)
何かがあったのは間違いない。
しかしそんなもの踏み倒してしまえというのが正直な感想だった。
(あんなんに関わっても良いことないぞ。僕が生き証人だ)
それはそう。
美容師専門学校と調理師専門学校に通わされた男だ。説得力が違う。
「楽な道には先がない。君もそれを知っていた」
必死で拒んだはずだ。
なのに幸男をそうした誰かは無理矢理押し付けた。
道を閉ざしたのだ。
「決して許されることではない」
「違う、俺は覚悟を決めたんだ! 力がなければ想いなんて……!!
言葉は届かない。
少しだけ悲し気に目を伏せた後、意を決した風を装いルイは息を吐く。
「ハジメさんは物じゃない。でも今は敢えてこう言わせてもらおう」
どこまでも澄んだ瞳でルイは告げる。
「――――君に彼女は渡せない」
「黙れ黙れ黙れ黙れぇえええええええええええええええええええ!!!!」
苛烈な攻撃はしかし、ただの一撃も届かない。
(ヴォ゛エ゛……反吐が出るリップサービスを強制されるなんて……)
ヴォ゛エ゛てお前。
「……」
二人の男の戦いをハジメはじっと見つめていた。
ルイを映す右目はどこまでも熱っぽく。
幸男を映す左目はぞっとするほど冷たく。
「ならばどちらが正しいか決めよう」
刹那の攻防に集中するルイはそれに気付かぬまま〆に取り掛かる。
「真っ向勝負といこうじゃないか」
「どこまでも! どこまでも、人を見下して……上等だ! 塵一つ残さん!!」
幸男が天高く舞い上がる。
ハジメを巻き込まないようにとの気遣いだろう。
「……先に謝っておく。ごめんよハジメさん」
「え」
突然の謝罪にキョトンとするハジメを置いてルイもまた空へ。
指輪を刀に変え比翼と連理の柄を合わせ禁術を発動。
二刀は弓に、後ろに控えていた四神と六合、勾陳は矢へと姿を変えた。
「……ッ」
その圧に一瞬、幸男がたじろいだ。
しかし直ぐに両手を突き出し手のひらに邪気を収束させていく。
そうして互いに力を溜め、遂にその時が訪れる。
「祈りはここに。邪悪を射抜け!!」
「消えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
白と黒の極光が真っ向から衝突。
せめぎ合いの余波が空間を軋ませ嵐を巻き起こす。
二人の男が張った結界によりハジメには被害が及んでいないがそれ以外は別だ。
異界内の何もかもが無惨に蹂躙されていく。
「僕の友達を返してもらう」
「ぐ、ぎぎぎぎぎ……!!」
数十秒の均衡は崩れ徐々に白が黒を飲み込んでいく。
逃げるべきだ。でも、心がそれを許さない。
砕けんばかりに奥歯を噛み締め耐える幸男だが、
「――――帰って来てよ、さっちゃん」
「ぁ」
哀願の声が先に幸男の心を射抜く。
刹那の弛緩。それは致命的なまでの隙となった。
光の矢が幸男の胸を貫く。
「■■■■■■■■■■!?!?!?!」
けたたましい悲鳴と共に幸男の全身から黒い煙が吐き出されていく。
そして、
「る、い」
「大丈夫。今は眠って良いんだ」
独裁者の付喪神、その断末魔の結晶?
それが何だというのか。
「起きたら沢山、話をしよう」
「……ああ」
邪悪はより強大な邪悪に敗れるのだ。




