千年越しの福音
臭い台詞を嫌味なくさらりと言える。
それもまたスパダリに必要な素養の一つだろう。
ルイの言葉を受けたモモは本当に珍しいことだがポカンと間抜け面を晒していた。
(これは、どうなんだ?)
馬鹿なことを言われ呆気に取られたという感じではない。
この感情をどう読み取るべきか。
悩みつつも作業の手を止めず次の反応を待った。
「……いや、なるほど。そういう考え方もあるのか」
じゃあ、とルイが問う。
「モモさんはどう思う? 今の僕の考えを聞いてさ」
「そう、だね。人の善性に偏った考えだと思うよ」
「実際の清明は違った、と」
「あくまで私見だがね」
詳しく聞かせてよと視線で促すとモモは一つ頷き語り始めた。
「日本の霊的守護、その基礎を築いた偉大な陰陽師。裏における清明の一般的な評価だ」
「異論はないよ」
「超常の力を知らぬ表の人間でもまあ、ポジティブな評価だろう」
安倍晴明は創作などでもよく取り上げられる。
悪役もなくはないが大体は正義の味方的なポジションだ。
それらもあって善人というイメージが強いが、
「私はそうは思わないね」
「その心は?」
「……君は清明の死因を知っているかな?」
「いいや」
残っているのは何歳の時に亡くなったとかその程度の記録だけだ。
ただ享年が八十を超えていたので寿命か何かだろう。
当時としては異例とも言える長寿だがそれがどうしたというのか。
「おかしいと思わないかな? 何故、それほどの大人物の最期が記録に残っていないのか」
表の歴史では一官人でしかないから仕方ないかもしれない。
だが裏の歴史においては偉人も偉人。
今日まで続く霊的守護の礎を築いた人間だ。
その記録が事細かに残っていても不思議ではない。
「特に、うちにはあって然るべきだろう?」
特対は元を辿れば陰陽寮をルーツに持つ組織だ。
それゆえ清明由来の品々なども数多く所有している。
「亡くなる数年前から消息を絶っていたとかならまだ分かるがそうじゃない。
死んだ年の記録も多々存在しているにも関わらず最期の記録だけが抜けている」
まだあるぞ、とモモは作業台の上を指さした。
「十二天将の残骸?」
「そうさ。それ、そもそも“何故”破壊された?」
経年劣化などでは断じてない。
直接弄っていれば分かる。これは明らかに破壊されたものだ。
「言われてみれば」
これだけ繰り返していて一度も疑問に思わなかったのか?
思わなかったのである。
ルイが人を見る際に重要視するのは利用価値の有無。
存命ならより有効活用出来るようあれこれ思考を巡らせよう。
だが清明は過去の人間だ。死人の利用価値など遺産にしか存在しない。
遺した人間のことなんてまるで興味がなかった。
「……何か大きな戦いが原因で清明は死んだ?」
「だとしても、おかしいだろう?」
大陰陽師が死ぬ原因になったような戦いだ。
ますます記録に残さない意味がない。
「記録によって感染する呪詛、なんて可能性もなくはないが」
「だとすればこの残骸も処分されていたはず、か」
「そうさ。ならばこれは一体どういうことだろう?」
察しの良い君なら言わんとすることが分かったのではないか?
モモの問いにルイは少しの沈黙を挟んでから答えた。
「……醜聞」
表に出せない何かがあったのではないか。
より正確に言うなら、
「安倍晴明は朝廷に弓を引いた?」
日ノ本全土を巻き込むような何かをやらかして清明は討伐された。
だから最期の記録が残っていないということか?
ルイの推察にモモが笑みを深める。
「その通り」
それだけのことをして尚、悪名が残っていないのは何故か?
大結界を始めとする多種多様な功績があまりにも大き過ぎたからだ。
「清明が遺したものを使い続ける身からすれば体裁が悪いだろう?」
ならば記録から存在を抹消する?
功績の数々を別の誰かのものに付け替える?
長年の記録を改竄するのはあまりにも手間だ。
それなら後年の“やらかし”のみを消し去った方がずっと楽。
これからも恩恵を使うなら清明の名を穢さぬ方が都合が良いに決まってる。
「なるほど。理屈は通っているが」
「証拠がないって? それがそうでもない」
絶対的なものというわけではないが気になるものがあるのだという。
それが何かと聞けばモモは殺生石を知っているかと問い返して来た。
質問に質問で返すなと思いつつ九尾の狐伝説のだろうと答える。
「あれは紛れもない本物の呪物だ。まあ今観光資源になってるのはすり替えられた偽物だがね」
本物は時の護国組織が回収し今は特対の蔵にあるのだという。
「殺生石は本物だが九尾の狐伝説はどうにも胡散臭い。
実在はしていたし実際に討伐軍も結成されて記録には残っている。
だが本物の殺生石を見るにどう考えても記録にある戦力だけでは討伐出来そうもない」
とは言えとうに終わったこと。
今更掘り返したところで意味はないとそう思っていた。
しかしある時、殺生石を詳しく調べる機会があったそうな。
「そこで私は確かに清明の残滓を感じ取った」
並外れた実力者で尚且つ、清明装束の元持ち主。
十二天将の残骸にも触れたことがあるモモだからこそ分かったのだという。
「君も直に触れれば分かると思うよ」
「……つまり九尾の狐伝説は付け替えられたものであると?」
「そう。これは私の推測なんだが」
殺生石は清明が遺した呪詛で秘密裏に朝廷が保管していた。
しかし来歴不明の特級呪物というのは扱いが難しい。
そこで九尾という丁度良い怪異が出現したので押し付けたのではないか。
「あんな物を遺す輩が真っ当な人間だとは到底思えないんだよね」
何をしようとしていたかは分からない。
だが仮説が正しければまず間違いなくロクでもない悪行だったはず。
そんな人間に孤独を覚えるような感性が備わっていると思うか?
投げられた問いかけにルイは迷いなく頷いた。
「その悪が孤独によって導かれたものでないと何故、言い切れる?」
「……」
「誰にも理解されず同じものを感じても貰えない。それは狂気に至る毒としては十分だ」
非道外道を正当化するつもりはない。
だが悪が生じた理由を考えるべきだとルイは言う。
「……つくづく、お人好しだね」
呆れたように肩を竦めるモモを罵倒しつつルイは考えていた。
ここでこんな話を聞けたということは、
(――――清明、生きてる?)
或いは蘇った?
昔の人間が復活して世に災いを成すのはある種のお約束だ。
そして清明ほどのビッグネームならそれこそ世界の滅びに関与してる可能性も十分あり得る。
事実、過去に何かやらかしているようだし。
「しかしそうなると君という存在は清明にとって千年越しの福音なのかもね」
並び立とうとする気概。
その心を推し量ろうとする慈愛。
「それらは紛れもない救いだろうさ」
「そうだと良いね」
答えつつルイは思った。
(考え事の邪魔だし地球から退去してくれねえかな)
軽々しく宇宙進出するな。




