もうすぐ会えるね
「や、待たせてすまないね」
二十時、ようやくモモが帰還した。
腸は煮えくり返っていたがルイはそれをおくびにも出さず対応する。
「お構いなく。課長としての職責を全うしてるだけなんだから」
「ハッハッハ、そう言ってくれると助かるよ」
「むしろもっと働けって感じ。他所の課長と比べると……ねえ?」
「他所は他所。うちはうちだよルイくん」
母親か。
軽く雑談染みたやり取りを挟んでからルイは本題を切り出す。
「まず連中の拠点は一つ潰せました」
「ああ、ご苦労様。やっぱり君に任せて正解だったよ」
仮に幹部との遭遇がなくてもジオラマの付喪神自体がかなりの大物。
モモとルイ以外で潰そうと思えば相応の人数を揃える必要がある。
そうなれば動きを察知され逃亡されるか戦力を集めて迎撃されるかの二択だ。
だからこそルイの単独投入。
「……まあ、構成員には逃げられたんだけどね」
異界に侵入したルイは真っ先に内部に居る構成員を一人残らず捕縛するつもりだった。
だがそこにあの薙刀女が乱入して来たのだ。
薙刀女はジオラマ付喪神と連携し他構成員を逃がしルイを異界内に閉じ込めてしまった。
「そこは致し方あるまいよ」
口頭での報告をということだが事前に概要程度は伝えてある。
だからこそモモも構成員を逃がしたことを咎めるつもりはなかった。
「何せ相手はあの古賀香澄だからね」
実力はルイの方が圧倒的に上だろう。
だが付喪神との連携で足止めに徹されればそう簡単に抜けはしないとモモがフォローを入れる。
「……ご存じなので?」
「ん、まあ直接関わりがあったわけじゃあないが彼女は有名人だからね」
「有名人?」
「うん。十年ぐらい前のことさ」
薙刀女こと古賀香澄は一般人として裏の世界に巻き込まれたのだという。
そこで力に目覚め大きな事件を通して頭角を現し名を知らしめた。
「ただ五年ほど前からパッタリと消息が途絶えてね」
それ自体はそう珍しいことではない。
実力者と思われていた人間でも死ぬ時は呆気無く死ぬ。
古賀香澄もその一例だったのだろうとモモはすっかりその存在を忘れていたという。
「それがまさか器物解放戦線の幹部になってるとは思いもしなかったよ」
古賀香澄が関わっていた事件は九課の管轄ではない。
付喪神とはまったく縁のない彼女が何故? と首を傾げるモモにルイは言う。
「加入したのはここ数年のことみたいだね」
「ふむ。消息不明の間に何かがあった、と」
「恐らくは」
「まあ今は良い。それより一つ聞きたいのだが」
どうぞ、と目で促すとモモは頷き問う。
「何故、殺さなかった? 君なら分かるだろう」
言葉は足りていないが言わんとすることは分かる。
「まあ確かに彼女の性格からして拷問されようが情報は吐かないだろうね」
術で頭の中を覗き込むのも恐らく無駄だ。
その手の処置が成されていてやろうとした瞬間にボン! だろう。
重要な情報を引き出すという最善の成果は得られない。
であればさっさと後腐れなく殺して敵の戦力を減らすべきだ。
「ならば何故」
「……恥ずかしい話をすると、少しばかり感情的になっちゃってさ」
舌戦を繰り広げることになってしまったと気まずそうに告げる。
ほう、とモモは興味深そうな目で続きを促す。
「それでまあ僕なりに思うことを色々言ったらそれがどうも刺さったみたいでね」
期せずして古賀香澄の本音。
その一端に触れられたのだとルイは言う。
「本音?」
「“声”が聞こえるそうだ」
「声?」
「そう。これがどうも比喩とかじゃなさそうなんだよね」
あの切羽詰まった様子を見るに本当に声が聞こえているのではないか。
そしてそれは単純に付喪神の声というわけでもないように思う。
付喪神は意思を持った器物なので言葉を発することは当然、可能である。
だがそれにしては妙な言い回しだ。
「彼女には一体何が聞こえているのか」
「知るべきだと判断したわけだ」
「ああ。だから聴取は僕がやるつもりだよ。事後承認になるけど」
「構わない。君の好きにすると良い」
上手く絆されてくれれば器物解放戦線の情報についても得られるかもしれない。
モモとしても止める理由はなかった。
「ありがとう。ところで僕からも良いかな?」
「何なりと」
「器物解放戦線の首魁について何か知ってることはない?」
当然だが九課にある資料には全て目を通してある。
そこには不明の一文字だけだが、モモならどうだろう?
資料には残せない情報というものもある。
それ相応の実力者でなければ開示されないようなものだ。
「期待してるところは悪いけどないね」
そしてそれはルイの実力どうこうの話でもない。
本当に知らないんだと肩を竦めるモモにルイは小さく溜息を吐く。
(役立たずめ。よくもまあそれで恥ずかし気もなく心臓動かしてられるな)
死ねってか。
「ただまあ尋常の輩ではなかろうよ」
裏における組織の長というのは大体、組織の中で一番強いというのが相場である。
そうでない場合もあるが、そのケースなら尚更厄介だ。
単純な武力以外で超人たちを束ねられる何かがあるということだから。
「……そうか」
「すまないね。君の懸念も分かる」
器物解放戦線の動きは活発化し続けている。
組織の性質上、九課とはどう足掻いても相容れない。
互いが互いの仇敵だ。衝突は避けられないだろう。
「いざという時は私が出張るとも。可愛い部下を無為に散らせる趣味はないからね」
その時は君も頼むよと笑いかけるモモに当然だと頷き返す。
「九課の最高戦力はモモさんと僕なんだ。あなたが動くなら当然、僕も動く」
実力差は大きい。
それでも九課の中で何とかその背に追い縋れるのは自分だけ。
有事の際は遠慮なく使ってくれというルイにモモはうんうんと機嫌良さそうに頷く。
「本当に良い拾い物をしたね私は。……宝くじでも買ってみるか?」
「要らないだろ」
「こういうのは金じゃないんだよ。あくまで運試しさ」
言いつつモモは書類に目を通し始めた。
報告は終わり。さっさと帰ろうとルイが背中を向けると、
「そうだ。君、クリスマスの予定はどうなってる?」
呼び止められてしまう。
丁度良い話題だとルイが内心、ほくそ笑む。
ハジメと約束を取付け嬉しそうなところを第三者に見せつける。
そうすることでスパダリポイントを稼ごうというのだ。
「もし良ければ私と」
「いやすまない。先約があってね」
「先約?」
「ああ、九十九さんと一緒に過ごす予定があるんだ」
「……ふぅん?」
すっ、と微かにモモの目が細められたが書類が邪魔でルイには見えていない。
「そうか。そういうことなら身を引くとしよう。気を付けて帰ると良い」
「うん。じゃあお先」
再会のカウントダウンはもう始まっていた。




