スパダリ流おもてなし術
「天ざるにサイドで出汁巻きとほうれん草のおひたしをお願いします」
「はいよ、ちょっと待っててね」
時刻は六時過ぎ。
普段に比べると些か早いがやることもないので社食に行き夕食を取ることにした。
(……しかし、露骨に変化が表れてるな)
隅のテーブルで熱いお茶を啜りながらルイは先の戦いを思い返す。
器物解放戦線。付喪神との共生を掲げるメタ的に見れば何ともあからさまな組織。
だが何十年という繰り返しの中でついぞ深く関わることはなかった。
モモと付き合ってたルートでは知らん間に壊滅していたぐらいだ。
だというのに今回はどうだ?
ハジメの髪を整えることに成功した途端、露骨にはしゃぎ始めたではないか。
(今回僕が相手した薙刀女とか、あれかなりのレベルだったぞ)
九課で相手取れるとすればモモとルイぐらいだろう。
この二人であれば何なく仕留められるが他だと単独はまず不可能だ。
(会話から察するに幹部の中でも下っ端っぽかったし)
それであの実力なら最高幹部や頭目はどうなのか。
(……頭目はまず間違いなく異常戦力級のはずだ)
恐らくモモの方が強いだろうが、それでも戦いが成立するレベルなのは間違いない。
最高幹部は流石に異常戦力よりは劣るだろうが、それでも上澄みも上澄み。
だからこそ思う。あんな連中を誰が潰したのかと。
(実力を考えればこっちに絡んで来てもおかしくはないが……)
器物解放戦線とも関わりが生じたのだ。
彼らを潰した何者かとも接点が生まれても不思議ではない。
問題はそいつが味方かどうなのか。
敵だとすれば面倒な壁が増えたということになる。
(僕に迷惑ばかりかけて……本当に、この世界は狂ってる)
世界くん悪くなくない?
(一刻も早く僕動説を実装し正さねば)
もう何年選手になるのか僕動説。
約三年×七十三でもう二百年以上時間が経過している。
だというのにこの狂った思想が色褪せることはない。
呆れを通り越して恐怖すら覚えるレベルだ。
(とりあえず……チッ)
遠くから食堂に向かって来る気配を感じたルイは思考を打ち切った。
これから訪れる相手を持て成す必要があるからだ。
「はいよ、お待たせ!」
「ありがとうございます」
注文を届けてくれたおばちゃんに心ここにあらずで対応。
蕎麦に手をつけず神妙な顔で待つこと少し。
「――――だーれだ」
遂にそいつはやって来た。
視界が柔らかく遮られ声をかけられる。
「ッ! あ、ああ……九十九さんか。びっくりさせないでよ」
びくりと心底驚いたように言えばハジメはクスリと笑い手を離した。
「あはは、ごめんごめん。何か深刻そうな顔してたからさ」
軽い調子で謝罪いしつつハジメは対面の椅子に腰かけた。
「それで、何かあったの?」
「……器物解放戦線の幹部とやり合ってね」
「! だ、大丈夫だったの?」
「見ての通りさ。自慢してるみたいでアレだけど戦い自体は問題なかったよ」
大好きじゃん自慢。
「……戦い自体は、か。じゃあそれ以外で?」
「うん。少し気になることを言われてね」
「気になること?」
「僕も詳細は分からない。目覚めたら僕が聴取することになってるけど」
そこで話が聞けるかどうかと小さく溜息。
だが直ぐに表情から陰を取り払いルイは言う。
「それにしても情けないな。また九十九さんに後ろを取られちゃった」
自分を気遣って話題を変えたことはハジメも察していた。
だからこそ、そこには振れず話に乗っかることにした。
「だね。前はそうでもなかったのにここ最近は……三度目かな?」
「私は数えてないけど神央くんが言うなら多分そう」
自分の記憶は信じられないがルイの記憶なら。
そう思えるぐらいにはハジメは自分の頭を信用していなかった。
「もし九十九さんが敵なら僕は三度やられてたわけだ」
「あはは、良かったね私が味方で」
「ホントにね」
にしても、とルイは顎を摩りながら言う。
「ホント何でだろ。格上の手合いに背中を取られるなんてのは何度もあるんだけど」
こういうのは初めてだ。
不思議そうに小首を傾げるルイを見てハジメはポンと手を叩く。
その顔は悪戯を思いついた子供のようだった。
「分かった。神央くんがそれだけ私に心を許してる説あるんじゃない?」
当人からすれば冗談やからかいのつもりなのだろう。
だが、
「――――なるほど、それだ」
「ぇ」
まさかの真っ向肯定。
「うん、それなら納得がいくよ」
「……ッ」
ハジメの顔がどんどん赤くなっていく。
もうここまで来れば気付いただろう。
ルイの“持て成し”が一体何なのか。
正にこれをやるために準備してハジメの到着を待っていたのだ。
「も、もう冗談上手いなあ神央くんは」
誰にも優しく何でも出来る彼にとっての特別があ・た・し♪
それがスパダリの基礎理念である。これは何度擦っても問題ない。
むしろ何度も繰り返して君は特別アピールをするのが最上だ。
「いや嘘偽りのない本音だけど」
頭からしっぽまで嘘ギッシリ。
そんな真実はまるで見通せない真顔だった。
「……ありがとう九十九さん。僕は君の存在に随分と救われている」
少し寂しさを滲ませた笑み。
出たよありもしない悲しい過去の匂わせ。
コンボを繋げるのが上手過ぎる。
まあこんなコンボ上手い方がどうかしてるのだが。
「ん、どういたしまして」
穏やかに微笑むハジメだがルイは決して見逃さなかった。
その笑顔にネガティブな色がほんの少し混ざっていることに。
ルイの心に刻まれたありもしない傷に微かな嫉妬を覚えているからだ。
(そら、お膳立てはしてやったぞ)
時期を考えれば今がベストなタイミングだ。
ルイは蕎麦を啜りながらハジメの“勇気”を待つ。
「……よし、決めた」
もう過去になってしまった誰かに嫉妬しても意味はない。
何ならダサいとすら言える。誰かは誰か、私は私。
だから前に進む。
小さな勇気を振り絞り、ハジメは口を開く。
「あ、あのさ」
「うん? あ、食べる? 美味しいよ海老天」
「じゃあ……って違う! えっと、神央くんって二十五日は暇、かな?」
「特に予定はないね。家族も居ないし」
精々帰りにコンビニでケーキを買うぐらい。
その返事に小さくガッツポーズをしハジメは言う。
「じゃあその、一緒に過ごさない? も、勿論迷惑でないなら……だけど」
ハジメの提案に目を丸くするも直ぐに柔らかな笑みを作りルイは頷く。
「喜んで」
心……心……人の心……。




