悪法もまた法なり
「チィッ!?」
「今のを凌ぐか。中々やるね」
十二月も中旬を迎えたある日の放課後。
ルイは単独任務で訪れた歪な摩天楼が立ち並ぶ異界で女と矛を交えていた。
年齢は二十後半から三十ぐらいか。凛々しい顔立ちの和風美人だがルイは微塵も反応していない。
今回ばかりはルイがどうとかではなく、女の側に問題があるからだ。
「狂った殺戮者どもめ……お前たちには付喪神の悲鳴が聞こえないのか!?」
女は付喪神との共生を掲げ器物解放戦線の幹部だった。
付喪神の存在を公に明かし人と同等の権利を与えろというのが彼らの主張だ。
その時点でイカレてるがテロと変わらない活動もしているのでますます救えない。
そんな組織の幹部という時点で女優並の容姿があっても総合点ではマイナスだろう。
(興味ないね)
仮免試験を突破したからだろう。
これまでにないイベントだがそれはそれ。
器物解放戦線のアホみてえな主張に耳を傾けるのは少数派だろう。
今回に限ってはルイのリアクションは妥当なものだ。
直接声に出しても問題はない――……そう、スパダリ以外なら。
「だとしても、だ」
どうしようもないド外道なら「語る舌を持たない」でバッサリもアリだろう。
だが目の前の女は間違った行動をしていても心底、現状に苦悩している。
こういう敵にはドライな対応してはならないのがスパダリの辛いところ。
「お前は道を誤った」
蹴りを叩き込む……が、浅い。
薙刀の柄で受け止められた挙句、蹴りの勢いを利用して距離を取られてしまった。
「愚弄するか!!」
薙刀の切っ先から放たれた業火。
当たれば骨も残さず燃え果てる威力だが焦りはない。
「事実だよ。楽な道には“先”がない」
五行扇に纏わせた水の刃で切り裂きながらルイは言う。
「お前たちの主張通りに進めば社会の混乱は必至だ。流血は避けられない」
付喪神の存在を公にするということはオカルトの実在を証明するということでもある。
そうなれば人が持つ欲望の箍が確実に幾つか外れてしまう。
付喪神とは関係ない部分で多くの血が流れるのは避けられない。
「それがどうした! 自業自得だろうが!!」
物を大切にしてこなかった。
意思を持った器物を無視した。
その報いを受けているだけだと女は吐き捨てるがどう考えてもズレている。
反論として成立していないがそこを突いても無駄に議論が長引くだけだ。
なのでルイは敢えてスルーし望む展開に繋げる布石を打って行く。
「ならば俺たちが付喪神を殺すのも許容すべきだ」
警察官の射殺はやむを得ない状況下においては正当行為として認められている。
厳しい条件ではあるが法でそう定められているのだ。
そしてそれはルイが属する環境省特異災害対策局の人間も同じ。
国が定めた裏の法律において殺人を正式に認められている。
超常の力を悪用し一般人に害を及ぼす人間を殺してもルイたちは罪に問われない。
「人と同じ扱いをしろというのはそういうことだろう?」
「詭弁を……!!」
というより暴論に近い。
ルイの言い分もまた議論としては適切ではないだろう。
だがこれは女のそれと違い、意図したもの。
敢えて女に噛みつかせるためにこういう物言いをしたのだ。
「正論だよ」
屁理屈だと反論するがルイは即座に否定を返した。
特別語気が強いわけではない。
しかしそれが逆に重さを感じさせ女は軽く気圧されてしまう。
多分この女、詐欺師とかに引っ掛かるタイプだ。
「現行の社会は先人たちの小さな積み重ねの上に成立している」
それは酷く地道なもの。
生きている間に結果が見られないなんてことはざらにあっただろう。
それでも人は積み上げるのを止めなかったからこそ今が在る。
「社会が混乱してもそれは人間の自業自得だと切り捨てたな?
ならばお前たちもだろう。同じ人間なんだ。応報の輪から逃げるのは道理に合わない」
人の社会を変えようと嘯きながら人が在るべき姿から逃げた。
あらゆる手順をすっ飛ばして安易に結果だけを求めたのだ。
そんな輩が望む結果を掴み取れるなどという都合の良い話は存在しない。
「仮に人と付喪神が共存する未来があったとしてだ」
それを成すのは器物解放戦線では断じてない。
賽の河原のように終わりが見えない苦難の道。
それを諦めず歩き続けた者たちだけがその未来を作れるのだ。
「何ならお前たちはその邪魔をしていると言っても良い」
「ち、違う! 私は……ッッ」
「違わない」
否定と共に放たれた一撃。
動揺が滲み出たそれはあっさり対処され得物の薙刀を蹴り飛ばされてしまう。
得物を奪ったルイはそのまま女の腕を取って地面に押し倒す。
「ハッキリ言ってやる」
地面に押し付けた女の耳元に顔を寄せ囁くように告げる。
「お前たちは付喪神の未来なんて考えちゃいない」
その行動の根幹にあるのは、
「――――ただ自分が楽になりたいだけなんだ」
「ぁ」
裁定者の如き厳かさと共に突き付けられた言葉。
反論したい。しなければいけない。なのに出来なかった。
「……だって」
女の顔がくしゃりと歪む。
その瞳には涙が滲んでいた。
「声が、聞こえて……ずっと……」
「……少し、眠ると良い。起きたら話をしよう。幾らでも付き合うからさ」
縋るような言葉にルイはそう返すと労わるように女の意識を刈り取った。
「さて。後はこの付喪神だけだね」
摩天楼の異界。
これはジオラマが付喪神化したもので器物解放戦線が持つ拠点の一つにもなっている。
今回の単独任務の主目的はこの拠点の破壊だった。
ルイは小さく深呼吸をすると霊力で弓を形成。五行扇を矢の代わりに番えた。
「穿」
放たれた矢は真っ直ぐ付喪神の核を射抜き異界は崩壊し現世に帰還。
ルイは女を担ぎ上げると庁舎に帰還しその身柄を引き渡しこれで任務は完了。
その際、聴取は自分が行うので目覚めたら連絡をするように言い含めておく。
最後までフォローは怠らない。これがスパダリワークの鉄則である。
(後は一ノ瀬に報告するだけだが……チッ、あの役立たずめ)
モモは所用で外出中のため報告は戻ってからということになる。
軽い任務なら明日に回しても良いが今回は規模が規模だ。
幹部を捕縛したのもあって直接、口頭で伝える必要があった。
(僕の帰宅を数時間遅らせるとか僕動説実装後に施行予定の僕際法に則るなら極刑待ったなしだぞ)
ソクラテスが生きていたら聞いてみたい。施行されればこれも法か? と。




