仮免試験突破
(……ようやくだ)
七十三周目。
五周に及ぶ修行の末、ルイは一流店のシェフと同程度の腕を身に着けた。
どこかでまた理不尽スキルを要求される可能性はある。
それでもいい加減、違う景色が見たくなったのも事実。
美容師としての腕がヒロインの要求水準に達したかも確認したい。
なのでルイは久しぶりに新ハジメ√(別名:新幸男√)へ突入。
「はぁ……はぁ……た、倒せた?」
「うん。九十九さんの勝ちだよ。お疲れ様」
何なく問題の場面まで辿り着いた。
初回と同じくあちこち傷だらけでボロボロ。
手入れの行き届いていた髪も切られてしまい酷い有様だ。
ルイは表面上は慈愛に満ちた瞳でハジメを見つめているが、
(こんな、こんな理不尽な落とし穴があったなんて……!!)
内心では天井知らずの憎悪を燃やしていた。
基本カスで同情の余地はないのがルイだが今回ばかりは仕方ない。
美容師修行とシェフ修行で三十年近くも地道な積み重ねを強いられたのだから。
「そっか……私、やれたんだ。やった……やった……!!」
喜びを噛み締めるハジメ、
(何なら今ここでお前を殺ってやろうかァ!?)
殺意を滾らせるルイ。
恐竜も絶滅してしまいそうなレベルの温度差である。
ともあれここで殺ればまた無駄な時間を費やすだけ。
ルイは流れ通りに進めるべく温かい眼差しをハジメに注ぎ続ける。
少しして喜びを噛み締めていたがルイが温かい目で自分を見ていることに気付く。
途端に恥ずかしくなったハジメはゴホンを咳払いを一つ。
「にしても髪、酷いな。これもうバッサリ切った方が良いかもだ」
これを機会にショートにしようかな、などと下手な話題転換。
遂に約束の時がやって来た。
かつてはここでスルーしてしまったばかりに行き止まりへ追いやられてしまった。
だが今は違う!
「なら僕が整えてあげよう」
「え」
ここで確認を取るのは単なる優しい男。
スパダリには強引さを発揮する場面もままあるのだ。
そしてそれは今この瞬間であるとルイは判断した。
数本自らの髪を引き抜きフッ、と息を吹きかける。
すると毛髪はスタイリングチェア、ヘアカットケープ、鋏類などの道具に変化した。
「さ、座って」
突然のことに目を白黒させていたハジメだが、
「……うん。じゃあお願いしようかな」
はにかむように笑いルイの提案を受け入れた。
「お、おぉ……き、気持ち良い……」
術で水球を作り出してのシャンプー。
戦闘後で油分や汚れがあるのでシャンプーは必須。
ここで手を抜けばカットにも影響が出てしまう。
オカルトを織り交ぜたシャンプーなど当然、専門学校ではやってない。
だがルイの器用さであれば幾らでも応用は利く。
(ここを極めるのにどれだけの時を要したか……)
自分がカットし易い環境を整える。
これは当然だが客側の精神を整える意味でも役に立つ。
他人に髪を触られる、鋏を入れられる。大なり小なり抵抗感があって当然だ。
相手がプロだし客も納得ずくなので大体は問題ないレベルに留まっている。
だが、より上を目指すならここはこだわるべき点の一つだ。
(客のナチュラルな姿を見ずして完璧なカットが出来るものかよ)
シャンプーを通して心身の強張りを解し鋏を受け入れ易い精神状況を整える。
それはイコール客を限りなくナチュラルな姿に近づけるということでもあるのだ。
その状態に一番似合うように鋏を入れていく。
十五年の美容師修行でルイが学んだことの一つだ。
――――もうこれジャンルわけわかんねえな。
傍から見れば繰り返しで迷走しているようにしか思えないだろう。
だがこれも世界を救うのに必要な工程の一つなのだ。
お前の旅は無駄ではなかった(笑)。
「神央くんってホント、何でも出来るんだね」
鏡に映るルイの手つきに迷いはまるで見えない。
ハジメが見る限りではプロの手つきと何ら遜色がなかった。
何なら行きつけの美容院の美容師よりも鮮やかにすら思えた。
「そうでもないさ。これは単に昔取った杵柄ってだけだよ」
昔取った杵柄(専門卒、実務経験アリ)。
「九十九さん」
「なぁに?」
「今日が君にとっての本当の始まりだ」
真面目な話題だがハジメが強張るようなことはなかった。
語り掛けるその声色が。
髪を整えてくれているその手つきが。
あまりにも優しかったから。
自分を慈しむルイに心身を委ね切っているからこそ在るがまま受け入れられた。
「今回片づけた依頼はまあ、浅瀬も浅瀬さ」
裏の世界が見せる残酷さや無常さは欠片もない。
けど、これからは違う。
組織の庇護は変わらずあるが、ハジメ自身が前に出なければいけない。
「これから多くの痛みや悲しみに触れることになると思う」
「……だろうね」
ハジメ自身も実感はまだないが頭では理解している。
「僕は全力で君を護るつもりだ。一ノ瀬さんもそうだろう」
それでも全てから護り通せるとは口が裂けても言えない。
出来得る限りを尽くしても無理な時はある。
心の問題などがそうだ。
ハジメが自分で答えを出し乗り越えなければいけない。
「苦しくて苦しくて、どうしようもない。いっそ全部投げ出してしまおうか」
そんな風に自棄になってしまうことだってきっとある。
「そういう時はさ、ドンドン視界が狭くなっていくんだ」
一つ一つこれまで見えていたものが消えていく。
そうしていずれ、自分は一人ぼっちなのだという錯覚に襲われてしまう。
「でも忘れないで。君は一人じゃない」
僕が居る。
その声は囁くような声量で、だというのに何よりも力強かった。
ハジメは目を閉じうんと小さく頷き、言った。
「……どこにも、行かないでね?」
「約束する」
そこから会話は途絶え鋏の音だけが響き渡る。
静かでどこか切なさを感じる夜だとハジメは思った。
同時にこの上なく温かで優しい夜だとも。
「出来た」
ルイの言葉でハジメは閉じていた目を開く。
そこにはゆるふわショートボブの自分が映っていた。
「どうかな?」
「わぁ」
感嘆の声が漏れる。
綺麗に整えられた髪型はプロの技にしか思えないクオリティだった。
「すご……え、やば……うぉぉ……あの、何て言えば良いのか」
「はは、大丈夫。気に入ってくれたってのは十分伝わってるから」
この夜を境にハジメとの距離はグンと縮まることとなった。
ブラウンの見立て通りだ。順調そのものと言えるだろう。
だがそれはそれとして率直な感想は別にあった。
(――――頼むから死んでくれ)
このヒロイン、コスパもタイパも悪過ぎる……。
試験を突破したことで闇堕ちさっちゃんとの再会イベントが解禁されました。




