憤死(ガチ)
【お前がスパダリになれなかったせいで……】
「何だよ」
【いえ、敢えて今回はこう言いましょう】
六十八周目リザルト。
何時もの定型文をキャンセルしブラウンは別のメッセージを表示する。
【よく頑張りましたね】
ブラウンは六十三周目からのルイをずっと見ていた。
裏の界隈で作った偽造戸籍を用いての専門学校入学。
高校生活との二足の草鞋をものともせずルイは美容師としての技術をひたすら学び続けた。
時には一般人にも躊躇なく異能を用いて店に潜り込み腕を磨いたりもした。
【あなたは未だスパダリには至らず】
しかし、
【――――しかし今のあなたは立派なカリスマ美容師です】
「ああ。今だけはそのクソだせえ死語も受け入れてやろう」
僕はカリスマ美容師だ! そう宣言し、
「――――いや色々おかしいな」
【わ、急に冷静にならないでください】
「何やらされてんだよ僕は」
約十五年。
オカルトには一切関わらずただただ美容師としての道を邁進して来た。
昆虫メンタルの持ち主なのでやってる最中はどうとも思わなかった。
が、こうしてクリアしてしまうとどうしても思ってしまうのだ。何だこれは、と。
「……ちょっと待てよ。これ、料理の腕を求められたりする場面もあるんじゃないか?」
今でも料理は出来る。
だがそれは家庭料理の域を出ることはない。
【……】
「おい、おい。何か言えよ」
返って来たのはこれ。
【スパダリ五箇条の御誓文】
一、見目麗しく在る努力を怠らないこと
一、文武両道を心がけること
一、多芸多才を心がけること
一、最低でも上の下ほどの経済力を有すること
一、分け隔てなく優しく在ること(※但しヒロインには“特別”な対応を心がけること)
毎度お馴染み五箇条の御誓文である。
ルイは考える。女から見て料理の出来る男ってどうなのか。
より具体的に想像するため思い浮かべたのはモモだ。
『……おや?』
残業を終えて精神的疲労を抱えたまま帰宅。
玄関を開ければ愛しいピの靴が。
それに良い匂いもする。
急いでキッチンに向かえば、
『や、おかえりモモさん』
愛しのピがエプロンを片手にシチューを味見していた。
『……』
胸がいっぱいになる。
ぐるぐると渦巻く喜び感情が今にも噴火しそうだ。
いや我慢なんてしなくて良い。
『ルイきゅぅうううううううううううううううん!』
『おっと』
抱き着く自分を優しく抱き留めよしよしと頭を撫でてくれる。
『もうさ、ホントさ。疲れたの。疲れてるんだよぅ』
『……うん、お疲れ様。今日も頑張ったね。えらいえらい』
そうしてひとしきり甘やかされた後、手洗いうがいをして食卓でピを待つ。
運ばれて来た料理はどれもこれも美味しそうで輝きを放っているようにすら見える。
『『いただきます』』
二人で手を合わせスプーンをくぐらせる。
口に入れた瞬間、凄まじい多幸感が全身を駆け巡った。
プロ顔負けの味もそうだがそれ以上に感じる――――愛情。
嗚呼、私は何て幸せなんだろう。
と、そこまでモモの思考をトレースし、
「うっぷ」
ルイは口元を抑え蹲った。
何が怖いってこれは僕動説のような狂った妄想ではないのだ。
まだ知らない部分を除けば完全にモモの思考をトレース出来ているのが恐ろしい。
「はぁ……はぁ……ヘアカットなんぞよりこっちのがよっぽどメジャースキルじゃないか……」
普通に考えて彼女(彼女じゃない)の髪を切るシチュエーションの方が稀だ。
美容師をやってるならあるかもしれないがそれぐらい。普通はプロに頼む。
「う、おぉぉぉ」
地獄の底から絞り出されたような唸り声。
ルイは今、かつてないほどの葛藤に苛まれていた。
「や、やるか……? いやでもようやく進展がありそうなのに……」
必要になってから覚えれば良い。
当たり前の話だ。
いや普通の人間はループが当然になることはあり得ないのだが。
「じゃあ、今回のを僕は予想出来たか……?」
武力のステータスは分かる。
モモに一太刀入れるというのは流れ的にも不自然ではない。
だがハジメの髪を整えてあげられなかったから詰まるなんて予想出来たか?
出来るわけがない。
「……今回みたいにいきなり訳の分からないところでストッパーになるんじゃないか?」
あり得ないとは口が裂けても言えやしない。
既に世界の滅びやループというあり得ない事象に見舞われているのだから。
問題は意味不明な行き止まりに辿り着いた時だ。
「こ、今回ですら大概しんどいのに……や、やれるのか?」
最終的にやりはするだろう。やれはするだろう。
技術を身に着け突破条件を満たす。
ルイが危惧しているのはモチベーションだ。
「回復のため無駄に周回を重ねるぐらいなら今の内にやっておくべきなんじゃないか……?」
美容師スキル獲得のためうんざりするような時間を過ごした。
何なら今もうんざりしててしばらく立ち直れそうにない。
そんなメンタルだからこそ流れ作業で調理技術も身に着けやすくなっているのではないか。
「……おい、ブラウン」
【……何でしょう】
「仮に、仮にお前がスパダリを求める女だとしてだ」
【ええ】
「男が手料理作ってくれたら嬉しいか?」
【嬉しいかと。さらっと作ってくれる彼はとてもカッコいいのではないでしょうか】
なるほど、と頷く。
ブラウンの性別がどちらかはさておき第三者の意見だ。
一応は聞いておこうとルイは飲み込む。
だが問題はここから。
「じゃあそんな彼に求める料理の腕は?」
【……プロ級、だったら素敵ですよね】
「具体的に?」
【自宅で一流フレンチのフルコースとか出て来たら凄いと思います】
その瞬間、ルイは死んだ。三国志とかでお馴染みの憤死である。
あまりに激しい怒りで増幅された霊力が全身の血管を破裂させたのだ。
「……初めてだよ。ここまで僕を虚仮にしたお馬鹿さんは」
目、鼻、口、耳。穴という穴から血を垂れ流しながらルイは言う。
お説教部屋ゆえ死んでも死なないが凄まじい光景である。
【ひぇぇ……怒りでこんな風に自分を殺せるとかこっわ】
何なら今この瞬間も荒れ狂う霊力で己が身を傷つけ死に続けている。
異常極まる光景にブラウンが引くのも当然だ。
【で、どうするんです?】
「……クソが! さっさと始めろ! 資料請求の時間だ!!」
神央累、一流シェフへの道が始まった。




